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23 決着




 バヌドゥの襲撃により街まで急いでやって来たシノンだったが、街や人を護りながら戦うのには彼一人だけでは圧倒的に人員が足りていなかった。

 しかし、シノンは上空のバヌドゥがどんどんと落ちて数を減らすのを見て、サリアザが動いたことを知る。


「あー、さすがだなぁ……うん、動いてくれたのは良かったけど、そうなる前に終わらせたかったなぁ……まぁ、俺一人じゃ無理だけどさ」


 彼の心境は複雑である。何も自分一人で終わらせたかったのではなく、サリアザの負担が大きいのが心配なのだ。しかし、人命が危機に晒されている以上、そうも言っていられない。今はなるべく彼女の負担が減るようにと身体を動かす。

 ただ、かなり多く持ってきたはずの鉄棒も少々心許なくなってきていた。


「ふぅ、数を減らすのはサリアザさんに任せよう」


 心苦しいが適材適所。シノンは数を減らすことよりも、城や人を狙うバヌドゥを優先して倒すことを決めた。

 そうと決まればシノンの行動は速い。そもそも狙いをつけて投擲するよりも、自分で向かって斬りかかる方が得意なのだ。地面を強く蹴って空に跳び上がり、バヌドゥを一撃で倒して胴体を足場に森の方へ飛ばしながら、次のバヌドゥへと襲い掛かっていく。


 戦力は二人しかいない、だが圧倒的な力を持つ二人。バヌドゥは徐々に数を減らし、このまま単純な戦闘で終わる。かと思っていた矢先、街に巨大な黒い影が落ちた。


「おいおい、ヌシの登場かよ」


 シノンが空を見上げると、今戦っているバヌドゥとは比べ物にならないほど巨大、数十倍といっても過言ではないほどのバヌドゥが、翼をはためかせながら街に接近して来ているのだ。


 巨体を地面に下ろしただけでも城が潰れてしまいそうなほど大きく、この大きさの魔物を今まで何百年と知らずに生活していたのだから、森は相変わらず恐ろしいところである。

 シノンはそう考えながら鉄棒を一本、全力で投げつけた。


「……無駄かぁ」


 しかし、まだ距離があるとは言え、柔らかいのか硬いのかは分からない羽毛によって跳ね返されてしまう。それに、小さな鉄棒では例え貫通したとしても、あの巨体に致命傷を与えられそうにもない。


「よしっ、切り替えよう」


 槍を構えて強く握り締めたシノンは気合を入れ直す。投擲による攻撃と相手の範囲にも近付く接近戦とでは、やはり気の引き締め方が違うのだろう。

 そして眼差し鋭く表情も引き締め、身体を屈めて力を溜めると地面を強く蹴って空へと飛び上がった。


 弾丸のように一直線に巨大なバヌドゥに向かうシノンは、心臓があると思われる胸の辺りに槍を突き刺す。


「…………」

「……ダメか」


 しかし、バヌドゥは全く効いた様子も見せず優雅に空を飛んだまま。シノンはそこに槍で繋がって、ただぶら下がっているだけである。

 一応突き刺さってはいる槍も、柄の長さから考えれば羽毛にだけ刺さっていて、皮膚にすら届いていない可能性が高い。それに地面を強く蹴ったシノンの衝撃も羽毛で吸収されてしまっている。

 この羽毛を突破するだけでもかなりの労力が必要となるだろう。


「となると、攻略法は一つくらいしか思いつかないぞ」


 やれやれと少々嫌そうに表情を歪めながら、シノンは片手で羽毛に捕まるともう一方の手を槍から手放し、羽毛を掴んで頭の方へと移動していくのだった。



 ◇◇◇



 その頃、城へと避難していたミゥとモニカの二人は、一応城の関係者として避難の誘導や各方面の連絡要因として城内を走り回っていた。


「な、何だあの大きさ」


 城の外からのざわめきが徐々に大きく伝わり、一時の休憩を告げられた二人の耳にまで届く。何事かと窓から外の様子を眺めれば、そこには他とは桁違いな大きさのバヌドゥが、徐々にこの街へと近付きつつあるところだった。

 太陽の光りを遮り雄雄しく翼を広げて街に影を落とす光景は、見たものの脳裏に今の状況を作り出した恐怖の存在として強く刻み込まれることだろう。


「お、お姉ちゃん」

「大丈夫よ」


 高く頑丈な防壁によって護られ、ここまで組織的な集団で魔物に襲われた記憶のないミゥは、さすがに不安そうな表情を隠せずにいる。序列候補とはいえ子供なのだ、彼女は。

 モニカはそんな彼女を安心させるように、力強い言葉と共に微笑みを浮かべて肩を抱く。本当なら両親の傍に居させてやりたいが、上からも何かあった場合に直ぐ動けるよう言われていた。子供とはいえ序列候補なのだ、彼女は。


 そんな矛盾した状況を一番理解しているからこそ、ミゥ本人が余計に不安を感じているのかもしれない。


「き、来たわっ」


 女性の声が響く。巨大バヌドゥではなく、通常バヌドゥたちが襲ってきた。

 ただ、壁の向こうには危険な魔物が出る森という状況で暮らしていたからなのか、女子供もそこまで取り乱してはいない。しかし、少しでも危険から逃れようと城の奥に奥にと移動を始める。


「……お姉ちゃん、私行ってくるっ」


 ミゥはモニカの背後から前へと出て、城の入り口へ向かって駆け出した。

 今襲ってきているバヌドゥなら普通の魔物と変わりないので、多少の不安なら押さえ込めるのだろう。これが巨大バヌドゥだった場合どう動けるかは、彼女自身にも分からなかったが。


「ミゥっ」


 咄嗟に声を掛けるが、耳に届いていないのか無視されたのか、少女は止まることなく走り続けた。

 その速さは人間の枠を超えているというには十分であり、そんな彼女を追いかけても足手まといにしかならず、この場に留まった方が正しいとモニカも理解できる。

 しかし、先ほどのミゥの様子から若干の不安を感じ、静かに彼女の後を追うのだった。






 人の流れに逆らってモニカが城の外に出ると、そこには多くのバヌドゥが集まって上空で旋回していた。ミゥはまだ戦っておらず槍を構えて上を見ている。

 彼女が戦った経験があるのは、主に木々の生い茂る森の中。空を飛び交う相手と対した経験が少ないのだ。


 そんな彼女をあざ笑うように数体のバヌドゥが翼を広げ、翼の先端から飛び出た刃物のように鋭い羽を広げ大きく羽ばたかせた。そして、放たれた四対の羽根は一度大きく広がり、何度も交差を繰り返しミゥを惑わせながら襲い掛かる。


「……くっ」


 一度、二度と避けるがこの刃物のような羽根は特別なものではなく、何度も生やすことが出来るようで、同じ個体のバヌドゥから続けて攻撃が迫る。しかもそれだけでなく、バヌドゥは他にもいるのだ。


「ちょっと、しつこいってのっ」


 集団での狩りを得意としているのだろう。羽根を飛ばすバヌドゥがいれば、竜巻を起こして進路を変えたり塞いだりする役割、急下降をしてミゥに接近戦を仕掛ける役割と、分担がきちんとされていたのである。


「ミゥ、大丈夫?」

「平気、だから……そこで見てて」


 城の中からモニカが心配そうに見つめていた。

 モニカも側仕えとして戦いの心得は多少ならある。というよりディディーもそうだが、自分の身ぐらいは護れないと側仕えになれない、といった方が正しいだろう。

 しかし、戦いの経験が豊富ということもなく、ミゥはもちろんシノンと一緒に森に出る兵士よりは弱い程度だった。


「……っ、ミゥ危ないっ」


 しかし、妹同然に可愛がってきたミゥの危機に思わず飛び出す。竜巻の陰に隠れるようにして一匹のバヌドゥが彼女の背後から迫ったのだ。だからこそ咄嗟に動き出してしまったのだが、間に入って庇うには間に合いそうもない。

 故に取れる選択肢は一つしかなかった。


 モニカは両腕を思いっきり伸ばし、下降してくるバヌドゥに思いっきり身体をぶつけて少しでも攻撃をずらそうと考えたのだ。


「……えっ、お姉ちゃん」


 だが、狙い通り事は進まないものである。

 ミゥは信じられないものでも見ているかのように、目を大きく見開いて口をポカンと開けてた。その視線の先には――


「あれ? バヌドゥは?」

「なんかすっごい音がして、すっごい速さで吹き飛んでいったよ」


 両手を突き出したまま、目を瞑っていたモニカの姿。

 恐る恐る目を開いた彼女がミゥの指差す先に視線を向ければ、何かが突き抜けていったのか一直線上に崩壊している家々。ミゥの言葉とその光景を見れば、何が起こったのか唖然としている彼女にも理解できる。


「えっ、嘘、何でっ」

「そんなの私だって知らないよっ……あ、でも」


 モニカ本人もミゥも驚いているが、だいぶ長く一緒に住むようになった妹分には何やら思い当たるふしがあるようだ。


「ほら、掃除のときにシノンの武具とか斧とか運んだりしてるって言ってたでしょ。あれとかって私でも重いって感じるのに、無茶するなーって聞いてたけど」

「たしかに最初は重かったけど……シノン様が気を使って軽い物を使うようにしてくれたんじゃないの?」

「そんなことする奴じゃないでしょ。お姉ちゃんが単に鍛えられたってことなんじゃないの?」

「え、えっと、ほらコツを掴んで運ぶのが上手になったとか」


 そこまで否定してみせるのは、自分の仕出かした事が出来るだけの筋力が付いたと考えたくないのかもしれない。女性として。


 二人はゆったりと会話を続けているが、その間バヌドゥたちは仲間が飛ばされたことで警戒しているのか、上空で旋回しながら様子を窺っていた。

 しかし、いつまでもそのままでいるはずもなく、上空から二人を囲うように再び陣形を取り始める。そして、二人の背後から竜巻で襲って逃げ道を狭め、複数のバヌドゥがまとめて羽根を放つ。

 一体からではなく複数で繰り出された羽根は、四方八方で羽根同士が交差を繰り返し、逃げ場など見当たらない面による攻撃を繰り出す。


 これにはさすがのミゥも息を呑む。


「お姉ちゃん、ここは危ないから――」


 全てを言い終わるよりも早く、一本目の羽根が襲い掛かった。

 それは突然の乱入してきて、仲間を吹き飛ばしたモニカを狙った一撃。ミゥはモニカを避難させようと振り返り、それを見落としてしまったのである。

 だからこそ、それに気付けたのは目を見開いて驚くモニカだけだが、彼女が腰から下げた護身用の剣を抜く時間すらなかった。


「……っ」


 だから彼女は手で掴む。かなりの速度で迫ってきた手の平ほどの羽根を素手で。


「ちょっ、なに、えっ、お姉ちゃんそんなに強かったっけ? あれ?」

「そんなことないけど……取り上げた酒瓶を奪い返そうとするシノン様に比べたら遅かったから、つい」


 良く知るはずの姉貴分が取った行動に驚くミゥだが、これにはモニカ本人も驚いている。こんな芸当が出来るほど、彼女に武術の腕前は無かったのだ。

 ただ、傍目に見ていた羽根の速度より、自分に襲ってくる羽根が思っていたよりも遅かったのだろう。今も迫り来るたくさんの羽根を視線で追うことが出来ている。


 しかし、そんな二人の背後から忍び寄る影。

 それは逃げ道を奪った竜巻……ではなく、その影から気配を消して近付く新たなバヌドゥ。


「隠れて晩酌をしようとするシノン様に比べたらっ」


 だが、モニカはこれにも直ぐ気付き、自衛のために持っていた細い剣を振り抜く。


 バヌドゥは一刀で叩き伏せられてしまった。しかし、無意識に鍛えられた身体から繰り出した力は、今まで使っていた剣で耐えられるはずもなく、あっけなくボロボロに壊れてしまう。

 それでも彼女は焦ることなく、鞘を腰から素早く外して身構えた。いつ如何なる時も冷静に、というメイド道によって鍛えられた精神である。


「……お姉ちゃんが、お姉ちゃんが変なところで鍛えられてる」


 姉の勇姿を「私より強いし」とポツリと呟きながら、どこか呆けた様子で見ている。

 それでもバヌドゥの羽根が襲ってきている状況に変わりはなく、直ぐに意識を取り戻すと手に持った槍を握り締めて防衛のために戦いを再開した。


 二人の活躍により、城への侵入を許すことなく時間が過ぎる。そうなればゼーセパを始めとするカシレイの援軍が到着し、事態は徐々に落ち着いていくのだった。


 だが、そんな彼らに巨大な影が落ちる。シノンと戦っていたはずの巨大バヌドゥが高度を落としながら近付いてきていたのだ。


「ちょ、ちょっとアイツはどこ行ったのよっ」


 先ほどまで胴体辺りにぶら下がっていたシノンの姿が見当たらない。彼女も正確な場所は知らないが、バヌドゥとの戦いに参加していない以上、あの巨大な敵を相手にしていると思っていたのだ。

 それが見当たらないことで少しばかり狼狽してしまう。


「待って……様子がおかしいわ」


 しかし、モニカが指さす先では下降してくる巨大バヌドゥの頭が激しく動かされていた。まるで苦悶に堪え切れていないかのよう。

 そして、遂に羽ばたくことすら出来なくなり墜落してしまうのだった。


「……あれ? これって」


 だが、今まで飛行していた勢いが直ぐに止まるはずもなく、先ほどモニカが吹き飛ばした家や他の家々もなぎ倒しながらミゥたちの方へと向かってきていた。このままでは確実に城も吹き飛ばしてしまう勢いである。

 城には当然避難している人たちが大勢いて、今から全員を安全な場所へ避難させる時間などあるはずもない。


「シノンはどこにイッタ」


 四脚で駆け寄ってきたゼーセパは軽く辺りを見回してシノンが居ないと分かると、直ぐに近寄るバヌドゥに身体を向けて脚に力を込める。受け止めようというのだろうか。

 その発想に驚くミゥだったが、そうしなければならないということは理解できる。しかし、バヌドゥは普通の家など比べ物にならないほど大きく、地面を抉りながら向かってくる様には恐怖を感じてしまう。


「イクゾッ」


 そんなミゥを尻目にゼーセパを始めとするカシレイたちが次々と突進を始めた。その勢いと鋭い角は羽根の間を縫うようにして、身体には触れられていないが固定でき、後は脚で踏ん張るだけ。

 しかし、彼らだけで止めることは出来ず、そのまま押し戻されていく。


「ぐっ、オオオオォォォ」

「……もうっ、分かっているわよっ」

「っ、私もっ」


 誰に言うでもなく自分自身にそう答えてミゥは槍を手放し突っ込み、そんな妹分に触発されてモニカも動く。彼女はミゥより戦う技術に関しては下かもしれないが、身体能力だけはミゥ以上に高いのだ。

 彼女達が加わることによってバヌドゥの勢いは目に見えて弱まり、何人かのカシレイが吹き飛ばされながらも、ようやく巨体を止めることに成功するのだった。


「……と、止まった?」

「アァ、よく頑張ったナ」


 腕から血を流しダラリと力なく下げているゼーセパだが、その表情は満足そうである。全力を出せて城を護るという目的も達せたのだから、満足感も一入だろう。


 しかし、彼らが一息ついたのも束の間、再びバヌドゥが動き始める。面前でほのぼのと会話する彼らを飲み込まんと大きく口を開き――


「うわ、クッサー。唾液とかでベトベトだし、一寸法師とかやんなきゃよかった……って、お前ら揃ってどうしたの?」


 中から服や髪の濡れたシノンが姿を現す。どうやら外から攻撃が効きそうにないと判断し、バヌドゥの体内から攻撃していたようだ。


 一気に高まった緊張感が瞬時に抜けていき、特に戦闘が始まってから緊張が続いていたミゥは力なく顔を俯かせて身体を震わせている。

 それは安堵からだろうか。そう思ったシノンが彼女に近付いていくが、距離が近付くにつれ何やらピリピリとしたものを感じ取った。

 次の瞬間、ミゥが勢い良く顔を上げる。


「敵を落とす場所くらいちゃんと考えなさいよっ」


 直接触ることには抵抗があるのだろう、先ほどバヌドゥが動き出して飛び退いた時に拾った槍で、頭を叩き割ろうとする勢いで振り下ろした。当然、シノンは突然のことに面食らうが難なく避け、それでも更に追撃しようとするミゥから逃げ惑う。


「ちょっ、落ち着けって」

「うっさーーいっ」


 いつもより本気度の高い暴力ではあるが、あのままだったら護るはずだった城が無くなっていたかもしれないのだ。その場に居た面々も呆れたように見つめるだけで、止めようとする人はいないのだった。

 こうして何百年か振りのバヌドゥ襲撃は、かなり被害を出しながらも決着をつけることが出来たのである。






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