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掴んだ尻尾

 スイートルームというのは名ばかりとでも言おうか。部屋は確かに広いのだが、窓には鉄格子が貼られていて、窓から外に出ることは出来ない。

 買われた女性が逃げ出さないようにということなのだろう。

 そして、鍵と一緒に渡されたのが二種類の丸薬だった。

 青い方は女性を正気に戻して、怯える様子を楽しむためのもので、満足したら赤い薬を飲ませるように言われた。


 青い薬を使わずに赤い薬を使うと、おねだりが強くなるらしい。


 いわゆる媚薬ですと言われたが、どう考えても普通の薬ではない。

 二つの薬をそれぞれ半分に割り、欠片を液体の瓶の中に混ぜて反応を見てみた。


 すると、赤い粉と青い粉が混ざり合い、カラフルな水が無色透明な水へと戻る。


「この反応、幻覚薬ファンタズマか。対になる鎮静剤レアルタで綺麗に体内から分解される。使われた証拠の残らない綺麗な麻薬だな。下の階にいた女性達はこのこと違って、既に薬に縛られているから正気で働かされているのかな」


 薬師の孫娘も放っておけば、依存症が現れるまで薬を飲まされ続けるだろう。

 そうなれば、待っているのは地獄か。


「とりあえず、解毒だな。転傷影」


 俺は師匠との訓練で覚えた傷を癒やす影の力を使い、少女の身体にたまった毒を影に移した。

 すると、焦点のあわなかった少女の緑色の瞳が、徐々に光を取り戻して、はっきりとした意思が宿った。


「あれ……? ここどこ……? ……お婆ちゃんは? あれ……あたしは一体……」

「正気に戻ったみたいだな」

「きゃぁっ!? って、いったああああ!?」


 俺の姿を見た途端、少女はよっぽど怖かったのか、すごい勢いでジャンプして、壁に体当たりした。

 頭をぶつけて少し痛そうだ。

 と言っても、驚かせるような格好をそう言えばしていたっけ。

 目が覚めた途端に仮面の男が隣に立っていたらビックリもするか。


「あぁ、驚かせてごめん。君を助けに来た。と言っても信じて貰えないだろうから、これを渡すよ」


 俺は老婆の手紙を少女に向けて投げると、少女は戸惑いながらも手紙を開いて中を読み始めた。


「あ、そっか。そう言えば、あたし連れ去られたんだ」

「トンプラッタの所にか?」

「う、うん、何かボンヤリとしか覚えていないんだけど……。私みたいに捕まった女の子がいっぱいいて……みんな檻に入れられてて……あ……あああああ!?」


 少女が何をされたのか思い出したのか、口と胸を押さえてうずくまってしまった。

 胃の中のモノが逆流しているのか、ツンとした臭いが鼻に来た。

 あぁ、もう、仕方無い。こうなることも想定の範囲内だ。


「大丈夫だ。落ち着け。ここは安全だ。敵からも守る。ほら、水だ。飲めるか?」

「ハァハァ……ありがとう……ございます……」


 俺は彼女の背中をさすりながら、水をコップに入れて手渡した。

 その水を少女はゴクゴクと飲み干すと、荒い息を吐いた。


「辛い目にあったのは分かる。だけど、俺はこれ以上辛い目に会う人を増やさないために、トンプラッタを殺さないといけない。そのために君の力が必要なんだ。何があったのかを教えて欲しい」

「……本当にトンプラッタを殺してくれるの?」


「必ず殺す」

「私が連れて行かれたのはどこかの地下にある牢屋だった……。そこにはエルフや獣人に人魚もいた……。牢屋の中に入れられた私達には金額がつけられていて、お金で買われていった……。確かあたしは……三日前に外に出た気がする……」


「赤い薬を飲まされなかったか?」

「分かんないけど、トンプラッタがおばあちゃんのお店に乗り込んできた時に、何か飲まされたよ……。でも、確かにぼんやりとだけど、毎日赤い何かを飲まされたかも」


 これでさっきの司会者とトンプラッタが繋がった。

 彼らは赤い幻覚薬ファンタズマと人身売買で繋がっている。

 二十人ほどの娼婦を囲っているこの店は、かなりの量の幻覚薬をトンプラッタから仕入れているはずだ。


 ここはもう一芝居打つか。


「君はあのベッドの中で丸まっててくれないか?」

「え?」


「これから一芝居打つ。俺がさっき君を連れてきた支配人を呼び出して、情報を聞き出すから、君は薬が効いている振りをして欲しい」

「薬が効いている振り?」


「君が飲まされた薬は意識をボンヤリとさせる薬だ。だから、こうやって普通に会話したり、言葉に反応すると怪しまれる」

「わ、わかった」


 少女が言いつけ通りベッドの中で丸くなったのを確認して、俺は一階の酒場に降りた。

 その中で司会をしていた支配人を探しだし、声をかける。


「あの赤い薬をもう一粒貰えないか?」

「おや? 効き目が薄かったですか?」


「先に青い方を飲ませたら怯えられてね。赤い方を飲ませたら今度はボンヤリとしだして、ほとんどこちらの言うことを聞かなくなった。私は攻められる方が好きでね。もう一粒赤いのを与えたら私のことを激しく求めてくるのではと思ってね」

「なるほど。それでしたら、すぐにお部屋にお持ちいたします」


「頼むよ」


 30万ガルドという金額を払った俺は支配人に上客と判断されたのか、あっさりと薬の追加を承って貰えた。


「お客様、もしよろしければ、ご自分でも使ってみますか? ここに来るお客様も結構使われているんですよ。最高に気持ちの良い時間が過ごせると評判です」

「へぇ? 面白そうだ。私の分も頼むよ」


「はい、喜んで」


 なるほど。上客どころかカモだと思われているらしい。

 案外、ここの店の常連は女だけでなく男も囚われているのかもしれない。

 俺は騙された演技を続けながら部屋に戻り、支配人がやってくるのを待った。

 そして、数分後、すぐに支配人は扉をノックして部屋に入った。

 お盆の上にはしっかりと赤い薬が二粒のせられている。


「お待たせ致しました」

「ありがとう」


 俺は薬を受け取りながら、支配人の影を踏みつけた。


「ついでだから、この薬がどこで手に入るか教えてくれないか?」

「いくらお客様にもそれだけは申し上げることは出来ません」


「トンプラッタ」

「っ!」


 トンプラッタの名前を口にした瞬間に支配人が懐に手を忍ばせた。

 服の上からでも分かる。彼が握っているのは短刀だ。


「させねえよ?」

「身体が動かない!?」


 既に影は踏んだ。この男は俺に完全に動きを封じられている。

 影踏み。影を踏みつけ、相手の動きを強く封じるスキルだ。


「トンプラッタの名前が出ただけで、どうしてナイフを取り出した?」

「何のことでしょうか?」


「とぼけたってムダだ。お前、トンプラッタから薬と人を買ってるな?」

「証拠はないでしょう?」


「そうだな。証拠は無い。普通の裁判ならお前が勝つと思うよ」

「なら、早く私の身体にかけた術をといてくださいよ」


「何を早とちりしてるんだ? 普通の裁判を受けられると思ってるのか?」

「え?」


「今からお前が受けるのは、国でも、軍でも、王でも、ましてや神でもない。老婆と少女の依頼による裁きだ。あんたがこの子に麻薬を与えるためにこの薬を持ってきた時点で、あんたは現行犯で、この持ってきた行為自体が俺らにとっての揺るがぬ証拠だ」


 俺も懐からナイフを取り出し、動けなくなった支配人の首元にナイフをそっと這わせた。

 首の皮が少し切れたのか赤い血が滲み出ている。


「裁判なんて生ぬるい結末の予想は捨てておけよ?」

「っ!? っ!?」


「さて、気付いたと思うが、あんたは今自由に声も出せない。喉を潰しているからな」


 俺は支配人の首の影に足を乗せて、思いっきり踏みつけていた。

 これで簡単に助けは呼べないし、息も出来なくてかなり苦しいはずだ。


「っ!?」

「さて、トンプラッタから女と薬を買ったのはどこだ? 言う気になったら首を縦に振れ、言う気が無いのなら首を横に振ってみるといい、スパッと切れるぞ?」


「っ!?」

「さて、そろそろ苦しいか? 少し緩めるぞ」


「かはっ!? だ、誰か……」

「助けを呼んで良いと言った記憶はない」


「がっ!?」


 俺は管理人の鳩尾に拳を打ち込むと、管理人は口を大きくあけて悶え苦しみだした。

 肺の空気がほとんど抜けたとしても、俺が影で首を踏んづけているせいで、支配人はほとんど空気を吸えない。


 そのせいか随分と真っ赤な顔になっていた。


「ちなみに、助けを呼んだところで助けを殺すだけだ」


 今度はナイフを頬にあてて、ハッキリと痛みを与えてみる。

 すると、一気に支配人の顔が赤から青に変化した。


「ひっ!? わ、わかった……。トンプラッタ様とは……コロナ通りの食料庫……で……」

「なるほど。食料の中に混ぜて薬を運んでいると?」


「あぁ……そう……だ……。人は運送の手伝いとして……雇っているように見せている……」

「そうか。それじゃあ、お前はもう用済みだ」


「こ……殺さないで……」

「まだ、殺さないよ。ここは後でまとめて俺が何とかするから。だから、それまであんたは自分の犯した罪を自分で受けてろ」


 俺は手に持った二粒の麻薬を支配人の口の中に放り込み、水を流し込んで無理矢理飲み込ませた。


「や、やめろ!? それだけは!? ごふげほっ!? ……あひゃ、あひゃひゃ」

「さて、どんな幻覚を見てるのやら」


 一気に薬を二錠も飲んだからか、薬の中毒症状で支配人がピクピク痙攣しながら、おかしな笑い声をあげている。

 薬で他人を支配していた男の末路としては、相応しい最後だと思う。


 おそらく、死んだ方が良かったと思うような後遺症が残るだろう。


 だが、これで終わりでは無い。

 こいつは単なるトカゲの尻尾に過ぎない。いつでも本体であるトンプラッタから切り離すことが出来る。


 だから、尻尾を掴まれたとは思わせてはいけない。

 そのためには、この支配人には生きて貰わないと困る訳だ。


 今の状態なら部下に見つかっても、薬でらりっているだけにしか見えないだろうし、解毒薬を与えても当分は後遺症で頭がボーッとしているだろう。


 ろくに会話が出来ないはずだ。


 これで時間も稼げたし、場所も分かったし、トンプラッタを早速殺しに――。とその前にすることがあった。


「影渡り」


 俺はベッドの中で丸まっていた少女を毛布ごと影で飛ばした。

 落下の衝撃で顔を上げる頃には老婆が目の前にいることに驚くだろう。

 老婆と娘にとっての悪い夢は終わりだ。

 薬師の少女のおかげで準備は整った。今度は敵に悪夢を見せる番だ。


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