6話 お風呂屋の初仕事
夕方になると人が集まり出した。
料理担当って、ラージの食事担当だと思っていたんだけど、お風呂に来た人に出す食事もだったんだね。びっくり。
「あらあんた、新しい賄いさんかい?かわいい顔だねえ」
お風呂上がりのつやつやしたおば様が、新入りに気づいた。
「ちょっと、トメさん食べてみなよ。今日の料理!」
「あらやだ、ウメさん。そんなにがっついたら、のどに詰めるよ」
さっきまでは男の人ばかりだったから、今日の話でお酒を飲んでいるって感じだったけど、女の人が増えだすと、食堂が一気ににぎやかになった。
人の熱気にあてられて、ちょっと圧倒されてる、私。
特にメニューは決まっていないらしいので、ラージの獲ってきた動物を適当に好きなように調理すればいい。
「ただ塩で焼いただけの肉だって、あいつら満足するから」
ってつまり、質より量重視ってことね、了解!
カバンに突っ込んでは取り出して、歯ごたえのある肉焼きと、噛み切りやすい肉焼きを用意する。
3シンチくらいの塊焼きは男の人に、しゃぶしゃぶ焼きは女の人から人気だ。
どっちも1皿30カーネで統一されている。
あれ、キッチンにいる他の従業員が、動きを止めてこっちを見ているよ。
なんかやっちゃいけないことしてるかなあ?私。
正直、外に出てきたばかりで正解がわからないから不安だ。
「おい、肉焼きまだか~?」
食堂から声がした。
「あ、はーい」
そんなこと、今、気にしてる場合じゃなかったね。
「おい、解体してるの見えるか?」
「いや、早すぎて手の動きが見えねえ」
「おい、ちょっと食ってみろ!」
「なんだあ、俺達と同じ調味料しか使ってねえよな」
「どうやったら、こんな味が出るんだ」
「注文が多すぎて、配膳の手が足りねえ!」
「今日は作るのやめて、配膳手伝うか?」
「おい、この時間で売り上げがいつもの10倍だってよ」
従業員が集まって何か相談をしている。
何の話をしてるんだろう。
みんな仲よさそうでいいなあ。私もいつか会話に混ざりたい。
まずは、仕事をがんばって認められないと、ね。
怒涛の4時間が過ぎ、今日は疲れた。ベッドに入るとすぐに寝てしまったようだ。
ぼそぼそと遠くから声がする。
シーンとした今までの生活と違って、人の気配が近くに溢れているのが不思議な感じだ。
他の従業員達も半数が住み込みで、ラージが狩りに出ていない時は彼らが店を切り盛りするらしい。
店主がいなくても店は回るようになっているんだって。
だから、安心して調達に行けるわけだ。
確かにあれだけの量が1日に出るならば、狩っても狩っても間に合わなさそうではある。
「目が覚めちゃったな」
ジェリーはぐっすりだ。今何時くらいだろうか。
起き上がって部屋を出ると、声がするのは食堂辺りだ。
キッチンから中を確認すると、ラージとリンがいる。昼間言ってた話をしてるのかな。
部屋に戻った方がよさそうだね。
踵を返して部屋に戻ろうとしたら、肩に手を置き止められた。
「ラージ?」
びっくりだよ。気配を感じなかったよ。さっきまであっちにいたよね。
「悪かったな。うるさかったか?」
「いいや。邪魔してごめんね」
人が近くにいることに慣れていないだけなんだよ。
「だからお兄、手伝ってよ」
リンは私に気がつかなかったのか、急にキッチンに移動したラージを追いかけて、こっちに来たらしい。
「あ、アレスいたの?話、聞こえた?」
「いや、声が聞こえたから、誰が起きてるのか気になって見に来ただけなんだ」
「ふ~ん。じゃあお兄、また来るから」
言い捨てると、なぜかリンは窓から飛び出ていった。
「あ、おい!あんま1人で無茶すんなよ!」
ラージの声は届いてなさそうだね。
「邪魔しちゃったね」
私が来なければ、もっとゆっくり話ができていたに違いない。
「いや、ぜんぜん。あいつはすぐ危険なことに首を突っ込むからな」
「ははは、そんな感じする。強いから、いいんじゃない?」
今日会った人たちを普通とするならば、リンやラージはかなりの強レベルだ。
「あ~、なんか腹減ったな。酒でも飲むか、付き合えよ」
脱力気にラージが床下の収納から瓶を取り出すと、机に置いた。
「飲んでもいいの?」
この前はダメだって言ってたのにね。
ラージは器用に片眉を上げると、返事代わりにグラスを2つ用意する。
私も冷蔵用の棚から今日の残りと明日の分の一部を運んできた。
携帯コンロに小さな魔石をセッティングしているところをみると、本格的な食事にするらしい。
アルコールがすすんで机に肘をつくようになると、ラージが弱音を吐きだした。
「俺らの母親は早くに死んで、親父はめったに出先から帰ってこない。俺がリンを育てたようなもんだ。だからいけなかったのかなあ。店の手伝いをさせるうちに、その辺の男より強くなっちまった」
「一緒に狩りにいってたの?」
「それもある」
大きく頷いた。
「けど、それだけじゃなくてさ。温泉は出るけどこの村は寒いからな。洗い場を蒸気で温めておくには、石を焼いて湯も沸かさないといけないだろ?」
へ~、であの蒸気なんだ。
「その燃料に鉱石があればいいんだが、なかなか手に入らん。魔石なんてもっと手に入らん。結果薪を使うんだが、薪割り大会とかやりだすんだよ」
もう視点があってないよ、飲み過ぎじゃない?
「男に交じって、優勝するんだよ、あいつ」
あ~あ、机に突っ伏しちゃった。
私、ラージの部屋がどこか知らないんだけど、どうするよ?これ。