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20 越冬準備




 季節は秋も中ごろを過ぎ、日が沈む時間もかなり早くなっていた。夜の帳が下りた世界では、木々が寂しげに葉を枯らしている。

 そんな中、シノンは一人物悲しげにため息を吐いている。彼の傍らにはコルフォトから見舞いとして送られたお酒が、木製のカップに注がれていた。


「んくっ……ふぅ」


 カップを傾けて喉を鳴らし、一つゆっくりと息を吐き出す。そしてまた物憂げな様子で窓から遠くを眺めた。


「あー、腹減った」

「珍しく真面目な顔してたと思ったら、それ?」


 そんなことだろうとは思っていただろうが、ぐぅと鳴るお腹を押さえるシノンを呆れ眼でミゥが見つめている。そこが限界だったのだろう、シノンも普段通りの抜けた雰囲気に戻り、上半身を倒して顎を机に乗っけた。


「いやー、この季節は何でも美味しいからさ、直ぐにお腹減るんだよ」

「確かに分かる気がします。特に果物が美味しいんですけど、その分高くなるんですよね」

「人間、獣人、動物、魔物で取り合ってるのが現状だしなぁ。美味しい物なら誰だって食べたくなるんだろうね」


 分かる分かると一人頷きながら、テーブルに置かれた皿のタレを箸で舐め取る。その少しばかり行儀が悪い行動を見たモニカが軽く窘めた。


「簡単なものでしたら作りましょうか?」


 モニカはそう言ってくれたが、既に夕飯は終わらせた後である。後片付けなどの手間もあるだろうが、何より彼女のメイドとしての勤務時間は終わっていた。なので、あまり我侭は言っていられないと断るのだった。

 もし、我慢できないほどに腹が減っていたら、台所に勝手に入って適当に干し肉でも漁って齧ると答えながら、シノンは身体を起こしてカップを口元に運ぶ。


「それにしても明後日かー、面倒くさいなー」


 お酒をチビチビと飲みながらブツブツと文句を言っている。それというのも冬を越すために、果物や動物の肉などを集める必要があり、明後日から森へと出かけなければならないからだ。


 しかもこの仕事の期限は決まっておらず、ある程度の量を集め終えるまで続けられるので、終わりが見えないのである。これは彼の家の問題ではなく、国からの依頼であり国民の食糧事情に直撃する問題。面倒だと文句を言っていても、さすがに拒否することはなかった。


 ただ、そんな辛気臭い顔でいられたらミゥも堪ったものではない。


「だらしないわねぇ。何だったら代わりに私が行ってもいいんだからね」

「んー、ならお願いしようかな」

「え、本当っ」


 毎回のように止められるのかと思いきやの返答。これには逆にミゥの方が面食らってしまうが、いい機会だとやる気を込めて両手を握り締める。

 だが、シノンからは予想通りの言葉が続けられた。


「まぁ、それは冗談なんだけど」


 そんなところだろうと思っていたミゥは、近くに何か投げつけるものがないかと辺りを見回す。


「ただ、手伝いは欲しいから明後日からよろしくね」


 しかし、普段は極力森には行かせないようにしているシノンが、一緒とはいえ同行を許可したのである。これには驚きと同時に不信感が湧いてくる。ミゥは訝しげにシノンを見つめた。


「珍しいわね。……なにか変なこと考えてるんじゃないの?」

「いやいや、至って簡単な理由だよ。人手は多い方がいい」


 それほど大変な仕事なのである。食材を探すこともそうだが、城からも兵士が派遣されるのでその護衛も必要となり、ミゥは彼らを護る大事な戦力となるのだ。シノンは明後日からの内容を簡単に説明するのである。



 ◇◇◇



 そして当日、シノンとミゥは六人ほど兵士を引き連れて森に来ていた。

 兵士たちの背中には大きな籠が背負われていて、これが満杯になってもまだ足りない。木の実や菌類などを籠に入れ、動物や魔物を狩ることが出来れば理想で、それを何日も続けてようやく終わる仕事なのだ。


「また頼むな」

「オゥ、シノン。そっちは久し振りダナ」

「どうもです」


 待ち合わせ場所には既にゼーセパが待っていた。シノンとは卯ノ茸など時々森で出会っているが、ミゥとは祭りの材料を集めるためシノンの家に行った時以来である。今回は彼だけでなく、他にもカシレイが四人ほどいた。


「そっちもよろしく」

「……」


 ゼーセパと違い、人間の言葉を理解できないのだろう。シノンの言葉に小首を傾げているが、手を挙げて挨拶しているというのは感じ取ったのか、同じように返してくれた。


「今回は十三人か」


 この人数は去年より二人ほど多いのだが、人手が増えたと言い切れるほどの数ではない。人間側もそうだが、カシレイも身の安全のために集団行動した方がいいので、結局は毎年この一団が固まって行動しているのだ。

 せめて倍に増えれば二手に分かれられるのだろうが、ある程度戦える人でないと死人が増えるだけなのが悩みである。


「それじゃあ収穫始めようっ」

「オオォ」


 一行は集団で森の中へと向かう。

 森で生活をしているカシレイにとって、この辺りはまだ庭のようなもの。どこに何が生えているのかは直ぐに分かるので、果物などの食材場所は分かっていた。特に迷うことなく足取りはしっかりとしている。

 しかし、道中に出てくる魔物の数は計算できない。


「そっち行ったぞっ」

「任セロッ」


 彼らが今戦っているのは、大きさが人の手の平ほどしかない、翼を生やし鋭いクチバシを持つ魔物イマド。翼があっても長時間の飛行は出来ないが、跳躍と合わせれば身体を持ち上げたり滑空することが出来、木々を飛び回りながら弾丸のように降り注いでいた。


「このぉっ」

「……くぅっ」


 小さく早い速度の相手に苦戦する兵士達を他所に、シノンは素手で立ち向かっていた。

 この魔物の突進による威力は鉄の鎧など簡単に貫通してしまうほどで、兵士はもちろんカシレイたちも待ち受けず避けることを優先している。だがシノンは普通ではない。

 襲って来るイマドを掴み、或いは叩き落とす。身体にぶつかっても肌を傷つけることすら出来ないでいた。


「相変わらず丈夫ダナ? 本当に人間カ?」

「失礼な」

「それは私も思ってたわ。いつも食べて寝てお酒飲んで……そんな生活をずっとしてるでしょ。太ってないのは変よ」


 ビシッとシノンの腹を指差す。ゼーセパの口調から本気ではなく、単にふざけているだけだということは分かるが、もしかしたらミゥは本気でそう思ってるのかもしれない。女の嫉妬かもしれないが。


「いやー、これでも体型には気をつけて――」

「それは後からドンとくる奴ダ」


 実際は畑作業や森などでそこそこ動いているので、太る心配は今のところない。当然、これから先どうなるかは分からないが。

 そんな話題を変えるようにシノンは地面に落ちた無数のイマドを見る。


「それよりだっ。確かこいつらって食えないんだよな」


 倒したイマド全部合わせれば二人分の籠が埋まるだろう。ただ、シノンの言う通り食べられるほどの肉はなく、臭みもあるので食料にはならないのだ。結局は無駄な戦闘だけで、兵士が少しばかり傷を負っただけ。

 そんな無意味な戦いはまだまだ続いていく。




「あぁーもう、数が多いんだけど」


 ミゥは槍で地面を着きながら肩で深く息を吐き出した。

 あれから何度も魔物の襲撃はあった。今回の面子で彼女はシノン、ゼーセパに次ぐ実力者なので、戦闘の負担は大きくなってしまう。今までは護られる側だったが、今回は彼女も兵士たちを護る側なのだ。


「冬眠する魔物もいるからねぇ」

「大概の奴らは大食いな上に食い溜めスル。これだけ集団で動いていたラ、襲ってくれと言ってるようなものダ」


 対してこの二人はそれほど疲れてはいない。これは実力の差もあるだろうが、護りながら戦うことに慣れているのだ。

 ミゥは護衛という任務の緊張感と難しさを感じていた。実際のところ兵士たちも集団でならそこそこ戦えるので、そこまで神経質になる必要はないのだが、そこを見極めるにはまだ経験が少ないのである。


「じゃあ先に進むぞ」


 彼女が疲れていることが分かっていてもチラリと様子を見るだけで、シノンが何か助言をすることはない。カシレイも数人手伝ってくれているこの状況が、一番安全な練習環境なのだ。と、サリアザからの受け売りである。


 一行はそれから周囲を見回しながら、ゆっくりとした速度で足を進める。魔物や動物はもちろん、道中に生えるキノコなどの植物を見落とさないためだ。


「ねぇ、あのキノコって食べられるの?」


 ミゥが指差した先には、広がった茶色い傘の端に繊維のような物が垂れ下がったキノコ。色合いは普通だが街で見たことはなく、形状が変なのは触らないで注意するよう言われていたのでゼーセパに尋ねたのだ。

 それを一目見てゼーセパは嬉しそうに口角を上げる。


「残念だが人間には毒ダナ。ただ、オレ達は食べられるから引き取るゾ」

「分かった。じゃあこれもあげるから、いいお肉を獲ってね」


 ここ数日森の中で一緒に行動し、ミゥもだいぶ打ち解けているようだ。もしかしたらシノンに対する時よりも普通に接しているかもしれない。


「しかし今年は豊作だなぁ」


 森の中を見回しながらそう言ったシノンの籠にはたくさんのキノコや木の実などなど。それは彼だけでなく他の面々の籠も半分以上は溜まっている。

 ただ、全てが順調かというとそうでもなく、魔物は襲ってきていても動物の数が少なかった。草食のカシレイは今の状態でも歓喜しているだろうが、肉が好きなシノンとしては残念な結果である。


「それでどうするの? もっと探す?」


 来年のこともあって取りすぎてはダメだという理由もあるが、籠が満杯になるまで詰め込んでは、下が潰れてしまうのに加えて何かあった時に零れて邪魔になってしまう。

 ミゥの提案にシノンは腕を組む。確かに何日も森中を駆け巡り、当初予定していた量は集めたといっても良いだろう。ただその期間、シノンは何かが引っかかっていた。


 そんな彼の様子を見てゼーセパが近付く。


「シノン、実は最近森の様子がオカシイんダ」


 ミゥや兵士の耳に入らないよう、小声で語りかけてくるゼーセパにシノンは無言で続きを促す。


「何が、という訳じゃないんダガ、空気というか雰囲気ダナ。ピリピリしていて森の動物たちも、ここ数ヶ月のところ余り見かけなイ。本当なら若い奴をあと二人ほど連れてくる予定だったガ、棲み処の警戒に回してイル」


 確かにここ数日の探索であまり動物を見かけなかったが、この人数で歩き回れば魔物はまだしも動物は大抵逃げるので、そんなもんだと思っていたのだ。それが数ヶ月ともなると異常事態と言えるだろう。


 ただでさえ森は厄介だらけだというのにと、シノンは一人ため息を吐き出して探索の終了を告げる。


「もうだいぶ集まったし、探索は今日で終わりだな。本当にお疲れさんでした」

「は~、やっと終わるのかー」


 肩の荷が下りたのか、ミゥはどこかホッとしたように笑う。そんな彼女に兵士たちは感謝の言葉を述べる。かなり年下になるがこれまで何度も戦っている様子を見ているので、嫉妬や不満などあるはずもない。

 一行は一瞬緩んだ空気を引き締めると、街へ向かって歩みを進めるのだった。






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