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17 強国からの依頼




「珍しい食べ物?」


 その日、シノン宅にやって来たコルフォトが突然そんなことを切り出した。


「はい、何でもソディマーク王国からそういったものが有れば送ってくれ、っていう依頼が来たらしいんですよ」


 ソディマーク王国はこの国と同盟関係にあるが、あちらの方が国力はかなり上であり、依頼というよりもほぼ命令のようなものである。シノンもそのことを十分理解しているのか、やれやれと面倒そうに首を振りながらため息を零す。


「珍しいって言われても……ドラゴンの肉とか?」

「それはあちらでも獲れますからね。むしろ獲ってる量はあっちの方が多いんじゃないですか? 需要が多くて価格は高そうですけど」


 ドラゴンの肉は栄養価が高く、部位によってはとろけるような柔らかさから、しっかりとした噛み応えのあるものまで揃っている。味も当然、上等で繊細なものからガツンと正に肉といったものまであり、世界的に有名で日夜冒険者が挑んでは返り討ちにあっているほどだ。


 シノンは簡単に手に入る食材を否定され、次に来賓に出すような物でいいのではと考えた。


「なら、この間アイリが来た時に出した料理とかで良いんじゃないの?」

「いやー、あれってふつーの肉と新鮮な野菜、果物マシマシ料理ですよ」

「うむ、豪勢だ。でも確かにソディマークじゃ普通だわな」


 その料理を献上したとして、どういった反応が返ってくるのか想像に難くなく、シノンは軽く笑う。

 環境が違えば有り難がる物も違ってくる。この国では数が少なく貴重な野菜も、他国に行けば普通に売っているのだ。しかし、極小国のメイミレアだろうと珍しい食材ぐらいはある。


「今の季節なら網魚とかですけど、これはシノンさんとは別口で依頼してますから」

「あぁ、海のことならゲンさんたちに任せた方が安心できるな」


 趣味で釣りをしているシノンよりも、釣りの師匠でもあるゲンやプロの漁師の方が確実で傷の入らない綺麗な魚を捕まえることが出来るだろう。なのでシノンに話が来た以上、それは森での採集となる。


「ですから、シノンさんには卯ノ茸を採って来てもらおうかと――」

「……おい、それを探して見つけるってかなり難易度高いぞ」


 コルフォトの挙げた卯ノ茸とは純白のように白く、赤い瞳のような点があることからその名が付けられたキノコ。かなり希少で何年かに一度偶然見つかれば超幸運という代物で、もちろんシノンも口にしたことはなかった。

 それを探せと言われているのだ、実際見つからなくとも大変な作業であることは想像に難くない。


 シノンが頭を叩こうとするのが分かっていたのか、コルフォトは自身に向かってくる手を身体を捻って逃げる。


「まぁまぁ、カシレイにも協力を頼みますから、いつも通りお願いしますね」

「この間、森に散策に出たと思うんだけど……。どうせならあの時に言ってくれればついでに探したのにさ」

「時期に関しての文句は先方に言って下さいよ」


 シノンだけでなくコルフォトもやり切れないように肩を竦める。シノンに話が来ていないだけで、他にも面倒な事がいろいろとあるのかもしれない。今夜はコルフォトが持参したお酒を二人で飲みながら愚痴を零しあうのだった。


 ◇


 そして、依頼を受けたシノンは後日森へと向かい、途中でカシレイのゼーセパと合流する。


「じゃあ今回もよろしくな」

「おウ、しっかしコルモッゾを探すのは面倒だゾ。オレ達でも好んで探すヤツなんかいなイ」

「そこでカシレイの嗅覚に頼るわけですよ」


 卯ノ茸が見つかりにくいのは、絶対数が少ないからである。

 ただ、生息している条件はある程度分かっていて、卯ノ茸が生えているのは主に死んだ生き物の屍骸。抵抗力の弱った生き物に寄生し、身体の栄養を吸いながら成長しているのだ。それと一定期間の水分が必要と言われている。

 もちろん、苗床となっている生き物が、他の動物や魔物に食われてしまわないのも絶対条件だ。


「つまり常に水気のある川沿いで発見率は高いガ、水を飲みに来タ魔物が新鮮な……いや食えるなら何でも食ってしまうような奴に見つかったラ、それで御終いダ」

「……本当、探して見つかるようなものじゃないよなぁ」


 二人は愚痴を零しながらも近くの川へと移動する。ここの川幅は狭く水量も少ない穏やかな川で、川上から川下の遠くまで一望できる。ただ、そのどちらを見てもそれらしい屍骸は見当たらなかった。探索の途中途中で風化した骨は転がっていたが、やはりそんなものだろう。


 鼻を高く上げて匂いを嗅いでいるゼーセパだったが、どうやら彼の鋭い嗅覚でも全く感じられないようだ。これは卯ノ茸の匂いというよりも、それが生えている屍骸の腐敗臭を嗅ぎ取ろうとしているのだ。


「場所は離れるがアッチの方に行ってみるカ?」


 ゼーセパが指差すのは街と反対方向。より森に分け入った先にある流れの速い川のことである。


「そうだな。でっかい岩の影とかに落ちてる可能性が一番高いか」

「ただ、あそこらはバギャたちの縄張りダゾ」


 川の水に手を浸けて遊んでいたシノンは、「あぁ~」と水音で掻き消えそうなか細い声を漏らす。面倒な事になりそうだと予感しているのだろう。

 バギャとは人間の子供程度の大きさで、手が長く木を渡って移動する魔物。集団で生活し狡賢く、自分の縄張りに侵入するものには容赦がない。特に水飲み場ともなれば、かなり抵抗してくることが予想できる。


「話し合いで解決できない?」

「無理だナ。先ず言葉が分からン、それにヤツらは好戦的ダ」


 シノンもそれは知っているので、「やっぱり」とため息を吐き出しながら立ち上がると、ズボンで手を拭きながら次の目的地まで歩き始めた。




 二人は周囲を警戒しながら一時間ほど歩いて、目的の場所にまでやって来た。道中、ゼーセパが警戒していたことで魔物と遭遇する前に気付き、ここまで戦うことなくやって来ることが出来たのだ。

 そして、探索開始。二人が歩く川沿いにはシノンの背丈ほどの大きさの岩がゴロゴロと転がっていて、二人はその岩陰を覗き込みながら探索していくが、それは雑とも呼べるような速さ。とても目を凝らして探しているとは言えないだろう。


「……死体がありそうな空間の臭いを嗅ぐって嫌な探し方だな」


 ただ、これは何も手抜きではなく、ほぼ閉鎖された空間では臭いが篭っているので屍骸があれば直ぐに気付けるのだ。シノンは岩の空きを見つけては顔を近づけて臭いを嗅いでいる。


「ソレをオレにさせてるんだがナ。ただ、どうもココは変な臭いがしてて鼻の利きが悪イ」


 ゼーセパはそう言いながら顔を顰めて鼻を摘まむ。シノンがその原因は何かと辺りをキョロキョロ見回すと、それは直ぐに分かった。


「あー、あれか、あそこに咲いてる花。臭いで虫を怯ませて食っちゃうらしいから、結構強烈な臭いなんだよな」


 そう言って指差す風上には巨大な花が一輪、地面を覆うようにして咲いていたのだ。紫色で黄色い斑点があり、花弁の隙間からは触手が四方に伸びていた。

 距離があることもありシノンはそこまで気にしなかったが、ゼーセパにとってはかなりの異臭を感じ取っているようだ。もしかしたら嗅覚が鋭いだけでなく、人間とは臭く感じるものが違うのかもしれない。


 そして暫く二人が探索を続けていると、微かな視線を感じて手を止める。


「来たゾ」

「バギャか」


 川原近くの木の上に長い両手をダラリと下げ、こげ茶色の体毛に覆われたバギャの青くまん丸な瞳が二人を見つめていたのだ。その眼差しは監視しているというよりも、何をしているのか不思議がっているといった感じである。

 数は一体。彼らは群れで生活しているので、偵察か単に一人で水を飲みに来ただけだろう。


「ギィギィ」

「俺たちは敵じゃないですよー」


 どこか警戒しているような気配を感じ、シノンは言葉が通じるとは思っていないが両手を掲げて見せながらそう言った。怪しまれないよう笑顔を浮かべている様は、どこか軽薄そうにも見える。


「ムダだと思うゾ。それより早くこの場から離れた方がイイ」


 面倒ごとになりそうだと直感したのか、ゼーセパは即座に撤退することを提案した。彼はカシレイの中でも強者で、自分の力を試したり鍛えるのは好きだが、別に好戦的というわけではない。必要が無ければ戦わない主義なのだ。

 その主義に関してはシノンも同意するだろうが、ゼーセパと違う点は一応お仕事としてここに来ているところである。


「よし、そうしよう」


 ただ、シノンが真面目な人間であるはずもなく、その意見に一も二もなく頷くのだった。

 そして、二人はバギャから視線を外すことなく距離を取り、木の上のバギャは動かずにそれを眺めているだけ。

 だが、このまま無事に去ることが出来るかと思った瞬間、森の中から少年の声が聞こえてきた。


「うわわあぁぁぁーーー、助けてーーーー」


 それは叫び。位置はバギャの立っている木の向こう側。シノンとゼーセパは互いに見合い眉間に皺を寄せながら頷くと一気に駆け出し、頭上のバギャを警戒しながら脇を抜けて声のした方向へと進む。


 そして、やや開けた場所に出る。


「……多分ここだと思うんだけど」


 そこに少年の姿は見当たらない。ただ、広場の中央で棍棒を持ったバギャたちが何やら地面の中を覗き込んでいた。

 シノンたちが来たことで、こちらに身体を向けて武器を構えている。当然シノンも腰から剣を抜き、ゼーセパも身体を軽く解して戦闘態勢を整える。


「さて、どう思う?」

「シノン、アイツらに別名付けてたよナ?」

「え~と、ヤマビコ野郎だっけ」


 実はバギャは人間だけでなく、他の魔物の声もマネすることができるのだ。マネとは言っても、聞いた言葉をそのまま覚えて返すくらいだが、何故か悲鳴やら助けを呼ぶ声は分かるようで、器用にそれらを覚えて罠に使って狩りをしているのである。


「この間のことも有るから、子供が抜け出たってのがゼロとは言えないし……あぁ、あの時に言葉を覚えたのかも」


 しかも、穴の中にいるとするなら、そこを覗かなければ本物の人間かどうかが分からない。シノンもほぼ違うとは思ってはいても、万が一の為に行動しなければならないのだ。これがもし罠だとしたら、バギャはそこまで考えているのだろう。


 シノンは面倒そうにため息を吐いて、ゼーセパの肩に手を当てる。


「確認してくるから、逃げる準備はしといて」


 言い終わるや否や、そのまま手に力を込めて宙へと跳び上がり、そのまま空から穴の様子を見る。だが、そこそこ深く掘られているらしく、中の様子は影となってよく見えなかった。

 シノンはそのままバギャたちを飛び越えて縦穴の前に着地。下を覗き込めば、そこには黒い布に包まれた何かが横たわっていた。微かに血の臭いがシノンの鼻に届く。


「おい、大丈夫か?」


 声を掛けてみるが返事も反応も無い。

 シノンは後ろから殴りかかってくるバギャを一度切り払って、警戒しながら穴の中へと飛び込む。そして着地、した瞬間に地面が崩れる。縦穴の中に落とし穴を作っていたのだ。


 やはり罠。土埃が舞っている穴を囲むようにして、バギャたちがはしゃいで喜んでいる。


「ギャイギャイギャイ」

「……なるほど、中に剣山の岩を敷き詰めてたって訳か」


 だが、中からシノンの声が聞こえると歓喜の声はピタリと止む。

 剣山はここの先にある、草木も生えない細く鋭い鉱石が剣のように連なっている山のこと。バギャだけでなく人間も武器や罠として使うが、硬すぎて偶然折れているのを見つけて持ち帰るしかないほどである。


「でも残念。これ位じゃ俺に傷一つ付けられないよ」


 それがシノンから逃げるように傾いていた。地面に半分ほど埋めて固定していたにも関わらず、シノンの身体を貫けず倒れてしまったのだ。

 そして、地面が抜ける前に抱きかかえた黒い物体の布を剥ぎ取れば、そこには血を流した栗色の四足動物の死体が。


「やっぱり違ったか」


 予想通りではあったが、確認出来たことでホッと胸を撫で下ろしたシノンが死体を地面に横たえると、傾いている剣山を掴んで覗き込むバギャ一体に向かって投げつけた。

 普通、剣でも槍でも投げつけられた衝撃で吹き飛ぶものだが、剣山の鋭さを証明するように、バギャは勢いに押されることなく胸に風穴を開ける。そして胸元を押さえたまま穴に落ち、それとは反対にシノンは飛び上がって外へと出た。


「イギギィッ」


 だが、着地した時を見計らい逆上したバギャが棍棒を振りかざして襲い掛かってくる。四匹で両手足、三匹で頭と腹と金的。人型と戦い慣れているのか、狭い空間で動いても互いを邪魔しない見事な連携である。

 しかし、シノンはあえて何もすることなく棍棒を受け止めた。防いで見せるのではなく、無防備で食らって見せたのだ。そして、そのまま剣を振り抜く。


「さて、ちょっとは人間も危険だってことを見せとかないとな」


 それからは一方的な戦いとも呼べないものだった。何せバギャがシノンを剣山の棍棒で殴っても、身体を痺れさせる薬を使っても効いていないのだ。

 これには小賢しく自分たちより強い魔物を倒せるバギャ達も打てる手が無くなり、仲間が数体やられたところで逃げ出すのだった。その引き際はやはり連携が取れていて、魔物というよりも人間を相手にしている気分になる。


「あ~~、疲れた」

「全部倒さなくて良かったのカ?」

「まぁ、全滅させるとなると面倒だし……それにアイツらは、人間よりも森の魔物とかを狩ってくれてるからな」


 彼らの縄張りが人里からちょっと離れていることもあり、森に出ても直ぐ危険が及ぶことはない。それより彼らは目立つ存在なので、放置しておいた方が魔物の目もそちらに向くという寸法である。

 シノンとゼーセパは掘られた穴にバギャの死体を入れて動物と一緒に埋めると、再び川に戻って探索を再開するのだった。




 あれから日が暮れ始める頃まで探したが、卯ノ茸は見つからなかった。まぁ、簡単に見つかるものではないので、当然といえば当然の話ではある。そしてその日は街に戻ったのである。

 シノンとしては必要の無い戦いまでして十分探したつもりだったが、コルフォトの返答は「期限まではまだまだ余裕ありますよー」だった。彼も一回で見つかるとは思ってなかったので、長めの期間を予定していたのだ。


 そして、何度目かの探索。今回はゼーセパではなく、コルフォトが一緒である。


「僕、シノンさんやゼーセパさんみたく強くないんですからね。ちゃんと守って下さいよー」

「分かってる分かってるって。それより見つかったか?」

「そう言われてもですねー……うぐゎ」


 岩陰に頭を入れて臭いを嗅ぐ。そんな作業を交代で続けて、ようやくそれらしい場所を発見したのか、コルフォトは物凄い速さで岩陰から顔を背けた。


「おっ、見つかったか」

「……ぐざい、ぎもぢわるい」


 見つからないと高をくくっていたのか、腐敗臭を思いっきり吸い込んでしまったコルフォトは地面に力無く座り込み、気落ちしたかのように顔を伏せてしまった。

 その間、シノンは自分よりも大きな岩を持ち上げて場所を移す。と、篭っていた腐敗臭が一気に外に拡散され、コルフォトが慌てて顔を背ける。


「ただの動物で複数生えてるから、栄養価はイマイチだな」


 地面に横たわる四足獣は何かに襲われてここに逃げ込んだのか、腹には大きな切り傷があり、そこから白長く伸びるキノコには赤い点が一つ。卯ノ茸である。

 シノンは動物から一本だけ残して採取すると、再び岩で蓋をする。手に入れた卯ノ茸は五本、あれだけ探して少ないと言えば少ないが、一つの死体から見つかるには多い数だった。


「これ以上見つけるのは無理っぽいな」

「そうですね。本当に見つけられるとは思ってませんでしたから、上々なんじゃないですか」


 そんなものを探させようとしたコルフォトに対して呆れも浮かぶが、彼もそれに付き合っているのだからと息を飲み込む。それよりもシノンとしては伝えたいことがあった。


「そうそう、報酬として卯ノ茸一本貰っても良いか?」


 シノンのおねだりにコルフォトは悩むように眉を寄せて腕組みをしている。それというのも卯ノ茸が複数見つかれば、一本はカシレイに渡すと約束していたからだ。更にシノンが一本貰うとなると、残りは三本になってしまう。


「えっと、う~ん……まぁ、三本あれば十分でしょうし、大丈夫だと思いますよ」


 料理に使われる量などを考えて問題ないと判断し、許可してもらったシノンはホッと胸を撫で下ろす。


「おっ、なら良かった」

「でも、あれですね。自分たちで採ると食べる気しませんよ、これ」


 先ほどの臭いや腐った死体を思い出しているのか顔を背けている。そして、シノンも同意を示すように力強く頷いた。ただ、高級品すぎるので相手を選ぶかもしれないが、栄養価は高く贈答品としては問題ないだろう。


 とりあえずこれで依頼は無事終了である。二人、特にコルフォトは早く街に戻りたいのか、足早に森を駆け抜けていく。しかし、今回はゼーセパが居ないので、何度か魔物と遭遇戦を行う羽目になってしまい、コルフォトの厄日はまだ終わりそうもなかった。






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