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04 お楽しみ



 今日も今日とて用事のない日中を過ごし、夕食に出された食事を談笑しながら食べていた時のことである。週に一度の買い出し日が近付き、大放出とばかりに食卓には豪勢な料理が並んでいた。

 その中で今日のメインなのだろう。大皿に盛られた料理はテーブルの中央に置かれ、モニカがシノンの小皿に取り分けていく。


「うわ、これ美味しい」


 それを一口食べてシノンが感想を漏らす。きちんと味の感想を言おうとしたのではなく、思わず零れてしまったのだ。

 魚に香辛料を振り掛け、野菜などと一緒に大きな葉っぱで包んで蒸した料理。脂が乗って噛めば解れる魚にあ甘辛いタレが掛けられ、一緒に蒸した野菜はほのかな自然の甘さがあり、高級感というよりも家庭的でどこかほっとする料理である。


 シノンの感想を聞いたモニカは嬉しそうに微笑む。


「それは良かったです。買い出しの時に聞いた料理を、シノン様のお好きな味付けに変えてみました」

「へぇ……うんっ、美味しいよ」


 もう一口食べて満足そうに頷いた後、再び感慨深げに頷いた。


「でも、俺の好みの味付けを知ってるって聞くと、モニカとの付き合いも長くなったって感じがするね」

「そうですね。お仕えして大体三年になりますか」

「もうそんなに経つんだ」


 モニカが十四の頃である。元々は城で働き始めていた彼女だが、ここへ派遣されたというか暇を出されたというべきか。とにかくシノンが頼んだのではなく国が気を利かせただけだが、彼女が働き始めた職場を変えてしまった後ろめたさはあるのだ。

 グラスに注がれた赤いお酒に視線を落として、申し訳なさそうに口を開く。


「ごめんね、こんな不便な場所でさ。お城で働いていたら、街も近くて気晴らしとか簡単に出来たでしょ」

「そんな、私好きですよ。ここは静かでゆったりとした時間が流れていて。それに聞いていたほど不便とは思いませんから、山の上り下りも慣れてしまえば軽いものです」


 だが、モニカは全く気にした様子はない。彼女がシノンの好みの味付けを覚えたように、シノンも三年の付き合いでモニカが嘘を吐けない、表情に出てしまうことを知っている。なので今のは彼女本心からの言葉なのだろう。


 ただ、モニカは不可思議そうに小首を傾げた。


「ですが、シノン様はどうしてこちらに? たしか序列一位になられた方は、お城近くのお屋敷で過ごしていましたよね」


 そちらは貴賓を通せるほどしっかりとした造りの家で、今は退役した先代がそのまま暮らしている。シノンはそこに住むのを断り、ここで暮らしているのだ。


「んー、ここって元は俺がお世話になった人の家でさ。一緒に住んでたんだけど、その人が亡くなって俺も住まなくなると寂しいなって思ってね」

「なるほど、そうだったんですね。確かに人が住まなくなった家は寂しく見えます」


 モニカには何か思い当たる節でもあるのか、彼女の言葉には少なからずの感情が込められているようにも見える。


「モニカの生まれってこの国じゃなかったよね」

「はい。私が幼い頃、両親と一緒に越してきました。十三、四年ほど前でしょうか」


 周りを深い山々と荒い海、魔物の出る森で囲まれているとは言え、森にも人が通れて他国に繋がる道があり、モニカ一家のように越してくる人は稀だが、商人や冒険者がやってくることはあった。


「確かシノン様も……」

「そうそう、俺も十年くらい前に外から来たんだ。この家の持ち主に世話になったのも、その時ね」


 二人は会話をしながら食事を続け、今日はシノンも後片付けを手伝う。これらは本来メイドの仕事なのだが、主人の気紛れということで既にモニカも諦めていた。

 ただ、手伝う日はだいたい決まっているのである。


「それでは様子を見てきます」

「ん、お願いね」


 先に洗い物を終わらせたモニカがどこかへと向かう。

 そこは白い湯気が立ち昇る浴室。この国には湯に浸る文化はなく、水を浴びて身体を拭くか蒸し風呂だけだったので、シノンがわざわざ作らせたのだ。水には困らない環境なのだが、汲んで溜めて沸かすのが大変なので、週に三度の楽しみである。


「うん、いい感じ」


 湯船をかき混ぜて湯加減を見る。初めの頃はシノン自ら見ていたが、その隣で見て覚えたモニカも、今では湯気やお湯の感じで大体の温度を察せるまでになっていた。


 岩で出来た湯船の底には、両手で抱えるほどの石が幾つか転がっている。これは熱した石を入れてお湯を沸かす方法で、食事をする前に入れておいたのだ。お湯が熱くなりすぎた場合は水を加えるが、今回はその必要もなく丁度いい湯加減。


「これでよしっと」


 最後に石を軽く周囲に退かせば終わりである。

 モニカは思わず鼻歌を歌いながら、最後に湯船をかき混ぜて手を抜き出す。この家で働いて初めて体験した入浴だが、今では彼女にとっての楽しみでもあるのだ。



 ◇



 既に入浴を済ませたシノンがダイニングで寛いでいると、風呂上りでやや上気させた顔のモニカがやって来た。

 その服装はメイド服からゆったりとした部屋着に替わっている。先ほどの夕食の片付けを終わらせたことで、本日のメイドとしての業務は終わりなのだ。


「はい、お水」

「あっ、ありがとうございます。……ん、美味しい」


 シノンは水差しから水をグラスに注ぎ、向かいに座ったモニカに手渡す。風呂上りで喉が渇いているのだろう、彼女は礼を言ってこくこくと半分ほどを一気に飲んで一息入れると、シノンに眼差しを向ける。


「そう言えば、夕食とは別の美味しい料理も教わったんです。今度作ってみますから、楽しみにしていて下さいね」

「へぇ、何の料理だろ。今日は魚と野菜だったし肉料理かな」

「はい、それと木の実を使った料理だそうで、シノン様から教わった料理と交換しました」


 シノンが料理をする機会は無いが、味付けや食材などを伝えて、こういった物が食べたいと提案することがある。そして、失敗してしまった物もあるが、いくつかは彼女のレパートリーに入っているのだ。


 新しい調理法を覚えたのが嬉しいのか、仕事が終わった開放感か、それとも風呂上りだからだろうか。モニカが今浮かべている笑顔は、メイド服を着ていた時と比べても力が抜けているように見え、シノンも彼女に釣られるように笑みがこぼれる。


「まぁ、ここじゃ楽しみって食事がほとんどだからなぁ」

「食道楽ですか? 貴族にも嗜まれている方がおられるそうですから、素晴らしいことではないでしょうか」

「俺は貴族じゃないし、そんなご大層なものでもないよ」


 困ったように笑うシノンだが、今の彼の地位はそれと同等である。ただ普通の貴族と違い、一代限りで領土などは持たず政治的な発言権もない。その癖、国外で失言やマナーが悪いと叩かれるのだから、面倒な立場としか言いようが無かった。

 シノンは改めて序列という地位を思い返し、ため息を吐き出したくなるのを堪え、そっと水で胸の奥に流し込んだ。


「……私ではシノン様の悩みを理解することは出来ませんが、こうしてお仕えする事が出来てとても嬉しいです」


 主人であるシノンが今の地位に縛られたくないというのを感じ取り、それでもモニカはその事に感謝を示す。彼女のそんな気遣いに感謝しつつ、その気持ちに応えるようにシノンは笑いながら言葉を続けた。


「いんや、モニカには助けられてるよ、ありがとう。まっ、この国には恩もあるし、序列になった以上は逃げ出したりしないから安心して」

「分かってます。心配なんかしてませんよ」


 彼女はその言葉通りの信頼を表すような、柔らかい笑顔でシノンを見つめ返す。

 十歳も年下の女性にそこまで信頼を寄せられていることに、シノンは嬉しいやら気恥ずかしいやらで少し緩んだ頬を掻くと、グラスに残った最後の水を一気に飲み干した。


「さってと、それじゃあそろそろ寝るとしますか」


 このまま話しを続けていてもいいが、暖かくなってきたとは言え夜はまだ冷える時もある。湯冷めしてしまわないよう、今回はこの辺りで切り上げることにしたシノンは椅子から立ち上がり、モニカは洗い物のグラスを受け取る。

 それは勤務外であっても主人に仕事をさせるようなことはしない、というメイドとしての矜持からではなく、特に何も意識せずの行動。


「では明日もいつも通りに起こしますね」

「うん、お願い。それじゃあお休み~」

「はい、お休みなさいませ」


 シノンはあくびをかみ殺しながら部屋へと戻り、モニカは洗い物のため流しに向かう。こうして今日もいつもと変わりない一日は終わりを迎えるのだった。






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