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09 お出かけ




 ある日の朝、いつも通りシノンを起こしに来たのはモニカだった。扉をノックして声を掛けてから部屋に入り、カーテンを開ける。そして、日の光りが差し込んでくるが、そこで感じる違和。


「シノン様、朝ですよ。起きて下さい」

「ん~~、おきてるよ~」


 もぞもぞと毛布から這い出たシノンは、目の前のモニカを見て身体ごと頭を傾ける。その違和感は起きたての頭でも直ぐに理解できた。


「今日は休みだっけ」

「はい、ですから二度寝しても起こしには来ませんよ」


 違和感の正体はモニカの格好が、いつものメイド服ではなかったからだ。

 今日は彼女にとって週に一度のお休み。本来ならシノンを起こしに来る必要もないのだが、それをするところが彼女らしさなのだろう。そして、休日の彼女の手を煩わせないよう、欠伸を噛み潰しながらシノンも起きるのだった。




 長く一緒に暮らしていたシノンにとっては慣れたモニカの休養日だが、この間から一緒に住み始めたミゥにとっては今日が初めてである。だからこそ、モニカの休日の過ごし方に強い違和感を覚えているのだ。


「えっとお姉ちゃん……今日、休みなんだよね」

「えぇ、そうよ」


 不可思議そうにミゥは小首を傾げてモニカに話しかけた。

 確かに彼女はメイド服ではなく、ミゥもよく見かけていた普段着を着ている。しかし、家の前を掃除してからシノンを起こしに行き、食卓に並んでいる朝食を用意したのはモニカである。

 つまり普段と変わりない働きをしているのだ。ミゥが疑問に思うのも致し方ないだろう。


「アンタね、本当に感謝しときなさいよっ」


 強い口調だが内容は至極尤もであり、シノンは改めて真面目な子だと理解しながら頷いた。


「もちろん感謝してるよ、モニカありがと。……で、ミゥは?」

「してるに決まってるでしょ。アンタと違って朝食の準備も手伝ってるのよ」

「あぁ、そう言えばそうらしいね。ミゥもありがとな」


 感謝の言葉を言われているにも係わらず、ギャアギャアとミゥが喚く。彼女が加わったことで朝から騒がしい食卓になっているが、それを不愉快に思う人は誰一人としていない。モニカも微笑ましく笑っていた。


「それで今日何か予定はあった?」


 そう尋ねられモニカは今日の予定を思い返す。

 彼女も分かっているが、予定というのはシノンに関してではなくモニカのことで、そもそも主人に何か用事が入っている場合は、彼女の休日をずらすことになっているのだ。


「えっと特にこれといって無いんですが、午後からは街に出かけようかと」

「あっ、いいなー。私も街に行きたい」


 ミゥは羨ましそうにモニカを見詰める。彼女はシノンと一緒にカシレイの棲み処へ行ったきり、街へ向かうことはなかった。それというのもモニカが働いている中、彼女だけが街に遊びに行くというのは気が引けたからである。


「おっ、じゃあ二人で行ってくると良いよ」


 もちろんそれを公言したことは無いが、彼女のそんな気持ちを知ってかシノンが助け舟を出した。

 普段は嫌っていても、その提案を喜んで受け入れようとしたミゥだったが、彼女の望み通りとはいかなかった。


「……それならシノン様もご一緒して、三人で出かけませんか?」

「えぇぇーー、せっかくの休みなのに、わざわざコイツのおもりするって本気なのっ」

「おもりって」


 久し振りに二人で出かけられると思った矢先の提案にミゥは悲鳴を上げる。

 ただ、どちらかというとシノンと一緒に行動することに対してよりも、休日にまで一緒にいようとするモニカに驚いたようだ。目を大きく見開いて信じられないといった表情で見つめている。

 シノンとしても姉妹分水入らず、と考えていたので、ありがたい申し出だったが断ろうと口を開きかけた。


 しかし、そんな二人を交互に見ていたモニカは、改めて納得するように一人頷く。


「お二人にはもうちょっと仲良くなって欲しいと思いまして、これもいい機会です」


 どうやらこれまでの生活で思うところがあったようだ。

 ただ、シノンとしては納得がいかないのか、少し眉を顰めてミゥに視線を送った。


「そこまで仲悪くないよなぁ」

「悪いわよっ」


 即座に否定しながらテーブルを叩いて立ち上がるミゥの様子から、確かにこのまま一緒に生活をすると大変かもしれないとシノンは思った。主に仲裁役になるであろうモニカがだ。

 そして、そうなってしまっては妹分としても不本意だろう。その事を彼女に伝えてみると言葉を詰まらせるのだった。


「こっ、んの~」


 そしてそれが正しいとわかっているからこそ、彼女は文句を言うことなくシノンを強く睨みつけながら椅子に座る。


「決まりですね。それじゃあ、今日は三人で街に出かけましょう」


 両手を叩いてポンと軽く音を鳴らし、モニカは嬉しそうに笑ってシノンとミゥを交互に見るので、思わずミゥも毒気が抜けるように深くため息を吐いて頷いた。


「それじゃあ、後片付けしちゃいますから」

「うん、お願いね」

「お願いね、じゃないでしょっ。アンタもするのっ、私もするのっ」


 二人だけで生活していた時と同じく、モニカに任せようとしたシノンだったが、ミゥに叱られたことで三人で後片付けをすることに。そしてその流れなのか、昼食まで三人で一緒に家事をするのだった。



 ◇



 午後はモニカの提案通り、三人で山を降りて街までやって来ていた。今日は買い出し日ではないので、大きなリュックを背負ってはいない。


「それで今日は街に出て何かする予定だったの?」

「特にはなくて、ただブラブラしようかなと思ってたんですけど、二人が一緒ならもっと楽しめるところにした方が良さそうですね」

「三人で楽しめそうな場所か……」


 そう言われてシノンも考えてみるが、彼が街に来た時は買い出しか友人たちの家、それか酒場などがほとんどで、余り遊び場などは知らないのだ。しかも今回は年下の女の子が相手である。いつも以上に頭を悩ませてみても、全く思い浮かばなかった。

 しかし、自分で分からなければ誰かに任せるのがシノンの主義である。


「それじゃあさ、ケーキ食べに行こうよお姉ちゃんっ。もちろんお金は家長が払ってくれるんでしょうね?」

「ん、まぁよっぽど高い物じゃなければ……でもケーキが食べられるような、そんなシャレた店この国にあったっけ?」

「確か三年前には出来ていたはずです。結構高いですけど、美味しくて話題にもなったんですよ」


 山で暮らしていて街に来ても最初から目的地が決まっているシノンは、街の変化や話題などには無頓着で、有名なお店の場所も彼女たちに案内してもらわなければ分からない。

 一先ずの目的地が決まり、ミゥとモニカは楽しそうに話しながら進み、シノンはその後を付いて歩くのだった。






 目的の店は普段城に向かう大道路から、一つ脇にそれた通りにあった。確かにシノンが通る道ではないが、店の外にもテーブルや椅子が並べられ客もそこそこ入っていることから、普通は何事かと気にはなるだろう。

 若い女性がこんなに居たのかと思うほど多く、シノンが気後れしたように小さく呟く。


「うーん、入り辛い雰囲気だな」

「嫌ならそこらを散歩でもしてくれば?」


 軽口を叩いてモニカに窘められているミゥも、当然シノンがこういった反応を示す可能性を知っていた。家族で何度かこの店に来ていて、父親がシノンと同じく気後れし、適当に時間を潰すことがあったからだ。

 それを期待しての軽口だったが、思いのほか効果はあったようだ。モニカにではあるが。


「入り難いのでしたら、別の場所にしますか?」

「ええぇぇぇ~~~」

「……いや問題ないよ。早く入ろうっか」


 いつまでもこのまま見ていても仕方ない。シノンは二人の背中を押しながら店に入っていった。

 店内はそれほど広くはないが、木製の円形テーブルや小物に観葉植物など可愛らしく飾り付けられている。人は多くても満員ではないので、三人は直ぐに席へと通される。


「それじゃあ……ん~、私チーズケーキ」

「私はフルーツタルトにします。シノン様は?」


 メニューを見た限り種類は少なく、シノンはモニカと同じ物を頼み、後は店員が飲み物と一緒に持ってきてくれるまで話して時間を潰す。


「二人はここに来たことあるの?」

「はい、何度か。ミゥと一緒に来たこともありますよ」


 シノンは頷きながら店内をキョロキョロと見回す。その様子は完全に田舎から都会に出てきたてのようで、ミゥは気恥ずかしさから少しばかり頬を赤らめる。


「もぅっ、ちょっとはジッとしてなさいよっ」

「ごめんごめん。外国でなら珍しくないんだけど、この国にもこんな店があったと思うとね」

「開店当時は凄く騒がれていましたよ。ここの店長は外国で修行してきたらしいですし」


 そうこう話している内に頼んでいたケーキが運ばれてくる。

 シノンの目の前にはコーヒーと山でも取れるフルーツが盛られたタルト。値段の割りに大きくはないが、そこは仕方ないと納得してフォークを手に取って一切れ口に運ぶ。するとサクサクッとしたタルト生地とフルーツの爽やかな酸味やクリームが相まって、程よい甘さが口の中に広がった。


「おぉ、美味しい」


 別にシノンは甘いものが嫌いということはなく、久しぶりの甘味はより美味しく感じられた。

 シノンが満足していることが分かり、彼をここに連れてきたモニカは安堵して頬を緩める。


「それは良かったです」

「ふんっ、アンタでも少しは味が分かるみたいね」


 そしてミゥもその感想を聞いて得意気に頷くと、自分のケーキを食べ始めた。その表情は年相応に可愛らしい満面の笑みが浮かんでいる。


「しっかし、この国でもこういった物が食べられる日が来るとはねー」

「アンタが知らなかっただけでしょ」

「うん、ご尤も」


 そんなに広い街ではないが、意識して見て回らないと知らないことも多い。シノンはケーキを食べながら一人そう考えていた。


「他にもいろいろ見て回ってみますか?」

「そうだね、二人が良かったらお願いしようかな」


 家と同じく特に取り留めのない話だが、外でしてみればいつもとはまた違った雰囲気。

 ミゥはいつもより大人しく、モニカは少しばかり明るくはしゃいでいる。シノンは余り変わらずゆったりとした時間を過ごせたのだった。


 そして、ケーキを食べてからは、特に何かを買うでもなくいろいろな店を見て歩き、部屋に飾る花だけを買って家へと戻る。いつも通りシノンとミゥもいて二人が騒がしい日だったが、モニカにとっては楽しめる休日だったようだ。






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