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成人式のふたり

   成人式のふたり   ―――見守る大人への一歩―――


 何も進まないままこんな歳になったのがもどかしいよ。


「宗ちゃーん、支度できたー?」

 スーツを着込んで部屋を出ると、階下から玲が叫ぶ声が聞こえる。

「今降りるよ」

 忘れ物がないか・・・って、財布とiPhoneくらいがあれば問題ない。

「本当に大丈夫なのか?」

 車の鍵を手に得意げに笑っている玲が、俺はものすっごく心配だ。玲が心配、というよりも、玲の運転が心配、というか、玲の運転で市民会館まで送られなければならないわが身が心配。

「大丈夫大丈夫」

 今日は成人式。もちろん、俺の。

「っていうかやっぱり、電車でいくよ」

「遠慮しないで」

 遠慮じゃないよ、怖いだけ。あの年末の藤堂家お泊り会の日に見たホラー映画より今日のこの実体験のほうが俺にはよほど怖い。

「玄関で家族写真撮るってお兄ちゃん待ち構えてるから!」

 とりあえず両親と俺と玲とで家の外に出る。

「はい、いきまーす」

 全員がカメラ目線どころか俺なんか後姿のままシャッターが切られた。

「宗、寒いんだから一発で決めてくれよ」

「シャッター切るの早すぎですよ。まだ玲なんか靴履いてないのに」

「玲はいいんだよ、写んなくて」

 というわけで、仕切り直しでいつ振りだかわからない家族写真(両親と俺だけ)をとってもらって、玲のお父さんお母さんにスーツ姿をひとしきり褒められて、不安満載な中、玲の運転でいざ出発。

「てるてる坊主作ったのに、なんか曇ってるね」

「うん、天気どうでもいいからしっかり前見て」

「帰りもお迎えに行くね」

「いや、来なくていい」

 家から市民会館なんて、チャリでもいけるはずなのに、今日はいやに長い気がする。免許はとったが、いつも俺かお兄さんが運転しているために玲が運転のチャンスに恵まれることはなく、今日、玲は教習所を卒業以来初の公道。

「っていうか宗ちゃんもお兄ちゃんもどうして後ろ乗ってるの?」

「「助手席なんか、死にそうだから」」

 記憶のある限り、多分初めて俺とお兄さんの意見が一致した。そう、俺を送って帰るだけだと、帰りの運転が一人になってしまうためにお兄さんが乗っている。じゃあ、どうしてお兄さんが運転しないのか?もちろん、玲に数日前、『当日は私に運転させて!』と、すっごく可愛く駄々をこねられたからだ。正直俺は断りたかった。2年前の俺なら確実に断ってた。高校生から大学生になり、あのホテルのラウンジで大人に囲まれながらバイトをつづけている俺は、自分が思うより、案外成長しているらしかった。

「着いたよ」

「ありがとう」

「じゃあ、帰りはメールしてね」

 帰りに玲にお迎えを頼む気はないから、取り敢えず返事はしないで車から降りる。混み合う振袖とスーツの中で、約束もしていない友人を見つけるのは少し骨が折れそうだ・・・。

「三井―!」

 いや、俺のこの身長のおかげでそうでもなかった。

「見たぜ見たぜ、ついにそういうことになったのか?」

 駆け寄ってきた小橋は別に懐かしくもなんともない。大学も同じだから部活で昨日会ったばかりだ。

 俺と小橋は市内の中でも家が両極端だから、中学時代は知らないけど、高校で同じ部活になって知り合った。人懐っこい小橋は俺の冷たいあしらいにもめげず、今日までいいチームメイトでいてくれている。

「なにを見たの?そういうことって?」

「女の子に運転してもらってくるとはー!この色男がっ!」

「さっきの玲だよ」

「わーってるよ!だから・・・」

 小橋が何か言いかけたのを、遠くから俺を目印に来たらしいかつてのチームメイトが囲む。

「三井、小橋、久しぶり」

「久しぶり」

「おう」

 高校時代のメンバーが集まると、あっという間に部活気分。思い出話なんかしていたら、あっという間に時間が経ってしまう。

「三井、夜くる?」

「ああ、一応行くつもり」

 高校時代の同窓会のような催しが居酒屋で開かれることになっている。中学時代のほうからもメールが回ってきたけど、それほど親しい友達もいないし、高校時代のほうは幹事が部活仲間だったから、俺はそっちに顔を出すことにしていた。

「じゃあ、三井。また夜な」

「うん、またな」

 ようやく会場がお開きになって、俺は小橋と最寄り駅まで歩き、そこからさらに自宅まで歩いて帰宅した。


「なんでメールくれなかったの?」

 家の玄関を開けると、玲がぷんぷん怒っていた。

「帰りは小橋と一緒だったから」

「だったら小橋先輩も駅まで送ってあげられたのに!」

「俺ひとりならともかく、小橋の命まで無責任に乗せられないよ」

「どういう意味よ?」

「そのままの意味」

 とりあえずは堅苦しいスーツから解放されるべく、俺は部屋に戻って部屋着に着替えた。

「宗ちゃん、夜ご飯いらないの?」

「うん、高校の同窓会みたいのが駅前であるから、行くつもり」

「ふーん」

 玲は俺が家にいようといまいと関係なく我が家に出入りしている。藤堂さんの言う通り、なんか、ほとんど家族状態だ。


「じゃあ、行ってきます」

 玲が『クッキー焼く』とか、正月太りも解消されてないままさらに太ろうとしているみたいで家に帰った後、俺はなぜか明後日に迫った課題を少しこなして、夕方に家を出た。

「お、きたきた!」

 当時のクラスごとに駅前の3か所に集合して会費を払い、出席を取られる。

「はい、出席番号は?」

「え?32番かな?」

 高校3年のときのクラスで、俺は出席番号が一番後ろだった。

「三井、やばいぞ」

「何が?」

「おまえ、ちゃんと別れた?」

「は?」

 クラスの感じの山木に言われてふと見れば、二つの小さいグループの女の子が嫌な感じでお互い睨みあっていた。

「なに、あれ?」

「『なに、あれ?』じゃねーよ、おまえが撒いた種だろーが」

「は?」

 よく見れば、片方のグループには去年の夏に水族館で偶然の再会をした高校2年時の元カノ・滝田愛也(たきたあや。もう片方は滝田の後に付き合っていた部活のマネージャーでこれまた元カノ・佐伯和海さえきほずみ。佐伯はともかく、滝田はいわゆる男から好かれそうな自信のある女。そして、誰とでも、それこそ男女ともに分け隔てなく接する明るいムードメーカータイプの佐伯と、男子から絶大な支持を得て、一部の女子からはやっかまれ、俺と付き合ったおかげでそれはさらに悪化した(らしい)滝田は仲が悪い・・・というか、滝田が一方的に自分の後釜に収まった佐伯を嫌っている。

「さ、三井。二時間地獄だぞ。お前はな」

「脅すなよ。ちゃんと終わってるんだから」

 なんて笑いながらくじ引きで決められた俺の席は、明らかに誰か(小橋か山木)の陰謀としか思えない席だった。

「・・・久しぶり、三井」

「元気だった?宗一郎」

 ありえない。俺の席は佐伯と滝田の間だった。

「久しぶりだね。ふたりとも元気そうで何より。ところで滝田、俺の名前呼ぶのやめてくれない?もう付き合ってないんだから」

 付き合っていた頃は俺も滝田を一応は名前で呼んでいた。そうしてほしいといわれ、しぶしぶそうしていた、というのが実情だったけれど。佐伯のほうは付き合う前も付き合っている間も別れてからもお互い苗字呼びだから、何の違和感もない。ちなみに、いつか藤堂さんに話したストーカーな元カノは滝田のほうだ。佐伯はどちらかといえば、運動部らしいさっぱりした性格で、付き合うのも別れるのもあまり苦ではなかった。

「・・・そうね」

 思いきり眉をしかめた滝田を見てみぬふりをした。

 この長ったらしい名前のおかげで、男女問わず苗字呼びされていた俺の名前を呼ぶのは、ある種彼女の特権だったらしい。

「ねえ三井、何飲む?」

「烏龍茶」

 瓶ビールが各テーブルに置いてあるから、ビールだといえば、どちらが俺に注ぐかでまた面倒だ。

「三井、お酒飲めないの?」

「別にそういうわけじゃないよ」

 お酒が飲めるようになってから気づいたことだけど、俺はとんでもなくザルだったらしい。割と飲んでも酔った感じはなく、日本酒もなんか水じゃない?っていうくらいのときもある。

「じゃあ、ビール注いであげるから」

 何もかも自分の思い通り。そうでなければ気が済まない。この滝田の性格が、俺は我慢ならなかった。

「本人が烏龍茶がいいって言ってるんだから、無理に飲ませなくていいじゃない」

 店員から烏龍茶を受け取った佐伯が俺のそばに置く。

「宗・・・三井、飲めるんだから飲みなさいよ」

「いや・・・」

 断れば断るで、滝田は気が済まないだろう。一方の佐伯は、俺がいまだにバレーを続けていると知っているから、昔のマネージャーの延長で、無理に飲ませる気はないらしい。

「・・・三井、席、代わってくれない?」

 何と答えるかに迷った俺の肩に置かれた手の持ち主は、同じ大学構内で姿こそよく見かけるけど、話をするのは久しぶりだった。

「瀧・・・」

「俺に借りがあるでしょ?俺、和海の隣に座りたいんだけど」

 高校の入学式の日、教室で割り振られた俺の席は最前列だった。その当時からこの身長はあまり変わっていなくて、つまりは、最前列に座るにはでかすぎる俺を見て困った担任と俺の声かけに、応じてただ一人、席の交換を申し出てくれたのが瀧だった。

「あ、うん・・・」

 そして俺は、瀧が苦手。バレー部でも3年間チームメイトだった。決して嫌いではない。苦手なのだ。いつだって凛として、下心なんか持ってるんだろうか?と思えるその綺麗さが苦手だった。

「ごめんね。ほら、和海、俺、白ワイン」

「あ、え、うん」

 そう、俺が瀧を苦手なのはきっと、瀧と佐伯が仲がいいからだ。ものすごく。ふたりは同じ中学の出身で、中学時代から選手とマネージャー。付き合ってこそいなかったけど、家が近いらしく、行きも帰りも常に一緒。そんな佐伯に告白されて付き合った俺が、わずか半年で佐伯を振ったことを、瀧は怒っているのだ。

「俺の席、あの壁側だから」

 言外にあっちに行けと、瀧から言われ、俺は示された席に座った。


「瀧に救われたな」

 壁側に避難したまま1時間。滝田のほうだけは一時俺の隣に陣取りはしたが、さすがは校内ナンバーワンの人気を誇っていただけあって、あちこちから呼ばれみんなの席を巡回している。

「・・・俺さ、高校んときから思ってたんだけど、瀧って、佐伯のことが好きなんじゃね?」

 スクリュードライバーを意味なくかき混ぜながら、小橋が言う。

「・・・かもね」

「瀧さ、あんだけモテんのに、同学年と付き合ったことねーんだよ。知ってた?」

 他人に興味のないこの俺が、情報屋で有名だった小橋より、校内のゴシップネタを知っているなんてことは、まずない。

「いっつも年上・・・ま、姉貴3人いる女系家族だって言うし、歳上にモテそうなタイプだもんな」

 最初と変わらず佐伯の隣に座り、どうやら酔いつぶれそうな佐伯の手からビールを取り上げている瀧を眺める。瀧は辛辣な毒舌の持ち主ではあるけれど、基本的には女の子に優しい。でも、俺の見立てでは、瀧が特別扱いしているのは佐伯一人だけ。瀧にとっての佐伯は、俺にとっての玲なのかもしれない。だとしたら・・・。


「2次会いく?」

「どうしようかな・・・」

 2次会はカラオケだというし、話したい相手とはひととおり話したし、小橋に声をかけられた俺は腕時計に目を落とした。

「お、瀧は?」

 最後に店から出てきた瀧は、部活時代もそうだったが、今日も会計担当だったようだ。

「この状態でいけると思う?」

 ちょっと一歩間違えば色っぽく見えそうな上品な顔で笑う瀧の腕には、寝息を立てている佐伯がいた。

「マジか・・・」

「じゃあ小橋、これ、1次会のおつり。俺と和海はここで抜けるね。楽しかったよ、ありがとう」

 今にも崩れ落ちそうな佐伯を片腕に抱いて、瀧はにこりと微笑んだ。

「三井は・・・?」

「俺も、帰るよ」

 佐伯のバックを肩にかけ、立っていられなくなった佐伯を背負い、ちょっと離れた駅を目指して歩きだした瀧の後を追った。

「・・・瀧!」

「?」

 佐伯を背負ったままくるんと振り返った瀧は、俺を見て、その切れ長の瞳をはっと大きくした。

「三井?2次会は?」

「俺も帰る。駅まで、背負うよ」

 俺と瀧では最寄り駅が違う。そもそも電車は反対だから、駅までしか一緒じゃない。

「そう?じゃあ、お願いしようかな。言っとくけど、和海、結構重いよ」

 フェミニストの瀧からは考えられないことを言いながら、瀧は俺に佐伯を背負わせた。

「家まではどうするの?」

 佐伯と付き合っていたころ、何度か彼女を家まで送ったことがあるけど、駅から割と離れた閑静な住宅街だった。そして確か、瀧の家はもう少し先の、武家屋敷みたいな日本家屋だと、彼女からきいたことがあった。

「迎えに来てもらうから平気。ちょっと、電話かけるね」

 言いながら、瀧は横で電話をかけ始めた。

「あ、さくらちゃん?うん、今終わって帰るとこなんだけど、和海、酔いつぶれちゃって、それもお願い。いつもの部屋でいいよ。うん、ありがとう。じゃあ、よろしくね」

 電話を切って、瀧は佐伯のカバンから定期を探す。

「さっきの・・・」

「え?あ、姉。夜遅い時はお互い迎えに行きあってるんだ。ていっても、俺が迎えに行くほうが多いけどね」

 話している間に、駅が近づいてくる。駅前のイルミネーションとネオンが、暗がりを歩いてきた俺にはいやに眩しかった。

「瀧・・・悪かったよ」

 駅の喧騒の中に飲み込まれる前に、俺は立ち止まった。

「・・・俺、ずっと三井のことが許せなくて嫌いだったんだ」

「はっきり言うな」

「嘘ついてもしょうがないじゃない?でも、もう許すよ」

 許してほしいというつもりはなかった。俺が佐伯にしたことは、瀧が佐伯を好きであればあるほど、ひどいことだったと知っているから。

「三井の苦しさが、ちょっとわかり始めてきたからね。三井、あの時の三井の勘は、やっぱり正しかったかも」

 そういっただけで瀧は、すたすたと前を歩いていってしまう。

 あの時の俺の勘・・・俺と佐伯が別れた翌日に、ふたりきりの部室で瀧に責められたときだ。俺はその時、初めて玲のことを他人に話した。そして俺は、瀧にとっての佐伯が俺にとっての玲だといった。瀧は即座に否定したけれど、あれから2年ばかりが過ぎて、それを認めるに至る何かがあったのだろうか?

「ホームまでありがとう。じゃあ、三井も気を付けて」

「うん、瀧も」

 瀧が乗る方のホームまで佐伯を背負って、ホームで瀧に引き渡す。

 ふたりが無事に電車に乗ったのを見送ってから、俺は反対側のホームから電車に乗った。久しぶりにiPhoneを開くと、玲から連絡が来ていた。


―――宗ちゃんいつ帰ってくるの?―――


 きっとこれに返信したら、玲は駅まで車で迎えに来る気なのだろう。そんなの怖すぎる。家から駅まで車で5分だけど、俺の心臓が持たないだろう。なので俺は、このLINEは既読すらつけないでおくことにした。

 駅からの徒歩20分。俺は相変わらず凛とした瀧の姿を思いだしていた。そして俺は瀧にLINEを送った。


―――俺が先に結婚して、瀧と佐伯に受付を頼むから―――


 数分後、ちょうど自宅の前で瀧から返事が来た。


―――どうぞお好きに―――




 早く玲も二十歳になって、大学なんて、さっさと卒業したらいいのに。




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