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24 決断




 バヌドゥの襲撃から数日後。シノンが墜落させた巨大バヌドゥや、モニカが敵を吹き飛ばして巻き込まれた家々などかなりの被害が出ていた。もちろん彼らだけの仕業ではなく、竜巻や羽根による攻撃など被害は街全体に及んでいるのだった。


 シノンが出した被害も大きいが、国の人達も事情は理解している。そして少しは信頼もあるのだろう。シノンが糾弾されるようなことはなかった。

 ただ、それでも彼なりに悪気を感じていて、今日も今日とて森から家々の修復素材となる木を伐っては街に運んでいるのだった。


「うぅ~、きついー、おもいー」


 当然、復興は国の総力を挙げてなので、コルフォトも切り倒した木を運んでいる。とはいえ、彼一人では無理なので反対側はミゥが持ち、そしてかなりの力持ちだと判明したモニカは、シノンと同じく一人で一本を抱えていた。


「でも、本当に怪り……力持ちになったんだなぁ。なんか悪いことした気分だ」

「私も力作業が楽になったとは思っていましたけど、まさかここまでとは気付きませんでした」


 軽く笑う様子から、彼女も困惑しているのが伝わってくる。

 ただ、困惑はしていても怒っていないことにシノンは安堵していた。嫁入り前の女性をこのようにしてしまったことに、申し訳なさを感じているのだ。


「さっき木を伐る時に見せてもらいましたけど、あの斧を持つだけじゃなくて振れるって相当なものだと思いますよ?」


 シノンが持つ斧は大きく特注で、普通の斧や剣よりも重い。それをコルフォトが頼んで試してみた結果が、彼女の持つ切り倒された木である。

 ちなみにそのあとコルフォトが試してみたところ、斧の重さに振り回されてまともに扱うことすら出来なかったのだった。


 そんな下らない世間話などをしながら木々の運搬作業を続けていると、頃合いを計っていたのか、全ての作業が終わってからコルフォトが珍しく真面目な表情で口を開く。


「ちょっと大事な話があるんですけど」


 それが何の話なのか大体の見当は付いていた。

 真面目な表情を横目に見ながら、シノンはさっさと話すように続きを促す。なので、大事な話とやらは特別な場所ではなく、家に帰る途中の山道で語られるのだった。


「モニカさん、序列の試験を受けてもらえませんか?」

「……え? えぇっ、私がですか?」

「だろーね」

「うん、知ってた」


 他の二人は特に驚いた様子もなく頷き、驚いているのは当事者のモニカだけである。

 今の悲惨な状況から復興するための希望として、そして何よりこの国の人材不足を埋めるためにモニカが必要だと考えたのだろう。


「シノンさんの見立てではどうです?」

「んー、話聞いてちょっと動きを見させてもらったんだけど、身体能力は結構高いよね。俺ほどじゃないけどミゥより上だし、戦闘技術も自衛出来る程度には下地があったわけだし……」


 シノンは山道を後ろ向きに歩きながら、モニカのつま先から頭の先にまで視線を送る。

 彼なりに冷静に分析してみた結果、彼らの間には身体能力ほど戦闘技術は離れていないとの判断を下し、それは概ね間違っていなかった。


「ただ、圧倒的ってほどでもないから。これを中途半端と捉えるか、そつ無くこなせると取るかは分かんないから……とりあえずサリアザさんにでも聞いてみて」


 結局は得意な人に丸投げな答え。ただ、頭から止められなかっただけ、一定の基準はクリアしているということなのだろう。彼の答えを聞いたモニカは何やら考え込むように口を閉ざした。

 そんな彼女の考えを邪魔しないように、三人もそれ以後話しをすることなく山道を進むのだった。




 家に帰り着いていつものようにお茶の準備をしようとするモニカだったが、ミゥが「代わりに用意するから」と言って椅子に座らせ、その向かいにはコルフォトとシノンが座る。

 少し張り詰めた緊張した空気を和らげようと、コルフォトがいつも通りの力の抜けた笑顔を浮かべて口を開いた。


「それで試験を受けてくれませんかねー」

「えっと、シノン様はどうお考えになりますか?」

「俺? モニカの好きにしたらいいと思うけど……」


 突き放しているわけではない。それはモニカも分かっているが落ち込んだように俯き、シノンはお茶を運ぶミゥに睨まれてしまう。

 これは彼女にとって大事な話。人生の岐路と言っても過言ではなく、シノンも少し無責任だったか、と気持ちを入れなおして居住いを正す。そして、咳払いをして表情を引き締めると、視線をコルフォトへと向けた。


「試験って合否もサリアザさんに任せるのか?」


 極小国だからこそ、審査できるような人は限られてくる。シノンでは公平に見ることが出来ないという懸案以前に、人を審査できるような目を持っているのかという疑念がある。なのでコルフォトもミゥさんの時と同じだろう、と頷いた。

 それなら、とモニカを見詰める。


「受けてみればいいんじゃない? もちろん親御さんときちんと話し合ってね。あの人なら序列のレベルに達してなければ、無理矢理やらせるような心配もなさそうだしさ」


 モニカの実力で無理だと判断したら、例え国が何と言っても止めてくれるだろうという高い信頼がある。だからこそ彼女になら任せられると思ったのだ。

 それにシノンとしても、彼女が合格すれば序列という同僚が増えてくれるのは有り難い。


 国からの依頼と雇い主からの勧め。モニカは少し目を伏せながら考え込むと、小さく頷いてコルフォトを見返す。


「お話しは分かりました。ただ、両親とも話しをしてから返答させて頂いてもよろしいでしょうか」


 その答えだけで肩の荷が下りたというもの。コルフォトは分かりやすく身体から力を抜いて普段以上の抜けた笑顔を浮かべた。


「問題ありませんよー。まぁ、序列なんてシノンさんでも務まるわけですし、難しく考えなくても大丈夫ですって」

「……まぁ、ある意味そうだな」

「って、否定しないの?」


 そんなこんなで大事な話はここまで。後はモニカの手料理に舌鼓を打ちながら、取り留めない話をして一日は終わるのだった。






 後日、与えられた休暇で実家に戻ったモニカが、両親と話し合いを終えて戻ってきた。

 ただ、この予定をあらかじめ聞いていたコルフォトはこの場に居ない。まずは身内だけで話しをさせようという気配りなのだろう。


 三人は椅子に腰掛けてモニカが口を開くのを待つ。そして少し重たい空気も流れる中、意を決したように口を開いた。


「……序列の試験、受けてみることにしました」


 彼女が言葉を発したことで今までの重く張り詰めた空気は流れ、シノンは軽くため息を零しながら頭を掻いた。彼としては薦めた側ではあるものの、いざ決断されたとなると心配でもあるのだ。


「いいのか? 他国で人間と戦うこととかあるかもしれないんだぞ」

「はい、その事も両親と十分話し合いました。それとサリアザ様にも相談に乗ってもらって出した決断です」


 二人の視線が交わる。どうやら軽い気持ちで受けるのではないらしく、彼女の視線や気持ちが揺らぐことはなかった。

 元々反対はしていない二人。特にミゥは姉と慕う人物と同じところを目指せるのだ、嬉しくもあるだろう。隠しきれない笑顔がこぼれている。


「そっか。ならその決断を祝して今日は祝おうか」

「そんな、別にそのようなこと」

「いいのいいの。だってもう買い込んであるし」

「お姉ちゃんがどんな決断してもってことで、もう大体の料理も終わらせてあるんだよ」


 驚くモニカを余所目に、キッチンへと向かったミゥは次々と料理を運んでくる。それは二人が作ったものもあれば、街で売っている出来物もある。

 ここまで用意されていればモニカも断るわけにはいかない。何より二人の気持ちも嬉しかった。こうして三人はモニカの決断を祝うのだった。




 ◇◇◇




 さらに数日後。試験内容は極秘で毎回変わり、しかも数日、長ければ一ヶ月ほどの時間をかけて行われるとコルフォトから告げられたモニカは、着替えなど荷物の整理や自分が離れる間の仕込みなどの準備を全て終わらせていた。

 そして、ダイニングでリラックスしながらとある人物の来訪を待っている。今日が試験のためにシノンの家を出る日なのである。


「正直、僕も何をやるのか詳しくは知らされてませんからねぇ」


 連絡要因であるコルフォトも既に家に来てお茶を飲んで寛いでいた。

 これからこの家を訪ねてくるのは、試験官でもあるサリアザ。彼女引率で城へと向かい、筆記や面談などを数日間受けた後、森で模擬戦や実戦を行う流れになっていた。

 登城するためかモニカは普段着よりもお洒落で、森で着る服などはバッグに詰めて置かれてある。


「でも一時期とは言えモニカさんが居なくなったら、この家も寂しくなりますね」

「……あ、それじゃあまたコイツと私が二人だけになるってこと? それも今度は長いんでしょ」


 とても嫌だという感情を隠そうともせず、ミゥは眉を顰めながらシノンを見つめる。

 この間モニカが実家に戻った時は短く、戻ってくる明確な日にちも決まっていた。ただ今回は期間が長い上に、戻ってくる日も分からないとなると、不安と不満が溜まるのは想像に難くなかったのだ。


「ミゥの時はどれだけ掛かったんだ?」

「私の場合は二週間とちょっとかな。でもそれは私に実戦経験が無いから、森での試験は本当に少しだけだったのよ」


 ミゥは「それでも辛かった」と重いため息を吐き出す。

 ただ、その中でも実力はやはり普通の人間より突出していたので、後は経験や精神の成長を待つことにしたのだ。その点に関してはモニカの方が上なので、森での試験は長引きそうである。


 シノンは腕組みをして少し考え込む。


「うーん……ならミゥも実家に帰ってのんびり過ごせば―ー」

「ダメですよ。シノン様も一人でダラダラと過ごそうとか考えているんでしょう」


 ミゥを慈悲深い眼差しで見つめていたが、モニカには呆気なく内心を見透かされてしまったようだ。シノンは緩めていた表情のまま固まってしまう。

 モニカとしても数日なら問題ないのだろうが、余りにも長いとシノンの食生活や生活のリズムなどが崩れる恐れがある。どちらかというと主を心配しての駄目出しだった。


 そうこう雑談を続けている内にドアをノックする音。許可を受けて入ってきたのは予想通り、先導役のディディーと杖をつきながら歩くサリアザである。


「こんにちは。今日はとてもいいお天気ね」

「こんにちはっス」


 モニカは立ち上がって二人に椅子を勧めようとするが、言葉にするよりも早く手をかざしたサリアザがそれを押し止める。


「準備は出来ているかしら?」

「あっ、はい。荷物もまとめてありますし、直ぐにでも出られます」


 返事を聞いてコクリと静かに頷く。

 正確な時刻が決まっているわけでも時間が無いわけでもないが、彼女は既に審査員として家を訪ねてきたのだろう。いつも通りの微笑みを浮かべてはいるが、普段とは違い一線を引いている空気を感じていた。


「それじゃあ私たちは外で待っているから」


 そう言ってシノンたちに軽く頭を下げて出て行ってしまった。

 急な展開に驚き、一瞬空気も固まったかのように静かな間が出来る。ただ、直ぐに気を取り戻したモニカは荷物を抱えて三人と向かい合う。


「えっと何だか急ですけど……シノン様に近づけるよう、頑張ってきます」

「こんな奴に近付いちゃダメだけど、頑張ってお姉ちゃん」

「そうですよー。シノンさんみたいな序列が二人もいたら、他の国からいい笑い者になっちゃうじゃないですか」


 別れの言葉を交わしていき、最後に二人からバカにされたシノンに全員の視線が集中する。

 彼女がここで働くようになって長い休みなどなく、一週間と離れて生活したことはなかった。つまりずっと一緒に暮らしてきた二人にとって、これが長期間離れることになる初めての出来事。

 もしかしたら、ミゥ以上に込み上げてくるものがあるのかもしれない。


「うん、悔いと怪我のないようにね」


 ただ、シノンは特に気負うことなく普段通り脱力感のある態度で別れの言葉を告げた。

 これにはミゥが冷たい視線を送る……が、自身が思いのほか緊張していると気付いているモニカにとっては、そんな普段通りのシノンの存在は有り難くもあった。


「それでは行ってきます」


 ペコリと頭を下げて外に出るモニカに全員が付いていく。

 外では先に出た二人が建物の周りを見ながら懐かしそうに言葉を交わしていて、シノンたちに気付くと歩み寄ってくる。そしてモニカに「もう良いのか」と尋ね、彼女は力強く「はい」と頷いた。


「それじゃあシノン君、暫くモニカちゃんを預からせてもらうわね」

「宜しくお願いします」


 頭を下げるシノンに習ってか、ミゥも頭を下げる。

 そして、サリアザは二人を引き連れて山を下りるが、彼女たちは一度も振り返ることはなく、シノンたちはその姿が見えなくなるまで静かに見送るのだった。


 そんなシノンにコルフォトが笑いながら話しかける。


「そうだ、モニカさんが居ないと家事とか大変でしょうし、新しいメイドでも連れてきましょうか?」

「いや、いいよ」


 だが、シノンは乗り気でないようで直ぐに断った。これには二人で生活するのが嫌だと言っていたミゥも、怒鳴っていいのかモニカを大事にしていると安心していいのかと複雑そうである。

 その返答は最初から予想できていたのだろう。コルフォトは腕組みをしながらウンウンと頷くと、名案でも浮かんだかのように両手を叩いた。


「そうですか……じゃあやっぱ男手ってことで執事とか、二、三人ならどうです?」


 役に立ちますよー、と人の良さそうな笑みを浮かべているのを見て、不審なものを感じ取ったシノンは、その意図までも簡単に予想がついた。牽制するように横目でジトっと睨んでいる。


「……おい、ウチを新人育成とか訓練場とかにしようって考えてないだろうな」

「いやいやいや、まさかまさか」


 顔の前で手をパタパタと振って否定するが、視線は明後日の方向へ。ただ笑顔を引き攣らせたりしていないので、本気ではないかバレても問題ないと思ってるのだろう。


「アンタだけでも嫌なんだから、お姉ちゃんが帰ってくるまで変なの雇わないでよね」

「はいはい、分かってるって」

「ふふ、本当に仲良いなー」

「まあな」

「どこがよっ」


 心底言っているコルフォトに対し、シノンはミゥを揶揄うように笑みを浮かる。そして当然のようにミゥが二人に噛み付いた。

 モニカが戻ってくるまで家は寂しくなるだろうが、彼女を見送った三人はそれを吹き飛ばすように騒ぎながら家の中へと戻っていくのだった。






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