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15 調達




 その日は祭りに使う材料を集めるため、森へと出かける日である。モニカに起こされたシノンはあくびをかみ殺しながらダイニングへとやってきた。

 既に朝食は用意され、椅子にはモニカとミゥ……と天井へと伸びる二本の角に毛むくじゃらな身体。カシレイのゼーセパが椅子に座って何かを飲んでいた。


「お、シノン寝坊だナ」

「なんでゼーセパがいるんだ?」


 顔は洗っていても未だ頭と舌が回っていないようで、ぼーっとした表情を隠さないままシノンは椅子に座る。そして、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばし、グイッと一気に口に流し込んだ。


「甘っ、すっぱっ、えっなにっ」


 普段通りにただの水だと思って飲み込んだら味がついていることに驚き、思わず口から離したグラスを目を白黒させながら見ている。

 そして、一旦落ち着いて再び口をつけて味わうと、甘みの中に後味をサッパリとさせるような風味が感じられた。


「はちみつレモン水? あぁ、ゼーセパが好きだったな」

「はい、獲りたての蜂の巣を頂きましたので」

「来る途中、デカくていいの見つけたからナ」


 顔に似合わず甘いものを上機嫌で一気飲みしている。

 そんな友人の姿を見つつ、シノンは朝早くからの来訪に疑問を感じていた。そもそもゼーセパが街までやってくること自体珍しいのだ。


「それで今日は何の用だ?」

「オイオイ、今日は祭りに使うヤツを調達する日ダゾ」


 モグモグと口を動かして食事をしていると頭が覚醒してくる。確かに昨日モニカからもそういう予定を……というより、さっき起こされる時に聞いた気がしてきた。


「あぁ、思い出した。今日はよろしくな」


 シノンの気の抜けた声にも、お代わりのはちみつレモン水をペロペロ舐めながら返事をした。今は頬をだらしなく緩めていて頼りなさそうに見えるが、森で探し物するならカシレイはとても頼りになる存在なのだ。

 しかし、ミゥから見ればどちらもイマイチ信用出来ない。この二人で大丈夫なのか、と一人呟いている。


「ミゥ、毎年きちんと祭りは行われていたでしょ。その言い方はお二人に失礼よ」


 姉に指摘され「そう言われてみれば」とミゥは思い返す。

 シノンの近くにいるのでダメな部分がより目立ってしまうが、今までは滞りなく開かれていたのだ。まぁ、子供の頃楽しみにしていた祭りが、シノンの手で準備されていたと理解して少しばかりショックを受けてはいるが。


 そんな事もありながら朝食を済ませ、シノンは出かける準備を整えてダイニングへと戻ってきた。ただ、何かを探しているのか、窓から外や部屋中をキョロキョロと見回している。


「えーと……モニカ、斧ってどこ置いたっけ?」

「それなら入り口のところに立てかけておきましたよ」


 この間、薪を切った時に使用したまま外に放置していたのである。それをモニカが手入れして片付けておいたのだ。シノンは感謝の言葉を伝えて見つけた斧を担ぐ。

 今回は防具などを身に着けておらず、腰にはナイフ一本と木の実などを入れる袋があるだけである。もし魔物と出会っても逃げる予定なのだ。


「そんじゃ行って来ます」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃいませ」


 シノンは留守番の二人に軽く手を振って家を出て、モニカは玄関先にまで来てきっちりと頭を下げ、ミゥは椅子に座ったまま手をヒラヒラと振るだけである。そんな対照的な二人に見送られ、シノンとゼーセパは森を目指すのだった。



 ◇



 森に来たとはいえ、ここで集めなければならないものは多く、場所も広く点在してある。先ずは何から集めていった方が効率が良いのか。一応祭りで必要なものは頭に入っているが、念のためモニカがまとめてくれた手帳を広げて見る。


「んー、やっぱりオンモクルの樹からいくかな」


 この木は祭りで燃やす骨組みとして使用され、一番大きく重要なものなのだ。形は普通の木と違い、球根や水滴のように真ん中辺りの膨らんでいて、表面に分泌した樹液が固まり黄金色に輝いている。

 当然、何度も森に入っているシノンは、祭りで使うことも覚えていたので目撃場所を記憶しておくことにしていたのだ。手帳を懐に仕舞って歩き出す。


「あっれー、前見たのってどこだろ? スユの蔓も絡まってて、一緒に取れると思ったんだけど」


 だが、シノンがきっちりと場所を覚えているはずもなく、森を歩いていても一向にそれらしい木は見えてこず、不思議そうに頭を掻くのだった。


「自信満々に進んでるかと思ったラそれカ。多分その場所ならこっちダ」


 どうやらかなり方角はずれていたらしく、ゼーセパに連れられて森の中を進むことになるが、シノンは特に気にした様子もなく手の中で背負っていた斧を遊ばせる。


「そういやゼーセパってオンモクル伐ったことあったっけ」

「ないナァ、燃やすだけなら別の木でいいシ」

「まぁ、そうだわな。……じゃあ試しにやってみるといいよ。めっちゃ堅くてビックリするからさ」


 斧が肩にズシリと重みを感じさせるほど重量があり、刃と同じく柄が金属で出来ているのも、全てはオンモクル樹が異常なほど硬いからだ。なのでシノンの口調が棒読みで誘導的なのも、ゼーセパに伐らせようとしているからだろう。


「イヤ、硬いのは昔試して無理だったからシッテル。ツルツルしてて登り難いのもナ」


 森で生活してる以上、人間よりもいろいろと詳しいのは当然だろう。ゼーセパは失敗した当時のことを思い返し、少し悔しそうに奥歯を噛み締めている。


「ダガ、あの頃よりシノンとも出会っテ、オレも成長してるんダゾ」

「出会ってから成長? 確かあの頃ってもう三十過ぎてなかったか?」

「人間の年齢で言われても分からないガ、三回目の成長期って言われてたナ」


 太い腕を組んで自慢気に胸を張る。普通なら成長が緩やかになっていく年齢になっても伸び続け、カシレイの中でも一番の強さにまで上り詰めたのだから、そうなるのも当然と言えるだろう。


「あの頃とは違うところを見せてやルゾ」


 だからこそ鼻息荒く意気揚々と笑い、尖っていない歯を覗かせている。どうやら昔出来なかったことのリベンジに燃えているようだ。シノンにとってはありがたいことで、「がんばれー」と焚き付けるのだった。




 そうこう話しをしながら森を進み、二人は目的の場所にまでやってくる。

 オンモクル樹が球根のような形をしているのは、周囲に他の木々を生やさないためで、細く伸びた先端から四方八方とへと垂れる細い枝葉が、誰に邪魔されることなく日の光を受けていた。

 ただ、周囲にそれ以外の植物がないかという訳ではなく、木の幹に祭りで使うスユの蔓が巻きついているのだ。わざわざこの木を選んだのもその為である。


「蔓はどうするんダ?」

「ん~、木を伐ってそのまま街に運べば楽かなーって。別に蔓を取るのは俺じゃなくても出来るでしょ」


 納得するように一人うんうんと頷くシノンを横目に、このまま伐っても良いと分かったゼーセパは木に近付いて幹に手を当てる。

 分泌させた樹液が乾いて光を反射し黄金色に輝き、軽く手を擦ってみても摩擦が起こらずにどこまでも滑っていきそうだった。


「これ使うか?」


 シノンは持っていた斧を差し出すが、ゼーセパは考えることなく首を左右に振った。


「いや、オレらはそんなの使わないからナ」


 そして木から離れて身体を解す。カシレイは草食の獣人だが、角が飾りでもなければ魔物だらけの森で伊達に生きてきてはいないのだ。


 肩や首を軽く解したゼーセパは息を整える。そして、大きく息を吸い込んだかと思うと、彼の身体が一気に膨れ上がった。全体的に膨らんだわけではなく、ある一定の箇所の筋肉が膨れ上がったのだ。

 それは彼が両手を地面に下ろすことで、より様になる。獣のように地面を捉えて突進するための筋肉が発達したのだ。


 そして重心を落として両手を伸ばした時の肩位置に右足を、半歩後ろに下げて左足を置く。視線は地面スレスレからじっと木の幹の外側へ。


「……」


 息を吐き出しながら顔を下げて体重を後ろに掛け、両手は地面を掘り返しながら抵抗する。次の瞬間、地面を掴んで上半身が動く。だが、腕の引き起こす力は助走でしかない。全ては下半身。その強力な蹴り。左足で上体を起こしながら前へと進み、右足で一気に放たれた。

 この一瞬に掛けた加速は二度、三度と地面を蹴らない。飛び出したまま空中を疾走し、身体を回転させる。この回転は突進力を出す為ではなく、角で斬りやすいよう体勢を整える為のもの。


 一撃一閃。


 これが草食系の獣人カシレイの必殺技である。


「やったかっ」

「……ん~」


 シノンの口調は激しいが、地面に座ったまま全く動こうとしていないので、切り付けたまま通り過ぎていたゼーセパが戻ってきて確認する。と、それ程近寄らなくても、二本の鋭い傷跡が見えたのである。

 昔は硬さの前に跳ね返されてしまったが、無事リベンジすることに成功したのだ。


「おぉっ、やったゼ。やっぱオレもまだまだイケるナ」


 傷跡を見て触れて嬉しそうにはしゃぐ姿は、とてもシノンより年上には見えない。寿命の違いを考えても人間でいうなら四十代前半、とても嬉しかったのだろう。


「お~凄い凄い。次はもうちょい本気で深くいけそうか?」

「オォ、任せとケ」


 うまいこと乗せられたゼーセパは、二度三度と斬りつけ切り口を広げていく。

 それを座って見ていたシノンだったが、ある程度切れ込みが深くなったところで立ち上がり、最後に押し倒すために木へと近づく。


「行くぞ……せーのっ」


 かなり硬く乾いていないと粘着性のある樹液なので、最後は力押しした方が早いのだ。二人は切り込みに手を入れて持ち上げるようにして押し倒す。

 重量はかなりのものだろうが、この二人ならば何てことない。オンモクルはバキバキと音を響かせて倒れると、幹の膨らみでコロンと転がっている。


「このまま転がして運べりゃ楽なんだけどなー」

「スユ蔓がキレるゾ」


 未だ倒した勢いで上下に揺れながら左右にも転がっている。確かにこのまま転がして持っていければ楽だろうが、ゼーセパの心配もあれば光沢のある側面も必要となるのだ。なのでシノンは先端から伸びる枝を何本かまとめて握って肩に背負う。


「おーし、じゃあ一旦街に戻るぞ」

「分かっタ。アー、こっち持ちにくいかラ、斧貸してクレ」


 受け取った斧を切断面に食い込ませ、それを持って移動を開始する。

 後でもう一度木の実やキノコなどを取るために森へと向かう必要があるが、これはカシレイにとっていつも食べている食材なのだ。ゼーセパが居れば問題はない。と、いうことは、今回一番働いているのはゼーセパなのだった。






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