スケートリンクのふたり 中篇
スケートリンクのふたり ―――見守る氷上 中篇―――
「・・・遅いな・・・」
昨日のあの後から、玲からの連絡が全くない。今日もバイトだからいつも通り、最寄り駅まで玲を迎えに行く。夏の日が長い間はホテルの最寄り駅だけど、冬場の今は夕方でも真っ暗になってしまうから、高校の最寄り駅。
それにしたって遅い。玲は俺が起こしてやらなきゃなかなか起きないところはあるけど、遅刻なんかしない。遅れるなら必ず連絡をくれる。そろそろ行かないと、バイトに遅刻するっていうのに。
「あ、ねえ」
俺は見知った顔を見かけて声をかけた。いつも玲と一緒にいる・・・ゆずはちゃんだ。向こうも俺に気づいて首を傾げた。
「三井先輩?・・・玲なら、もうとっくにバイト行くって・・・」
彼女に言われて、俺は電車に乗ってラウンジに急いだ。
「お、三井くん珍しい、5分遅刻だよ」
「すみません!あ、れ・・・神崎きてますか?」
「とっくにきてるけど・・・喧嘩でもした?」
玲に会う前にマスターにつかまり、マスターが思いっきり声を落として訊いてきた。
「どうしてですか?」
「いや、今日、珍しくひとりできたらから『三井くんは?』ってきいたら『そんな人知りません』っていうから・・・まあ、若いから喧嘩もいいけどね。あんな可愛い彼女めったにいないんだから、大事にしないと」
マスター、完全に俺たちの仲について勘違いしてますよね?それと、言わせてもらえるなら、俺なりにずっと大事にしてきてるつもりなんですけど。
「ま、三井くんも相当男前だから、お互い様か」
はははっ!
なんて豪快に笑い飛ばして、マスターはカウンターの奥に下がってしまった。ふと見れば、玲は注文を取りに行っている。
「注文は?」
戻ってきた玲が俺に注文を言って、俺がドリンクの用意をしている間に玲がデザートの準備をするのがいつもの流れだ。でも、今日はどうやら違うらしい。
「・・・・・・」
「玲、仕事中なんだから・・・」
俺を無視する玲の肩に手をかければ、昨日の夜同様にきっと睨まれる。
「ひとりでやるからいい」
「俺の仕事だろ」
負けずに言えば玲は黙ってミルクティー、カフェオレと書かれたメモをよこす。あくまで話さないつもりだな。
そんな意地の張り合いのままバイトも終わり、ロッカーで着替えて従業員通用口で玲を待っていると、藤堂さんが驚いたように俺に声をかけてきた。
「ちょっと、三井くん!早く追いかけないと!」
「え?」
「玲ちゃん、制服の上にコート羽織って先に出てったよ!」
「は?」
俺はお礼もそこそこに駅まで全速力で走る。俺の着替えなんてものの5分だ。駅につくまでに確実に追いつける。
「玲!」
駅のホームに滑り込んできた電車に乗り込む玲の肩を掴み、ホームに引き止めた。
「いい加減にしろよ!バイトの第一条件を忘れた?」
柄にもなく声を荒げた俺を見上げた玲が泣きそうだったから、さすがに驚いた。
「もう、辞めるもん」
「は?」
「バイト、もう辞める」
「なんだよ、急に・・・」
「一緒にいたら、宗ちゃんの彼女に誤解されるから。だからもういいよ。一緒にいてくれなくて大丈夫」
ああ、俺は自分で自分の首を絞めた。しかも、窒息寸前ときてる。
「玲、落ち着いて聞いてよ」
玲の小さな両肩に手を置いて屈んで玲と視線を合わせる。
「昨日のは冗談だよ。彼女なんていないし、赤レンガ倉庫のスケートだって、玲がそんなに行きたいんなら一緒に行くよ・・・俺でよければ」
俺を見上げていた玲が瞳を大きく見開いた。
「ほんと・・・?」
「冗談ひとつ通じないなんて、玲も困ったな・・・」
頭にポンと手を置けば、玲の手袋をはめた手がその俺の手首を掴む。
「ほんとに彼女いない?スケート一緒に行ってくれる?」
大きな瞳をきらきらさせて、いつもの玲に戻った。
「いないし、行くよ」
「わぁい!」
掴んだ俺の手をぶんぶん振ってる、
「じゃあ、明日!」
明日は学校はあるけどバイトはない。玲は明日からテスト期間で午前授業。
「テスト勉強があるだろ?」
「テスト終わるまでなんて待てないもん」
「赤点とっても知らないぞ」
「赤点なんかとらないよ」
その自信はどっからくるんだ?
「だって、わかんないとこは宗ちゃんに教えてもらうから大丈夫」
振り向いて俺に向けられた笑顔に、俺は完全にやられた。
明日に続く・・・