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変わった依頼

「仕事が無い……」


 俺はギルドの待合室の机に身体を投げ出してそう言った。


「疑問、クエストボードに仕事があるのに、仕事がないのか?」

「俺が受けると、リンファたちの仕事うばっちゃうしなぁ……」


 黒ずくめのツインテール少女トウカが首を傾げる。

 初級冒険者から中級冒険者向けの依頼は確かに多い。


 けれど、いわゆるがっぽり稼げる上級クエストは全く張られていなかった。

 二十人近い入居者を養うには、中級クエストの報酬では正直足りないっていうのもあるけど、俺が中級クエストを受けないのは別の理由がある。


 入居者には冒険者として活躍している子がいて、彼女の活躍の場を奪ってしまうのは嫌なんだ。

 独り立ちするための家なのに、独り立ちの邪魔を家主がする訳にはいかない。


 だから、俺はまだ入居者の子たちが受領できない上級クエストをこなしていた。


 俺は遠目からクエストボードを眺めてから、隣にいるトウカに視線を戻す。


「トウカ、そろそろトウカも一人で仕事をしてみないか?」

「否定する。私はマグナの護衛がある」

 

 テコでも動かなさそうな態度に、俺はため息をついた。

 家に入居してから結構経ったけど、トウカは俺から片時も離れようとしない。

 トイレにもお風呂にもついてくるし、朝起きたらベッドの中に潜り込んでいるなんてしょっちゅうだったりする。


「いや、うん、その気持ちは嬉しいんだけど」


 出来れば家計が火の車にならないよう護衛もして欲しい。

 そう言いたいくらい最近大物の仕事がなかった。

 そんな俺の気苦労を感じ取ってくれたのか、受付のお姉さんのアティさんは苦笑いを浮かべながらこっちに来た。


「トウカとマグナ君は仲良しなんですね」

「肯定。私の身体は髪の毛一本から爪の先まで全てマグナのもの。マグナになら何されても嬉しい」

「そ……そっか。すごいね」


 ただの挨拶にこの返しをしてしまうトウカが、いつか独り立ちできるんだろうかと心配になる。

 後、アティさんはその獣を見るような怯えた目で、俺を見るのは止めて下さい。

 俺が言わせている訳じゃないんです。

 というか、俺としてはもっと自立して欲しいのに、手伝いをすると何故か余計にくっつくようになるだけなんです。


「そういえば、マグナさん今夜は赤い月が見られるらしいですよ?」

「へぇ?」


「可憐な女の子が吸血鬼に狙われて、赤い血を吸われないように守ってあげてくださいね」

「そうですね」


 アティさんは赤という言葉を強調して喋った。その意味を俺は良く知っている。

 首に賞金がかけられている人物を見つけ出して、殺せという内容だ。


 山賊とか悪質な奴隷商人とか色々標的はあるけど、殺されても文句はいえない後ろめたいことのあるやつばかりが選ばれている。

 ここはトウカをどこか別の場所においてから、アティさんの話を聞かないと思った瞬間だった。


「赤い仕事なら手伝える」


 トウカは確かに赤い仕事と言った。

 俺はハッとしてアティさんに視線を向けると、アティさんは首を横にフルフルと振って否定する。

 となると、トウカを操っていたファウスト経由で知っていたとかか?


「トウカ、赤い仕事って何か分かるの?」

「肯定。ギルドの仕事をする上でギルドの情報は全て洗った。B級冒険者以上に極秘で与えられる任務」


「何でそんなことまで調べたの?」

「マグナがギルドでどんな仕事をしたのか知る必要があった。情報が無ければマグナの足を引っ張る。だから、全部調べた」


「手伝う気満々なんだね?」

「肯定。魔物相手より私向きの仕事」


 トウカの変なひたむきさに俺は短くため息を吐いた。

 確かにトウカの言う通り、この子はもともと暗殺技術を仕込まれた子で、対魔物より対人間の方が良い戦いをすると思う。

 けれど、出来ればもっと人としての生活に慣れて、色々な感情を覚えた上で、この仕事をやるかどうか選んで欲しかった。

 血なまぐさい仕事を女の子にさせるのはちょっと気が引けるんだよなぁ。


 とはいえ、この頑固者の考えは簡単に変えられないことも知っている。

 変わったらとっくに家の中での護衛も無くなっているはずだしなぁ。


「仕方無いか。アティさん、場所を移そう」

「え? 本当に大丈夫なんですか?」


 色々な意味で大丈夫なのか困っているのが伝わる。トウカの実力もだし、こんな子が暗殺なんて仕事をしても良いのかという心配だ。


「トウカの腕は俺が保証するよ」

「……分かりました」


 俺が諦めたように頷くと、アティさんは少し考え込んでから俺たちを別室に連れて行った。


「マグナさん、トウカさん、先に言っておきますけど、今回の仕事は異例中の異例です」


 アティさんはそう前置きすると、依頼の書かれた紙をテーブルの上に置いた。

 そこにはとある少女の似顔絵が描いてある。

 白い髪の毛の毛先が金色になっているのが特徴の変わった子だ。


「暗殺対象は隣国のカタルゴ王国の女王ヒストリア様です。そして、依頼主もヒストリア様になります」

「意味不明、自殺志願者?」


 トウカが不思議そうに首を傾ける。

 そのトウカに対してアティさんは首を横に振った。

 なるほど。アティさんの言う通り、かなり異例の仕事になりそうだ。


「特記事項として、潜伏先の確保があります。期間は無制限」

「なるほど。一時的に世間から存在を消したいってことですね?」

「その通りです。さすがマグナさんですね」


 トウカの方はというといまだに意味が分かっていないのか、首を傾げたまま俺を見上げてくる。


「いわゆる死んだふりだよ。殺されたと見せて、何かやり過ごしたいことがあるんだ。例えば、本物の暗殺からとか」

「その発想は無かった。さすがマグナ」


 トウカが目をキラキラと輝かせている。

 話を中断してしまった俺とトウカにアティさんが咳払いをする。


「状況を説明するわ。カタルゴ王国は1年前に王が崩御されて、唯一のご息女であるヒストリア様が王位を継承されたの。でも、まだ歳が十五歳と若いのもあって権力なんて微塵も持っていないわ。それなのに、かなりの苦境に立たされている」


 そして、現在のカタルゴ王国は飢饉と不況によって世間が混乱しているらしく、冒険者ギルドの方も機能していないらしい。

 おかげで報酬の支払いが滞って冒険者が他の国に移動して、魔物が大繁殖したとか。

 大規模な反乱や革命が起きるなんて噂まで広まっているようで、国民の鬱憤が新しい女王に向けられているとか。

 そして、何よりも大きく彼女の立場を危うくしている噂がある。

 彼女が混血の女王だということだ。


「公務で街に出かけた際、刺客に襲われてね。それ以来、城から出ないように軟禁されている状況よ」

「その言い方だと、誰かが仕組んだような話しですね」


「えぇ、ヒストリア様の公務の日程、移動経路、護衛の配置、そういったモノを全て知れる人がいるの。それが宰相ギルフォード」

「国の政治トップですか。また大物ですね。てっきりそっちの暗殺依頼が来るかと思いました」


「尻尾が掴めないのよ。状況的には彼以外こんな状況仕組めないんだけどね」


 鉄血のギルフォード、隣国カタルゴを大国にのしあげたやり手の人物だ。

 前王の信頼が厚く、各種改革を貴族達の反対を押し切って断行したと聞いている


 領主という制度を取りやめ、中央から人を派遣して統治する中央集権体制を確立したらしい。

 彼の指導のもと、地方の生産力が伸びて、一気に国力をあげたとか。


 ただ、一方で切り捨てられたモノは多かった。


「彼がギルドへの報酬金支払いを止めたせいで、あっちのギルドは機能不全になったわ。おかげでギルフォードが裏で糸を引いているのかどうかまだ確証が得られていないの。けれど、その過程で女王様から殺される前に助けて欲しいって伝書鳩を使った連絡があったのよ」

「なるほど、それで合点がいきました。基本的に内政不干渉のギルドが政治的に不安定な女王を救出するか。国による政治的な依頼ではなく、個人の依頼なら受領出来るということですね」


 アティさんは頷くと、助けた後の展開も説明してくれた。

 ヒストリア女王が一時的に死んだことにしておく。その間にギルフォードがヒストリア女王を陥れた証拠を見つけ、ヒストリア女王の権威を回復させようとしているらしい。


「ということで、マグナ君にはヒストリア様の誘拐および暗殺の偽装、そして潜伏先の提供をお願いしたいの」

「何故俺のところに? それこそギルドで匿っておく方が良いんじゃないですか? 情報操作もある程度できるでしょう?」


「万が一ギルドに隠していることに気付かれたら、ギルフォード周りの警戒がより強まって、今度こそ手を出せなくなるからね。それに、木を隠すのなら森の中、女の子を隠すのならマグナ君の家かなって」

「俺を何だと思っているんですか……」


 酷い風評被害だ。

 独り立ち出来るまでの居場所だけど、何故かみんな出て行かないだけだ。

 でもまぁ、事情は理解した。


「報酬は?」

「五千万カラド。当面の生活費込みよ」


「その仕事、確かに受領しました」


 俺はアティさんの資料を粉々に破って影に飲み込ませると、トウカの頭に手を置いた。


「トウカ、ちゃんと俺の言うこと聞けるか?」

「肯定、足手まといにはならない」


 そう言って手の中に暗器を忍ばせたトウカがやる気を見せた。

 俺はそんなトウカを片手で胸の中に抱き寄せて、転移の魔法を発動させる。


「影渡り!」


 そして、隣国へ続く影の道へと飛び込んだ。


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