お月見のふたり
お月見のふたり ―――見守る、中秋の名月―――
綺麗だけど、今のは嘘。だって、玲は俺の・・・。
「玲、ちゃんと計りなよ」
「大体同じだよ?」
「大体じゃダメなんだよ。重ねるときに重ねづらくなるだろ?」
「むー」
神崎家のリビングで、俺と玲は向かい合わせにダイニングテーブルに座り、真っ白いお月見団子を量産している。俺はひとつひとつが同じ大きさになるように大きな塊からちぎってはその都度はかりでグラムを計って丸めているが、玲は目分量。こういうところに性格の差が出る。
「見て、宗ちゃん」
「ん?」
しばらくおとなしくなったと思えば、玲の掌には真っ白いウサギが乗っていた。
「うさちゃん」
「・・・・・・あのさ、時間押してるんだから早く団子丸めなよ」
午前中玲に押し負けて秋の七草やらススキやらを取りに出かけたせいで、月が出そうなこんな時間から団子を丸める羽目になっている。子供の頃あちこちにあったような気のするススキを見つけるのが一苦労で、俺は一瞬駅前の花屋で買おうかと思ってしまったほどだ。
「むー」
玲は名残惜しそうに団子にならなければならないウサギを眺める。
「玲、ウサギはここに取っといていいから、残り早く丸めて」
俺は玲のほうに小皿を押しやり、玲は嬉しそうにまっしろうざぎを小皿に載せた。
「ねえねえ、宗ちゃん」
「ん?」
またしばらくののち、玲が俺を呼ぶのでその掌に視線を落とせば、またウサギが出来上がっていた。
「・・・・・・玲さ、俺のこと怒らせたいの?」
玲が食べきれると頑張るせいで、俺はものすごい量の白玉粉をこねさせられた上に、丸めなければならない団子のもとがまだ半分も残っているのに、のんきにウサギなんか作っている玲に腹が立ってきた。
「ごめんなさい・・・でも」
「でも?」
いい度胸だね、玲。俺が怒ってるってわかってるのに言い訳もする気だなんて。
「ひとりじゃ寂しいと思ったから・・・」
玲はいいながら、さっきの小皿にできたてのウサギを並べた。
「はいはい。じゃあもうふたりで寂しくないからウサギはこれ以上いらないね」
言外にこれ以上ウサギを作らないようにくぎを刺して、俺は団子を丸め続けた。
「ねえ!私のも!」
「バランスが崩れるから嫌だ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ」
団子を積み上げる段階でまたもめる。玲は自分が丸めたのを積めというが、大きさに若干の差があるから嫌だ。これだときれいに仕上がらない。なんて、男のくせして若干神経質っぽい自分に嫌気がさしもするが、これは仕方がない。大体にして、玲が大雑把すぎるのだ。
「玲が作ったウサギお供えしてあげる」
小皿に乗って、萩の花を添えられたウサギを団子と一緒にお供えする。
「じゃあ、こっちは食べていいね!」
玲は嬉しそうに残りの団子の皿を抱える。
「玲、あーん」
俺は積み上げるのにひとつ余分だった団子をつまんで玲の口元に持っていった。
「あーん」
何の疑いもなく俺の指までくわえそうになりながら団子を頬張る玲。その姿がとても可愛いから、取り敢えず防衛線を張っておく。
「俺以外の人からこうして食べ物もらったらだめだよ」
特に藤堂さんとか。
「どうして?」
「毒入りかもしれないから」
「ええーっ!」
こんな時、玲が単純で助かる。
団子は何もついてなくて、中にほの甘くなる程度の砂糖を練り込んである。玲は何にもついていないこれのほうが好きなのだ。
「玲―、ビール!」
縁側で父親ふたりとお兄さんは飲み始める。
「いまいくー」
玲は団子の皿を俺に押し付けてビールを運ぶ。
「宗一郎、ちょっと手伝って・・・」
「はーい」
それぞれ家族のために働いて、夕食をつまんだり、季節の和菓子をつまんだりしながらそれぞれ十五夜を楽しむ。
「綺麗だね」
「うん。でも、玲のほうが綺麗だよ」
「え?」
「嘘だけど」
「んもう!」
玲は怒ってぷくんと頬を膨らませる。
「・・・でも、お月さまって宗ちゃんみたい」
「は?」
「お月さま見てると宗ちゃんみたいって思うの」
「なんで?」
「んー?綺麗だから」
「意味不明だよ」
「宗ちゃん、綺麗だよ」
「俺男だから、別に嬉しくないな」
玲の意味不明な感想に戸惑っていたら、隣の縁側から中身入りのビール缶が転がってきて秋の花を飾っていた花瓶が倒れた。
「あ!」
俺は縁側の下に落ちた草花やビール缶を拾う。
「大丈夫?」
「うん」
俺の心配をしつつも玲は団子を頬張っている。あ、せっかくだから。
「玲、俺にも一つ頂戴」
「食べていいよ」
「今手汚れたから、玲が食べさせて」
口を開けてみせると、玲は何のためらいもなく指でつまんだ団子を俺の口に押し付けた。
「あーん」
“あーん”とか言ってる玲が可愛いけど、口に入れられた団子は玲が目分量で丸めたもので、俺は危うく窒息しかけた。
「美味しい?」
「まあね」
月もきれいだけど、俺は太陽のほうが好き。だって、玲は俺にとっての太陽だから。




