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01 彼の日常


 個で誰が強いのか。それを各国で分かりやすく順位付けしたものが『序列』である。


 百年ほど昔、大きな戦争があった。戦火は世界中に広がり、人類は数を激減させていたのだ。

 そしてどこも勝利のない戦争が終わった頃、ヒトという種族を残そうとしたのか、今まででは有り得ないほど強靭な人間が極稀に生まれ、十数年ほど前からそれが顕著に出始めていた。


 各国は彼らを優先的に保護し、強い順に十位まで並べられることにしたのだ。

 そして、意見の対立する国同士は同じ位の序列を競わせる。しかし、勝者が得られるのは即決の決定権ではなく、国際会議の投票において優位に立てるだけのものでしかない。とは言え、余程多国を敵に回さない限り、勝者の意見が通るのが慣例となっていた。


 もちろん、国力の差によって序列が十人集まらない国や、過去に同列の戦いで負けていた場合などは、相手より上位者を競わせることも可能となるが、それは国の人材不足などの恥を他国に晒す行為でもあった。




 ◇◇◇




 そこそこ大きめな部屋。床には服や剣、防具などが無造作に投げ捨てられて散らかっており、外に通じる窓を隠すように掛かるカーテンからは、朝の光が薄っすらと透けてきている。

 そんな朝の澄んだ空気と静寂を破るように、軽めのノックする音が部屋の外から届けられた。


「おはようございます、お目覚めですか?」

「ぉ~」


 部屋の主はベッドで毛布をかぶったまま返事を返す。

 だが、声を掛けた女性は毎度のことなのか、もう一度ノックを繰り返して断りを入れると部屋の中に入ってきた。そして、未だベッドから出ずにいる主を見た後、床に散らばった服を手に取り先ずは窓際へと向かう。


「ほら、もう朝ですよ」


 そしてカーテンを開ければ、日差しが部屋に差し込み女性を照らし出す。

 腰まで届く長い髪はクリーム色で軽くウェーブが掛かり、大きくパッチリと開いた目にある栗色の瞳は外の景色に向けられていた。服は黒いワンピースに白いエプロンを組み合わせたエプロンドレス、綺麗で美人というよりも朗らかで優しそうな柔らかい印象を受ける。


 彼女の名前はモニカ・ベルース。この家の主に仕えているメイドで、十代後半の少女ながら落ち着いた雰囲気から、もっと年上の貴婦人かと思わせるほどだ。

 その主人はというと、この部屋で未だ眠りに就いている人物。


 モニカはもう一言二言声を掛けてから、主人を起こす為に身体を軽く揺らす。


「うぐぐ、頭が痛い……きっと重い病気なんだ。今日は寝て過ごす」

「ただの二日酔いです。水を飲めば少しは楽になりますよ」

「うぅ、お前にゃ迷惑を掛けるねぇモニカ……」


 漸くベッドから身体を起こしたのは、ボサボサな黒髪短髪に黒い瞳を持つ三十前後の男性。寝起きだという事を差し引いても、美男子ということは無さそうだ。


「おはようございますシノン様。お水はキッチンに置いてありますから、顔を洗ってお越し下さい」

「……」


 そう言って脱ぎ散らかった服と酒瓶を拾ってモニカは部屋から出て行く。後に残されたのは水をくれるものと思い、両手を差し出したまま固まっている男、シノン・アクト。一応、この家の主人である。




 欠伸を噛み潰しながらキッチンに現れたシノンは、コップに入った水を一気に飲み干し、そこから扉もなく繋がっているダイニングへと向かう。

 メイドがいるとは言っても、この家は巨大なお屋敷という訳ではない。地下室があることを除けば、この国の一般的な民家と同じ大きさで、住人もシノンとモニカの二人だけだった。


「先に食べてても良いんだけどなぁ」


 ダイニングにあるテーブルには、モニカの用意した朝食が並べられていた。

 主人と従者という関係の二人だが、食卓には二人分の朝食が用意されていて、既にモニカは席に座っている。シノンが一人で飯を食うのはつまらないと、彼女が働き始めて直ぐに一緒に食べるようになったのだ。


「今日は何か予定あったっけ?」

「いえ、特にはありませんね」


 そして、朝食を取りながら今日一日の予定を聞く。

 しかし、シノンにはほとんど依頼もなく、基本的に何も無い日の方が多かった。ただ、その数少ない依頼は面倒ごとが多いので、彼曰く「今この瞬間の平穏を謳歌している」らしい。もちろん、彼の知り合いは誰一人としてその言葉を鵜呑みにはしていないが。


「なら今日も家でぐーたらしますか」


 気の抜けたアクビをかみ殺しながら、千切ったパンを口に放ってスープを啜る。そんな普段通りのシノンから視線を外し、モニカは大きな窓から外を見詰めた。


「今日はお天気もよろしいですし、どこかお出かけになられたらどうです?」

「や、面倒くさい」


 ポカポカ陽気で絶好の散歩日和だったが、シノンは即座に否定するのだった。そして、疲労に潰れてしまったかのように机に突っ伏す。


「それに昨日はめっちゃ大変だったし」

「昨夜、急にドラゴンが食べたいと狩りに出かけましたからね。私も捌いたお肉で夜食を作ってくれと言われまして……」


 呆れたようにモニカがため息をこぼすが、その言葉に不満を持ったのかシノンは勢い良く上半身を起こす。


「いや、モニカが起きてるかどうか確認したし、夜食作ってくれるかも確認したでしょ」

「それはそうですけど……あの時間にドラゴンを獲ってくる何て考えませんよ。普通は何か軽いものだと考えます」


 シノンが身体的疲労だとするのなら、モニカが味わったのは精神的疲労だろう。

 ドラゴンは強く凶暴でその肉には魔力が宿るとされ、高級食材として高値で取引されている。もちろん、モニカは前にもシノンの狩ったドラゴンを何度か調理済みだが、それでも気合を入れる必要があったのだ。


「それに、モニカだって一緒に食べただろ」


 時間帯的な問題もあって少しではあるが、モニカもシノンの夜食とお酒に付き合ったのだ。その事を持ち出されると何も言い返せなくなる。

 勝ち誇るようなシノンの笑みに、一つため息を零してモニカは食事を続けるのだった。


「まあ、面倒な仕事でも来ない限り、俺らは大体暇なんだからさ」

「……そうですね、予定も無いのでお好きにすればよろしいかと。ただ、今日はシノン様のお部屋を掃除しますから、横になるのでしたら別の部屋でお願いします」


 掃除だけでなく家事全般はモニカ任せなので、シノンも感謝こそすれごねる理由は無い。


 朝食を食べ終えたシノンは掃除するモニカの邪魔にならないよう、寝室ではなく別の場所で横になる為に家の中を歩き回る。

 この家は地下一階、二階建ての一軒家である。ただ、場所は丘の上で周辺に民家は無く、二階のバルコニーから見下ろせば、少し離れた場所に城や城下町が見える。一時間もあれば街まで歩いて行ける距離だろう。帰りは倍以上かかりそうだが。


「ここで横になるのもいいなー」


 バルコニーにあるチェアに腰掛け背中を預ける。ここは木造で木の温もりを感じられる場所で、部屋によっては石造りのヒンヤリとしているところもある。今日はポカポカ陽気の下で横になると決めたようだ。


 遠く街を眺めていたシノンは、ふと庭に人の気配を感じ視線を落とす。


「~~♪」


 そこに居たのは、鼻歌を歌いながら洗濯物や布団などを干しているモニカだった。

 彼女は住み込みで働いているのだが、十代後半という花盛りの女性がそこまで大きくもない家な上に、人里から少し離れた場所で見知らぬ男性と一緒に暮らすのはどうかと考えていた。


 しかし、彼女自身そこまで気にしている様子もなく、毎日通うのが大変な立地条件やぐうたらなシノンの性格もあって、今では住み込みで働いてくれることに感謝していた。そしてシノンは、モニカの鼻歌を子守唄にして静かに眠りに就くのだった。



 ◇



 そのまま浅い眠りで起きたり寝たりを繰り返していたシノンは、昼食をその場で取って確りと目覚めたのは、もう日の暮れる夕方ごろだった。

 起き掛けに触れた腹にタオルケットが掛けられていて、そんなことをする人物は一人しか思い当たらない。シノンは感謝しながらそれを持って目的の人物を探す。


「おはよ~モニカ~」

「もう夕方ですよ。ぐーたらと言うにしても、眠り過ぎじゃありませんか?」


 呆れたようにため息を零しながら受け取ったタオルケットを畳むモニカだが、言われた当の本人であるシノンはそれほど気にした様子は見られない。


「まぁ、たまにはこんな日があっても良いと思うんだ、うん」

「たまにはですね」


 再びため息を零しそうになるが、それよりも早くシノンが話題を変えた。嫌な空気になりそうなので焦ったのではなく、全く気にした様子を見せずに淡々としたもの。彼らにとってはこのやり取りも普段通りなのだろう。


「そんな事より、今日の夕飯は何?」

「昨日のお肉が余ってますので、シチューにでもしようかと」

「おっ、いいねー」


 二人はダイニングへと向かう。気が向けばシノンも家事を手伝い、身の回りの世話をモニカが行う。国から回された任務をこなし、何も無ければ好き勝手に生活をする。それがメイミレア王国序列一位、シノン・アクトの日常である。






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