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お仕事しながらデートする

 美味しい仕事が無いと俺は一気に暇になる。運が良いのか悪いのか、今日は高額な魔物退治依頼も賞金首の暗殺依頼もなかった。


 ゴブリンやオークと言った低級魔物討伐依頼は毎日のように貼ってあるけど、俺が受けちゃうと他の冒険者が困るから止めて欲しいと止められているからだ。


 駆け出し冒険者の分も全部狩り尽くしちゃうからね。彼らの仕事が無くなって路頭に迷ってしまう。


 家にいる居候も駆け出しの冒険者で、彼女の仕事を奪う訳にもいかない。

 そんな家のもう一人の収入源、リンファがふわふわな尻尾をユラユラさせながら掲示板を眺めていた。


「よーし、これにしよ」

「リザードマンか。リンファの力なら余裕だろうね」


 リンファのレベルはD50。メキメキと実力をつけてF級からあっという間にD級に上がった。

 リザードマンはゴブリンやオークをソロでも余裕で狩れるようになったE級冒険者が、次に手を出す魔物だ。


「マグっちはどのお仕事にする?」

「……今日は仕事が無いな。上級魔物の出現情報もないし」


 ガッカリだ。アティさんにアイコンタクトを送っても首を横に振っている。普通のお仕事も赤いお仕事もないということだろう。


「マグっち、うちお願いがあるんやけど……」

「ん? なに?」


「うちと一緒にミネア湖に行って貰ってもええ?」

「いつものパーティは?」


「そのー……マグっちと一緒がええなぁ」

「一人の方が取り分多いよ?」


「ガクッ! マグっちー! そりゃないわー! 察してよ!」


 落ち込んだり、怒ったりリンファの表情がコロコロ変わる。

 表情に合わせてしゃがみ込んだ後、飛び起きたと思ったら手を大きく振って忙しい子だなぁ。


「デートしよって言ってるんや! デート! お仕事ついでにピクニックしたい! 今週はフィーがマグっちの添い寝の週だし! 昼間はマグっちがデートの先約とかお仕事入れてるし! 私も恋人なのに遊んでくれないから欲求不満! マグニウムが足りない!」


 マグニウムという物質がある訳ではなく、リンファは俺と一緒にいる時間のことを何故かマグニウムと名付けている。


 仕事を大まじめに探しているかと思いきや、遊びに誘ってくれていたとは気がつかなかった。


 言われて見れば最近は他の子と一緒にいたな。恋人として少し寂しい思いをさせてしまったか。


「あぁ、そういうことか。誘ってくれて嬉しいよ。二人きりのデートは久しぶりだし、楽しみだよ」

「どうせ忙しいとか言って断るんやろ――今なんて?」


「久しぶりに二人きりでデートしよう。ごめんな気付いてやれなくて」

「いやったー! マグっちー!」


「嬉しいのはわかったけど、動けなくなるから尻尾を巻き付けるのは止めてよ」


 リンファが腕に抱きついてきて、尻尾を俺の身体に巻き付けてきた。

 慕ってくれるのは嬉しいし、尻尾はふかふかで気持ち良いんだけど動きにくい。


「あれやったらこのまま運ぼか?」

「俺は荷物じゃない。リンファの尻尾はふかふかで気持ち良いけど、出来れば手を繋いで一緒に歩きたいかな」


「っ!? しょ、しょうがないなー。ええよ、手繋ご」


 カーッと顔を赤くしたリンファが尻尾をほどいて、身体をピッタリと寄り添わせてくると、指を絡めるように手を握ってきた。

 彼女の柔らかな手はほんのりとひんやりしていて気持ち良い。


「釣りの道具もついでに持って行くか。今日の晩ご飯の足しになる」

「お、ええねー!」


「リンファの仕事が終わった後にね」

「おっとー……うちの責任重大やん。それやったらパパッと仕事片付けて、たっぷりマグナニウムを補給させてもらお。えへへー、マグっちを昼間に独占出来るなんて冒険者になってよかったー」


 こうして俺はリンファの仕事を見守ることを口実に、湖までデートを楽しむことにした。



 街道を進んだ俺達はミネア湖に何事もなく到着した。

 ミネア湖は街の水源としても漁場としても使われている巨大な湖だ。多くの人の生活がかかっているため、定期的な魔物駆除の依頼が出され、冒険者達の安定収入を支えている。


 水辺に住み着く魔物は巣が水の中にあるため、駆除がなかなか難しくて完全駆除はされてこなかった。

 そのため湖入り口の地図にはリザードマンの縄張りが書いてあって、一般人が踏み入れないように注意されている。


「ん? リザードマンの縄張りが前に来た時より広がった?」

「なんか最近一気に広がったみたいよ。たまーにやたら気性が荒くなる時があるんだって。漁師の人とか困ってるみたいで報酬金が上がっとるよ。十体毎にボーナスが支給されるとか」


「へぇ、冒険者にとっては稼ぎ時か。一人で情報収集も出来るようになったんだね」

「マグっちのおかげでね。でも稼ぎ時といっても、普段より強くなっているらしくて、返り討ちにあう人も多いみたいやけどねー。特に魔法使いが狙われるとか。うちも魔法使いだから、逃げやすいように出来るだけ縄張りの端っこで戦おうと思ってる。マグっちもそれでええ?」


 リンファは稼ぐための情報だけでなく、リスクの情報も集めるようになった。

 冒険者は死んだら終わりだし、大けがをしても終わりだ。慎重なくらいがちょうど良い。

 これならリンファは独り立ちしてもきっと生きていける。

 せっかくだから今日は手を出さずに試験代わりに見守ってみよう。


 そして、準備を済ませた俺達はリザードマンの縄張りに入り、リンファが杖を取り出して戦闘態勢に入った。


 気性が荒くなっているという前評判通り、縄張りに入った途端に鉄の剣と木の盾を構えたリザードマンが警告も無く急に襲ってくる。

 縄張りの端っこだというのに、リザードマン達は酷い興奮状態だ。


「フシャアアアア!」

「よーっし、すぐに終わらせてデートの続きや。死にたいヤツから来いやトカゲ野郎!」


 張り切るリンファは出てくるリザードマンを片っ端から炎で焼き払った。

 一体焼くと次から次へとリザードマンが雄叫びを上げながらやってくる。


 自分から炎の中につっこんでくる様子からすると気性が荒いと言うよりも、何かに必死な感じを受けた。

 そんなリザードマン達の死体が三分で三十体ほど積み重なった。

 でも、まだリザードマンがどこからともなくやってきて、殲滅が追いつかなくなってくる。


 さすがのリンファも魔力が尽きるほど敵にわかられたら、分が悪いみたいで息を切らし始めている。


「ちょっ!? 何体いんの!? 焼いても焼いてもやってくるんやけど!? こんなしつこいの初めてや!? マグっちこれどうなってんの!?」

「ん、あぁ、もしかして、これは金の匂いがしてきたな」


「確かにこんなけ倒せば報酬と魔石の換金でガッポガポやけど! さすがにこの数はきつい! 頭痛くなってきた! 助けてマグっち!」


 リンファは短時間で魔力を使い過ぎたようで中毒症状が出ている。魔法で魔力を使い果たすと窒息したみたいな感じになるんだ。


「リンファと今回の依頼は相性が悪かったみたいだな。リンファ魔法を止めて下がって」

「で、でも、援護くらいは」


「大丈夫。リンファが側にいるだけで俺は頑張れる。だから、リンファはゆっくり休んで」

「マグっち……わかった」


 とでも言っておかないとこの子は頑張ろうとするからね。ついてきて良かったよ。

 リンファを一人で行かせていたら、大変なことになっていたかもしれない。一人前になったと思ったけど、敵の出方から事態を把握出来ないのなら、まだまだ見守る必要がありそうだ。


 今のリザードマンは気性が荒いと言うよりも、戦闘音のする所に集まっているように思える。

 魔法のように大きな音を立てれば敵を集めるだけだ。おそらく剣で切りつけられた悲鳴ですら、敵を呼びつける。


 仲間を殺せるほどの強い人間を奴らは探しているのだ。それも魔法使いを特に狙っていると来れば、考えられることは一つ。繁殖のための生き餌の確保だ。強い生き物ほど餌に適している。


 この戦いを終わらせるには、敵を集めてしまう戦闘音を出さずに、敵をまとめて始末する必要がある。

 リザードマン達の背後にある事情を考えれば、リンファよりもよっぽど俺向きの仕事だった。


「さてと、敵は十体。本当によく集まったもんだな」

「マグっちー……」

「大丈夫。俺に任せとけ」


 一匹も音を漏らさず殺すには、一瞬で全ての敵の命を刈り取る必要がある。

 敵に囲まれている時点で暗殺じゃなくなっているけど、真正面からでも囲まれても、一方的に全てを切り伏せられるのが一流の暗殺者だ。


「影縄縛り」


 スキルを発動させると、俺の影が人の形を崩して縄のように長く細く変化した。

 その影がリザードマン達に巻き付くと、本物の縄のように敵を一箇所に縛り付ける。


「影断ち」


 そして、集まった敵の影を全て同時に断ちきるとリザードマン達は音も無く倒れた。

 影断ちや影縫いを普通に使っても同時には殺せない。

 だから、一度敵の影を一箇所に集めて、まとめて影を切り裂いた。


「よし、増援は止んだみたいだね。やっぱり音を頼りに集まってきてたみたいだ」

「すごい……。あの大軍を一瞬で倒しちゃった。やっぱり何度見てもマグっちのスキルはすごいねぇ」


 他の人がいれば影のスキルを見せないけど、リンファを助けたときに既にスキルを見せているから、今更隠す必要は無かった。


 それにリンファは俺の影属性を知っても、嫉妬しないし騒ぎ立てもしない。

 だから安心して使えた。


「うちももっと強くならないとなぁ。早くマグっちに一人前として認められて背中を預けて貰えるようになりたいなぁ」

「リンファの魔法は十分に強いし、立派な冒険者だよ。それにリンファにはいっぱい助けて貰ってるから安心して。リンファが一人前になったから俺は自由に動けるし」


 リンファの頭をポンポンと叩くと、落ち込み気味な彼女の表情が一気に蕩けた。


「えへへー。マグっちの手あったかくて好きや。なぁなぁ、マグっちー疲れたし、釣りしてる間に膝枕してもらってええかなー?」

「膝枕とデートはちょっとお預け」


「えー!? なんで!? お仕事終わったのにー! こんなけ倒せば十分やろー?」

「特別ボーナスを見つけたからね。仕事しないと」


「ボーナス?」

「リザードマンの雌がいる」


「雌っていうと、クイーンリザード? あの変異体?」


 リザードマンはほとんどが雄なのだが、ある時期になると一番強い雄が雌へと性転換する。そして、他の雄は自分の遺伝子を残すために雌へ求愛の餌を捧げるという。

 餌は魔力の高い生物ほど良いらしく、取り入れた魔力量によって雌が生む卵の数が増えるらしい。

 だから仲間を殺せるほどの魔力の持ち主が見つかると、群れをなして襲ってくるのだ。


「そう。レアな魔石とここら一帯の問題を片付ける一石二鳥な仕事だ」

「でも、クイーンリザードって水の中に隠れているんじゃ?」


「うん、だから釣りをするよ。餌ならここにたくさんある」


 俺は魔物の魔力が溜まった魔石を指さした。

 リンファが大暴れしてくれたおかげで、大量に水色の結晶が地面に転がっている。

 クイーンリザードが魔力を餌として求めているのなら、魔石だって餌になるのだ。


「釣り竿と糸がもたないよ!? クイーンリザードってメチャクチャ怪力なんじゃないの?」

「あぁ、だから、影を使うよ。影縄」


 自分だけじゃなくて、周りの影も従わせて長い糸をより合わせた。

 その糸の先に大量の魔石をくくりつけて、湖の中に放り込む。

 普通の釣り竿と糸で耐えきれないのであれば、影を使えば良い。何故なら影に重みは無い。引っかかれば俺の勝ちだ。


「早速きたみたいだ」


 よっぽどお腹を空かせていたのか、同胞の死に怒ったのかはわからないけど、いきなり影縄の先端についた魔石を引っ張られた。

 同時に俺は影をクイーンリザードに縛り付けると、一気に影の縄を引いた。


 ザバーンと水面が割れる音がして、ピンク色の巨大なトカゲが飛び出した。

 全長は五メートルくらいありそうで、身体付きも筋肉の塊みたいな見た目をしている。こんな厳つい女の子とかマジ勘弁してください。


「グシャアアアアア!」

「影縛り!」


 陸にあがったら暴れる前に影で縛り付けて――。


「影断ち」

「シャアアア……」


 さっさと敵の命を絶つ。


「待たせたねリンファ。俺も仕事が終わったよ」

「いや……全然待ってない……。やっぱマグっちすごいなぁ……。みんなが手を出せないって諦める敵をこうもあっさり倒しちゃうなんて」


「大したこと無いよ。ただ、デートの続きを俺も早くしたかったから、どうすれば早く終わるか考えただけ。それに、これで縄張りが一気に狭まるから、人のいない良い釣り場を独占出来るし、リンファと二人きりになれる」

「ニシシ、釣りだけでええのー?」


 仕事が終わって当初の目的であったデートを再開出来たリンファは嬉しそうに俺に抱きついてきた。

 胸の谷間で俺の腕を挟んでくる辺り、どっちがそれだけじゃ嫌だと思ってるんだか、とはさすがに言わないけどね。


「女の子に言わせんでよ?」


 リンファはそう言って呆れて笑う俺の唇を唇で塞ぐと、舌を絡めてきた。言うより恥ずかしいことしてるだろう、とは言わないであげよう。


 影で敵を殺すと服が汚れないから、リンファに抱きつかれも大丈夫だし膝枕もしてあげられる。こういう時は返り血とか考えなくて良い影使いで良かったと思うよ。


 おかげで、俺は可愛い恋人と身体を重ねたり、釣りをしたりのんびりと外の時間を楽しめた。


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