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暗殺人形十番

 さて、どうやって無力化したものかと思案した瞬間だった。

 白の少女がこちらに向かって歩いてきた。

 気付かれた? 俺が? 六属性の魔力を持っていないせいで、魔力検知は効かない体質だぞ? 殺気も漏らしていないはず。気配を感じ取らせるような物は一切漏らしていない。


 それなのに、今度は目が合った。


 そして、その瞬間、少女が地面を蹴って跳躍してきた。一回の跳躍で踏み込めるギリギリのラインを見極めた動きだ。間違い無い、この子は俺と同じ一流の暗殺者だ。


「ちっ。考える暇は無しか」


 いきなり影で縛るのも良いが、今までの敵とは明らかに練度が違う。

 この白い少女の練度がどこまで本物なのか知る必要が出来た。


 もし、彼女の力が本物の一流なら報酬も尋常じゃ無いはずだ。

 人の暗殺依頼は基本的に高いし、腕の良い暗殺者の報酬はさらに高い。彼女を雇っている人間はそれだけの金を払ってでも、俺達クランを潰そうとする相手になる。


 そうなれば、俺はクランが潰される前にその黒幕を殺す必要がある。

 さぁ、戦闘術の腕はどうだ?


 俺も戦闘態勢に入って瞬時に構えた。

 少女の初手は、真っ直ぐ俺の懐に飛び込んでから放つ掌底打ちだった。

 その攻撃を俺は大きく後ろに下がりながら避ける。


「この子……やるな」


 たった一回の攻撃で、俺はこの子がフィーネ達を狙わなくて良かったと心底思った。


 影を使わなかったとはいえ、俺が距離を取らされたからだ。


 少女の袖口から銀の刃がせり出て、銀色の剣閃が目の前で光ったせいだ。

 光った武器は仕込み刃、袖口に隠す暗殺者の武器のうちの一つだ。


 一流の暗殺者は武器を持っていることを、死の間際まで他人に気付かせない。

 この白い女の子はその一流の領域に達していた。素早いだけじゃなくて仕込み刃の隠し方も上手い。


 いつものように最小限の避け方をしていたら首が切られた。

 指輪が中指にあったから怪しいと思ったけど、暗殺者じゃ無い人間だったら気がつかないだろう。


 標的が気付いた時には死んでいる。それでも何故死んだのかは分からない。そう思わすことの出来る一流の暗殺者による一撃だった。

 この子、やっぱりやり手だ。手を抜かず、次踏み込んできたら影で縛って生け捕りにしてやる。


「プランA失敗……。プランBに移行」


 追撃してくるかと思いきや、白い少女は身を翻して逃げ出した。

 こいつ、引き際を分かっている。

 真正面からの戦闘になれば必ず自分が負けると知って、すぐ身を隠す判断力がある。

 その判断力があれば、恐らく身を隠してから再度奇襲をしかける算段も出来ているはずだ。

 俺が追えば罠が口を開けて待っていて、罠に躊躇して追わなければ、また別の機会に再度暗殺しにやってくる。

 

 どっちを選んでも面倒事しか待っていないようだな。


 ならばやることはどっちでもない。相手の用意していない俺が作る三つ目の選択だ。


「逃がすかっ! 影縫い!」


 俺も咄嗟にナイフを少女の影に投げて、彼女の動きを止めた。

 追うわけでも無く、逃がすわけでも無く、そもそも逃がさないという選択肢を俺は選んだ。


 こいつに少しでも時間を与えるとヤバイと思ったんだ。


 俺ならともかくフィーネ、リンファ、チビ達が狙われたら殺される。こんな手練れを差し向けてくるなんてどこの誰だ?


 ここで確実に捕まえて、背後にいるヤツを聞き出さないと。

 幸い影縫いは効いているみたいだし、ゆっくり話が出来そうだ。


「お前は誰だ? お前の後ろには誰がいる?」

「プランB失敗……。プランCに移行。私を殺して。それで私の任務は終了する」

「は?」


 俺の問いに彼女は全く臆すること無く殺せと頼んできた。


 人を殺しに来た暗殺者が殺されたいって、こいつ何を言ってるんだ?

 あまりにも突飛過ぎて、俺は一瞬呆気にとられた。


「雇い主に死ねと言われて来たのか?」

「そう。あなたを殺すか、私が死ぬか。あなたは殺せそうにない。だから、死ぬことにした」


「ちょっと待て。お前は暗殺者だろ? 報酬はどうした? それじゃ受け取れないだろ? 家族か代理人が受け取るとかか?」

「報酬は無い。家族もない」


「なら、何故死ねる?」

「私はただ言われた通りに標的を殺すだけ。マスターに死ねと言われたら死ぬだけ」


 少女の言葉が本当なら、この子は雇われの暗殺者じゃない。ましてや自分の意思があって俺を殺しに来たわけでも無い。


 ただ誰かに自分の身も心も全て奪われて、思うがままに動かされている操り人形そのものだ。


 魔力を帯びた人形の魔物の暴走人形キラードールそっくりだ。

 まいったな。思ったより心の傷と闇が深そうな子だった。

 出会い頭に殺さなくて良かった。この子は救って良い子だ。


「もう一度聞く。お前の雇い主は誰だ?」

「答えない。マスターへの忠誠は絶対」


 感情の乗らない口調、冷め切った瞳、諦めではなくマスターの言葉が全てだと受け入れているからこそ取れる態度だ。

 そうだとしたら俺はこいつを殺すわけにはいかない。


「君は殺さない。殺させない」

「理解……不能……。私はあなたを殺しに来た」


「知ってるよ。だからこそだ」


 これだけ会話を交わせば、相手の目的は推測出来る。


 キーワードは俺に殺されてもこの子の任務は成功する、という言葉だ。

 その言葉の意味の裏には、死ぬことで誰かが何か得る物があると言っているようなものだ。

 この子が死んだら大きな戦力を失う。

 それでも得られる見返りがあるとすれば俺の情報くらいだろう。


 こいつのマスターとやらはどこかで俺達のやりとりを見ていて、俺が影を使うのを待っている。


 俺は影スキルを見た敵を全て殺してきた。だから、俺のスキルの情報はほとんど出回っていない。誰にも覚えることが出来ない初見殺しだ。

 だから、俺に会ったら逃げろ。訳も分からず殺されるぞ、という噂は広がった。


 そんな未解明だった俺のスキルを解明できれば、俺を殺せる糸口が掴めるかもしれない。

 そう考えれば、人の命を数人賭けたって構わないのだろう。


「君のマスターが知りたいのは、俺のスキルのことか?」

「不明。私はただあなたに殺されれば良い。それがマスターの意思」


 残念ながら敵の真意は分からない。でも、もう一つだけ考えられる残酷な可能性がある。

 こうやって俺が油断して話をしている時に、この少女を使って不意打ちを仕掛ける可能性だ。


 そしてそんな俺の予想通り、少女の背中で爆弾が爆発し、血しぶきと共に紫色の煙が一気に噴き上がった。

「よりにもよって遠隔の自爆か」

「死ねという任務すら達成出来ない私は不良品……」


 煙の成分は何か分からないけど、咄嗟に息を止めた。

 それに少女の言葉で反射的にこれが毒の煙だと理解したからだ。

 敵もろとも死ぬための物なら、毒以外に考えられない。


 どうやらこの子のマスターとやらも、相当やり手な暗殺者らしいな。

 最高の不意打ちを貰ったよ。普通の人間ならこの煙の毒を吸ってあの世行きだ。


 暗殺者の端くれなら俺と同じように毒だと判断して息を止められるけど、ご丁寧に爆発で広げているおかげで、かなり広範囲に毒が舞っている。

 普通の暗殺者でも逃げることは出来ない死の領域を、全く気付かれないように作り出しやがった。


 暗殺能力の高さだけなら認めてやる。誰だか分からないけど、この借りはきっちり返すぞ。今回は前金だけでも頂いていく!


「影渡り!」


 少女を抱きしめながら俺は影の扉に一緒に倒れ込んで、俺は影を通じて毒煙の中を離脱した。


 転移した場所は街から離れた山の中。そこで俺はすぐさま少女の服を引き裂いた。

 家の中に転移して治療をする方が衛生的でリンファ達の助けも受けられる。でも、この子のマスターが家に手を出してくる可能性が高い。あいつらは巻き込めない。


 それに、今からの言葉は二人に聞かせるのはちょっと不味い気がした。


「俺は君が欲しくなった」

「……あ……うぅ……」


「君みたいな強くて可愛い子を、ろくでなしの所に置いておくのが許せないからね。君は俺が引き取る」


 血まみれになった少女の背中に急いで解毒薬をかけたが、少女の脈拍はどんどん弱くなっていく。

 毒煙を発生させた爆弾をもろに背中で食らったせいか、毒よりも外傷と失血で死にそうになっているようだ。


 腕なんかは辛うじて繋がっている感じで、今にも取れるんじゃないかと思うほどの酷い傷を負っている。


「……死にたく……ない……。マスター……私は……」

「死なせないよ。転傷影」


 息がある限り、心臓が動く限り、存在しようとする意思のある実体がある限り、俺はその傷を影に移すことが出来る。

 忠誠は絶対だとか、私は不要だとか、そんなことを言わせる人間を主人にして、ようやく出た本音が死の間際の死にたくない、の一言なんて、悲しすぎる。


 生きて自分の意思を取り戻させるんだ。

 自分の意思で生きていけるように、そして生きていたら誰かがいてくれるって理解出来るように。


 例えこの先主人との決別が待っていようと、俺はこの子に生きて欲しい。こんな死に方で終わって欲しくなかった。


「ギリギリ……だったかな」


 白い少女の影に身体の受けたダメージを移したせいで、影が消えかけている。

 後もう少し遅れれば完全に消えてしまっただろう。影が消えてしまえば本体も存在を保つことが出来ない。影断ちと同じように死んでしまう。


 そういう意味では非常に危なかった。


「あれ? 私は……」

「君は一度死んだと言って良いほどのダメージを受けた。あまり無理しない方が良い」


「なら、あなたも死んだ?」

「いや、生きてる。自分の足下を見てみると良いよ。今意識のある理由が分かる」


「……影が消滅してる?」

「君の存在する力を代償に君の身体を治療した。痛みは無いけど無理はすると死ぬから気を付けて」


「私の命を助ける理由がない」

「俺はどうしても君の名前が知りたかった。あ、俺はマグナ。君の標的になったから知っているとは思うけど念のため」


「……え?」


 俺の言葉で少女は固まった。

 殺そうとした相手に助けられて、助けられた理由が名前を知りたかったからと言われれば、誰だって戸惑うか。


 でも、俺は嘘をついていない。この子の名前が分かれば伝手を辿って色々な情報にあたれる。それこそこの子のマスターとやらを突き止めることだって可能だ。

 そうなれば、俺が勝手に突き止めただけで、この子は誰も裏切っていない。


「名前……無い」

「え? なら、マスターからは何て呼ばれてたんだ?」

「十番」

「番号?」

「……そうとしか呼ばれたこと無い。私は十番。人形ドールの十番」


 裏にいる人間はどうやら一筋縄じゃいかないヤツだな。

 徹底的に痕跡を残さないように警戒しているようだ。

 子供達から名前を取り上げて、おそらく洗脳術か何かで絶対的な忠誠を誓わせている。


 さらに任務に失敗したら、子供でも容赦なく自爆させて敵を殺そうとする。この自爆の良い所は、万が一自爆で敵を殺せなくても、死人では情報を漏らすことが出来ない所だ。


 俺達を狙っている敵は何処までもずる賢く、誰よりも慎重かつ臆病で、呆れるほどに一流の暗殺者としての行動が出来る相手だった。

 ならば、俺の物は何一つ奪わせない。それだけじゃない。俺は全力でそいつから全てを奪ってみせる。


「トウカ」

「え?」


「君の名前だよ。今、俺がつけた。トウカ、君は一度死んだ。俺に殺されたんだ。そして、俺に生かされた。だから、この新しい君の命も、傷だらけの身体も、空っぽな心も全て俺が貰う」

「私は……マスターの……お人形……」


「違う。君はトウカ。君は人形じゃない。一人の人間で、俺の新しい家族だ」

「トウカ……私の名前……あ、あぁぁぁ!?」


 俺は片目だけで涙を流し続ける裸のトウカに自分の服を着せて抱きしめると、影を通って家に帰った。


 そして、家に新しい家族を連れて帰ってきたらやることは一つ。

 みんなをリビングに集めて――。


「みんな、今日から一緒に暮らすことになったトウカだ」

「あはは、また賑やかになるね。いらっしゃいトウカちゃん」

「いらっしゃーい」

「トウカちゃんよろしくねー」


 みんながみんないつものことだと笑ってトウカを受け入れる。

 そして、マグナは相変わらずだとみんなで呆れて笑う。

 そんな暖かな空気の中で、トウカは目をぱちくりとさせていた。


 まずは一つ。マスターとやらからトウカを奪い取った。

 待ってろよ今度は俺が攻める番だ。

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