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08 カシレイ




 序列の仕事の一環をミゥに見せようと森にある柵の修復に連れてきたシノンは、兵士たちが作業を進めている途中、彼女をカシレイに紹介しておこうと言い出したのである。ミゥにもその名前には聞き覚えがあった。


「カシレイって私達と友好関係にある獣人よね……街でも何回か見かけてるし」

「そそ、ここらの先住種族。森で何か有れば助けてくれるかもしれないし、彼らの棲み処も教えておこうかなって」


 シノン達がこの森全てを知っている訳ではないが、人間と意思疎通の出来る唯一の種族がカシレイ達なのである。シノンは修理中の柵を指差した後、そのまま街から反対方向に向かって指を動かす。


「彼らの棲み処は分かりやすくて、この柵を目印のある所までずーっと辿って行けばいいんだよ」


 カシレイと交流があるとはいっても、人間が彼らの棲み処に行くことはほとんどない。行くとしてもシノンか数少ない常駐兵の人達くらいで、彼らの生態などはほとんど知られていなかった。

 だからだろう、作業を進める兵士の一人が興味深そうに手を上げる。


「あっ、その子を紹介するっての、俺も一緒に行って良いっすか? カシレイがどんな風に生活してるのか見てみたいし」

「まぁ、これでもみんなの護衛だから、一緒に来てもらうか街まで送ってからじゃないと……あ、街まで戻ったらまた森に行くの面倒だなぁ」


 一応自分の役割は覚えていたようで、シノンは腕組みをしながら手を上げた兵士以外に視線を送る。彼らが街に戻るようだったら、今回の訪問を取り止めようとしたのだ。

 幸いなことに他の面子も興味があるらしく、作業を終わらせてからカシレイの棲み処を目指すことに決まったのだった。




 そして、シノンが周囲を警戒しミゥは作業を眺め、兵士は修理作業を進める。途中、モニカの持たせてくれた軽食を摘まみ、作業は早めに終わることが出来たのだった。


「よーし、これで終わりっと」


 最後の木材も固定して身体を大きく伸ばすのは、地面にあぐらを掻いて座っていただけのシノン。さも自分が働いていたかのような言い方に兵士たちは呆れているが、これもいつもの事である。

 そして予定通りカシレイの棲み処に向かうことになり、この中で唯一行ったことのあるシノンが先頭を、ミゥが最後尾から周囲を警戒して歩いている。


「魔物が出るのに、こんな堂々と歩いていて大丈夫なの?」

「俺らだけでもこの辺りを歩いといて、強い人間もいるんだぞって見せておかないと」


 序列の試験で森へと出たことのあるミゥだが、柵とその近くの木々が切ってあること以外は手付かずの森。街を守る大きな石垣もこの場所からは見えず、不安になる気持ちもあるのだろう、シノンに話しかけた声はいつもより小さかった。


 その時、ふとシノンが足を止める。

 ミゥたちは魔物が現れたのかと周囲を見回して警戒するが、その姿や気配を感じ取ることは出来ない。対してシノンは彼らほど気を張っておらずに顎を上げて視線を空へと向けた……瞬間、シノンの姿がミゥの視界から消える。警戒していた範囲内にも関わらず、捉えることが出来なかったのだ。


「ほい、お土産採ってきた」


 そして再び同じ場所に現れた時には、両手に桃色の果物を幾つかもぎ取っていたのである。

 ミゥが頭上に視線を上げると、木々の上に桃色の点のような物が見える。シノンは一瞬であそこまで跳び上がり、手早く果実が潰れないように取ってきたのだ。ただのぐうたらで面倒くさがりな男ではなく、序列一位なのだと認めざるを得なかった。


「んじゃ進もうか。……一個くらい食ってもいいよね」


 少女が不本意ながら認識を改めているなど露知らず、シノンはお土産の果実を一個だけ残して布に包むと肩から背負い、桃色の果実を服で拭いてかぶり付く。白い果汁が垂れないよう、途中啜りながら柵沿いを再び歩き始めたのだった。


「おっ、あったあった」


 そして暫く歩いたかと思うと、柵を飛び越えて一本の木に近寄る。遠くからでは他の木との違いが分からないミゥ達だったが、近付くと根元に古びた円形の盾が転がっているのが見えた。一見すると兵士が装備する何の変哲もない盾である。

 それに近づいて手に取ったシノンは、腰から下げたナイフの柄でゴンゴンと何度か音を鳴らす。


「何、今の? 合図か何か?」

「そそ、今から行きますよーって奴」


 そこまで大きな音ではなかったが、カシレイには聞こえているのだという。

 盾は音を鳴らす以外にも彼らの棲み処を示す目印なのか、元あった場所に丁寧に戻すと、シノン達は柵から離れて森の中へと足を進めるのだった。



 ◇



 ミゥや兵士たちはいつ魔物が飛び出してくるか分からない中で、継ぎ接ぎのような木製の柵だろうと人工物が恋しく感じていた。

 彼らの警戒と不安が色濃くなり始めた頃、今までうっそうと生い茂って光の届かなかった森の中、漸く前方が薄明かりによって輝いているのが見えたのである。そして、森を抜けて安堵する彼らの元に大きな影が近付いてきた。


「よっ、久し振りだなゼーセパ」

「マジで久し振りダ。相変わらず家の中で腐ってやがるのカ?」

「お前こそ」


 そこに居たのは二メートルを超える獣人。頭部はもちろん腕など全身が茶褐色の短い毛で覆われ、額から生える六十センチほどの角が、薄く長く反り返っていて剣のようにも見える。また、側頭部にある小さく尖がった耳は、ピクピクと周囲を警戒するように動いていた。


 この獣人がカシレイという種族で、衣類を身にまとっているが、これは人間と交流をもったここ三百年ほどの歴史である。


「ほれ、お土産」

「おっ、ダムの実じゃねぇカ。これウマイんだヨナッ」


 ゼーセパと呼ばれたカシレイはシノンからの土産を受け取ると、さっそくその一つにかぶり付く。

 鍛えられた筋骨隆々な肉体で、太く確りとした下半身に鋭い角を持つ彼らだが、実は草や果実を食べる草食獣なのだ。今も小さな尻尾をブンブンと振って歓喜を表している。


「そんで今日は何の用ダヨ?」

「あぁ、序列候補……俺の後輩みたいな子の紹介だ」


 ミゥは自分より大きな男二人に視線を向けられ、思わず半歩後退してしまう。そもそもカシレイと交流があるとはいっても、それは限られた人間だけで大抵は街で見かけたことがある程度。近くで話す機会も無いのだ。


 ゼーセパは自分の身長の半分にも届かない少女を興味深そうに見下ろして笑う。


「うはっ、お前の後輩? なら性格は抜けてんノカ、反対に真面目なノカ」

「えっ、俺の反対なら抜けてる子だろ。……うん、そんで長老にも挨拶しておきたいんだけど、今日お邪魔してもいい?」


 突っ込みどころか冷たい視線だけが返ってきてしまい、思わずシノンもさっさと本題に話を移してしまった。


「おォゥ、そいつハ長老も喜ぶゼ」


 訪問を素直に喜ばれた事に兵士たちが安堵する。ミゥ同様彼らも少しばかり警戒してしまっていたのだ。そんな内心を気付かれまいとしたのか、兵士の一人がゼーセパに話しかけた。


「そう言えば家とか見えませんけど……もしかしてあちら側にあるんですか?」


 そう言って指差したのは、底が見えないほど深く幅のある断崖を飛び越えた向こう側の陸地。兵士の一人はそこの先に、彼らの棲み処があると考えたのだ。

 しかし、シノンはその間違いを直ぐに訂正する。


「いやいや、下だよ下」


 そう言って指差すのは暗く飲み込まれそうな崖下だった。

 彼らカシレイは敵に襲われないよう、崖の中腹に横穴を掘って暮らす種族なのだが、これ程の高く険しい崖に住むのはこの国くらいだろう。


 しかし、そうなると問題が一つ出てくる。シノンやゼーセパはまだしも、ミゥや兵士たちが崖から落ちてしまえば助からないということだ。

 ただ、ここに何度も来ているシノンは直ぐに行動へ移ろうと、連れてきた面子の中で一番問題となる人物に話しかけた。


「ミゥは俺とゼーセパ、どっちに運んでもらいたい? 一人で降りるのは危ないから却下ね」

「はぁっ、なっ」


 突然の問いかけと内容に驚き、キョロキョロと二人の男を交互に見やる。初めて会った異種族のゼーセパか、姉と慕う女性を奪ったシノンのどちらかに命を預けなければ生らないというのだ。

 そして暫く迷った末に彼女が出した結論は……


「あれ、俺で良かったの?」

「別にどっちでも良いでしょっ」


 ゼーセパに頼むかと思っていたシノンは、自分に近寄ってくるミゥに声を掛けるも、返って来た言葉はトゲトゲしかった。どちらでも良いのなら何故こちらに、などと続けるほどバカではなかった様だ。

 彼女としては悪態を吐いていても、初対面の異種族よりは信じられる程度なのだろう。


 そして、ゼーの胸元に片手で三人が抱かれて一人が背中、シノンには両腕に二人とミゥを背負って準備は整った。既に崖スレスレに立っていた二人は、そのまま何の躊躇も確認もなく飛び降りたのだ。


「イヤッッホオオオオオォォォーーーーーー」

「ぐぅっ」

「ううぅぅっ」


 ゼーセパが雄叫びを上げ、兵士から恐怖を押し殺す声が漏れる中、崖を蹴って向かい側と交互に跳び渡り速度を調整しながら降りていく。普段の二人なら自然落下どころか、壁を走るように加速していくので、まだ客人を乗せた移動方法である。


 そして、しばらく降りていくと幾つもの横穴が見えてくる。二人はその中でも一番大きな穴へと飛び込んだ。


「ほら、着いたぞ」


 抱えられていた兵達が地面に足を着けると、腰から砕けるように座り込んでしまう。かなりの勢いで空中を飛び跳ねていたのだから無理もない。

 ただ、シノンの背中でしがみ付いていたミゥは、平然とした表情で両手を解くと背中から滑り降りる。


「へぇ、ここがカシレイの棲み処か」

「女子供は警戒心が強いからそこは期待するナヨ」


 ここは帰還場所なのか、入り口近くに石が積まれてある以外は何も無い空間で、左右と奥に続く穴が掘られていた。そこからこちらを覗き込むまだ幼いカシレイの姿。角は円柱で小さく足も細い、これは雌と同じような見た目である。


「長老はこっちダ」


 そして奥へと連れて行かれるが、そこは地中を掘り進めてあるだけあって、上下左右に道が別れた非常に入り組んでいる造り。ゼーセパが言うには全て使ってるわけではなく、侵入者を惑わすためらしい。


 そんな話をしていると大きく開けた場所に出る。部屋にはゼーセパより屈強な雄や、見目麗しいらしい雌のカシレイが数頭いて、部屋の一番奥に毛むくじゃらで年老いたカシレイが横になっていた。

 彼がここの長老で、横になっているのは座るのも辛い年齢なのではなく、ゼーセパ曰くずぼらな性格らしい。客人が来てもそのままなのは、シノン以上にダメな性格かもしれない。


「――――」

「――――」


 部屋に入ったゼーセパは長老と言葉を交わす。それは人語ではなく小さく唸っているようにしか聞こえず、ミゥには何を言っているのか分からない。なのでシノンの服を引っ張り小声で話しかけた。


「何を話してるの?」

「いや、俺も分からないから」


 勉強嫌いだし、というシノンをミゥがやや呆れたように見上げていると、長老との会話が終わったようでゼーセパが振り返る。


「ミゥのことは伝えておいたゾ、シノン。それで今日は飯食ってくノカ?」

「んー、軽めの物で頼む。ここに来ることモニカに言ってないから、夕飯の準備してると思うし」


 この食事会がミゥの歓迎の意味を込めたものだと分かっているので、無碍に断ることは出来ない。むしろ森を歩きっぱなしだったこともあって、全員小腹が空いていたので有り難いことだった。


 そしてシノンの希望通り、木の実や人間が食べても問題ない菜っ葉などが運び込まれて軽い宴が始まる。


「くぅーー、やっぱりここの果実酒は最高に美味しいなぁ~」

「ちょっとっ、そんなにお酒飲んだら軽食にした意味が無いでしょうがっ」


 手を止めることなくお酒を飲み続けるシノンをミゥが窘める。

 そして、シノンが酔ってしまう前に帰ることに決まったのだが、酒がかなり入ったシノンでは普通ではない帰路に不安があったので、ゼーセパに街まで一緒について来てもらい無事戻ることが出来たのだった。






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