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18 ある日のひと時




 無事にソディマーク王国からの依頼であった、珍しい食材「卯ノ茸」を採取したシノンは後日とある場所に出かける予定を立てていた。それは彼一人ではなく、ミゥとモニカも一緒である。

 珍しくおしゃれをするミゥをモニカが手伝い終えた後、上から下まで眺めて笑顔で頷く。


「ミゥ、よく似合ってるわよ」

「あ、ありがとうお姉ちゃん」


 はにかみながら笑うミゥはかなり緊張しているようだ。この国の王子であるコルフォトと話す時ですら、これほど緊張していないにも拘わらずだ。

 また、ミゥだけでなくモニカも普段着ることのないシックで上品な服と、微かに分かる程度の化粧がされていた。二着ともモニカ母からのお下がりで、他国でも着られるものとなっている。


「おー、準備は終わったかー?」


 そして、この二人を引率する立場であるシノンは……普段と変わりのない、ダボッとした服装のまま。これにはミゥが怒鳴らないはずもない。


「ちょっとアンタっ、今日どこに行くか分かってるのっ」

「そりゃあ、俺が二人を誘ったわけだし……」


 そう言いながらも腕を組んで頭を傾け暫しの沈黙。そして、少しばかり着飾った女性陣に視線を送り、ポンと両手を鳴らす。


「お城だな」

「バカッ、お城ぐらいでこんな格好するはずないでしょ」

「どう考えても、お城の方が格としては上な気もするけどね」


 困ったように笑うモニカも否定はしていない。それほどこれから向かう場所が彼女達にとって特別なのだ。

 さすがのシノンも本気で忘れているはずもなく、冗談冗談と笑いながら今日向かう場所、というよりも合う人物の名前を口にした。


「今日はサリアザさんのところへ挨拶に行くんだよな」


 サリアザ・ティアーヌ。シノンが一人前になったのを確認して引退した、先代の序列一位である。



 ◇◇◇



 サリアザの屋敷は街の中央から街の出入り口側、つまり森側にかけて建てられている。この家は代々歴代一位が住んでいて、石で出来た家や塀は街に魔物が進入してしまった場合、ここでの防衛戦も考えられた造りになっているのだ。

 ミゥはやや上気した頬を隠そうともせず屋敷を見上げる。彼女やモニカの年齢なら、シノンよりもサリアザの活躍の方が幼い頃に聞いていて憧れが強いのだろう。

 もしシノンがしっかりしていたら、そういった感情を持たれていたかもしれないが、悲しいかな現実は受け入れなければならない。


 シノンがドアをノックして来訪を知らせると、それほど間を置くことなく扉は開かれた。


「シノンさん、いらっしゃいっス。モニカさんとミゥさんも、よく来てくれたっスね」


 満面の笑みで三人を出迎えたのは、ふわりと柔らかそうなショートヘアの金髪に青い瞳のメイド。彼女の名前はディディー・ユンク。モニカが城で働いていた頃に世話していた先輩メイドで、シノンとも何度か顔を合わせていて気心も知れている。


「ディディーさん、どうもご無沙汰してます」

「お久し振りです先輩」

「は、始めまして、今日はお邪魔します」


 この場で緊張しているのは、表情硬く頭を下げるミゥだけである。これは初対面のディディーだからというのもあるが、やはりサリアザの存在が大きいだろう。

 そんな少女の様子を微笑ましく見ながら、ディディーは三人を屋敷の中へと招き入れるのだった。


 屋敷の中は一般家庭よりも飾られてはいるが、お城よりも落ち着いていてお金が掛かっているようには見えない。しかも、所々に飾られているのは手作りのレースの編み物などで、それがこの家の主人の温かみを示しているかのようだった。


 ミゥはそんな屋敷の中を物珍しそうにキョロキョロと見ている。初めて屋敷に入る彼女は分かるが、実はもう一人モニカも視線をあちらこちらへと飛ばしていた。ただ、彼女が見ているのは飾りなどよりも部屋の隅。


「……さすが先輩ですね。掃除が隅々まで行き届いてます」

「本当っスか? いやー、そう言って褒めてもらえると嬉しいっスねー」


 喜びを隠そうともせず口を緩ませ、後頭部に回した手で頭を掻く。実はこんな砕けた口調や態度で客人を案内しているが、彼女のメイドとしての能力は非常に高く、口調などが他国の貴賓の前で出なければ、そのまま城で働いていた程なのだ。


 四人は言葉を交わしながら廊下を歩き、茶色い両開きの扉の前にまでやってくる。そして、重量感のある扉を開けば、中のダイニングには白髪交じりの赤茶色い髪を結い上げた老婦が、ソファーに座って静かに紅茶を楽しんでいた。


「サリアザ様、シノンさん達を連れてきたっスよ」


 先頭を歩いていたディディーがサリアザの下へと近付き声を掛ければ、音を鳴らすことなくテーブルにカップを置いて来客へと顔を向ける。


「いらっしゃい、ずいぶん久し振りねシノン君」

「あはは、ご無沙汰してます」


 どこか揶揄っているような優しい声に、シノンは少しばかり困って笑いながら、座ったままのサリアザに近付いて握手を交わす。

 自分より大きな手を両手で包み、声と同じように優しく微笑む彼女の瞳は閉じられた瞼で見ることが出来なかった。ソファーには彼女に触れられるように杖が立てかけられている。そう、彼女は目が見えないのだ。


「あら、前よりも顔つきが精悍になったのね」


 彼女は生まれながら目に障害を持っていた。完全に見えないわけではないが、顔に物を近付けてもぼやけてしまう程の弱視で、人の顔も判別できない。だから今はシノンの顔に両手を当て、その成長を感じ取っているのだ。


 ただ、触られているシノンには成長して精悍になったと言われても、その自覚が全く無い。再び困ったように笑いながら頭を掻く。


「そうですか? 無駄に年取っただけだと思いますよ」

「なら、貴方が無駄なことだと思っていても、全くの無駄ではなかったのよ。きっと」

「後輩が出来たから、少しはやる気が出たんじゃないっスか?」


 ディディーの発言で全員の視線がミゥへと注がれた。

 突然注目され、緊張していたからなのか「ひゃう」と変な声を上げるミゥだったが、直ぐに決意したように表情を引き締めると、大きく一歩前に踏み出しピシリとした硬い動きでサリアザに頭を下げる。


「あ、あの、ミゥ・エンディーです。あの時は、お、お世話になりました」


 実はミゥがサリアザと会うのは今日が始めてではなかった。シノンの疑問を感じ取ったのか、ディディーが口を開く。


「ミゥさんの序列試験の試験官がサリアザ様だったんスよ。シノンさんが担当すると、楽できるって理由から無条件で合格させちゃうだろうってことで」

「いやいや、さすがの俺もそこまではしない……と思うよ?」

「そこは言い切りなさいよ」


 突っ込める程度にガチガチではないようだが、小声なので普段通りとまではいかないミゥ。ただ、シノンはそれで十分だと判断したのか軽く微笑むと、今度はサリアザを心配するように眉を顰める。


「でもミゥの動きを見たってことは、また無理したんじゃないんですか?」

「あれくらいなら問題ないわ。今も時々、家の中で探し物とかしているもの」


 優しく微笑む彼女が本当に問題なかったのか、ミゥの前で心配させまいとしているのかシノンには分からない。ただ、気配を感じ取るのとは違い、周囲を見ることは身体や精神にも疲れるということは前に聞いていた。


 しかし、サリアザが人に心配をかけるようなことを言わないのも知っている。結局は彼女から話題を変えるまで、深く掘り下げることはしなかったのだった。


「私のことより、ミゥちゃん。序列には届かなかったけど、今はいろんなことを経験して次また頑張ってね」

「は、はいっ。頑張りますっ」


 力一杯、元気一杯、若さ一杯な返事を満足そうに頷き返すと、サリアザはシノンに顔を向ける。


「それで、今日は一体何の用なのかしら」

「何ってほどは無いんですけど……」


 そう言いながら懐に手を入れると、何かを包んでいる白い布を取り出した。


「森で卯ノ茸を手に入れたので、ミゥの顔見世も兼ねて遊びに来ました」


 長方形に折りたたまれたそれを開くと、そこには収穫した時より水分が抜けて小さくなった卯ノ茸が。きちんと乾燥させているので、後は調理するだけの手間いらずである。

 受け取ったサリアザは少しばかり驚いたようで、左手の中にある卯ノ茸を右手で包むようにして触る。


「まぁ、ありがとうシノン君。よく見つけられたわね」

「おぉ~、これはまたずいぶんと珍しい一品を。お茶にするか料理に使うか悩むっスねぇ」


 料理人としての腕が疼くのか、ディディーが嬉しそうに笑って横から覗き込む。


「それならお茶にして、皆さんにも振舞って上げたらどうかしら」

「……料理に使えないのは残念っスけど、サリアザ様ならそう言うと思ったっス。それじゃあ私はちょっと抜けさせてもらうっスね」

「あっ先輩、私も手伝います」


 サリアザのいう皆とはシノン達だけのことではなく街の皆という意味で、彼女は分けられるものであれば様々な貰い物を近所に振舞うことが多かったのだ。もちろんディディーが取り違えるはずもなく、モニカを引き連れてキッチンへと向かった。


「サリアザさんの為に貰ってきたんだけど……ま、いっか」


 そういう人だということはシノンも知っている。呆れたような安心したような笑いを浮かべ、ミゥと一緒に席に着いて二人が戻ってくるまで雑談に花を咲かせるのだった。




 そして、暫くするとお茶の準備が終わり、二人が台車を押して戻ってくる。モニカとディディーも着席し、五人の前にはお湯のように透明な液体がカップから湯気を立てていた。


「白湯?」

「違うっスよー、きちんと卯ノ茸を浸けて注いだんスから。色が出ないのは本にも書いてあったんで、間違ってる訳じゃないと思うっス」


 二人を疑うわけではないが、カップを鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。ただ、それでも何の匂いも嗅ぎ取れず、全員の視線を感じる中、サリアザがカップに口をつけてコクリと一口。

 珍しく大抵はお城へと持っていかれる食材。毒見という名の味見をしたディディー以外は飲んだこともないので、どんな味なのだろうとサリアザの感想を待っていた。


「生命力は感じるけど、相変わらずよく分からなくて面白いわ」


 しかし、彼女がクスリと笑いながら言った感想はとても曖昧なもので、シノンは力が抜けてしまったかのように上半身を投げ出す。しかし、そこから直ぐに身体を起こすと、その勢いでカップを掴んで口へと運ぶ。


「うおぉっ、えっ、ん~~と……霞を飲んでるみたい?」


 驚き、悩み、出した感想はそれだった。味や匂いはほぼ無い。そして口に入れた瞬間に軽い粘り気を感じたかと思うと、後味すらなく直ぐに消えてしまう、正に霞のようなものだったのだ。

 ただサリアザの言う通り、普通の食材では感じられない何かを感じ取ることが出来たのである。とは言えミゥにはまだ早いらしく、よく分からないと小首を傾げながら喉を鳴らすのだった。


 こうして最初の一杯を飲んだ後は、普通の紅茶とお茶菓子が出されてお茶会は進む。


「そう言えば、シノン様がサリアザ様と初めて会った時ってどんな感じだったんですか?」


 おそらく先ほどのミゥを見て思ったのだろう。モニカが突然そんなことを切り出し、シノンは腕組みをしながら瞼を閉じて昔を思い返す。


「どんな感じかー……久し振りに人間を見て、かなり喜んでいた気がする」

「森の中に迷い込んでいたのよね。カシレイから情報があって捜索してみたら、周りが魔物だらけで迂闊に身動きが取れなくなっていたらしいの」

「いやー、最初に出会った奴がヤバくて、完全に準備を整えてからじゃないと散策する気がおきなくてさ」


 今となってはそこまで強い魔物ではないが、当時はそう思わせるだけの恐怖体験だったのである。その話を聞いた三人はそれぞれ驚いたり笑ったりと同じ表情を見せるが、その中でも特に驚いているのがミゥだ。

 彼女にしてみれば序列一位の、軽く手合わせしても簡単にいなされてしまったシノンしか知らないのだから、当然とも言えるだろう。


「当時のシノン君とは言葉が通じなくて、身振り手振りでやり取りしていたのよね。そして街に連れ帰って先代……私の前の序列一位の方に預けたのよ」

「だからサリアザさんは俺にとって命の恩人ってことかな」


 ありがとうございました、と頭を下げるシノンが笑顔で茶化している風なのもあって、周囲からはそこまで深く思っていないように見えるかもしれない。ただ、真面目に言うのは気恥ずかしいだけで、彼は本心からサリアザに深く感謝しているのだった。


 それからは軽い雑談へと話を移そうとするシノンに対し、女性陣、主にミゥがシノンの過去話を聞きたがり、失敗談やら何やらで話は盛り上がる。そんな少し賑やかなある日のひと時。






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