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22 襲来




 その日はいつもと変わりない朝だった。昨日、今日、明日と続いていく普段通りの朝。ミゥにやや強引に起こされ、今日の予定をモニカの用意してくれた朝食を食べながら聞いていた。

 そして、今日は特別な予定も入っておらず、午前中は普段通り畑の世話をした後はゴロゴロと過ごす。午後も同じく家でゴロゴロするか、街に酒を飲みに行くか、武具の手入れをするか……そんな淡い予定は昼食時に壊れてしまう。


 突如、ズドンという音が鳴り響き、シノンの家を巨大な揺れが襲ったのだ。


「うわっと、地震か?」


 天地が引っくり返るほどの大きな揺れではなかったが、カップに入っていた水が揺れて零れてしまう。シノンは慌てて水を飲み量を減らしながら、モニカから受け取った台拭きでテーブルを拭く。


「いえ、地震というよりも何かが落ちてきたような……」


 先ほどで意識が外に向き気付いたのだが、今も弱く散発的ではあるが揺れが続いている。これは自然なものではないと確信したシノンは家を飛び出す。

 そして、揺れの原因は直ぐに分かった。遠い街の上を何体かの魔物が飛び回り、細いながら竜巻が巻き起こっていたのだ。それに巻き込まれて飛ばされたのか、家の近くに巨大な丸太が木々をなぎ倒している。これが最初の揺れの原因なのだろう。


「ちっ、マジで攻めて来るとか」


 目を細めて睨み付けるように、急降下を繰り返す魔物を見つめる。

 遠目に見えるだけで事前知識では特に特徴がなかったが、何となくマヌドゥだと直感したシノンは急いで家に戻った。


「どうやら、あの報告書は正解だったみたいだ」

「じゃあこの揺れって」

「あぁ、街が襲われてる。二人とも前に話した通り通路から城に逃げる準備をしといて」


 伝えることだけ伝え、シノンは自室に戻り急いで支度をする。防具は普段の皮製よりも頑丈な金属製。敵が複数で空を飛ぶのだから動き易さを重視して最小限の軽い物だが、両腕だけは防御も考えて腕幅と余り変わらない盾付きの丈夫な物を選んだ。

 そして、武器は投擲用の先端が尖った鉄の棒を腕や胸などの防具に仕込み、剣を腰から下げて槍を持つ。


 シノンがダイニングに戻ると、そこにはモニカとミゥが避難の準備を終えて待っていた。


「それじゃあ行って来る」

「ご武運を」

「……」


 避難の準備とはいっても荷物はそれほど多くなく、それぞれ貴重品と着替えなどである。一応念の為にミゥも槍を持ってはいる。そんな彼女は何か考え込むように俯いていた。


「ねぇ、私も一緒に戦った方が――」

「ダメだって、それは前にも話したでしょ」


 眉間に皺を寄せて切り出した言葉を遮り、シノンは直ぐに否定してみせる。


「城に一人は強い守りが必要なのは分かるでしょ」

「……うん」


 本人も無理を言っている自覚があるのだろう、渋々ながらも反論することなく頷いた。


 シノンは二人ともう一度言葉を交わして家を飛び出す。それは文字通り、この間子供が抜け出した時と同じように空を飛んだのだ。

 だが、その時はミゥと一般人の男性を抱えての跳躍。今回は完全な本気モードである。高さも一瞬にして敵よりも上に、当然街の範囲にも入っている。


「かなりの数だな」


 上からざっと見回した限り、マヌドゥは十や二十ではない。そして、近付いたことで彼らの形や色がハッキリと見えてくる。

 何よりも特徴的なのはその色。深い緑や茶などの迷彩色で、空に飛び上がれば目立ってしまうが、普段森で生活しているのなら分かりにくい配色である。そして描かれていた通り、翼の先端には刃物のように飛び出した羽があった。それを街に飛ばして襲い掛かっているのだ。


「……ッ」


 シノンは思わず舌を打ち鳴らす。

 上空から見た街は家が崩れ瓦礫が散乱し、食事の準備をしていた家もあるのか燃えている家まであった。そんな中を人々は着の身着の儘、城に向かって走っている。声は微かにでしか彼の耳に届かないが、阿鼻叫喚であろうことは想像に難くない。


「……ハアァッ」


 一先ず苛立ちを押さえ込んだシノンは、腕から投擲用の鉄棒を一本抜き出し、空を飛ぶバヌドゥの一体に狙いをつけて全力で投げつけた。


「ギ――」


 けん制などの様子見ではない一撃は、中指程度の大きさしかない鉄棒にも関わらず空気を切り裂き、爆音を轟かせながら一瞬でバヌドゥの元に到着、腹に大きな穴を開ける。絶命の声は爆音でかき消された。


「よし、普通に通るな」


 これを跳ね返す魔物も森にはいるのだが、バヌドゥには問題ないようだ。シノンは頷きながら、もう二、三投してから街に降り立つ。


「きゃあぁぁぁぁ……って、シノンさんっ」

「足を止めるなっ、早く城に避難しろっ」


 突然シノンが空から降ってきたことで、逃げていた女性は驚いて道の片隅にしゃがんでしまうが、それがシノンだと気付いて一安心と胸を撫でおろす。

 しかし、シノンは彼女を見ることなく空を睨み付けたまま。その口調は余裕がないのか、普段よりも荒々しくなってしまっている。


 当然、女性も状況が分かっているので、直ぐに返事をして城に向かって走り出した。


「ちっ、かなり被害が出てる」


 空から見た時にも分かってはいたが、地面に降り立ち周囲を見回すとよく分かる。

 飛行する魔物に対しては森との間にある巨大な防壁も役に立たず、家々などの建物や整地された道が壊されてしまっている。だが、そんなことはどうでも良かった。そう人的被害さえなければ。

 道端には羽が突き刺さったまま絶命している人や、バヌドゥの巨大な足に捕まって空に連れていかれた人の姿も見える。


「はなっ、放せ、放せえぇぇぇっ、この、このおっ」

「……っ」

「そんだけ言ってるんだ。放してやれよ」


 突然現れたシノンに驚く暇なく、バヌドゥの足は左手の剣で切断され、右手で持った槍で身体を貫かれた。そしてシノンは手繰り寄せたバヌドゥの身体を槍から引き抜きつつ踏み台にし、下へと落とした男性を追いかけて余裕を持って捕まえ着地。


 男性を掴んだままのバヌドゥの指を離して、爪が食い込んでないか確認するが、擦り傷程度で深い傷は無さそうだ。


「大丈夫か?」

「お、おぅ、シノンさん、ありがとな」

「礼はいいから、出来るなら城の護りについといて」

「わ、分かった」


 この国の男連中は持ち回りで兵士としての経験があり、こういった緊急事態の時には城の指揮下に入るようになっている。男性もその事を理解しているので、嫌がる様子も見せずに急いで城へと向かった。

 その間、シノンは既に別の場所へと移っていた。近くにある物見櫓の屋根の上である。


「数が多い……ってか、どんどん集まってないか?」


 各防具の投擲武器を、取り出しにくい場所にある物を優先して平たい屋根の上に並べる。確実に仕留めるより、少しでも傷を負わせることにしたのだ。街の人たちが自力でも逃げられるよう、兵士たちでも護れるように。

 もちろん、そのまま仕留めることが出来れば万々歳である。


 シノンは鉄棒を掴んでは大雑把な狙いで次々と投げていく。先ほどのように一投全力というわけではない。とにかく数を投げ、敵を減らす。

 そうこうしている間に何やらシノンに複数の足音が近付いてくる。


「シノンさんっ、コルフォトさんから貴方の元へ行くよう言われて来ました」

「な、何かすることはありますか?」


 十人ほどの兵士が息を切らせながら駆けつけて来たのだ。

 シノンは手に持っていた分の鉄棒を投げつけ、残りをかき集めて屋根から飛び降りる。


「他の兵士は別の場所に?」

「そうですね、お城の護りを固めたり避難誘導とかを優先して、避難してきた男連中の準備が済めば随時討伐に回すらしいです」

「あとカシレイに援護を要請してるってぐらいですかね」


 つまりここにいる十人ほどが討伐メンバーだと理解したシノンは、彼らに鉄棒で傷付けたバヌドゥの相手をするよう指示を出す。

 彼らに細かい指示を出して随時指揮をするようなことは出来ないし、このまま側に居させても使い方が分からないのだ。彼らに出来るようなことは、自分で動いた方が早いとも言える。


「とりあえず三人くらいでチームを作って、あと相手の情報があんま無いから距離が離れていても注意だけは怠らないように」

「了解っ」


 力強く頷いて散開していく彼らを見届けることなく、シノンは直ぐに民家の屋根に飛び乗った。鉄棒で倒してはいるが、空にはまだまだバヌドゥが飛び回っている。

 ハッキリ言ってしまえば、このバヌドゥはそこまで強くはない。もちろんそれはシノン目線でしかないので、兵士たちにしてみれば十分脅威だろう。ただ問題なのは、何よりも数が多いこと。

 単に倒すだけなら問題ないが、その間に街や人がやられてしまっては意味がないのだ。


「時間かけて一体ずつ倒すよりも、なるべく早く戦力を奪った方が、自力で逃げられる可能性は高くなる……かな」


 結局は最初と同じ戦法で数を減らすことを重視して戦うのだった。



 ◇



 一方その頃、とある場所の屋根の上では、一人の女性が瞼を閉じたまま空を眺めていた。

 先代序列一位、サリアザである。

 彼女は静かに息を整えて左足を伸ばしたまま右ひざを地面に着けると、左手に持っていた弓を空に向かって構える。弓の大きさは彼女の身長以上。非常に大型なのだが、その動作は優雅とも思えるほどに手慣れていた。


「サリアザ様、シノンさんも来てくれたみたいだし、無理しなくてもいいんじゃないっスか?」


 傍らに沢山置いてある矢の何本かを手渡しながら、ディディーは心配そうな表情を隠そうとはしていない。


「残念だけど、緊急時にそれは聞けないわね」


 クスクスとどこか困ったように笑う。ディディーが本気で心配しているのも、街が危険なのも、自身に掛かる負荷も理解しているのだ。

 しかし、サリアザは迷うことなく瞼を開く。実際に景色が見えるわけではないが、彼女が弓を射る時は目を開けていた。当然敵の姿も見えない。だが、敵の位置は分かる。それが彼女の力なのだ。

 昼間なら白い光の中の黒い点、それが彼女にとっての敵である。仲間の位置も把握できるその範囲はかなり広く、街や近辺の空はもちろん、遠く棲み処からこちらに向かって来るカシレイたちの位置まで確認することが出来た。


「……」


 ディディーから矢を受け取ったサリアザは弓を引き絞っていく。城の兵士が五人がかりでも引けないとされる弓だが、彼女の表情は全く変わりなく力が入っていないようにも見える。

 そして、手から放たれた矢は周囲の空気を巻き込みながら一直線にバヌドゥ目掛けて飛んでいった。……が、サリアザはその結果を見届けるなく第二、三射目を放つ。


 まるで狙いを付けていないのではないかとも思えるほどの速さ。だが、矢は確実にバヌドゥの身体を貫通し、更には後方を飛ぶ別のバヌドゥまで貫いている。それは偶然などではなく、一射で多くを巻き込める配置の敵を優先して狙っているのだ。


「相変わらず凄いっスね」


 序列の側仕えとしてそれなりに戦いの心得があるディディーだが、矢の軌道を目で追うことすら出来ない。それほどに速いのだ。

 しかし、サリアザがこれほど速く連射できているのは、二人の阿吽の呼吸による矢の受け渡しがあってこそである。


 適性間合いが違うとは言え、シノンよりも圧倒的にバヌドゥの数を減らしている。この強固な信頼で結ばれた二人の働きを見たら、シノンもディディーと同じことを呟くことだろう。


 サリアザは引退してもなお、この国で二番目の実力者だということを見せ付けていた。






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