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06 メイミレア王国



 モニカの妹分であるミゥが序列候補生になり、シノンの家に住むことが決まった。部屋はいくつか余りがあり、タンスやベッドなど家具は揃っている。あとは彼女の荷物と日常品を買ってくるついでに、週に一度の買い出しも済ませようと三人は山を下りて街までやって来ていた。

 シノンの背中には買った物を入れる為に、大きなリュックが背負われている。


「先ずはミゥの家に行って荷物をまとめるか」

「ちょっと、何アンタまで付いて来る気なの」


 今回の主目的であるミゥの家に向かおうとするシノンだったが、当の本人であるミゥは不満そうな表情を隠そうともせず、シノンを追っ払うような仕草を見せる。


「アンタは買い出しを済ませておけばいいでしょ」

「……おぉ、確かに」


 少女の身支度を手伝うというのは外聞が悪い、シノンもそれを分かっていたのでミゥの提案を素直に受け入れるのだった。そしてモニカも特に反論することなく、懐から手帳と財布を取り出す。


「そうですね。でしたら必要な物はこちらに書いてありますので、お願い出来ますか? ミゥの家の場所も書いてありますから」

「あいあい」


 受け取った手帳を捲って見れば食材や日常品などを種目別に、ミゥの家も地図と住所が分かりやすくまとめて書かれてあった。これならシノンでも買い忘れることや迷う心配は無いだろう。


「これ買ったらそっちに行くから、家で待っといてくれよ」

「まぁ、仕方ないわね。本当はウチに近付いて欲しくないんだけど」


 ここまでミゥがシノンを嫌っているのは、思春期特有の感情や姉貴分が取られたという思い込みからだろう。だからこそシノンも肩を竦ませながら困ったように笑い、モニカも今この場では特に叱らないでいたのだ。


「んじゃ、行ってくる」


 こうして、シノンは一人で街の中心部に向かって歩いていくのだった。



 ◇



 メイミレア王国で人が住める場所は非常に少ない。それというのも国土が狭く、さらにはそのほとんどが魔物の住まう森か山だからである。なので国民のほとんどはこの街に集中しているのだ。

 街を歩けばいろいろな人に話しかけられる。それはシノンが人気者だからというよりも、モニカが一緒に居なくて大丈夫かという心配からかもしれない。


「おうシノン、珍しく一人だな。飲んでくか?」

「いや、後で合流予定だからゆっくり出来ないんだ。また今度誘ってくれよ」


 日常品を買い終えたシノンは、残りの食材を買う為に先ずは肉屋に訪れる。

 シノンと同年代である店主の真昼間からの宅飲みを断り、ケースに並べられた肉を屈んで品定めしていく。そんな彼の頭上から店主が話しかけてきた。


「そんでどうだ、最近何かいい肉獲ってきてないか?」

「あー、この間ドラゴン獲って食ったわ」

「んだと、そいつをこっちに卸せ……ってか俺も呼べよっ」


 自分も食べたかったと怒り悲しむ店主だが、彼に一瞥をくれることなく肉を選び終えたシノンは、欲しい商品をいくつか指差して漸く顔を上げる。


「いや、夜中急に食べたくなってね。たしか肉は余ってるだろうし……ま、卸すかどうかはお前の誠意しだいかな」

「はいはい、マケりゃ良いんだろ」

「まだまだ」


 投げやりに値下げしようとした店主だったが、ニマニマと嫌らしく笑うシノンの様子から彼が何を求めているのか分かり、暫しジト目で見つめる。だが、結局シノンが折れないと分かったのか、ふぅと諦めたようにため息をこぼした。


「分かった分かった。この間、旅商人から買ったグラウン産の酒オマケな」

「おっ、輸入品か。分かった今度持ってくるわ」


 商品ではなく彼個人で楽しむ秘蔵の酒と交換が決まった。ただ、シノンは店主から酒のことを聞いていたので実質狙い撃ちである。まあ、今度肉を持ってきた時に飲み交わそうという約束でもあった。




 自分の望んだ通りの交渉も終わり、気分を良くしたシノンは肉屋に続いて八百屋へと向かう。

 外国からの安定的な輸入が期待できないこの国では、作物面積の少なさから野菜は肉や魚と比べてやや値段が張る。そんな店の店主はしっかりとした身体つきの初老の男性。


「オヤジさん、何か良いの入ってる?」

「おー、シノンじゃねぇか。今日はモニカちゃんと一緒じゃないのか、珍しいな」


 シノンは言葉を交わして、肉屋の時と同じく並べられた野菜を屈んで眺める。だが、先ほどと違い、こちらでは難しそうに眉を顰めて唸っていた。肉とは違ってどれが一番良いのかまでは分からないのだ。

 そのことは店主も分かっているのだろう、笑い声を上げながら近づいてくる。


「はっはっはっ、いつもはモニカちゃんが選んでたからな」

「そゆこと、ってな訳でオヤジさんが代わりに選んでよ」


 降参とばかりに両手を上げ、モニカから受け取った手帳を手渡した。そして店主は手帳を開いて、頷きながら良い野菜を選んでは袋に詰めていく。


「お前さんだけだったら、悪くなりそうなのから選ぶんだがな」

「俺一人でその分安くしてくれるってんなら構わないんだけど、モニカと新しい同居人がいるから無理だろうな」

「同居人? どうりで買い込む量がいつもより多いはずだ」


 魚はこの間ゲンから貰った奴の燻製が残っているし、もし食べたくなれば釣れるかどうかは別として、シノンが釣りに出かければそれで済む。シノンは店主に代金を払って商品を受け取り、一路ミゥの自宅へと向かう。これで今週の買い出しは終わりである。



 ◇



 渡された地図を見ながら住宅地を進めば、そこはこの国で一般的な丸太を組み上げて造られた家。ドアをノックして出てきたのはミゥと同じ金色の髪を腰まで伸ばし、少女が歳を重ねたらこうなるだろうと分かる女性。

 彼にしては珍しく表情を引き締めると、シノンは彼女に軽く頭を下げた。


「シノン・アクトと申します。この度はミゥさんを私の家で預かることになりましたので、ご挨拶も兼ねて伺わせて頂きました」

「あらシノンさん。ミゥの母クロエと申します~」


 釣られて頭を下げたのはややぼんやりとした空気が漂う、シノンと同年代か少し上といった年頃の女性。クロエはシノンの言葉遣いが面白かったのか、くすくすと可愛らしく笑う。


「今日はマジメねぇ~」

「ははっ、始めぐらいはシャンとしておこうかと」


 シノンがずぼらでぐうたらなのは周知の事実なのだ。そしてシノンも知られていると分かった上での挨拶なので、茶化されても特に残念がることなく話を続けた。


「でも良いんですか? 年頃の女の子を急に預けることになって」

「えぇ、いいわよ~。モニカちゃんに手を出してない……あら、だからこそ不味いのかしら」


 何かに気付いたのか目に見えて慌てだすミゥの母に対し、その理由を容易に想像出来るシノンは、自らの名誉の為にも強く否定するのだった。


「もちろん冗談よ~」

「そいつは良かった。少女趣味なんてことにされたら、街を歩けなくなるところでしたよ」

「それは大変ね~」


 茶目っ気のある笑顔を向けられ、シノンはどっと肩の力が抜ける。クロエがそういう人なのだと理解しながら家の中へ招き入れられると、そのまま階段を上りミゥの部屋へと案内された。


「シノン様、お疲れ様です」

「ここに来て一気に疲れた気もする」

「言いたいことは何となく理解したわ」


 クロエのことをよく理解しているのだろう。シノンの疲れた理由が自分の母親であることを直ぐに理解し、ミゥも少し疲れたように頭を左右に振った。


「しかし、何だってここまで散らかってるんだ?」


 シノンが部屋の中を見回せば、そこら中に小物や服やらが散乱していて、部屋中の物を引っ繰り返したかのようである。先ほど見た二人の様子から、ミゥが荷物を詰めてモニカが散らかった部屋の片づけをしているようだ。


 遠慮なく部屋中をキョロキョロと見回すシノンに、ミゥがやや頬を赤らめて声を荒げる。


「女にはいろいろあるのっ。それよりも勝手に部屋を覗かないでよ、この変態っ」

「覗きというか、普通に通されたんだけど」


 しかし、彼女の言い分もある程度理解できるので、肩を竦めながら二人に背を向けて部屋を出て行く。とりあえずリビングででも待とうと決めたのだ。

 そんなシノンを追いかけてモニカが部屋から出てきた。


「またクロエさんのイタズラですね」


 そう言って困ったように笑いながら階段を下りてリビングへと案内すると、そこにはシノンの分のコーヒーも淹れて寛いでいるクロエの姿が。娘の部屋から直ぐリビングにやって来たシノンを出迎えるように手を振った。


「もぅ、シノン様に変なことしないで下さいよ」

「えぇ~、ミゥの部屋に案内しただけじゃない~」


 モニカにとっても彼女は身内なのだろう、いつもより強く砕けた口調で注意するが、クロエは年不相応に不満気な表情を見せる。それで毒気が抜けるというか仕方なく許せてしまうような、そんな空気になってしまうのだった。


 気が抜けてしまった空気の後、モニカは再びミゥの手伝いをしに部屋へと戻り、シノンとクロエはコーヒーを飲みながらお茶菓子を摘んで談笑を続ける。すると程なくして、今回買い出ししてきたのと同じくらいの荷物を持ってミゥが二階から下りてきた。


「準備終わったわよ」


 女の子が持つには重過ぎるような見た目だが、ミゥはその重さにふらつく事無く悠然と歩いて居る。実力では序列に成れるほどなのだから、これ位は余裕なのだろう。


「それで、もう出るの?」


 普段通りの口調の中にも、僅かばかりの不安や悲しみの色が見え隠れする。

 突然シノンの家で暮らすと言われて荷物をまとめたが、家族や友達に詳しい説明すらほとんどしていないのだ。例え同じ街の中とは言っても、家族と分かれて暮らすという事に不安を感じているのだろう。なにせミゥはまだ十二歳の少女なのだ。


「いんや、今日は俺が親御さんに挨拶したかっただけで、ミゥがまとめた荷物も持って行くから、明日か明後日にでもおいで」

「ふ、ふんっ、分かったわよ」


 少しばかり優しい声色のシノンだが、ミゥはそれに気付くことなく外方を向く。


「……早く来ないと俺が荷ほどきやっちまうぞー」


 そんな彼女を茶化すようにポツリと呟けば、絶叫とも思える叫び声に送り出され、シノンとモニカは家へと帰るのだった。






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