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クランのルール

 魚もいっぱい釣れたし、今晩は魚料理のフルコースかなーとワクワクしながら家の門を開けると、夕方にもかかわらず玄関の拭き掃除しているエルフ娘のフィーネがいた。


「ただいま。って、こんな時間に掃除なんて珍しいねフィーネ」

「あ、マグナさんおかえりさない。ちょっと招いていないお客さんを追い返した後のお掃除に時間かかっちゃって。すぐご飯の準備始めるから」


「またか……。おおかた俺とリンファが一緒に街の外に行ったのを見て、誰か一人でも誘拐しようってところかな」

「そうなの。問答無用だったから、問答無用でやり返しちゃった」


 テヘ。と舌を出してフィーネが笑う。

 フィーネはエルフとしては幼い。

 見た目に油断して誘拐しようとしたのなら情報収集をおこなってない雑魚暗殺者。

 情報収集をおこなった上で勝てると思ってやってきたのなら自分の力に思い上がった三流暗殺者だ。

 それぐらいの相手ならフィーネが何とかしてくれる。それ以上の相手なら俺が殺す。


「フィーネが家にいてくれて本当に助かるよ」

「ハーフエルフの私がいても良い場所をくれたんだもん。ここを守るのはあたいの役目だよ」


 フィーネは人間とエルフのハーフの子だ。身体の成長はエルフ並に遅いけど、魔力の成長は人間並みに早かった。

 エルフの寿命は人間の二倍ある代わりに、成長速度が人間の半分くらいしかない。そんなエルフは二十歳を過ぎた辺りで成長期が来て、魔力が一気に成長し始める。

 つまり、十六歳のフィーネはエルフとしてならまだまだ魔法も使えない子供でしかない。


 だけど、フィーネは人間とのハーフだったせいで、生まれてすぐにエルフの持つ膨大な魔力を使うことが出来た。


 身体はエルフだけど中身は人間に近かった。


 そんなエルフらしくない早熟性と人間の血がエルフの里で嫌悪されて、フィーネは里を追い出された。そして、追い出された人里ではハーフエルフという希少さで捕まり、悪徳商人の商品にされた。


 その悪徳商人を俺が暗殺して奴隷達を解放したのに、濁った目で一人その場に残り続けたのがフィーネだった。

 俺はその目を見て初めて人を拾ってみた。

 そして、人にもエルフにも絶望していたフィーネをとにかく世話してみた。


 ずーっと口を黙ったまま部屋の端っこに座っていたフィーネと一日中睨めっこをしたり、一日中頭を撫でてみたり、ご飯を食べさせたりしていたら、ある日フィーネの方から俺に触れてきた。

 そんなフィーネを膝の上に乗せて一日を過ごしていたら、ようやく心を開いてくれて事情を説明してくれた。


 その時からずっとこうやって家とクランを守る世話役をしてくれている。


「これからもチビ達を頼むね」

「うん、任せて」


 ここにいる子達はフィーネを含めて全員過去に傷がある上に、俺がその原因を屠って連れてきた子達だ。そのため、前の事件で出来た逆恨みで子供達を狙ったり、フィーネ達自身の希少性を求めたりする人間が襲ってくる。


 とはいえ、優秀な魔法使いの多いエルフの里の大人ですら恐怖させるフィーネにとってみれば、そこらへんの暗殺者やチンピラの撃退くらいは朝飯前だった。

 というかやり過ぎるくらいで、余計に恨みを買っている気がするけれどね。

 俺よりもフィーネの方が多分悪い意味で有名になっている気がするから。


 暗殺者やチンピラを撃退しすぎて、《無登録の殺戮者》通称ネームレスなんて呼ばれて、「ネームレスに手を出すな。ちょっかい出さなければ無害だ」なんて噂が広がっている。

 学校に行ったことも無ければ、冒険者ギルドに登録もされていないのに、ここまで有名になってしまった。


「招待していないお客様はどうしたの?」

「片腕がなくなって逃げたよ」


「……その片腕は?」

「咄嗟の反射で消し炭にしちゃった。ただ、やっぱりスス汚れって目立っちゃうから、次は気を付けるね」


 敵意を持って襲ってきた連中に同情はしないけど、さらっと言ってのけるあたり、この子を外に出すのはまだ危ないかなぁ、と心配になるよ。

 うっかりで片腕どころか人そのものを消し炭にしかねない。

 フィーネを犯罪者にする訳にはいかないし、当分は家に居候決定だなぁ。


「魔力制御の練習続けてね」

「うん。それよりもマグナさん、リンファちゃん、その背負ってるものは何?」


 敵の片腕吹き飛ばしておいて、それよりもと言ってのけるタフさはすごい。もう、俺の魚しか見てない。


「あぁ、今日の仕事は湖でね。仕事あがりに釣りをしていたんだよ。いっぱい釣れたから今夜はごちそうにして欲しいな」

「へー、リンファちゃんと二人きりで?」


 フィーネがちょっと悔しそうに頬を膨らませた。

 こうなると、今夜はいつもより引っ付いてくるかも。


「うん、仕事が終わった後、二人でデートしてきた」

「いいなぁ。マグナさん、今度のお休みはあたいを誘ってよ」


「いいよ。どこか行きたい場所をある?」

「うーん、あ、今日はあたいがマグナさんと寝る日だし、今夜寝る時に一緒に考えよ」


 俺とリンファとは恋人だけど、俺はフィーネとも恋人関係を築いていた。

 そのことをフィーネもリンファもお互いに知っていて、特に隠す必要性もないので俺はその場であっさりデートのことを言ったし、申し込みを受けた。


 家に居候している子達からはしょっちゅう遊びに行こうと誘われるから、フィーネもリンファも俺が他の子とデートしても目くじらを立てない子で良かったと思う。

 他の子達は十歳以下だから恋人というよりかは、お父さんとかお兄ちゃんみたいな扱いなんだろうけどね。


 そんな俺と居候の子達の関係性を知らない人が来ると、この状況に大体驚かれる。

 この前保護したブランもやっぱり戸惑っていた。


「あ、あの、デートということはマグナ様とリンファ様は恋人なんですか?」

「うん、そうだね。告白されてから1年くらい経ったかな?」


「フィーネ様とは? なんか一緒に寝るとか聞こえた気がしたのですが……」

「恋人だよ。告白されてから1年半くらい。出会ったのはもうちょっと前だけど」


「そんなあっさり!? ま、まさか他の子とも?」

「んー、将来はマグナのお嫁さんになってあげるー。とか言ってくれるけど、まだまだ子供だからね。本気にしてないよ?」


 単なる子供の可愛い愛情表現だ。

 嬉しいか嬉しくないかって問われれば、嬉しいって答えるけどね。

 大きくなっても本気でそう思えるのなら、受け入れる準備はあるし、ドンと来いだ。


「まさか私もそのつもりで拾ってくれたんですか?」

「あぁ、誤解を与えたのならごめん。安心して。恋人にするために連れてきた訳じゃ無いし、慰み者にするつもりも、奴隷にするつもりもない。俺はみんなが自分で生きていく力を手に入れるまでの居場所を作っているだけ。俺は別に好きになる必要はないけど、ここに一緒に住む子達のことは好きになって欲しいな」


 同居人達と仲良くしてくれることが大事で、俺を好きになるよう強制するつもりはないんだ。

 それでも俺のことを好きになってくれるのなら、俺はその気持ちを真っ直ぐ受け止めるだけだ。フィーネとリンファもそうやって俺の恋人になったしね。


「マグナ様はお優しいんですね。どうしてそこまで出来るんですか?」

「俺は六属性の魔法が一つも使えなくてさ。誰も俺の事を相手にしてくれなくて、学校も入れなかった。でも、師は俺の才能を見出して拾ってくれた。だから、俺も師匠に負けないように居場所を作れる人間になりたかった」


「あ、ごめんなさい……」

「謝らなくて良いよ。だって、学校に行けず、魔法も使えなかったおかげで、俺はブランを助けられた。むしろ謝らないといけないのは、ブランのご両親を助けられなかった俺の方だよ。もっと早く助けに行けたらってね」


 怒っていないことを伝えるために、頭を下げたブランの髪を優しく撫でた。

 なにせブランも山賊被害で両親を失った子だ。まだ現実感が湧かない中で余計な心労をかけたくない。


「だから、ブラン、やりたいことがあったら俺じゃなくても、フィーネやリンファに相談してみて。独り立ちする応援はみんなでするから」

「ありがとうございます。一日でも早く恩返し出来るように私頑張ります」


「なら、早速お手伝いをお願い出来るかな? 魚料理を作るお手伝いは出来る?」

「はい! フィーネ姉様のお手伝いをずっとしてきたので!」


 来たばっかりのブランより今のブランの方が元気になったみたいだ。

 とりあえず、フィーネとの相性が良いのなら、このままフィーネに任せようかな。


「フィーネ、勝手にブランに手伝いさせちゃうことにしたけど、頼める?」

「いいよ。にしても、マグナさんは無自覚だよね。また家族が増えそうだよ」


「え?」

「何でも無いよ。そんな所も好きになっちゃったんだから」


「俺もフィーネのこと好きだよ。優しくて気配りが出来るところ頼りにしてる」

「えへへ。晩ご飯楽しみにしててね。二人が釣ってきたお魚で美味しいご飯作っちゃうから。あ、そうだ頑張ってお魚を釣ってきたマグナさんにお礼」


 フィーネがぴょんと俺の胸に抱きついて、唇を頬に触れさせた。

 フィーネも大人しく見えて結構ぐいぐい来るタイプだよなぁ。好意を意外にストレートにぶつけてくれて、嬉しいし、ちょっと恥ずかしい。

 俺がフィーネの可愛らしいキスのお礼に彼女の頭をなでてやると、フィーネは嬉しそうにブランを連れて台所へと消えた。


 ご飯の出来が楽しみだ。


「さてと、それじゃご飯の時間までチビ達の遊ぶ約束を果たすか」


 チャンバラしようとか、おままごとしようとか、うちのチビ達は俺を同い年の子供のように扱ってくるから、魔物退治とかより大変だ。


 暗殺の依頼よりもよっぽどチビ達が満足するまで遊ぶ方が難しい気がするよ。


「むー、マグっちー。うちとも遊ぼうよー」


 おかしいなぁ。もう既に一人前だと思っているリンファも何か子供っぽい。

 そんなところも可愛いけれど、今はちょっと大人組として聞き分けてもらおう。


「二人きりは難しいから、これで我慢して欲しいな」

「マグっち!?」


「今日は楽しかったよ。また今度デートしよう。だから、今はチビ達の面倒を一緒に見て欲しいな」


 リンファを抱き寄せて額にキスをしてから、頭を撫でながらお願いしてみた。すると、リンファの尻尾がぱたぱたと慌ただしく左右に揺れ出した。


「しょ、しょしょしょ、しょうがないなーマグっちは。そ、そそそ、そこまで言われたら手伝ってあげようかな?」

「ありがとう」


 必死に落ち着いているように見せようとしている姿もかわいい。

 ちょっとからかいたくなるけど、今は我慢だ。


「あのさ……ご褒美にって訳じゃないんだけど……後で尻尾の毛繕いもお願いしてええ? マグっちにしかお願いできないから……。マグっちがフィーと寝る前の時間で良いから……。尻尾が火照っちゃって……眠れそうにない」

「うん、いいよ」


 毛繕いと言ってもリンファの尻尾をクシでとくだけだ。

 それだけなんだけど、リンファの尻尾は触れているだけで気持ちが良いし、何度か毛繕い中にリンファの尻尾で眠ったこともあったっけ。


 獣人にとって尻尾の毛繕いは少し特別で、家族か恋人くらいにしか頼まないのが彼女達の常識らしい。

 俺には尻尾が無いからわからないけど、とっても敏感らしくて、尻尾の根元に触れるとビクッと震える反応をする。


 そんなチビ達と遊んだり、恋人と触れあう時間を楽しんだり、楽しい時間ばかり過ぎれば良いのにと思う。

 でも、それを阻もうとする敵も大勢いた。

 ユラユラと揺れていたリンファの尻尾が急にピーンと張ったのだ。


「ん、マグっち。どうやらフィーの言ってた敵が戻ってきたみたい。数は一人やね。多分、フィーも気付いとる。めっちゃか細い魔力を使って探索型の魔法で家の中探られてる。この魔力の匂いは……鑑定もしてる? 誰か探しているみたい。うちらでようやく気付くレベルとなると、相当な使い手かも……マグっち気を付けて」


 チリンチリーンと鈴の音が全ての部屋で一斉に鳴った。

 フィーネの取り付けた警報鈴の音とリンファの魔法使いとしてのセンサーで、俺達はこの家に魔力が向けられていることに気がついた。


 またどこかの誰かが子供達か彼女達を狙っているらしい。しかも、のぞきから始めるなんて趣味が悪い奴もいたもんだ。


「……リンファ。チビ達を頼む」


 さっきの面倒を見るとは全く違う意味でお願いをした。


「わかった。マグっちの姿を見せんようにフィーと一緒にチビ達の視線を上手く集めとくね」

「ありがとう」


 自分達のいる場所は安全な場所なんだと安心してもらうためにも、何事も無かったかのように大人組が振る舞う一方で、危険の芽を俺が摘む。

 それが俺とリンファとフィーネの作った内緒のルールだった。


 そのルールを守るため、俺は自室に戻るとフードを深く被って顔を隠した。

 敵はきっと俺達が全員家の中にいると思っているはず。そして、顔がわからない相手にいきなり襲いかかれない。

 その心理を突くために、俺は扉の影から敵の潜む路地裏へと影を通じて転移した。


 一瞬で敵を無力化する。


 そのつもりでいたけど足が止まった。


 影の中から敵を確認するとそこにいたのは分かりやすいチンピラでもなく、歴戦の暗殺者風の男でもなく、暗殺者とはとても思えない儚げな白いゴスロリ少女がいたんだ。


 黒い髪はツインテールに結ばれ、服とスカートはひたすらヒラヒラがいっぱいついている。

 全身黒ずくめの俺とは正反対で、白いお人形さんのような見た目をしている。


 殺気は微塵も感じられない。それどころか生気すら感じられない。魔力を家に向けられて、のぞかれていることを知らなければ、出来の良い人形だと思って素通りしてしまっただろう。


 本当に敵意が無いのか、それとも殺気を感じさせずに人を殺す一流の暗殺者か。

 見極めるか。


 仮にこいつが一流の暗殺者だとしたら、こいつを雇ったか育てた裏にいるヤツも含めて興味が沸いてきたしね。


 さらに言えば、俺の直感がこの子を殺すなとささやいていた。俺達と同じ匂いがする。そんな気がしたんだ。


 やれやれ、アティさんにまた拾ったの!? って驚かれそうだ。

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