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12 踏み台




 ソディマーク王国からの使者アイリが帰った次の日のことである。珍しく神妙な顔つきのミゥが、シノンが横になっているロッキングチェアの傍に置いてある椅子に座ったのだ。

 わざわざ近くに来るなんて珍しい、と思ったシノンだったが、そんな日もあるさと居眠りを続けるのだった。


「ねぇ、お願いがあるんだけど」

「……なに~、いま眠いから後でね~」


 しかし、そんなことなどお構いなしに話しかけてきた少女に、テンションの低いまま言葉を返す。ただ、先ほど朝食を食べたばかりなので、本気で眠っていないことぐらい少女には分かっていたのだ。

 そしてシノンは目を開けたことでミゥの表情が分かり、真面目な話しかと上半身を起こす。


「私と戦って――」

「おやすみー」


 だが、ミゥの言葉を聞いて即座に横になり背中を向けた。余りの速さに一瞬呆けてしまうミゥだったが、直ぐにその背中を叩いて揺り動かす。


「ちょっと起きなさいよっ。私が今どれくらいの強さか知りたいっていうか、ここに来てから農作業とかばっかりで、稽古とか全然してくれないじゃない」


 そう言いながらシノンを揺らす力はかなり強く、このままではチェアが壊れてしまいそうだ。シノンは渋々ながら身体を起こす。

 これはチェアの心配があるからだけでなく、この話題は彼にとってもいつか話し合わなければならないと思っていたのだ。真剣な表情で顎に手を当てて俯く。


「そのこと何だけど……どうやって稽古すればいいのかとか、俺知らないし」

「ハアァ!?」


 信じられない言葉を聞いて思わず声が高くなってしまう。

 だが、それも当然である。そもそも彼女は今よりも実力を伸ばすという名目で、この家で生活をしているのだから、それが分からないと言われたらそんな声も出てしまうだろう。


 しかし、ミゥは気持ちを落ち着けるように何度か呼吸をして、少しばかり信頼の置けない冷たい眼差しをシノンに向けた。


「……アンタはどうやって鍛えてたのよ」

「俺? う~ん、実戦というかサバイバルというか……」

「分かった。森に行って来る」


 そう言って立ち上がろうとするミゥをシノンが慌てて引き止める。例え一緒に行ったとしても、森では何が起こるか分からないので危険なのだ。

 だからそんなことをさせない為に、自分が強くなったと思われる理由を一生懸命思い出そうと頭を捻る。


「あとはお世話になったここの爺さんに、運動したいとかで適当にあしらわれてたような。だから模擬戦をしたとしても、教練とか出来ないよ?」


 きちんとした指導や模擬戦をしていたわけではなく、単に弄ばれていただけの記憶しかないが、シノンにはそれ位しか思い浮かばなかった。ただ、その戦いによって受け流しや防御の仕方、早く鋭い振りなどを覚えたのだ。

 成長したのはそのおかげと言えるだろうが、同じ芸当を出来るだけの技量をシノンは持ち合わせていないのである。


「いいわよ別に。そこまで期待してないから」

「んー、なら昼飯食べたあとってことで」


 ただ、ミゥは落胆した様子も見せずに頷く。こうしてミゥがこの家に来て初めての、稽古らしい稽古が行われるのだった。



 ◇



 運動することも考えて少し抑え目な昼食を食べたあと、モニカも連れた三人は家の直ぐ近くの広場にやってきていた。広場とは言っても木を切り倒しただけで、畑や草が生えていないだけの場所だ。


 そこで模擬用の木剣と棒を持った二人が対峙する。モニカは審判兼、熱くなったミゥの歯止め役として、二人の中間に立ってこれから戦う二人を交互に見やる。


「二人とも無茶はしないで下さいね」

「無茶はしなくても全力でいくから」

「いやいや、軽く打ち合わせみたいな感じで」


 ミゥは気合が入り引き締まった表情。対してシノンはやや困ったように笑う。さすがに真面目な相談ごとということもあってか、ここに来て面倒くさそうにため息をこぼしたりはしていなかった。


「それでは始めて下さい」


 開始の合図と共にミゥが飛び退き槍を構える。そして、シノンは特に構えらしい構えを取らず、両手をだらりと下げたまま。


「ちょっとーっ、真面目にやる気あるのっ」

「そう言われてもねぇ。どれくらいの力でやれば良いのか分からないし、不満なら構えさせてみれば?」

「ッ、分かったわよッ」


 苛立たしげに奥歯をかみ締めたミゥは身体を縮めると、地面を強く蹴ってシノンとの距離を一瞬で縮める。その速さは常駐しているプロの兵士ですら、姿を追うことが出来ないだろう。

 そして、そのままシノンの腹目掛けて突く。いくら先端が尖っていない木の棒でも貫通してしまいそうな勢いだ。


「勝負あり、そこまでですね」


 モニカの宣言。結果はミゥの首筋に当てられた木剣で勝者がシノンだと分かる。

 それは一瞬の出来事。目にも留まらぬ速さで近付き、その勢いと同等以上の速さで突き出された槍だったが、シノンは難なく左手で掴んで静かに剣を宛がったのだ。呆気ない終わりである。


 ただ、これには納得がいかないらしく、槍を強く握り締めたミゥは恨めしそうにシノンを見上げた。


「ちょっとっ、ちゃんと打ち合いなさいよ」

「いや、そう言われても教練は無理だって言ったでしょ。だから思った通り動いたんだけど、ミゥの問題がちょっと分かった」

「……なによ」

「いきなり槍を掴まれて反応出来なかったんでしょ。相手の行動を予想するのはいいけど、それに囚われたらダメだよ」


 不貞腐れたように半目で睨んでいたミゥだったが、シノンの言葉にぐっと声を詰まらせる。実際、槍を払われたり避けられた場合を想定していたが、あの速度で刃があるはずの武器を掴まれるとは思っていなかったのだ。


「分かったわよ」


 これが実戦なら今ので全てが、彼女の命までも終わっていたのだ。それが分かっているからこそ、ミゥも模擬戦だったという言い訳をしないのだろう。

 シノンはそんな彼女の考え方を満足そうに頷きながら背を向ける。


「うむ、次からはそこを注意して訓練に励むのじゃぞ」

「……まだ時間あるのに、なに勝手に終わらせようとしてるのよ」


 しかし、このまま去っていくことは出来なかったようだ。


 ミゥに呼び止められたシノンはそれから何度か戦い、最初は余裕を持って対処することが出来ていたが、次第に彼の癖を覚えたのかミゥも少しは粘れるようになっていた。


「ハァハァハァ――」

「今日はここまでだね」

「そうですね。お疲れ様でした」


 ただ、それでも実力の差は圧倒的である。ミゥは両手を膝に当てて苦しそうに息を切らし、対するシノンは少し汗を滲ませた程度。

 そんな少女をミゥが支えて、広げたシートまで移動させて座らせる。そこには軽食や水も用意されていて、水の注がれたカップを受け取り一気に飲み干した。シノンも座って軽食を取っていると、ミゥの荒い息遣いも整ってくる。


「思ったより強いじゃない」

「そりゃ、こんなんでも序列一位だからね」


 ミゥも強いだろうということは分かっていたが、普段の体たらく振りを見ていたので甘く見ていたようだ。シノンは一応ながら褒められたことで自慢気に胸を張る。

 そんなシノンを見ながらミゥは一人の人物が頭を過ぎった。


「ふ~ん……そういやアイリさんだっけ、あの人とアンタってどっちが強いの?」


 それはこの間来訪したという別の国の序列一位。ミゥは彼と話したことはないが、この国に来る途中、魔物を斬り落としている光景は目にしていたので浮かんだ疑問だった。

 これに対しシノンは迷うことなく即答してみせる。


「そんなのアイリに決まってるよ」


 これにはミゥも驚いた。少しは意地を張るのかと思ったのもあるが、シノンとアイリは同じ序列一位、国の最高戦力である。実力差はあっても即答できるほどとは思っていなかったのだ。


「同じ一位って言っても、国が違うからね。んーー、俺がソディマークに行ったとしても序列になれるかなぁ」

「えっ、ちょっと、そんなに違うものなのっ」

「まぁねぇ。この国じゃ、人の壁を越えて序列に認められてるのは今のところ俺一人だけど、あの国は人口が多いからね。序列に選ばれてなくても、壁を越えてる人はいるんだよ」


 その発言にミゥは衝撃を受ける。

 彼女にとって世界とはこの街だけで、ついこの間森にまで広がったばかりなのだ。その世界で最強なシノンより強い人がゴロゴロいるという外の世界。ミゥは知らず知らずの内に喉を鳴らす。


「ならその人たちがこの国に永住するってなったら……」

「うん、序列に選ばれるだろうね。俺もこの国の生まれじゃないし」


 もっとも、普通に冒険家や兵士にでもなった方が儲かるので、こんな何もないところに好き好んで来る人はいないだろう。

 そんなことをシノンが考えていると、ミゥも同じく俯き何かを考えている様子。そして徐に顔を上げると力強くシノンを指差す。


「よーく分かったわ。アンタは私が強くなるための踏み台でしかないってことをね」

「ミゥ、シノン様に失礼でしょ」

「いいよ。夢はドカンと大きく、目標はコツコツと目の前に。まぁ、簡単に越えさせるつもりはないけどね」


 勝者の余裕を見せ付けるようにシノンは笑いながら、右手でミゥの頭を押し込めるように撫でる。まるで出る杭を押すように、若芽を潰すように。

 もちろん、そんなことをされてミゥが怒らないはずもなく、シノンの腕を掴んで振り解こうと力を込めるが、全く動かせる気配がない。


「ちょっ、手を退かしなさいよ、この変態っ」


 こうして模擬戦は終わったが、三人は直ぐに家に帰ることなくピクニック気分でしばらくこの場で飲食しながら、騒々しい午後を過ごしたのだった。






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