表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

第八属性と第七属性

 翌朝、俺はフィーネとリンファに家で待機を命じて、トウカだけを連れてギルドに出向いた。

 ギルドの建物に入るなり受付の席に座っているアティさんが一瞬驚いてからため息を吐く。


「おはよう。アティさん。人の顔見ていきなりため息って何かあったの?」

「あえて言うわよ? また? マグナ君またなの? またクランカードなの!?」


「アティさんすごい。良く分かったね」

「そんな拾ってきたらマグナ君だって大変でしょうに。あ、お姉さんも無職になったらマグナ君のところで養って貰えるのかな?」


「あくまで自立支援です。うちに来ても良いですけど、何かで働いて貰います」

「そんな真面目に答えられても困るかなぁ。冗談よ冗談。というか、受け入れる気はあるのね……やっぱマグナ君は末恐ろしい子」


「って、ことで人も増えたし何か良い仕事ないですか?」


 いつものやりとりを自然におこないつつ、俺は机の影を操作して文字を書いていた。

 アティさんにだけ見えるよう、「話を合わせて」と頼むとすぐに把握してくれた。

 そして、とりとめのない話をしつつ、俺はいくつかの質問をぶつけた。

 遠隔視の出来る義眼、遠隔で爆破する毒入り爆弾、腹の中で膨れる錠剤型の携行食糧、これらを作った人間に心当たりはあるかどうか、と。


「そうねー。いつもの美味しい仕事はえーっと――あ、一つあったわ。鉱山にドラゴンが巣を作って困っているって手紙が来てる。早速依頼票を書くからちょっと待っててね。書けたら掲示板に貼るわ」

「ありがとう」


 どうやらアティさんには俺の出した条件に一人心当たりがあるらしい。

ドラゴンの方はでっち上げか本当かは分からないけど、うまく合わせてくれたものだと感心する。さすが自称一流の受付お姉さんか。


 俺達は言われた通りに掲示板の前に置いてある椅子に座って、紙が貼られるのを待った。


「マグナ。ドラゴンを一人で狩るの?」

「うん、ドラゴンの魔石は換金率良いし、依頼の成功報酬も高いから、ソロで狩ればかなりの儲けが出る」


「眠っている間に毒殺?」

「それでもいけるね。それで倒したこともある。けど、今日はトウカのお仕事も手伝いたいし、俺の仕事はスキルでパパッと片付けるよ。トウカは今のうちに自分の受ける依頼を選んでおいで」


「選ぶ? ……選ぶ。これから選ぶ……む、難しい……」


 俺の指示でトウカは掲示板を前にして固まっていた。

 選ぶということをしたことがないのか、選ぶという言葉を何度もぶつぶつ呟いている。


 今までマスターの言葉が絶対だと言っていただけあって、自分で何かを決めることはしてこなかったせいだろう。

 ある意味予想通りの反応で狙い通りだ。トウカの目が依頼票に釘付けになっている間に、俺はアティさんに目を合わせた。


 それだけで意図を察してくれたアティさんが紙を一枚持ってきた。その紙を受け取ると手持ちの部分だけが僅かに分厚い。情報の書かれた紙を貼り付けてくれたみたいだ。


 その紙をスッと取り出して一瞥し、すぐにその紙を隠しポケットにしまいこんで影で包み混んだ。


「ありがとうアティさん」

「依頼報告忘れずにね」


 わざわざアティさんが念押ししてくる理由もすぐに理解した。

 今度の標的は想像以上に大物だった。というよりも、確かにこの人が消されたら、大騒ぎになるのは間違い無い。


 その男の名前はファウスト。


 魔法省特別顧問、特記A級冒険者、神に愛された大賢者、死を殺す聖者、魔物大図鑑、もう色々な別名が付きすぎた有名人だ。


 ありとあらゆる魔法に通じ、様々な古代機械アーティファクトを復活させ、数々の医療術を編み出した。魔法使いでもあり、機械技師でもあり、医者でもあり、冒険者もやっていた。


 あまりにも残した逸話が多すぎて、生きる伝説扱いされている。


 だけど、そんな相手だからこそ、俺は全てに納得が行った。


 ファウストはA級冒険者としてギルドに登録されていて、指導という名目で多くの冒険者と接したり、記録を見たりすることも容易に出来るだろう。そこから俺の存在を知ったんだ。


 さらに、個人で莫大な財産を持っているファウストは公的な施設だけじゃなくて、個人の研究所をいくつか持っている。


 魔法の研究図書館に、診療所、古代機械を整備する整備所を何カ所も持っている人間だ。監視用の義眼や薬剤も作れるだろう。

 しかもタチの悪いことに、それらの施設の運営は慈善事業としてやっていて、料金はかなり低く設定してあるし、金の無い人は無料で使えるようにしている。


 そのおかげで善良なイメージを抱かれるファウストが、暗殺者を育てて事件を起こすとは普通考えられない。


 そうやってファウストは世間を偽っているからこそ、トウカをはじめとする暗殺者や私設武装組織を育てていたとしてもおかしくない。

 彼を批判していた人間のほとんどが病気か事故によって死んでいるという噂もあるから、その裏付けが取れれば俺の完全勝利だ。


 でも、そんなものは関係無い。


 俺は自分の生活を守るのが最優先。悪事を世間に暴かなくても、芽を摘めればそれで十分だ。


「それじゃ、アティさん。行ってくるよ」

「はーい、行ってらっしゃい」


 何事も無かったかのように平然とギルドを立ち去る。

 痕跡は残さないし、情報を集める活動をしたようにも見せかけない。

 普段の生活と暗殺を混ぜ合わせ、区別がつかないようにするのが、こういう互いが殺し合おうって時の作戦だ。


 ファウストはトウカの目を通じて俺を観察している分、死角も多い。現状、俺の拠点がばれている分不利な状況だけど、その不利を覆すだけの情報は集められる。


「よし、それじゃ、行こうか」

「ここ行き止まり?」


「ここで良いんだよ。影渡り」


 俺は敢えてトウカに見えるように影の扉を作り出した。


「これは……?」

「転移門だよ。テレポートスキルの一種だ。トウカを毒の煙から助けた時も、この門をくぐって煙から逃げたんだよ」


 そして、自分からスキルの中身をバラしていく。


 別に知ったところで何が出来るという訳では無い絶妙なラインを渡って、情報を流していく。ファウストはきっと今夢中で聞いているだろうし、確実に見届けるためにも監視用の魔力を増やして感度をあげつつ、転移によって接続が切られるのを防ぐだろう。


 その魔力が影の世界に入ったら、そこから先は俺の土俵だ。


 トウカと手を繋ぎ、影を重ねる。


 そして、二人で一緒に飛び込むように影の扉に足を踏み入れた。


 影と影を結んだ暗いトンネルのような転移空間に、うっすらと光が流れ込む。

 その光は糸のように伸びてトウカの目に絡みついていた。

 俺もその糸に沿うように影を伸ばして相手の発信源を探知する。

 そして、もっとも近い影に扉の穴をこじあけて、俺達は転移空間を抜け出た。


 場所はファウストの病院のある所か。

 やっぱり俺達を狙ってきたマスターはファウストか。

 針はもう引っかかった。後は獲物を引き上げるタイミングだけだ。


「トウカ、この仕事が終わったら一緒に仕事探すの手伝うよ」


 今すぐ行けるけど、ギリギリまで俺の狙いは隠し続ける。

 俺がスキルを使ってドラゴンを倒した後、町に帰る振りをして影渡りによる転移から奇襲をしかける。

 知りたいものが知れて、後は俺を殺すだけ、とファウストが思考を切り替えた瞬間を狙う。


 その予定だったんだ。――ついさっきまでは。


「トウカ……何の真似だ?」


 トウカが俺の腹部目がけて隠し刃を突き刺してきた。


「マスターが……私を……まだ見捨てていなかった……。マスターと繋がっていた……」


 ぶつぶつと呟くトウカの目から光が消えている。

 あらかじめ縛り付けておいた影をきつくして、トウカの腕を止めたおかげで俺には届いていない。でも、完全に俺は不意を突かれた。


「私は……マスターの……十番」

「ちっ……。トウカのやつ完全に操られてる」


 何でこのタイミングで俺を襲わせた? いや、考えるのは後だ。後手に回ったと分かったのなら、すぐに切り返さないと掴んだ尻尾に逃げられる。


「影渡り!」


 この状態のトウカを置いていく訳にはいかないし、連れて行くしか無い。

 俺は影で縛ったトウカと一緒に影の扉に飛び込み、ファウストのいる空間へと転移した。


 そして、そこで目にしたのは真っ白な部屋に小さな機械が積み重なった山があり、魔物の身体の一部や、魔石の山、そして、人の身体も置かれていた。


 たくさん置いてある物の真ん中に白衣を着た眼鏡の男が立っている。

 見た目は若い好青年。見た目だけで歳を判断するのなら二十代前半と言った所だ。だが、歳は五十を過ぎている。


「ようこそいらっしゃいました。マグナ君」


 余裕を感じさせる挨拶をされるが、そんなものは無視して俺は影をファウストに向かって伸ばす。

 先手必勝だ。卑怯と言われようが、暗殺者だと知っている相手を前にして、のんびりと挨拶をする方が悪い。


「影縛り!」


 動きを封じて、一気に実体と影を繋げる線を掻っ切る。

 ――はずだった。


「おっと、君の影の弱点はこれだね?」


 ファウストがパチンと指を鳴らすと、強烈な白い光がファウストを照らした。

 その光に伸ばした影が遮られて進まない。剣を振ったら弾かれてしまったような感覚だろうか。


 この光ただの照明じゃない。魔力が込められた魔法だ。

 影が効かなくてもまだナイフによる戦闘術は残されている。

 咄嗟の判断で足下に転がっていた瓶を蹴ると、瓶は光の壁を難なく貫通したものの、ファウストによって手で打ち払われた。


 良かった。どうやら単純なバリアじゃない。これなら近接戦闘に持ち込める。


「普通の頭の無い人間ならマグナ君に光を当てれば良いだろうと考えるだろうね。でも、それは違う。それなら太陽の下で君が影を使えるはずがない。影は常にそこにある。日が出ていてもマグナ君がそこに存在すれば影は出来る。その影を濃くし、伸ばし、操るのが君の第七属性の力、影だね」

「あの世で神様に聞いてこい」


 驚いたことにファウストの答えは正解だ。

 俺の影のスキルを言い当てた敵は彼が初めてだった。

 でも、だからって、殺すことに変わりは無い。正解だと教える必要なんて一切無い。


「おっと、残念だけどそうはいかない。十番、私の身代わりになりなさい」

「了解。マスター」


 トウカが俺の目の前に飛び出してきて、ファウストをかばうように腕を広げた。


「トウカ!? くそっ!?」


 俺は咄嗟にナイフを振る腕を止めて、後ろに距離をとった。

 危うくトウカを殺すところだったよ。


「神様か。そうだね、神様の話をしようマグナ君。僕は君と話がしたい。ずっとこの日を、この時を恋い焦がれていたのだから」

「こっちに話すことはない」


「君の属性は第七属性の影。でも、第八の属性があると言ったら、話を聞く気になるかな?」

「は?」


 第八の属性だって? こいつも転生者なのか?

 となると、俺以上のチートスキル持ちなのか? さっきの光の壁も触れたことの無い感触だった。確かに情報を手に入れないと不利か。


「話を聞く顔になったようだね。僕の属性は天。影の対になる属性だよ。ありとあらゆる物を照らし、育み、時には奪う、言うなれば古代人が神による気まぐれだと思っていた事象を操作する力だ」

「何故そんなのが俺の対になる」


「天は人を導くもの。影は人を支えるもの。僕らは正反対の位置にいるけれど、互いに支え合える。君が影を通じて存在の力を操り、移すことが出来るのなら、僕は存在の力を与え、力に変えることが出来る」


 道理で影が止められた訳か。

 ファウストも俺の影と同じ存在の力に関わる属性を持っている。同じ力を相反する使い方をしているせいで、俺の影が止められたんだ。


「使っている力が一緒だからって友達にでもなろうってか? お前はお前の意思で俺の大事な物を殺そうとした。それを許すつもりはない」

「それは誤解だよ。確かに君の家に今まで数々の刺客を放ったのは僕だ。でも、必要なことなんだよ。あんな狭い空間に君は縛られてはいけない。せっかく僕の対になる影使いを見つけたのに、つまらない偽善事業なんてやっていて落胆した僕の気持ちが分かるかい? 君の力はもっと大きなことに使えるんだよ? いわば今までの行為は全て僕による救済だ」


「慈善事業をしているヤツが偽善事業なんて言うのなら、お前は何をしようってんだ?」


 くだらない話しに付き合っている振りをして時間を稼ぐ。

 同じ力でぶつかって止められるのなら、より強く、より濃く影を練り上げれば良い。

 大事なことはまずトウカを守ることだ。


「僕はね。この世の真理を探究している。そのために、人が集まる場所を作ったに過ぎない。でも、君はただ己の欲望を満たすためだけに人を囲い、自己満足に浸っているだけだ」

「真理?」


「そう。真理だ。命とは何なのか? その探究だ。その探究で僕はこの世界に様々なヒトと呼べる生物や、魔物と言われる生物が現れた理由を知った。命の差は存在の力の量と質によって変化している。存在の力の質が魔力や肉体を決めるのだ」

「なら、勝手に一人でやってろよ。俺を巻き込むな」


「気が早いね。マグナ君。大事な話しはここからだ。この世界に新たな命を与えることが出来るのは神だけだ。僕は真理を極めて命を自在に操れる者を神と定義した。そして、僕は神への一歩を踏み出すためにありとあらゆる努力を払った」


 ファウストが言うには医療も魔物狩りもただ知識を集めるためだけにおこなったらしい。

 その過程で彼はありとあらゆる人体実験をこなしていった。

 生きている人間から魂を取り出し、他の死体や魔物に転移させる実験。

 生きた人間同士の身体と魂を入れ替える実験。

 魔物の力を人間に組み込む実験。

 そうやって、様々な存在と命と肉体の実験を重ねた上で、彼はついに己の理論を証明した。 


「君がトウカと呼ぶその十番が僕の真理を証明した個体だ。九番まではそもそも動かなかったからね。すごいだろう十番は? 僕があらゆる技術を仕込んだ傑作だった。とはいえ、この子のおかげで僕は十一番、十二番の素体も完成させることが出来たから、もう用済みだけどね」

「お前がトウカを……作ったのか?」


「そうだよ。この身体のために千人ほどの命と肉体を注ぎ込んでいる。病院というものは良いね。難病の人間が90人死んだところで、十人生き残らせれば奇跡を起こすと言われる。サンプルを手に入れるのには苦労しなかったよ」


 神様を目指すと言っているだけはある。

 この男、かなり狂っていやがる。

 こいつの好奇心の裏で何人の人が殺されたかは想像がつかない。

 それにあっさりとトウカを捨てると言いやがった。


 自分の生んだ命を、仮にも娘のような子を捨てると言ったのかこいつは?


「様々な生物から肉体を作り、存在の力を安定させる義眼を作り、僕が存在の力を与えて命を芽吹かせた。だが、感情と呼べるものは一切見られなかった。命令に忠実に動く人形でしかない。それがどうだ。君に触れた途端、彼女は死に恐怖し、涙を流し、君に恋をし、楽しいという感情を知った。そして、想定通り僕の力をもう一度注いだら人形に戻った。命を作るには存在の力をただ与えるだけじゃダメで、変化も必要なんだ。マグナ君、僕とともに真理を探究し、神になろう」


「トウカの心はトウカのものだ。俺は何もしてない。お前がどうこうして良い物でも無い。それに、神様ごっこに興味はない。そんなに神様になりたいのなら、死んであの世で会ってこい!」


 俺は自分の影が濃くなったことを確認して、ファウストに向けて跳躍した。

 もちろん、トウカはファウストの盾になろうと俺を遮ってくる。

 さっきは知らなかったから殺しかけたけど、今度はそう来ると知っている。

 その対策のために俺は時間を稼いだんだ。


影棺かげひつぎ


 トウカの胸に手を触れた瞬間、俺の手から漆黒の匣が現れ、トウカを飲み込んだ。

 外界との繋がりを一切断ちきる結界のスキルだ。

 敵を封印してもよし、守る対象を危険から隔絶するもよし、の影で出来た匣だ。


 その匣が彼女を閉じ込める最後の瞬間、一瞬、トウカが笑って、本物の目から涙がこぼれたように見えた。


 さっきの会話が聞こえていたんだ。また泣いたのか。トウカは意外と泣き虫なんだな。

 だったら出来れば、こんな話し聞かせてやりたくなかった。

 でも聞かせてしまったのは俺のミスだ。だから、もうこの子に不幸は与えない。これからは俺がこの子に幸せに生きるための居場所を作る。


 生きて良い場所を作って、自分で生きていける力をつけてやる。


「ほう! また十番の感情に揺らぎが観測できた!」

「命も心も玩具じゃないぞ!」


 俺はナイフを両手に構えてファウストに襲いかかった。

 自分から伸びる影はほとんどトウカの結界に練り込んだ。

 だから、後は自分の中に残った力だけでファウストを殺さないといけない。

 相手は本物の強者で、俺と対になる天を持つ男で、普通に考えれば相手の方が強いだろう。


 でも、それがどうした? 俺は暗殺者だ。真正面から力比べをする気なんて毛頭無い!


「シッ!」

「ふははは! やはり僕は君が欲しい! その能力が欲しい! この気持ち、ここまで恋い焦がれたのは始めてだ! このままでは神話の通りじゃないか! 天と影は二人揃って結ばれることはない!」


 俺の連撃に対して、ファウストは何処からか取り出したメスで攻撃を受け止めた。受け止め方がまた気味が悪い。

 ファウストは気味の悪い笑い声をあげて、とんでもない速度でメスを振り回しながら俺の攻撃を止めてくる。


「天の神は影の神に恋をした! 天の神は影の神に会うための影を作ろうと大地を照らした! でも、天の神と影の間にはつねに邪魔な存在があった! 天の神が嫌いな影の神は障害物があることを良いことに天に背を向け続けた!」


 ファウストはメスを振り回しながら、この国に伝わる創世記の一説を語り出した。

 戦いながら喋る余裕があるってか? なら、俺の手で踊っていることに気がついていないな?

 俺はお前を殺すために、お前の下らない話を聞いて時間を稼いだんだぞ?


「そして、天の神は影の神に会うために地上の全てを焼き払う! そして残ったのは影の形をした焼け焦げた痕だけだった! 自らの欲望で最愛の者を失った天の神はその影をもとに世界を作り直し、影の神がいた世界を懐かしんだ」

「それが俺と何の関係がある!?」


「君の死体に僕の存在の力を流し込む! 僕の魂と君の器が揃うことで、僕は天と影を手に入れ、神になる! さぁ、僕の君に対する愛を受け止めてください! 一つの神になろうマグナ君!」


 ファウストのメスが光り輝き、触れた机や壁を軽々両断していく。

 切り付けられた断面がドロドロに溶けながら沸騰して、切っているというよりは焼き切っている感じに近い。


 恐らくこれが存在の力を付与する天の力なのだろう。

 でも、負ける気はない。


「そんなものはお断りだ。俺は人として生きる」


 ファウストのメスを根元から俺のナイフが切り裂いた。


「なっ!? 僕のメスを断ち切った!?」

「俺は俺の好きなように生きる。好きな人達と生きる。神様に興味はない。俺は俺を慕ってくれるあいつらと生きる。影断ち!」


 ようやくだ。ようやくこの眩しい光に目が慣れた。


 存在を繋ぐ糸が見えるようになった。明るい光のせいで影は薄いけど、力を注いでいるおかげか、目が慣れさえすれば繋ぐ糸はいつもより太くて狙いやすい。


 その糸さえ切れれば、対象物がどれだけ硬くて、特殊な力が込められようが、俺の刃はその存在そのものを否定する。

 それが俺の影の扱う力だ!


「だから、その神話は成り立たない。影が天を殺す」

「存在を断ち切る力!? 操作だけじゃなかったか!?」


「正解はお前のなりたかった神様にでも聞いてこい!」


 ファウストが驚いて俺から飛び退くも、もう遅い。

 俺の投げたナイフはファウストの影ではなく、身体を真っ直ぐ貫いていた。


「カハッ……影に気を取られすぎましたか……」


 メスをナイフで切る必要なんて無かった。

 でも、あえて影断ちを使うことによって俺の影スキルがファウストに通用すると印象づけた。

 そうして、影のスキルが来ると思わせていたからこそ、ただの投げナイフが盲点になる。

 そんな簡単な引っかけに気付かなくなるほど熱くなっていたことにファウストも自分で気付いたのか、彼は自嘲気味に笑うとその場に倒れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ