25話 猫じゃないんだよ
屋敷の中が騒がしい。
部屋の外で、誰かの怒鳴る声がしてきた。
「お待ちください。この先は女ばかりの使用人棟でごさいます」
ミザリーが誰かを引き止める声だ。
「いや、アレスさんが部屋に戻っているか確認に来ただけですよ」
マーダの声だ。
この屋敷にはマーダのファンも多いから、マーダを引き止めようとしているミザリーは大変かもしれない。
それはかわいそうだな。
ラージは状況を知らせるために一旦村に帰ったので、今はこの部屋に私1人。
いなくてよかった。もしいたら騒動が起こる予感しかしない。
私は部屋のドアを開けると、マーダを見た。
「実家から戻りまして」
イヤミを言う私の姿を確認すると、彼は目を細めた。
「仕事の話をしましょう。もちろん心配でしたら、先日の部屋ではなく、表の入り口近くにご用意しますよ」
ミザリー達は気づいていないようだけど、殺気は彼女達に向けられているのだ。
「この間の分も当然いただけるんですよね」
この間、とは寝ていた間のことだ。
マーダはその意味をしっかりと理解してくれたようだ。
「もちろん、この後の協力いかんによっては如何程でもご用意いたしましょう」
偉そうな相手の、思い通りについていくのは癪だけど仕方ない。
彼らの目的を知らないことには、手の出しようもないし。
「アレス様」
心配そうなミザリーに小さく言付ける。
「ラージが帰ってきたら知らせて」
ミザリーがしっかり頷くのを確かめてマーダの後を追う。
用意された部屋は宿泊施設の玄関脇で、確かに警戒する必要がない。一見。
けど、部屋に足を踏み入れたとたん、全身の鳥肌が異常を知らせる。
ジェリーともトカゲンとも交信が途絶えた。
戻ろうにも何かに阻まれて、ドアにすらたどり着けない。
「どうしました。席におかけなさい」
濃密過ぎる魔力溜まりが、頭の中を揺さぶる。
「あなたは、この中にいて平気なの?」
普通の人間が、この中で正気を保てると思えない。
「ここは私にとって命の泉に等しい場所です。平気に決まっているでしょう」
命の泉?
「マーダ様、失礼致します」
部屋に従業員らしき男性が入ってきた。
「なんだ、今は交渉中だから後にしなさい」
私も何か言葉を発しようとしたけど、言葉にならない。
ドアまでの1ミートルに目に見えない壁がある。
「いえそれが、そちらの席に座れそうな方がお見えでして」
言うのと同時に10歳過ぎくらいの可愛らしい少年?が入ってきた。
「ワレはおいしい物を食べさせてくれるって言うからきたのだぞ」
猫耳だ。猫耳がついてる。
「すぐにご用意いたします」
「ワレ待つ!」
嬉しそうにこちらにやってくると、私の隣にちょんと腰掛けた。
マーダが唖然としている。
「この場所で平然としていられる、だと?」
マーダがこほんと咳払いをすると、「しばらくお待ちください」と席を立った。
「お主気分が悪いのか?ちと寄れ」
少年が私を肩に寄せると、息が楽になる。
「ふむ、お主、そんな髪色で、なぜ銀の匂いがするのじゃ?」
「銀の匂い、ですか?」
不思議な少年に思わず敬語になってしまう。
それに私、本当の髪色は銀だもんね。
「銀の者は希少でな。早く数を増やせばいいものを、いつも1人2人しか生まぬ。他の者と同じように、ばばっと10も20も産めば良いのに」
私のお母さんも子どもはお姉ちゃんと2人だね。
「銀の髪の色は少ないのですか?」
「そうじゃ。ワレが把握しているだけで、もうおらぬ者も含めてたったの7人じゃ」
そうなんだ。
年に2・3回来ていた商隊の中にも銀の髪の人が1人いたけど、あの人もその人数に入っているのだろうか。その人がいたから、銀の髪が少ないなんて思ったこともなかったんだよな。
そういえば、
「さっきまで声も出なかったのに、あなたがいると声が出ます。不思議ですね」
「ん?そうかもしれぬな。ここは魔素が多い。ふむ、これをやろう」
きらりと光る手の平ほどの平たい物だ。つい最近、これを見た。
「私の知り合いが、これを首にかけているのを見たことがあります」
これは、何?
「これはワレが気にいった者に配っているのだ。早く首にかけよ」
え?こう?
「そしてその者を思い描き呼ぶのだ。どんなに遠くにいても声を聞けるぞ。それは電話というのだ」
ラージの声を聞ける?
もう少し質問をしようとしたところで、ドアが開いた。
ラージの声を聞き損ねた。そんなこと言うから、ラージの声が聞きたくなってきちゃったじゃん。
「お待たせいたしました」
マーダが持ってきたのは、あの時のお菓子。
「どうぞ、きちんと2人分ございます」
ってあん時とおんなじ怪しい物なんて食うか!
お前、アホなんか!
「わ〜い。お主、いらんのか?食ってしまうぞ?」
ちょ、私が話をするのも聞かないで、ああ!
ムグムグ、グ〜。
ってマジか、早!




