お泊り会のふたり
お泊り会のふたり ―――見守る、危険な夜⁈―――
玲、その言葉、しっかり聞いたからね?
「藤堂さん、お先に失礼しますね」
午後19時。いつもより断然早いバイトの上り時間。それはひとえに、マスターのおかげ、というか、マスターに気に入られている玲のおかげ、というか、マスターを一目でファンにした美人な結衣さんのおかげ、かもしれない。
「うん!今夜はよろしくね。くれぐれも結衣ちゃんに手出さないでね?」
「留守は任されますけど、あとのセリフが聞き捨てなりませんね」
「いや、ほら、三井くんいい男だから」
「興味ないですよ、人妻なんか」
「っていうか、玲ちゃん意外に興味ないんでしょ?」
「わかってるなら聞く必要ないですよね?」
もはや俺の玲への恋心という名の恐ろしいほどの独占欲は藤堂さんに半分ばかりばれているので、いまさらの小細工はなしで。
「では、お先に失礼しまーす」
あのラウンジには俺と玲とマスターしか基本いなくて、そのほかの時間帯はホテルの従業員(里佳さんとか藤堂さん、時々主任)交代で回している。今日は、マスターの一人店番。
「こんばんは、三井ですけど」
玲からメールで送られてきた食後用のアイスと、マスターに持たされたケーキとともに、藤堂夫妻の新居を訪ねた。
「宗ちゃんおかえりっ」
玲が俺に抱き付きそうな勢いで玄関を開けて、実際抱き付かれた。
「・・・・・・」
「おかえりっ」
「お邪魔しまーす」
抱き付いている玲を引きずりながら玄関にあがると、結衣さんがスリッパを出してくれた。
「いらっしゃい。ごめんね、彰に無理言われたんでしょ?」
「いえ、今、藤堂さんに借りを返済中なもので」
俺はいいながら、アイスとケーキを結衣さんに渡す。ふたりはどうやら料理中だったらしく、食欲をそそるいい匂いが漂っている。
「玲、いつまで俺にくっついてるの?」
「宗ちゃん・・・待ってたの」
なにを?と聞くより先に、玲にキッチンへ連行された。
「こねるのって、すごい力いるんだね」
キッチンを埋め尽くしていたのは見慣れた光景。ひき肉、キャベツ、ニラ、おろし生姜、キムチ、大葉・・・。
「最初から俺を当てにしてたね?」
「ううん、そんなことない」
俺は洗面所を借りて手を洗い、結衣さんのエプロン(ピンクのフリルとか、明らかに藤堂さんが選んだっぽいやつ)を借りて、みじん切りにされた餃子の具をこね始めた。餃子は玲の得意料理のひとつで、両家の誰かの誕生日によく登場する。が、得意料理とか言っても、具材をこねているのはいつも俺で、玲は一人で作れた試しなんかない。
「こんなところかな」
ダイニングテーブルで“サザエさん”を見ながら3人で皮に包む。今日は土曜なのに“サザエさん”を見ているのは、玲が家から録画したDVDを持参しているから。餃子を包むときは必ず“サザエさん”を見ながらでなければならない。何故か。
「三井くん器用ね」
手際よく包む俺に、結衣さんが感心してくれる。
「いつも手伝わされてますから」
「宗ちゃんなんでも上手なんです」
玲の餃子はまあまあ綺麗だけど、ひだの数がバラバラ。俺は絶対5回になっている。別に、意識はしてないけど、気づくといつもそうだ。
「玲ちゃんはお料理上手でいいお嫁さんになりそうね」
「んー・・・でも、私、彼氏もいたことないんですよ。お嫁さんなんて、想像できない」
玲が首を傾げている。
「あら、私は想像できるわ。とっても可愛い玲ちゃんのウエディングドレス姿を。ね、三井くん?」
「え、あ・・・」
俺をそっちのけで、ついでに“サザエさん”もそっちのけでガールズトークしていた二人の話が急に俺に振られる。
「あら、動揺しちゃった?」
「・・・結衣さん、案外意地悪なんですね」
結衣さんはフフッと笑った。そして、すべて包み終わって焼く。
「んー・・・こんくらいかな」
いつものフライパンとガスコンロじゃないからちょっと様子を見ながら焼く。ちなみに餃子だと、焼くのも俺。玲は毎回卵焼きを黒こげにしている常習犯だから、とても任せられない。
「うん!とっても美味しい!」
結衣さんが美味しそうに頬張ってくれて、俺はほっと胸をなでおろす。
「宗ちゃんが来てくれてよかった」
玲もうれしそうに頬張っていて、まずまずだな。なんて、自分の料理の腕にちょっと安心してみたり。
「ねえ、寝る前に借りてきたDVDみましょうね!」
「そうね、今日は美味しいデザートもあるし」
玲と結衣さんは昼間から二人で買い物に行って、映画を観て遊んできたはず。
「DVDって、何借りたの?」
「それは観てのお楽しみ。きっと宗ちゃん好きだよ」
「へー」
「三井くんはお風呂入ってきてね」
既に入浴済みらしい二人に後片付けを任せてお風呂を借りると、リビングは灯りを弱めたシアターモードになっていた。
「三井くん、飲み物は何にする?」
「お茶もらえますか?」
「ホット?アイス?」
俺の希望で結衣さんが烏龍茶を出してくれる。
「ケーキはどれにする?」
「あ、俺、いらないんで」
それぞれ飲み物とケーキでシアターが始まる。
「じゃあ始めるね」
夜は、案外長いらしい。
「・・・・・・」
始まった映画はホラー系だった。しかも、いわゆる日本的心霊系。夏じゃないのに、なぜこれを借りてきたのか?それはどうやら、結衣さんの趣味と、怖がりな癖に怖いもの見たさで毎度首を突っ込むれいの好奇心らしかった。
「・・・玲、それじゃ見えないでしょ」
「・・・みえるもん」
見えてない。玲は結衣さんに借りた毛布にくるんと包まって顔をすっかり覆っている。玲はものすごく怖がりだ。でも、心霊特集とかもものすごく見たがりだ。
そのおかげで夜中に来てほしいと呼び出されたこと数知れず。
そのおかげで寝る前に怖くて眠れないから家に泊まってくれと言われたこと数知れず。
そのおかげで真夜中に起こされてトイレについてきてといわれたこと数知れず。
挙句の果てに一緒に寝てほしいと理性の限界を試されたこと数知れず。
もう、無理だ!襲うよ!と真夜中に叫びそうになったこと数知れず。
「きゃぁー」
「やー!」
結衣さんと玲はなぜか床に座っていて、俺だけがソファーに座って、後ろから二人の頭越しにテレビを見ている不思議な構図。ふたりはきゃぁきゃぁ騒ぎながらもとても楽しそうに画面にくぎ付け。
俺はあまり怖いとも思わずに眺めている。こんな作られたホラーよりも、怖いものは山ほどある。
「あー、面白かった!」
映画が終わり、結末は当然ながらバッドエンドで謎が残っている感じのまま、でも、結衣さんはとっても楽しそうにしていて、玲もとりあえずは楽しそう。今はね。
「そろそろ寝よっか」
「はい」
しばらく映画の感想とか言いながら歓談して、12時近くになり、そろそろ寝ようかということになった。
「じゃあ、玲ちゃんは私と一緒に。三井くんは、客間にお布団用意したんだけど、いいかな?」
「え!いや、私、宗ちゃんと一緒にお布団敷いて寝ますよ」
いや、っていうかそれは俺的に結構無理。そして、玲、いまものっすごく俺のこと傷つけたよ?気づいてないね?今玲は明らかに“宗ちゃんのこと男として全く意識していません”発言を平然としてのけて、俺の心は毎度ながら傷を負った。
「布団はふたり分あるからいいけど、どっちがいいのかな?」
俺たちが恋人でもなんでもなくただの幼馴染だと知っている結衣さんがちょっと戸惑って俺を見る。それはたぶん、藤堂さんから聞いて俺の玲に対する気持ちを知っているからなんだろうけど、ここで判断をゆだねられても、正直答えがたい。
「だって、なんか寝室で寝るなんて、申し訳ないので」
「んー、私はあんまり気にならないんだけどな」
じゃあ・・・。
「俺、リビングで寝てもいいですか?」
「ええ?」
「なんで?」
結局誰がどこで寝るかの決着はなかなかつかない。そんな中、結衣さんのiPhoneがなる。
「あ、ごめん・・・」
結衣さんが電話にでる。
「あ、うん・・・ちょっと待って、代わるね」
そう言って俺にiPhoneは差し出された。
『どう、三井くん、異常ない?』
「っていうか、いま結衣さんの声聞いてたじゃないですか」
『そうだけど、誰も来たりしてない?』
「きてません」
『そういえば、寝る時どういう部屋割り?』
「・・・結衣さんが寝室で玲が客間で俺はリビングです」
『三井くん、なにもリビングで寝なくてもいいんじゃない?』
「・・・・・・」
『まあ、自信がないならそれでもいいかもね』
藤堂さんは本当によく俺のことが分かってるな・・・なんて思いながら、俺はiPhoneを結衣さんに返した。負けず嫌いな俺のことを。
「玲、俺も客間で寝ていい?」
「うん!」
こうして玲と布団を並べて寝ることになったわけだけど。
「ねえ、宗ちゃん・・・」
「ん?」
全然眠れない。
「こういうところに住みたいね」
「え?」
「駅からちょっと歩けて、リビングのほかに寝室と客間があって、友達とか、家族が泊りにきてくれるようなとこ」
玲はたぶん、何も考えてない。何も考えないで、いつかあの家を出るとしたら、こういうところに住みたいと、そう言っているだけ。だって、玲はものすごく鈍感だから。何も考えてないから。
「そうだね。こういうところに住もうか」
「うん!」
すごいね、玲。今のは俺からのものすごく遠回しなプロポーズだよ。それに玲は『うん!』って答えたね。じゃあ、これで将来の約束は成立。これで俺もちょっとは安心できるかな。
「ねえ、宗ちゃん」
「ん?」
「怖い・・・」
「あんな映画見るからだよ」
「ねえ、宗ちゃん」
「ん?」
「一緒のお布団で寝ていい?」
「だめ。むり」
「意地悪」
どっちが?
「もう寝るよ」
「おやすみ」
「おやすみ」
なんでも玲の望み通りのものを用意するよ。ただし、相手は絶対に俺だっていう条件でね。




