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11 来訪




 その日の夜、自室で本を読んでいたミゥは珍しく騒々しい気配を感じ、ダイニングへと向かうのだった。大抵静かにぐだってるシノンと、人が良く静かに話を聴いているモニカの二人が、どんな話しをしているのか気になったのだ。


「ダメですって」

「えぇ~、いいじゃんちょっとだけだからさ~」


 声色は普段と同じだが、シノンの声はいつもより気怠いというか気が抜けている。ミゥは会話の内容や声色から、大体の見当を付けながらドアを開いた。


「お願いだよ~、後生だからさ~」


 そこには予想通り、お酒を取り上げられたシノンの姿。情けなくテーブルに身体を突っ伏させ、酒ビンを持つモニカに向かって両手を伸ばしている。


「明日は大事なお仕事が入っているんですから、何と言われてもこれ以上はダメです」


 そして、いつも柔和な彼女にしては珍しく譲る気配が見られない。部屋に入ったミゥはその仕事とやらが何なのか気になって尋ねてみた。


「ソディマーク王国から使者がいらっしゃるから、シノン様はその対応でお城に行くのよ」

「へぇ~、たしかウチの同盟国だよね……あっちは大国だから、こっちが従属してるって認識の方が正しいんだろうけど」


 ただ、両国に人や物の流通はほとんど無い。距離が離れていることもそうだが、この国から出せるような物が無いのが実情である。ならなぜそのような国と同盟を結び、今回訪れるのかという疑問がミゥの脳裏に浮かんだ。

 それが表情に出ていたのか、シノンは面倒くさそうにため息をこぼしながら頷く。


「まぁ、今度の会議で何に投票するかっていう要請だろうね」


 シノンが城に出向く仕事は少なくミゥは少しばかり驚いたが、彼の立場なら毎日出向いていても問題ない立場である。今回の仕事では彼のやる事は少ないだろうが、他国からの使者に二日酔いで合わせられるはずもない。

 二人から話を聞いたミゥは明らかに冷めた目をシノンに向ける。


「ハァ? なら深酒なんてダメに決まってるじゃない。むしろアンタが何考えてるのよ」

「いやー、相手とはいろいろやってる内に仲良くなったし、結構分かってくれる人だから大丈夫だよ。うん、多分」


 その言い分で納得するはずもなく、モニカはさっさと酒ビンを片付けてしまう。シノンとしてはあと四、五杯は飲みたかったのだが、こうなってしまっては仕方ないと諦めた。


「それでそんな用件を伝えるためだけに、わざわざ序列一位が来るっていうの?」

「まぁ普通順位が上がるほど仕事が少なくなるらしいから、国内から出ることもなくて暇だって言ってたし、本人が希望したんじゃないの」


 羽休めや旅行を兼ねた任務ということだ。一位しかいないこの国では、細事にも駆り出されているので関係のない話である。



 ◇



 翌朝、ダイニングに来たミゥが見たのは、珍しく自分より早起きして既に朝食を食べ終えたシノンだった。さすがに普段通りぐだった態度のまま城には向かえないのだろう。


「おはよー」

「おはよう、珍しく早いわね」


 ただ、気の抜けた表情は相変わらずで、服も昨夜着ていた寝巻きとは違うが、礼装ではなく普段着である。ぐーたらなシノンからすれば、寝巻きから直接着替えそうなものだと思ったミゥはそのことをを尋ねる。


「あとでコルフォトが迎えに来るからね」


 この家から城までの移動手段は森を抜けるか地下通路だけで、今着替えても汚れてしまうため、シノンの正装は全て城に置いてあるというのだ。

 納得したミゥはそのまま台所へ向かって朝食の準備を行い、既に食べ終えたシノンとモニカが食後の紅茶を飲んでいると、いつもの扉がノックされコルフォトがやって来た。


「おはよーございます。おっ、シノンさん今日は起きてますねー」

「起きてるに決まってるだろ。お前も今日は遅れなかったじゃないか」

「あはは、こんな大事な日に僕が遅れたりするわけないじゃないですかー」


 出会って早々、お互いの不出来なところを笑って曝け出している。ただ、険悪な様子ではなく、二人の間にはだらけきった空気が流れていた。

 そして、その流れのままコルフォトは椅子に座ってぐだぐだと話しを続けて、無駄に時間を過ごしていく。というより準備は整っているのに出発しようという気配がない。


「お二人とも乗り気ではないのでしょうが、そろそろ向かわれた方がよろしいかと」

「ふわぁ~い」


 モニカに窘められ漸く立ち上がると、城に続く抜け穴のドアを開けた。中は石で舗装されているが通路に明かりはほとんどなく、コルフォトは来る時に使用した松明を手に持つ。


「それじゃあ行ってきます。夕飯までには帰ってくると思うから」

「いってらっしゃいませ」

「恥かかないようにしてよね。アンタは一応この国の序列なんだから」


 そんな叱咤激励を受けつつ、シノンとコルフォトはお城へと向かう。


 城では数日前から使者を受け入れる準備が整っていた。いつもは田舎の緩い空気が流れる城内だが、今日は張り詰めた空気の中メイド達もキビキビと動いている。相当練習したのだろう、シノンは内心で惜しみない拍手を送った。


 そして、シノンもゆったりとした生地を胴帯で締めた、この国の正装を身に纏う。帯の色や入っているラインなどで階級が分かり、シノンの黒地に赤のラインは武官で階級が高いことを示す。


「あっと、もう時間ですかね。僕たちもお出迎えに行きましょうか」


 コルフォトも正装に着替え、二人で大使を出迎えるために移動を開始した。ただ、階段を降りて城門へと向かうのではなく、逆に登って天井のない開けた屋上へと出る。

 そこには既に要人と賑やかしのメイドや執事たちが二十人ほど集まっていて、二人の到着が最後なのだろう。一応、王子でもあるコルフォトと一緒に一番前へと向かう。


 そして暫くすると、何かの雄叫びが轟く。それはまだ遠くの空、籠を乗せた飛竜が森から出てきた魔物の集団に襲われていたのである。


「毎回毎回大変そうですねー」

「結構楽しんでるっぽいよ。ストレス発散なのかな」


 あれに使者が乗っているのだが、二人からは心配した様子が見られない。

 それも当然、何せ大国の序列一位が乗った籠だ。そこを襲い掛かったらどうなるかなど、火を見るよりも明らかである。現に籠から目映い光の線が延びては、襲っていた魔物たちを斬り捨てていく。


「こちらとしても危険な魔物が駆除出来てありがたいですしね」

「俺も楽出来るし、ありがたや」


 シノンが感謝の念を込めて祈る中、数十匹の魔物を退けて飛竜が降り立つ。四、五人が乗れる籠を背負える小型の竜だが、近くで見上げると鋭い牙と眼光でかなりの威圧感を受ける。先ほどまで魔物と戦っていたから気が立っているのだろう。


 そして王家の紋章が入った籠の扉が開き、中から三人が降りてくる。その中の誰が序列なのかは顔を知らなくても一目瞭然だった。


「お久し振りですコルフォト王子」

「アイリ様もお元気そうで」


 最後に純白のマントを翻して階段を下りてきたのは、青色の髪に誠実そうな澄んだ薄水色の瞳、優しそうな微笑みを浮かべた人物。顔立ちだけでなく、身体つきもシノンより細く華奢である。

 彼こそがソディマーク王国の序列一位、アイリ・フォン・ゼ・リベルヘイン。女性に見間違うということはないが、美少年のまま成長した青年といった感じである。


 一見すると強そうには見えないが、それでもまとう空気やあふれる気品が違うので、服を取り替えても彼が高貴な存在であることは分かるだろう。シノンとは全然違う。


「お勤めお疲れさまです」

「シノンも相変わらずそうだね」


 差し出された右手を握り返す。年齢でいえばシノンの方が上で序列の位は同じだが、立場ではやはりアイリが上なのだ。ただ、それでも隠し切れないシノンの気だるさを感じ取り、アイリは笑うのだった。


「それではお部屋へと案内させて頂きます」


 荷物を執事が受け取り、コルフォトが先頭で三人を先導する。

 アイリ達が利用するのはこの城で一番豪勢な来賓用の部屋。他の二人はアイリの身の回りの世話役だが、それでも一人一室のメイド執事付きである。


「この部屋も一年振りくらいかな」


 客人の部屋は並んでいて一番奥がアイリの部屋。余りゴテゴテしいのは彼の趣向から外れるので、普段よりも抑えた飾りつけである。

 荷物を置いて部屋を見回したアイリは、中庭に連なる大きな窓の前に立ち、大きく背伸びしながら外を眺める。


「また、シノンの家に泊まれたら楽しいんだろうけどさ」

「ウチなら無礼講ってことで私も楽出来ますね。でも確か今日は日帰りの予定でしたよね」

「そうなんだよ、同じ用件で他の国にも回らなきゃいけないんだ」


 世話役の二人がいないことで完全に砕けてはいないが、いくらか気楽に言葉を交わす。


「また今度畑を弄らせてよ」

「はい、お待ちしてます」


 その後、会談が開かれる。シノンも同席してはいたが政務に係わらないので発言権などあるはずもなく、また彼自身もほとんど話しを聞いていなかったので、夕飯のことを考えている間に会談は終わっていた。

 まあ、ソディマーク王国の要望を伝えるだけなので、短時間で終わったというのもあるが。




 そして、アイリたちは多少慌ただしいが、次の国へ向かうため飛竜に乗り込み出発するのだった。もちろんその途中で来る時以上の魔物に襲われたのは言うまでも無い。それを返り討ちにしていることも。


 アイリは大国の序列一位なので、自分から立候補するくらい暇だろうが、もっと下位はいろいろと使い走りや魔物との戦いに駆り出されているだろう。シノンは深く頷いた。


「いやー、俺引きこもり国の序列で良かったわぁ」

「……なんかすっごく貶されてる気がするんですけど」


 早く家に帰って仕事後の一杯を飲むことを考えながら、シノンは笑いながら階段を下りていく。当然、そのお酒は城のキッチンから高い奴を譲り受けるつもりである。






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