俺のクラン
依頼完了の報告をするために盗賊の生き残りを衛兵に突き出してからギルドに行くと、受付から奥の部屋に行くように指示を出された。
赤い依頼票に書かれた依頼、通称レッドミッションは人間の賞金首に関する依頼であるため、報告は他の冒険者がいるところではやれない。
この人は人殺しですと公言して、良いことなんて一つもないからね。
俺は専用の部屋の前でブランに待つよう伝えると、彼女は素直に頷いてくれた。
「すぐ終わるから。待っててね」
感謝代わりに頭を撫でてみると、ブランは嬉しそうにはにかんでくれた。
たまに一人が不安で部屋の中にまで入りたがる子もいるからな。ありがたい。
「失礼します」
部屋の中に入ると、依頼を出してくれたアティさんが待っていた。
「おかえりマグナ君。報告をお願い出来るかしら?」
「ドレン盗賊団、頭領ドレンおよび配下八人を殺害、配下二人を生け捕りにしました」
「さすが……と言いたい所なんだけど、また拾ってきたのね。しかも、また女の子を! 今度は人間の女の子を! この前はホビットだったかしら!?」
「えぇ、まぁ、なりゆきで。ご両親をなくしたから困ってるだろうなって思って」
「捨て猫拾うのと違うんだけどなぁ……。マグナ君これで何人目だったかしら?」
「十五人目?」
「敢えて言うわ。拾いすぎよおおおおお!」
「アティさん落ち着いて。そんな大声出すと喉傷めるよ?」
「私がおかしいのかと思わされるなんて……さすがマグナ君ね」
「ありがとう?」
「はぁー……。まぁ、いつものことだもんねぇ。だからレッドミッションを依頼するのは躊躇うのよねー。それで、今回も例に漏れずマグナ君にもうベタ惚れな訳?」
「んー、どうなんですかね? 信頼はしてくれていると思いますけど」
アティの言う通り、いつも成り行きで俺の家は人が増えていく。
俺の所に来る依頼は殺人や誘拐といった犯罪をおかした賞金首が多い。
だから、依頼をこなしていると、どうしても身寄りの無い子供達に遭遇してしまうんだ。その子供達をそのまま捨て置いたせいで新しい不幸な目にあっていたら、仇を討ったかいがなくなる。
悪い人が死んだらハッピーエンド、では終わらない。そこから先は新しいスタートが待っているのだ。
せっかく辛い事から解き放たれたのなら、辛い過去を乗り越えて幸せに暮らして欲しい。
そう思って、俺は彼女達が独り立ち出来るまで面倒を見ることにしていた。
住む家と食事と衣服といった生活基盤をただ与えるだけじゃなくて、読み書きと算術、魔法や剣術の勉強もしてもらっている。
そうして、一人で生きていく力をつけてもらって、幸せに生きて欲しいと願って家に連れ込んでいた。
「アティさん、ブランのクラン加入手続きお願い出来るかな?」
「はいはい。やっておくわよ。奴隷にならないようマグナ君のクランに登録してあげる」
パーティが一時的に協力しあっている集団だとしたら、クランは持続的な共同生活を営む集団だ。
クランに所属している限り、クランメンバーの身分はクランリーダーによって保証される。
だからいきなり親の残した借金で奴隷になれ、とかは起きない。
クランに所属する子達はクランリーダーである俺に話を通さないと、身体の売買は出来ない仕組みになっている。
実際に借金を追いかけて来た人間もいたけど、そいつには金をポンと一括で払って二度と来ないようにしたり、しつこい場合は実力行使で追い払ったりした。
そうやって俺は手に入れた金と力でクランを守っている。
「クランカードは今日中に作るから、明日お仕事探すついでに取りに来てね」
「アティさんいつもありがとう。また美味しい依頼があったらよろしく」
「あまり期待されるとお姉さん困っちゃうなぁ。危険な依頼なんて無い方が平和でありがたいんだから」
「言われてみれば、それもそうかもね」
無かったら無いで平和か。それなら、家にかくまった子達と一緒に遊ぼうかな。
とりあえず、当分のお金は確保出来たし、あくせく働く必要もないか。
それにブランがみんなと馴染むように手伝う必要もあるか。
「それじゃ、ブランを待たせているし、また明日」
こうして俺は冒険者と暗殺者をやりながら、金を稼いで、事件や事故で身寄りをなくした子供達を保護していた。
○
ブランを自宅に連れて帰ると賑やかな声が聞こえてきた。どうやらみんなが学校や職場から帰ってきたみたいだ。
「あ、マグナが帰ってきたー!」
「マグナー!」
扉を開けるとドタバタと子供達が廊下を駆け寄ってきた。
六歳くらいの男の子が勢いよく足にタックルしてきて、それを真似した五歳の女の子がジャンプして腰に飛びついてくる。
「っとと、ただいま。良い子にしてた?」
「してたー。マグナー。その人新しく一緒に住む人ー?」
「そうそう。ブランっていうんだ。紹介しないといけないから、みんなを集めて貰って良い?」
「はーい」
俺のお願いを聞いてくれた子供達が元気良く廊下を戻っていく。
その様子を見ていたブランは呆気にとられていたのか、口をポカンと開けていた。
「今の子達もブランと同じ境遇の子。ここにいる子達は何かの事件に巻き込まれて親を亡くして、行き場をなくしたのが集まってるんだ。下は今の五歳の子から上は十六歳までかな」
「あ……そうなんだ……。あんな小さな子まで」
「うん。でも、みんな元気に生きているよ。あ、それと自分一人で生きていける仕事が見つかったら、いつでも出て行って大丈夫だよ。仕事を見つけても残っていいけど、その時は家のお手伝いをお願いするかな」
お手伝いの内容は色々だけど、ざっくり言えば幼い子の面倒を見て貰っている。
男手一つで子供達の面倒は見切れないから、すごく助かるんだ。
そして、そんな子達が集まったダイニングに行くと、全員揃っていた。
「みんな紹介するよ。この子はブランだ。仲良くしてやってくれ」
この集団の中でブランは三人目の人間だ。他の子はエルフ、ドワーフ、獣人、と様々な種族の子がいる。
一番年上に当たるのがエルフの少女フィーネ、尖った耳に金髪が特徴的な十六歳だ。家事を一通りこなすみんなのお姉さんなんだけれど、エルフの種族は人間に比べると成長が遅いせいか見た目は十歳くらいにしか見えない。
エルフの法律ではまだ働けない年齢なので、家事手伝いをしてもらってる。
「マグナさんおかえりー。ブランちゃんもいらっしゃい。あたいはフィーネ。緊張しないでいいよー。みんな良い子だし、みんなあなたと似たような感じの子達だから」
「え、あ、はい」
その次に年齢の大きい子がブランと同い年の獣人リンファ。金毛の狐耳と九本のもふもふ尻尾が特徴的な狐娘だ。
獣人は身体に宿る魔力によって尻尾の数が増えることがあって、九本の尻尾を持つリンファは魔力を活かして魔法使いをしている。
彼女には高い魔力と知能を活かして、他の子達に読み書きや魔法を教える先生役を任せていた。
「うちはリンファ。分からんことがあった何でも聞くとええよ。抜け駆けの仕方以外なら教えたる」
「抜け駆け?」
「あれ? あんたもマグっちに惚れたんちゃうの?」
「っ!?」
「いやー、他所は知らんけど、ここは恋人とか愛人って書いてクランって読むんちゃうかと思うようなことがいっぱいあるからなぁ。ねー、マグっちー」
リンファが俺にすり寄って、腕に頬をすり寄せてくる。
まったくリンファのやつ、またいつものように人をからかって。
そもそも抜け駆けしようとしているのはお前だろうに。
何度フィーネが注意しても、ベッドに潜り込んで来るだろ。
「リンファ、あんまりからかうなって。ブラン困ってるから」
「ほーい。よろしうねーブラっちー」
年長組の挨拶が済んだら、十歳以下の年少組が元気に名乗りを上げていく。
そして、みんなの挨拶が終わる頃、ブランが小さい子達にじゃれつかれていた。
戸惑っているようだけど、どこか楽しそうなブランの表情を見て、ようやく肩の荷が降りた。
酷い目にあった子達はどこかうつろな目をしているというか、何をするにもおっかなびっくりする所がある。
そこを乗り越えるのはやっぱり同じ境遇にある子達の笑顔だろう。
その笑顔を絶やさないためにも俺はこの子達を守るために、俺は金を稼ぐ。
この子達の笑顔を脅かす存在を、俺は片っ端から消していく。