ハロウィンのふたり
ハロウィンのふたり ―――見守る、西洋儀式―――
魔法はずっと効いてるよ。俺が玲を一目見た瞬間からね。
「Trick or treat!」
「Happy Halloween!」
今夜はハロウィン。ホテルには外国人観光客が多いから、イベントも多彩。今夜はそれぞれ仮装した子供たちがラウンジを訪れている。玲も黒ずくめの魔女になって、子供たちにキャンディーを配っている。
「やあ、ウルフマン。盛況だね?」
「おかげさまで。男爵殿」
いつものタキシードで頭にオオカミの耳をつけられた俺と、にこりと微笑むたびにとがった牙をのぞかせている藤堂さんはそんな玲を眺めている。いつもは真っ白い俺と藤堂さんのブラウスは血のりがべったり。
「それにしても三井くん、案外似合うね」
「嬉しくないですね。藤堂さんこそ、藤堂スマイル☆繰り出すたびに牙のぞかせてるのはわざとですか?」
「うん。今夜これでゆいちゃんを襲う予定」
ドラキュラ男爵、ここでまたしても藤堂スマイル☆
「・・・・・・」
「え、そんなひく?三井くんだって本音いっちゃえば玲ちゃん襲いたいでしょ?狼男だし」
「そりゃあ、まあ」
なんて、話していたら、何かで頭を叩かれた。
「うっ」
「いっ」
振り向くと、魔女の箒を振りかざしてこの上なく怒った顔の田部井さん・・・じゃなくてりかさん。
「あんたたち、仕事中になんて会話してんのよ!」
「すみません」
「いや、だって、みんな玲ちゃんにしか話しかけないから暇なんですもん」
そう、俺と藤堂さんだって、ただ玲を眺めていたわけじゃない。ちゃんとジャックオランタン片手にキャンディー準備してる。けど、俺たちに『Trick or treat!』といおうという勇気ある子どもは未だ現れないから、キャンディーはひとつとして配られることがない。
「話しかけてもらえるように微笑みなさい」
言われて俺と藤堂さんはにこりと微笑んだ。
「三井くん、もうちょっと普通に微笑めない?そんな腹黒そうな笑顔じゃなくて」
「これが俺の普通の笑顔ですよ」
更ににっこり笑ってみせると、りかさんに思いきり眉をしかめられた。
「それと、やっぱり藤堂は微笑まないほうがいいわ」
「ひでぇ!」
そんな会話をしながら、ハロウィンパーティーも終わり、いい子は寝る時間。俺も藤堂さんも手元に大量のキャンディーを残して、パーティーは終わってしまった。
「いいなー、宗ちゃんも藤堂さんもそんなにキャンディー残ってるなんて」
クローズして休憩室で衣装を脱ぐ。狼男のメイクも落としてさっぱり。
「あげようか?」
「いいんですか?」
藤堂さんがキャンディーで玲を釣ろうとしてる。
「ただではあげられないよ」
キャンディーを受け取ろうとした玲からかごを取り上げて高く持ち上げる。
「えっ?」
「ほら、俺になんか言ってくれなきゃ」
「あ!Trick or treat!」
玲が言うと、藤堂さんはにっこり笑ってキャンディーをかごごと玲にあげた。
「ありがとうございます!」
玲は藤堂さんに抱き付きかけて、藤堂さんも受け止めかけて、そして俺と目が合って、やんわりと玲をよけた。俺と藤堂さんの目線で起こったことに、ちっこい玲は気づかない。
「じゃあ、帰るかな。可愛い奥さん待たせてるから」
なんて言って幸せ全開で帰っていく藤堂さんと駅で別れて、反対側の電車に乗る。
そうそう、言い忘れてたけど、藤堂さんは8月の自分の誕生日の前日に、ゆいさんと入籍してギリギリ二十代の間に結婚した。結婚式は12月の予定。
「楽しかったね」
玲はもらったキャンディーを一粒だけ舐めながら電車に乗っている。
「宗ちゃんも食べる?」
「ううん、いらない」
いつも通り駅で降りて、駅から家まで20分。
玲は俺が断った分のキャンディーもころころ舐めながらご機嫌で歩いている。玲のポケットは空っぽ。もらった大量のキャンディーはみんなで休憩中に食べられるようにって、かごごと休憩室に置いてきて、帰り道ように2粒だけポケットに入れてるのを見たから。
「玲」
家まであと10分。最も暗い山道の途中。
「なぁに?」
「Trick or treat」
「へっ?」
急にそんなことを言った俺に玲は驚いて目を白黒させている。
「キャンディー全部配り終わっちゃったんだよね?」
「う、うん」
「で、残りはふたつとも今玲が食べちゃったんだよね?」
「う、うん」
「じゃあ、いたずらだ」
「へっ?」
びっくりして俺を見上げている玲を正面から抱きしめる。ボスンっていう音を立てて玲の顔が俺の胸に埋められる。大丈夫。バイトの帰り道にいつもこの道を通ってるけど、一度も誰ともすれ違ったこともないから。
「・・・そ、宗ちゃん?」
しばらくののち、玲がもごもごと俺に呼びかける。
「なに?」
「・・・苦しい」
苦しい?息がだろ?俺は胸が苦しいよ。
「窒息する!」
玲がついに俺の胸板をトントン叩いてきたので、さすがに俺も腕を緩めた。
「はぁ・・・ほんとに苦しかったんだから!窒息して死んじゃったらどうするの?」
頬を膨らませている玲に、俺は思わず笑ってしまう。
「いたずらなんだから、これくらいの効果がないとダメだろ」
本当は玲にキスでもして口の中のキャンディーもらおうかと思ったけど、さすがにそれはやめておいた。
「んもう!意地悪なんだから!」
玲はぷんぷんしながら歩き始めたので、俺も後を追う(この山道は狭くて並んで歩くだけの幅がない)。
「じゃあ、宗ちゃんに魔法かけちゃう」
「は?」
家の前に着いて玲が俺に向き直った。
「だって、今日の私は魔女だもん。さあ、目をつぶって」
何をされるのかわからないけど、俺はとりあえず目をつぶってみた。
「じっとしててね・・・」
俺の心臓辺りに玲の掌があてられる。しばしの沈黙・・・。
「はい、おしまい」
俺はゆっくりと目を開けた。
「今の魔法の効果って何?」
「私のお願い何でも聞いちゃう魔法」
「は?」
「ということで、明日は海老名に新しくできたららぽーとに行こうね!9時半に出発だからお迎えに行くね」
「海老名まで行くの?テラスモールでよくない?」
「新しいとこにいってみたいんだもん!じゃあ、また明日ね」
「・・・・・・」
「あれ?魔法きいてるから、宗ちゃんはここで、笑顔で『玲のお願いなら何でも聞くよ』って言ってくれるはずなのに」
玲が真面目な顔をして首を傾げる。
「玲のお願いなら大概は聞くよ」
俺は棒読みで言ってあげた。
「なんか効果変わってない?」
「そう?」
「まあいいや。じゃあ、おやすみなさい、いい夢見てね!」
玲が家に入ったのを確認して、俺も家に入る。
玲の魔法にはずっと前からかかってるよ。その魔法はきっと、玲を誰よりも愛してるっていう効果。
おまけ
「藤堂、昨日のよくよけたわね」
「だって、俺と玲ちゃん見てる三井くんの目が半端なく怖かったんですもん」
「三井くんって一見穏やかそうに見えるんだけどね」
「なに言ってるんですかりかさん、三井くん人間じゃないんですよ」
「なにそれ?」
「玲ちゃんのこと愛しすぎて人間じゃなくなってるんだと思うんですよね」
「馬鹿馬鹿しい・・・ほら、さっさとチェックイン準備する!」
「はぁーい」
「返事は伸ばさない!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「はい」




