化かし合い騙し合い
食卓にずらりと食事が並べられている。
焼き魚に煮魚にチビ達が好きな魚フライもある。考えられる魚レシピ全部試しましたと言わんばかりのテーブルだ。
チビ達は我先にと欲しい物に飛びつき、大人組を呆れさせている。
十七人もいれば、ただの食事もてんやわんやだ。
「あぁ、もう、いっぱいあるんだからみんなお行儀良くとりなさい! 後、釣ってきたマグナさんに感謝してね」
フィーネはもう完全にみんなのお母さんだな。
はやるチビ達を上手く押さえて、均等になるように料理を配ってくれている。
「はい、マグナさんの分はこれね。こっちはトウカちゃんの分だよ」
「ありがとうフィーネ」
俺はフィーネから料理をてんこ盛りにされた皿を受け取ると、トウカの前に置いた。
先ほど俺達を暗殺しに来た子を同じ食卓に招くなんて、なんて危険なことをしているんだと思われるかもしれない。でも、危険に対しての心配は無い。
俺の影はつねにトウカの影に重なるように操作して、危ない動きをした瞬間に縛ることが出来る。常に薄い影縄でゆるく縛っているような感じだ。
それにトウカも傷がなくなっているとは言え、存在の力を使い果たしかけたため全力は出せない。おそらくまともに出せる速度は普通の3分の1くらいだ。そこまで素早くはない。
トウカが全力を出せないのなら、暗殺にもちこまれてもフィーネとリンファは遅れをとらないだろう。
そんなクランに対する安全以外にも、俺はトウカを影で縛っている理由がある。
影使いであることはばれていなくても、俺が暗殺者なのは何かしらの理由で敵にばれている、と気付いたからだ。
そして、遠隔自爆で殺したはずのトウカが生きていると知れば、敵は必ず次の手を打ってくる。自分の情報が漏れないようにトウカを殺しにくるはずだ。
その凶手からトウカを守る必要がある。いざとなったら俺が影を使ってトウカを操って逃がす算段だ。
にしても、どこから俺の情報が漏れたかな? 心当たりがあるとすればギルドの換金帳簿かな。アティさんが支払い主不明の換金や、報酬が規定よりも多く払われているように見せかけた帳簿に細工しているって言っていた。
その帳簿を盗み見て、実際に冒険者に会って貰った金額を確認して水増しを裏付ける。そして、依頼に手を出していない登録冒険者を探せば、目立たないようにしていた俺が逆に浮かび上がってくる、といったところか。
帳簿の偽装までして大金を稼ぐFランク冒険者。確かに怪しいわな。
アティさんに言われた通り、ポイントをちゃんとつければ良かったか。
そんな考え事をしていたら、トウカが隣で不思議な言葉を呟いた。
「……意図が理解不能。こんなに沢山の料理を陳列してどうするの?」
「トウカもお腹が空いているだろ? たくさん美味しい物をお腹いっぱい食べるのって楽しいよ」
「美味しい物? ……楽しい?」
何か微妙に会話がかみ合わないな。もしかして、そもそもの常識が俺達とトウカの間でかなり間違っているのか?
「……トウカは普段何を食べるんだ?」
「丸薬。六時間毎に一粒摂取する」
トウカがポケットからタブレットケースを取り出して、中から黒い錠剤を取り出した。
え? 冗談だよな?
「本当に……これだけ?」
「肯定。これには必要な栄養が全て凝縮してある。胃の中で膨らむため空腹感も解消出来る」
「味は?」
「無味無臭。おかげでどんな状態でも飲み込める」
錠剤だけの食事が当たり前の生活なら、確かにたくさんの料理が並んでいるのは異様な光景かも知れない。
「もしかして、料理の食べ方も分からない?」
「……肯定。この武器のくせに刃と先端が研がれていない器具も使用用途が分からない」
フォークとナイフの使い方も知らないらしい。
暗殺技術と生活のための知識のバランスが悪すぎる。
トウカとは長いお付き合いになりそうだな。
やれやれ、拾ってきたのは俺だし、一肌脱ぐとしますか。
「これはこう使うんだよ」
「……? っ!?」
俺はトウカの手をとってナイフとフォークを持たせ、焼き魚の身を一緒に切り分けた。
ただ、それだけなのにトウカは声にならない声を出すわ、目が完全に威嚇の目になるわ、警戒する猫のように逃げ出して壁際に身を潜める、とかなり驚いた様子を見せた。
そんなにナイフとフォークの使い道に驚いたのだろうか。
「トウカどうかしたか?」
「……驚愕している。手をとられる際、気配を全く感じなかった……」
「あぁ、ごめん。どうも気配を消すのが癖になっていてさ。って、そっか。トウカもそうだもんな」
暗殺者にとって相手の動きに気付けず後ろを取られた、とい事実はかなり衝撃を受ける。
他人の隙を突いていたはずが、逆に隙を突かれていたなんて、割と笑えない状況になるからね。
「……やはり危険」
あちゃぁ、トウカが部屋の隅で縮こまって完全に警戒モードに入っちゃったなぁ。
しかも急に動いたせいで身体に負担がかかったのか、冷や汗が出ている。それぐらい苦しくても、表情を変えない辺りはさすがだと思うし、これから大変だとも思った。
似たような時期がフィーネにもリンファにもあったなぁ……。チビ達にもあったっけ。
「ほら、トウカが初めて自分で切った食べ物だ」
部屋の隅で俺を警戒するトウカの前に俺は皿を置いて距離を離した。
お互いに手も届かないけど、声は普通に聞こえるくらいの距離で目を見つめ合う。
「次は食べることを覚えろ。そうすれば、世界はトウカの思っている以上に広いことが分かるよ。たった一つで驚くんだ。その驚きがテーブルの上にはもっといっぱいあるし、街にはさらに多くある」
食べるようにすすめてみるが、トウカはジッと俺の目を見ながら動かなかった。
暗殺者に睨み付けられたまま飯を食べるのが難しいのは分かるけど、ここからは根比べだ。
俺はただひたすらにトウカを見守り続けた。
「意図不明……」
「意図なんてないからね。トウカが食べる所を見たいだけだよ」
二人の睨めっこが続くこと数十分、トウカがようやく切り身に手をつける。
そして、恐る恐ると言った感じで口の中に入れて飲み込んだ。
食べた。トウカが食べたよ!
「っ!?」
右目だけをまん丸にして驚いてるよ!
そう言えば、涙も零れていたのは右目だけだったな。
この子、よく見たら左眼を義眼にされている。微妙に目の応答が左右で違うんだ。
その義眼にそっと影を這わせると、影を通じて複数の魔力を感じとった。これ、ただの義眼じゃないな。影が抵抗を感じる方向からして、魔力が外に漏れている? それに構造が何か機械っぽい。
ん、外に漏れる? あぁ、そういうことだったのか。睨めっこをし続けたことで、トウカが殺されることを任務にしていた理由もようやく分かった。
家の中を覗いていた極小の魔力により鑑定魔法と、トウカの義眼は繋がっていて、トウカの義眼で見た光景がマスターとやらに送られていたんだろう。
てめぇの尻尾を捕まえたぞ。クソ野郎。
今すぐ殺しに行ってやる。
と言いたい所だけど、俺はここで敢えて動かないことを選んだ。
相手は慎重で狡猾な敵だ。ならば、こちらも罠を張り巡らせよう。
「トウカ。それが美味しいって気持ちだ。楽しいだろ?」
トウカの義眼にも、マスターとやらの意図にも気付いていない振りをし続けて微笑んでみせた。
すぐに手を下さない理由はいくつかある。その中で一番大きな理由はクランの身の安全確保だ。
遠隔の爆弾がトウカの身体の中にまだあるかもしれない。
その場合、今ここで俺が下手に動けば、フィーネ、リンファ、ブランの大人組もチビ達も全員殺される可能性がある。
それに、敵が欲しいのは俺のスキルの情報だ。となれば、俺が気付いていない振りさえし続ければ、敵は観察に徹するはず。
だから、今この時間だけは何が何でもシラを切り通す。そして、みんなの安全が確保された瞬間に一気に攻めに転じてやる。
今は我慢の時間、情報戦の仕掛け合いをする時だ。
暗殺者は騙し合いと化かし合いの世界で生きている。
俺は無害ですよ。あなたに害を与えませんよ、という顔で近づいて、ぶすりとやるのだ。
それは実戦だけではない。情報戦でも同じだ。
真偽入り交えて相手を騙す。全く別の物を信じさせて、敵を動かし、裏をかいて首を取る。
そのためにも、最高の一撃をここで放つ。
「トウカ、この家のルールは独り立ちするための力をつける場所だ。独り立ち出来るのなら仕事は何でも良いんだけど、トウカの腕なら今でも冒険者になれると思う。狩りを通じて冒険者の常識も教えてあげるし、明日一緒に狩りいかないか?」
「あー! いいなぁー! うちもマグっちと一緒が良い! 今日だってマグっちのスキルでリザードマンの群れから助けてもらったしなぁ。すごかったんよー。こう一刀で敵をスパパーンって十匹倒したんや」
狙ったか狙っていないかは分からないけど、リンファのやつナイスアシスト。
「……行く」
よし、トウカが食いついた。本人かマスターかどっちの意思で食いついたのかは分からないけど、これで今日一日の安全は確保出来た。
クランの身内に手を出すより、俺が魔物と戦っているのを見ている方が遙かに低リスクで、得られる情報も多いだろう。そう思わせるだけの餌もリンファが運良くまいてくれた。お礼に今度仕事が終わったら甘い物でも一緒に食べに行こう。
さて今、敵は思わぬ幸運と餌を前に舌なめずりしているはずだ。
勝負は明日。必ず居場所を突き止めて、殺してやる。