師匠に課せられた試験
俺がこの世界で生まれて十歳になった頃、俺の村が盗賊の集団に襲われた。
村の人達はまだ俺が無能力者だと思っていた時期で、俺は自分の力の操り方を一人で必死に学んでいた頃だった。
村を守る大人達があっさり盗賊の集団に負けたせいで、村人一同が捕らえられて広場に集められた。
誰一人抗おうとせず、どうしようもなくなった。命だけは助けて貰う代わりに盗賊の条件をのむ決意を村長がしてしまった。
食料と女性と子供を全て差し出す。そんな無茶な要求だった。
そんな要求をのんでも、助けてくれるとは限らない。
だから、俺は覚えたばかりの影スキルを使って盗賊を全て切り伏せた。
敵の身体を影で縛り、動けない敵の首だけをナイフで切り落としたんだ。
そうして、俺は村を守った。でも、それが良くなかった。悪い意味で目立ちすぎた。
みんなの目の前で次々に盗賊の首を切り捨てたせいで、みんなに恐れられて、村から追い出された。
というか、俺が村を出て行った。
死に神の子、悪魔の子、色々酷い言葉を並べられたが、俺に対しての陰口は気にならなかった。
問題だったのは、両親と妹弟が村人に心ない言葉をぶつけられて、日に日に弱っていく姿と、俺を見る目が変わったせいだった。
だから、俺は村を出て、目立つのを止めようと考えた。出来るだけ自分の力を隠して、影属性らしく影でことを為そうと考えた。
それでも奇特な人はいるもので、俺の戦いを聞きつけた暗殺者の爺さんがやってきて、俺を拾ってくれた。
普段は手当たり次第に女の尻を触って歩くようなセクハラ爺だったが、腕は確かだった。というか、その確かな腕を痴漢行為に使いまくっていたような人だ。
そんな若干残念な爺さんだが、指導は本物だった。
足音を始めとする気配を殺す方法、殺気を気取らせない方法、暗器の使い方、悪人の悪事の暴き方。
爺さんはそう言った技能を俺に授けると、最終試験としてとある課題を出した。
その課題こそが、フィーネとの出会いになる悪徳商人の暗殺だった。
その課題が出された夜、俺は師匠の隠れ家の扉と窓を閉め切って、師匠から指令の書かれた紙を受け取った。
「マグナ、ワシの技は全てお前に託した。後は実践あるのみじゃ」
「分かった。標的は必ず仕留める」
「まぁ、そう急ぐな。ワシはお主がし損じることは無いと確信しておるが、まずは情報収集からだ。これからはお前一人で生きていくのだから、依頼書の真偽を確かめるのも暗殺者に必須の技能じゃよ」
「分かった。まずはこのリストに載っている情報が本当かどうかを確かめてくる」
指示書に書いてあるのはターゲットの名前、罪状、本人の戦闘力および保有する戦力、配下の暗殺の可否、そして、救出対象の有無だ。
それらの全てを一瞬で記憶し、指示書に火をつけて焼き捨てる。
「マグナ、全て頭の中に叩き込めたか?」
「ターゲット、トンプラッタ。罪状は詐欺、恐喝、誘拐、市民の奴隷化および売買、違法薬物の密売、殺人。本人の戦闘力は皆無だが、証拠の隠滅や政治家への恐喝により衛兵が取り押さえることの出来ないほどの政治力がある。暗殺者から隠れるのと逃げる能力は極めて高く、暗殺計画は三度失敗している。保有戦力は傭兵が三十人。傭兵の殺害は抵抗の意思が見られた場合可。救出対象は奴隷にされた市民。依頼主と落ち合う場所はガレン噴水広場にある裏通り」
犯罪の見本市みたいな標的だ。
「よし、完璧じゃ。まずは依頼主の所に行ってこい」
師匠の許しが出て、俺は隠れ家の外へと飛び出した。
時間は夜になっているが、この町は夜に出歩く人が多く、夜遅くまで道路にかがり火がたかれているため、意外に夜でも明るい。
だが、人通りの多い路地から一歩路地裏へ入ると、一気に暗くなる。
でも、そんな暗い路地裏に水晶占いをやっている老婆がいた。
今回の任務の依頼主だ。
俺はフードを被りなおすと、老婆の前に座った。
「占って貰うよ。お婆さん」
「何を占うかえ?」
「そうだね。突然いなくなった友達の行方かな。婆さんが心配してるから」
老婆は俺の言葉にぴくっと肩を震わせて反応した。
「そうか……。あんたがやってくれるのかい?」
「そうだ。占いを初めてくれ」
「見える……見えるぞ……。歓楽街であんたの友達が鎖に繋がれて娼館に入る姿が見える……。三日前じゃ……。じゃが、いくら名前を呼んでも振り向いて貰えなかった……でも、あれは間違い無くワシの……孫娘なんじゃよ……」
こらえきれなくなった老婆が演技を続けられずに泣き崩れる。
この依頼主は占い師ではなく、もともと薬師で生計を立てていた。それがある日トンプラッタによって借金を背負わされ、借金の肩に孫娘がさらわれたという。
借金も薬の中に毒が混ざっていて、病人の親友が死んでしまった、という言いがかりに近い内容が原因だったらしい。
仮にそれが事実だったとしても、おかしな点があった。
トンプラッタとその病人が良く会うようになったのは半年くらい前からで、親友というには交友が短すぎるし、幼い頃の友人という割には出生地が離れていた。
そう言った事前の調査で俺と師匠はトンプラッタが依頼主の言う通り黒だったことを突き止めていた。
それでも師匠が情報を集めろといったのは、今回の試験は潜入調査をしてこいという意味だったのだろう。
そういう意味で、次に俺がしないといけないことは、トンプラッタの懐に飛び込んで情報を得ることだった。
被害者である老婆の孫娘にトンプラッタのことを語らせるのは申し訳ないが、そこから情報を得ていくのが一番分かりやすいし、接触しやすい。
「記憶を混濁させて意識を奪う薬がある。多分その薬を使われた。その娼館の名前は分かるか?」
「ヴェロン通りのヴィナス亭……。頼む……あんただけが……」
「依頼、確かに引き受けた。これまでの事は悪い夢だと思っておくと良い」
老婆が伸ばす手を握りしめると、老婆は力無くうなだれた。
死んだ訳でもホッとして気が抜けたわけでもない。
俺が老婆の手を握りしめた時に睡眠薬の塗られた針で少し刺したせいだ。
静かな寝息を立てている老婆は明日の朝まで目は醒めないだろう。
朝目を覚ます頃には、大事な人と過ごす日々を取り戻せるだろう。
そこに俺の存在はなくて良い。俺はどこの誰かも分からないままで良い。
この老婆が人殺しを依頼したなんて事実で、この家族が傷つけられないのが一番だ。
「影渡り」
老婆を彼女の家に送った俺は教えて貰った娼館へと足を向けた。
歓楽街はかがり火の光に混じって、怪しげな紫色の煙がたかれている。
ほんのりと甘い香りのする先を見てみれば、匂いに誘われた男達が次々に入っていく、三階建ての酒場が現れた。
ヴィナス亭、一階の酒場では何人もの女性がお酒のグラスを片手に男性の座るテーブルの間を歩いている。
そして、男が酒を貰って酒代を払うと、ともに上の階へと続く階段に消えていった。
ヴィナス亭はどうやら酒場と娼館が一体化した施設のようだ。
「さて……いると良いんだけどな」
トンプラッタとヴィナス亭の繋がりを暴き、トンプラッタへの道筋を作る。
そのためにも、生きた証拠として最近被害にあった老婆の孫娘を探さないといけない。
俺はフードを深く被ると、赤黒い染料を頬に塗り、顔の上半分が隠れる仮面をつけた。
この国では十五歳から飲酒が認められるが、俺はまだ十三歳だ。それに女を買うような年齢でもない。
仮面をつけて顔を隠して素性を誤魔化す必要がある。
「お客様、フードを取って頂けませんか?」
店に入ると女性では無く、剣を腰からぶら下げた大男が声をかけてきた。
店の雇った用心棒だろう。フードを被った怪しい男を止める辺り、ちゃんとしていると言うべきなのだろうが、後ろめたいことがあると言っているようなものだ。
「どうしてもフードを取らないとダメか? 顔を見られたくないのですが」
「規則ですので」
「分かりました」
フードを取ると、大男は顔をしかめた。
フードの下から現れたのが仮面であったことがよっぽど気になったのだろう。
ゆっくりと手を剣の柄に乗せていた。
「何故仮面を?」
「酷い火傷を負ってしまいましてね。傷を隠しているんですよ。あまり見られたくないのです」
俺はそう言いながら、仮面をわずかにずらして、赤黒い染料を塗った自分の頬を指さした。
「特に女性に怖がられては、せっかくの興も削がれるというモノですから。私は攻められる方が好きなのです。この醜い顔がばれてしまうと、どうも女性は私に遠慮してしまいまして」
「そ、そうでありましたか。失礼いたしました……。どうぞ、席についてください」
「ありがとう」
大男はそれ以上の追求を諦めたようで、見ちゃいけない物を見たような様子で、俺から離れていった。
こっちが違反しているのに、相手が悪いと思わせれば、他の疑惑についての疑問が隠せて、俺の真意がばれるまである程度の時間が稼げる。
それに、年齢や暗器を仕込んだ服よりも、仮面とフードの印象が強まる。
こうして、自分の存在を偽装して、敵地へと潜入する。
師匠から教わった技術の一つだ。
俺は怪しまれないよう店の端の椅子について、店内を見渡した。
席は男性客で殆ど埋まっている。
そんな男性達の間を薄着で歩く女性の中から、頭の中に入れた人相書きと一致する子を探してみるが、見つからない。
どうやら店内にはいないならしい。
もう既に誰かに買われてしまったのか、と思った時だった。
本日のスペシャル企画という掲示板が目に入った。
《A級初物オークション、今夜十時開始》
それがどういう意味なのかは、場所を考えればすぐに分かる。
それに席を立って上に行くシステムのはずなのに、男性客は席に座ったまま何かを待っているように見えた。
そして、時間になったら俺の予想通りの出来事が起きた。
「紳士の皆様、お待たせいたしました。本日のスペシャル企画の時間でございます」
軽い声の司会者が布を被せられた大きな箱とともに現れた。
「本日のA級初物はこちらです」
司会者がそう言って布を取り払うと、中から現れたのは一糸まとわぬ姿の赤髪の少女だった。そして、男達が一斉にざわめき始める。
少女の裸体はそれほどに魅力的だった。
俺は会場がわき上がる中、人相書きを思い出し、彼女の顔を確認し始めた。
赤い髪、緑色の瞳、右目に泣きぼくろ、薬師の孫娘の人相書きとも一致する。
唯一異変があるとすれば、目に光が無いというか、焦点があっていないように見えることだ。
恐らく、薬で催眠状態にされているのだろう。
「さぁさぁ、では、まず三万ガルドから!」
「三万!」
「三万五千!」
「五万!」
「八万!」
司会者の金額提示を皮切りに、男達が次々に雄叫びをあげていく。
声は熱を帯び、荒い息づかいが会場中にこだましていた。
「十万!」
そして、ついに桁を超え始め、声が段々と少なくなっていく。
「十五万!」
そのかけ声に応じる声はない。
司会もこれで終わりだとでも思ったのか、周りに確認を取り始めた。
「現在十五万ですよ。他の方もよろしいですか?」
そろそろ勝負時か。今なら仮面をつけているし、目立っても構わない。
それに、目立つことが相手への威圧になる場面だ。
「二十万」
とにかく冷静な声で俺は金額を口にした。
その瞬間、場内の視線が一気に俺の方に集まった。
「二十万だ」
「くっ! 二十一万!」
どうやら先ほど十五万を提示した男がさらに金を積んできたらしい。
けど、積んだ額はあまりにも小さい。
「三十万」
「なっ!?」
一気に十万も積んだせいだろうか、男が椅子から立ち上がるほど驚いた。
「私は三十万を出す」
「くっ……」
念押しの一言で折れたのか、男は諦めたように椅子に身体を投げ出した。
俺は三十万ガルド分の金貨を携えて壇上に立ち、司会に手渡した。
確かに大金ではあったが、上位の魔物を狩ればあっという間に稼げる金だったので、惜しさはない。
それに、これ以上の報酬が貰えるのだから、もっと出せる余力があった。
「はい、三十万ガルド確かに。仮面のお客様落札おめでとうございます。では、最上階のスイートルームへとご案内いたします。では皆様、次の競りをお楽しみに!」
こうして、俺は部屋の鍵と薬師の女の子を繋ぐ首輪を渡された。




