5話 ご対面
門から村の中に入ると、そこは森だったよ。
……おかしくない?なんでこんなところに門作ったのかな。
しかもさっきより険しくなってる気すらする。
岩場を飛び越えて、木の上によじ登る。
もうさ、枝から枝に飛び移るのとか、風を使って軽く浮きながらやってるわ。
けど、同じルートを進むラージからは魔力の流れが見えない。つまり、生身の身体能力だけでこんなことをやっているってことだよね、すごくない?
先導しているラージが、時々振り返りながら私がついてきているか確認しているんだけど、余裕を感じるよね。
と、うなじの辺りに警戒の気配を感じた。
周りにいるのは2、いや3人、かな?
1人は気配を感じられない瞬間があるから、相当の手練れっぽい。
ラージは気づいてる?
足場になっていた枝を拝借して、魔力で硬化する。
靄を纏い、自分の周りを消音の空間に作り上げると、1番近くにいた相手が足を踏み入れたのを感知した。
そっと後ろにまわり、重さを増した硬化枝を首に叩き付ける。
野生の動物を捕まえる時に使う方法だ。
ドサッ。
よし、まず1人。
音がしないように地面に飛び降りたところで、小石を2つ手にする。
気配の分かりやすいもう1人に狙いを定めると、風に乗せて思いっきり振りかぶった。
小石が敵の太ももにヒットして蹲った瞬間、黒い靄がぶわっと広がる。
その瞬間、意識を乗っ取られて寝てしまった。
野生の動物を捕まえる時に使う方法だよ。
さて、2人目っと。
かくれんぼの上手なもう1人を探し出すために、広範囲に薄っすらと魔力を張り巡らせる。
やばいな。
私がついてきていないことに気がついたラージが戻ってきてる。時間をかけ過ぎたか。
それにしても、ラージってどのくらい腕が立つんだろう。
わからない以上、私に引き付けておく方がいいか。
私がわざと足音をさせて木陰から飛び出すと、間髪入れず小さな黒いものが飛んできた。
足元を正確に狙ってくる。
でも、そのおかげで君の居場所がわかったよ。
もう1つの小石を硬化。投げつける。
ぎりぎりで躱された小石が当たって、木がミシミシと倒れた。
む、野生動物の確保失敗したっぽい。
まあ、だけど対面できたね。黒装束の小柄なお相手に。
じりじりと距離を詰めながら剣を抜こうとした瞬間だった。
「やめろ、リン!そいつは俺の命の恩人だ!」
ラージの声に、相手が殺気を引いて動きを止めた。
黒装束の顔の覆いを取り払うと、現れたのは美少女だ。
勝気な瞳のポニーテール。
「なんだ。お兄の後をつけている人がいると思ったら、客人だったの?珍しいわね」
「え、ラージの妹?」
「そうよ」
上から下まで観察されてるね。
「それにしても、私より強い人って、お兄以外ではじめて会ったわ」
「別に強くないよ」
なんて言ったって、最後までばあばには勝てなかったし。私なんて大したことないんだ。
魔力なしだと戦えないしさ。
「バカなこと言わないでよ。あんなことできる人、そうそういるもんですか」
あんなの?
「まあ、なんていうか……アレス、普通の人間は手で木を倒したりできないからな」
「何かを投げて木を一撃で倒すこともできないわよ」
え、そうなの?
しばらく走り続けると、やっと開けた場所に出た。町の人、何人かが何かしらの作業をしているのが見える。
人がたくさんいる。家も、たくさん建っている。
私は物珍し気に周囲を見回した。
と、足を緩めたラージが口を開いた。
「リン、いつ帰ってきたんだ?」
「昨日よ。お兄、家にいないんだもん」
答えたリンが、いつの間にか他の町の人と同じ出で立ちのスカート衣装に変わっている。
すごい。町に溶け込んで、違和感ない。
「狩りに出てたからな。いつまでいるんだ」
「用事が終わればすぐにでも帰るわよ。その話はあとで」
「わかった」
ラージは面倒事だな、とため息をついた。
おそらく、私に聞かれたら困る話なんだと思う。
私、兄弟の団欒を邪魔しちゃったかなあ。
「アレス、こっちだ」
ラージの後をついて行くと、緑色の建物に入った。水の音と水蒸気が流れてくる。
「風呂屋をしているから、夕方になると人がたくさん出入りするんだ」
家族が住むだけにしては広いなと感心していたら、人の集まる施設だったらしい。
「こっちの手伝いは人を雇っているから、アレスには食事当番だけ頼むよ」
「わかった」
ってことは、それなりに暇があるってことだよね。
「アレスの部屋はこっち。ここを好きに使ってくれ」
ベッドが1つと2人がけのテーブルがある、こじんまりとした部屋だ。そして、キッチンから一番近いらしい。
「ありがと」
「まあ、まずはお礼も兼ねて、風呂に入ってゆっくりしてくれ」
言うと、リンと一緒に下の階へ降りて行った。
お風呂にむかうと、入口が2つに分けられていて男女別になっているんだろうと推測する。
どっちが女用だろ。
「ジェリー、どっちにいく?」
『こっち!誰もいない』
誰もいないならどっちでもいっか。
中に入って脱衣所を抜けると、湯気の充満した空間が広がっていた。
しかし、真っ白で前が見にくい。
ふむ、ここで身体を洗うのかな。
こんなに湯気が充満しているところに入ったことがないから、なんか楽しいね。連れてきたジェリーも私の肩の上でプルプル揺れている。
身体を泡で包んで洗うのも好きだけど、ジェリーに洗ってもらうのも好き。
サバイバル前や戦闘前は、ジェリーに洗ってもらうと産毛までなくなって、風の抵抗が少なくなるから戦いやすくなる。水の中で対戦する時には効果がてきめんにわかるからね。
それにしてもこの中にいると、ものすごく汗をかくわ。
『ぷかぷかしたいんだけど。ぷかぷかないんだけど~』
ジェリーがぴょんぴょんウロウロしている。
「お風呂屋さんっていうくらいだから、どこかに湯船はあると思うよ」
『どこ~?』
ジェリーを乗せて、白い空間の中足を進めると、光が強いところがある。
「あそこから外に出られるみたいだね」
『おお~』
出ると、涼しい風が一気に吹いてくる。
景色も緑がいっぱいで、気持ちいい。
出てすぐの足元が湯船だった。
ジェリーがぷかぷかを楽しんで、どんどん進んでいってしまうのを追いかける。
「ちょっと!あんたなんで裸なのよ!」
急に大声が聞こえたかと思ったら何か飛んできた。
フッとよける。
「よけるんじゃないわよ!……ってあんた女だったの?」
「あ、リンだ」
白いワンピースを着て、仁王立ちのリンがいた。
「あ、リンだ、じゃないわよ。なんで裸なのよ。入浴着が置いてあったでしょう。ここ、混浴ゾーンなのよ」
入浴着なんてあったかなあ?
「気づかなかったね」
なにしろ、真っ白だったもんね。
「もしかして、だけど、あんたあっちから来たわよね」
リンの声がなんか震えてる。
「黒い暖簾は男風呂って知ってるわよね?」
黒い暖簾……あったね。
「ってことは、白い暖簾が女風呂なのかあ。勉強になったよ」
「もう!どんなど田舎から来たら、そんな風に育つのよ!」
私、むっちゃ怒られてる。
うん、ごめんってば。
それにしても、いい景色でいい湯だなあ。
ゆったり。
「いつまで入ってるつもりなのよ、その格好で!出るわよ、早く!誰か来ちゃうでしょ、バカ!」
腕をつかまれて引っ張られる。
もっとゆっくり入ってたいのに~。
ラージだってゆっくりしてこいって言ってたじゃん。
リンってこわくない?ぐすん。