40話 まともな指令官の不在
薄っすらと白く透き通る光に、最初は朝日が昇って光が反射しているのかな、と思っていた。
お屋敷を飛ばした衝撃音で、別棟から使用人たちがチラホラと出てきている。
まあ、みんな出てきてもすぐに動きが止まってしまっているんだけどね。
でも彼女達の無事を確認できて、私は胸をなでおろした。
「囲まれちゃってるね」
お姉ちゃんは周りをグルリと見渡すと「すっごい大きなドームに閉じ込められちゃってるみたい」とため息をついた。
さっきまでボッコボコに痛めつけていたジルベイダを立ち上がらせて、洗浄を施している。
「怪我を治してあげるとか、本当にただの身内喧嘩だったんだね」
あんなにやり合ってたのに、びっくりだ。
「この異常事態だもの。有能な人材はきちんと動けるようにしとかないと」
「有能?そんなこと思ってもないくせに」
ジルベイダがなんだか不貞腐れた。
「そんなことないよ。ジルベイダはこの中で3本の指に入る強力な人間じゃない」
「ふん!どうせ、本当はたいしたことないと思ってるんだろ!」
どこに卑屈になる要素があったんだろうか。
「あのねえ。
氾濫した川の土砂を瞬時に粉砕して村を救ったり、
鋭い牙を持った巨大なサーベルヒヒの群れに襲われてる子供を助けるために、
単なる散歩中で単騎丸腰なのにも関わらず乗り込んで討伐したりするジルベイダを、だれがそんな風に思うのよ」
おお、凄い人だったんだ、ジルベイダって。
けどジルベイダは相変わらず地面に指で丸を描いている。
「どうせ俺はその程度だ。姉上のように山を消し去ることも、父上のように魔物を土地ごと焼きつくすこともできないさ」
とかうじうじ言ってる。
なんか、涙が出てきた。比較対象が異常だと気づけよ。
「もう!ジルベイダのことを、ジルベイダが一番過小評価してるっていい加減気づきなよ!私達のだれもジルベイダができないなんて思ってないよ!ね、アレス」
「うん、かっこいいよね」
そして面倒くさいよね。
「え?」
地面に丸を描いていたジルベイダが、あんぐり口を開けてお姉ちゃんと私をを見上げた。
ついでにラージからは何かの圧力が発せられた。
「俺だってそのくらいやれる」とかなんとか、しつこく耳元で呟いてくる。
うん、わかったから。そうか、えらいぞ。
私は目でラージに伝えた。
「期待してるからね、ジルベイダ様」
「お、おおおおおおおう!まっ任せておけ!」
こっちでラージを褒めている間に、あっちでは仲直りしよ!がまだ続いていたらしい。
お姉ちゃんのキラリンな笑顔に、真っ赤に染まったジルベイダが鼻息も荒く宣言した。
「やあやあ、そこのラージくん。聞いたか?こんなにも期待されてる私を!
君はアレスティーナにでも守ってもらっていたまえ。彼女はそんなこともできる才女だが、お前にはできんだろう。
お前とアレスティーナじゃ全く釣り合ってないことに早く気づくんだな!」
大きく穴が開いて、湯気立っている場所を指しながらジルベイダが踏ん反り返ると、ラージが眉を上げた。
「そうですね。俺は暗殺と拷問が本分ですから、こういった力任せのことはアレスに任せましょう。ジルベイダ様、いつ死にますか?」
「ば、バカ言え!誰が死ぬか!」
ラージの威圧にガタガタと震え上がったジルベイダが、エスライトの後ろに隠れた。
「ラージ殿、その辺りで許して差し上げてください。ジルベイダ様は少し足りないところがいいのです」
「え?エスライト?」
ジルベイダがエスライトを見上げ、目をパチクリする。
「それから、ラメル様。あまりジルベイダ様を褒めないでください。ジルベイダ様が図に乗ったらどうするのです。ジルベイダ様は適度に自信なさげに、周りを頼るところがいいのです」
「え?エスライト?」
ジルベイダが耳をほじる仕草をした後「おかしなことが聴こえてきたが、気のせいか?」と首を傾げた。
不憫だ。不憫なおっさんがいる。
っていうかあれ?
エスライトがこういう人だってことは、だよ?
まともな指令者がここに1人もいないってことじゃない?
……となると、この後どうなってしまうのだろうか。
私がじっとエスライトを見つめていると、ラージが鼻を鳴らした。
「アレス、今頃気が変わっても、もう遅いからな。お前は俺のもんだ」
ん?




