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本当の決着

 ファウストが倒れたことで、彼を照らしていた天の光が消えた。


「影棺、解錠」


 今ならファウストの支配から抜けたトウカに戻るだろう。

 そう思って影の匣を開くと、トウカが右目から涙をポロポロと流しながら崩れ落ちた。


「私は……私の存在意義は……」

「ある。大丈夫。一緒に見つけよう。トウカはもう十番じゃない。トウカはまだ生まれたばかりだ」


「否定。私は……作られた存在……もう既に数年が経過している」

「言っただろ。俺は一度十番だった君を殺した。その後、君の全てを貰って君をトウカにした。俺はちゃんと意味を込めてトウカって名前をつけたんだよ」


「……意味?」

「トウカって名前は俺が昔住んでいた国の言葉で、数字の十から取ったんだ。俺はトウカに今まで生きてきた時間が無駄だったとは思って欲しくなかった。十番という名前で呼ばれていた時期があっても、生きてきて良かったって言えるように、なんて願いが叶ったら良いと思って、十叶トウカってつけたんだ」


 だから、トウカの人生はまだまだこれからなんだ。

 絶望して勝手に諦めるには、まだ速すぎる。


「それに、ファウストに捨てられても、望んで生まれて来たことは間違い無い。そして、今は俺に生きて欲しいと望まれている。生まれた意味も存在意義もそれぐらいで十分だろ」


 トウカの目から涙を拭って、しっかりとトウカの身体を抱きしめてやる。

 生まれたばかりの感情に振り回されているのなら、俺が受け止めてあげよう。そして、いつかたくさんの感情を知ったら、分かち合おう。


「生きようトウカ。生きて俺の願いを叶えてよ」

「……了解。私はトウカとして、マグナにこの身と魂を捧げる」


「俺のためじゃなくて、ちゃんと自分のために生きろ。それが俺の願いだ」


 俺の胸の中でトウカの震えが止まった。代わりに顔をしっかり押しつけて、力一杯頷いていることを伝えてくれる。


 やれやれ、これで今度こそ一件落着かな。


 ファウストの件は探せば悪事の証拠がわんさか出そうだし、俺の動きは隠せるだろう。


 その間、俺達はゆっくりのんびり平和な時間を楽しめるはずだ。


「けほっ……。身体機能に……障害……発生……。体温の低下を確認……」

「トウカ!?」


 胸の中にいるトウカが軽い咳をしたと思ったら、トウカの顔色が酷く青ざめていた。

 寒いと言っている割には震えている様子は一切無い。

 あれ? 影がどんどん薄くなっている? 俺はトウカに攻撃はしてないぞ?


「トウカ、何があった?」

「左眼の視野消失……。筋肉の弛緩……進行中……声が……でな……」


 口を動かしているが声は出ていない。

まずい。トウカの身体が急速に死へ向かっている。

 でも、ちょっと待て。今、失った視界が生身の右目じゃなくて、義眼の左眼の視野が消えたって言ったのか?


 確か義眼はファウストと繋がっていて――。しまった。そういうことか!?


「だから、最後ファウストは笑ったのか……」

「ククク……。ようやく気付きましたか」


 俺がファウストに振り返ると、血まみれになったファウストが顔だけをこちらに向けて、力無く笑っていた。


「僕が死ねば、十番に存在の力を与える者がいなくなって死ぬ。あの義眼が彼女の第二の心臓で、その心臓のペースメーカーは僕だ。ある意味良かったね。君が僕を影で抹殺していたら、十番はマグナ君の言葉を聞けずに壊れていた。さぁ、取引をしよう。制限時間は僕が失血で死ぬまでの間だ」

「取引だと?」


「僕の仲間になれば、君の言うトウカに存在の力を与える。さらにトウカそのものを君にあげよう」

「断ったら?」


「君には何の損もない。僕はこのまま緩慢な死を受け入れて、十番とともにこの世からひっそりと消えよう」


 胸から血を垂らし続けているのにファウストは笑みを浮かべている。

 こんなの交渉とは呼べない。トウカの命を人質にとった脅迫だ。


「その顔、僕が信用出来ないって顔だね。なら、僕が本気だという証拠を見せよう」


 ファウストがこっちに人差し指を向けた瞬間、トウカが激しく咳き込んだ。溺れた人が救い出された後の咳のようだ。


「けほっ! げほっ、げほっ!」

「トウカ!?」


「マグナ……ごめんなさい。……私が足を引っ張った」

「死にかけたのに人の心配している場合か」


「ごめんなさい。……声が聞こえない」


 でも、トウカがファウストに命を握られているのは嘘じゃない。ファウストの気分一つでトウカの命運は変わる。


「さて、ここから先のお話しは僕との契約次第だ。十番は僕の所有物だからね。会話は有料だよ?」

「……助けて……マグナ……」


「フフフ、だそうだよ。マグナ君? 多くの孤児を保護した君は十番を同じように救うかい? それとも作られた命に興味はなく、今あるクランを守るために僕と一緒に切り捨てるかい?」


 トウカを生かすにはファウストの力が必要だ。トウカを生かすためにファウストを生かすか、みんなを守るためにファウストを殺し、トウカも殺すか。


「お前の仲間になったとして、フィーネ達はどうなる?」

「実験材料にしたいね。君の連れている子達は全て特殊な事情を抱えている。魔力だけ早熟のエルフ、九尾の獣人、鬼の血が流れる子、その他諸々、全てが一級品で興味深い。解析すれば僕達は更なる力を持った命を誕生させることが出来る。それこそ、天と影を操る新たな人類を作り出すことだって可能だ」


「断る。お前がフィーネ達に手を出さないのなら、俺も手を貸してやる」

「良いだろう。分かった。君の連れには手を出さない。ふふふ、お互いにちょうど良い妥協点だね。さぁ、仲間になる証として、僕の傷を治して欲しい」


「……そうだな。仕方無いが、それで妥協しよう。……トウカの命には代えられない」

「そうか。僕の手を握る気になったか! さぁ、僕の傷を影に移して治してくれ!」


 俺は手を差し伸べてくるファウストの方へ、一歩一歩ゆっくりと歩きながら近づいていった。


 俺にトウカは殺せない。助けてって言われてしまった。


 こんな屑でも生きていないとトウカは死んでしまう。その事実は変えられない。

 トウカを救うために、俺は自分の右掌に自分の影を集めてスキルの発動準備をした。

 そして、右手をファウストに伸ばそうとした瞬間だった。


「ヒャハッ!」


 ファウストが奇声とともに俺の胸元に向けて腕を伸ばしてきた。

 天の光をまとい、輝く掌が俺の胸を焼け焦がそうとしている。

 傷を負って重傷の振りをしているのも、俺との交渉も全て演技だったようだ。

 存在の力で命すら生み出せる男が、自分の傷を癒やすことが出来ないなんてありえない。

 全ては俺の妥協点であるフィーネ達に手を出さないという決着で、俺を油断させるための策略だったんだ。


 さすがトウカを暗殺者にしたてあげただけはある。基本のだまし討ちは完璧にマスターしている。


 ファウストは完全に俺を出し抜いた。


 そう彼は思っているだろう。


 でも、その攻撃を待っていたのは俺の方だ。

 俺だってさっきの交渉が茶番なのは見抜いていたし、茶番をこっちも仕掛けていた。

 俺を殺してスキルを奪おうとか言うヤツだ。あんな交渉信じられるか。

 俺達は取引と口にした瞬間から、お互いに相手を殺して、力を奪うことを狙いにしていたんだ。


「絶界の影牢!」

「ハハ! ハ?」


 互いに騙し合いを仕掛けて、俺が読み勝った。

 俺はファウストの腕を掴み、影を一気にファウストの身体にまとわりつかせて飲み込む。

 ファウストを飲み込んだ影は、俺の掴んでいるファウストの腕を外に残したまま何度も捻られ、縮んでいき、最後には腕の生えた小さな置物みたいになってしまった。


「影の匣の中で何が起きたか永遠に一人で考えてろ」


 絶界の影牢は俺の持つ最高の封印術だ。

 影棺が対象を影で囲むだけの技ならば、絶界の影牢は空間そのものを断ち切る。


 そこに存在する空間を影の刃によって現実と切り離し、時の流れすら止まった完全な異空間を作り出す技だ。

 異空間に切り取られた存在は、もとの場所へと帰ることも許されず、止まった時のまま残り続ける。


 生きているのに死んでいる。死んでいるのに生きている。


 そんな曖昧な世界にファウストを送り込んて、俺は彼の存在を殺した。


 あまりにも大技過ぎるので、数時間の間、俺も戦闘用のスキルが使えなくなる欠点がある。まさか使うとは思わなかったけど、使わないといけなかったんだ。


 俺はこの天の力を帯びた手が欲しかったんだから。


「天の光を帯びる手の影、伸びろ」


 まだ天の光が残る腕の影を操り、トウカの影に繋げる。


「存在の力をトウカの影に移転しろ」


 すると、俺の言葉でトウカの影が濃くなり始めた。

 そして、トウカが立ち上がり、驚いた表情で自分の身体をぺたぺたと触り始める。


「トウカ、気分はどうだ?」

「マグナの声が聞こえる。……一体何をしたの?」


「ファウストの手から存在の力を奪って、トウカに移し替えたんだ。俺の影を直接譲渡しても良いと思ったけど、確実じゃ無かった。だから、どうしてもファウストの腕が欲しくてね」


 ファウストは俺の影は存在の力を操り、形を変えることだと言っていた。

そして、トウカはファウストの持つ力で生きていた。

 だから、俺はファウストの持っている影を操って、トウカに力を流し込ませた。


 そうするためにも、俺はファウストの命を止める殺し方をせず、封印して死に近い状態へと持っていた。


「トウカ、君は今、この世界を生きていきたいか?」


 俺の問いかけにトウカは真っ直ぐ俺の目を見ながらハッキリとした口調で答えた。


「肯定。マグナ。私を導いて欲しい。私にもっと教えて欲しい。私はマグナと生き続けたい」

「うん、なら、今日は帰ろうか。さすがにちょっと疲れた」


「否定。疲れたなら、ここには仮眠室がある。一緒に寝よう」

「いや、でも、ここって、ファウストの研究施設だろ……」


「肯定。私の生まれ故郷。マグナに知って貰いたい。それと、フィーネ達がいるとマグナがとられる……。私はマグナといたい……」


 こんなに可愛くおねだりされたら断る訳にもいかないか。

 困ったな。トウカも意外とワガママな子になりそうだ。


 でも、それは俺が望んだことか。


 この子が自分の望みを抱けるようにって願いが叶ったことを、今は一緒に噛み締めよう。


「分かったよ。それじゃ、一緒にお昼寝しようか」

「肯定。案内する。こっちだマグナ」


 そう言って俺の手を引っ張るトウカは、かわいらしい自然な笑みを浮かべていた。

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