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夏休みのふたり

   夏休みのふたり   ―――見守る、猛暑の日―――


 どんなに暑くても傍にいてよ。取り敢えず、俺から離れないで。


「三井、暑くないの?」

 昼間の暑さが残る夕刻・・・全然日は落ちてないけど。部活が終わって小橋と並んで駅までの道を歩いていたら、ふとそんなことを言われた。

「暑いよ。なんで?」

「や、なんか、三井っていっつも涼しそうな顔してるし、体温なさそう」

「なんだよ、それ。人並みに暑いよ。多分」

 “涼しそうな顔してる”は割合よく言われる。でも、多分実際涼しくない。っていうか、“体温なさそう”って、なに?俺って変温動物?小橋は高校時代からの部活仲間だから、俺に対して全く遠慮がない。

「それはそうとさ、三井、テニス部の田沢に告られただろ?」

「今、ずいぶん話とんだね」

 数日前に告白(?)されたことを思い出す。何の授業で一緒だったのか記憶にすらないけど、あの子はテニス部で”田沢”って名前だったんだな。

「で、どうなの?」

「ん?なにが?」

「しばらく彼女いないじゃん」

「うん、しばらく彼女いらない」

 って言うか、もう、”彼女”いらない。俺は残りの大学生活+1年で結婚資金をためるんだ。つまり、”彼女”はいらない。

「そうちゃーん」

 小橋とふたりでくだらない話をしながら駅にたどり着くと、玲が俺を見つけて走ってきた。

「あ、小橋先輩、お久しぶりです」

「久しぶり。玲ちゃんも涼しそうだな」

 高校時代からの友人で部活仲間でもある小橋と玲は顔見知りだ。

「暑いですよ」

 玲は全く顔に汗をかかないから、俺よりもさらに涼しそうだ。

「玲ちゃん見ただけで涼しくなった」

「それはよかったです」

 ふたりは和やかに会話しているけど、俺はもうすぐ自分の額に青筋がたちそうなのを自覚している。まあ、実際はそこまで顔に怒り現れない質だけど。

「玲、行くよ。小橋、また明日な」

 俺は玲の手首を掴んで改札までの階段を降りる。

「宗ちゃん?別にそんなに急がなくてもまだ大丈夫だよ?」

 玲が不思議そうな顔して俺を見上げる。俺は構わずホームへ滑り込んできた電車に玲の手首を掴んだまま乗り込む。やっぱり涼しそうに見えても俺も玲もちゃんと体温があって、夏だから、それはいつもよりきっと熱くて、玲の手首を握っている掌にジワリと汗をかいてきた。

「あれ?そう?」

 なんて、バイトに行くのに急いだわけじゃなくて、玲と小橋を引き離すのに急いだんだよ。

「それにしても暑いね」

 玲が暑さのあまり今日は髪の毛をあげている。

「そうだね。早めに入って休憩室で涼んでからじゃないとお客さんの前に出れないな」

 バイトとはいえ、ある程度格式のあるホテルで働いているわけだから、そこら辺はしっかりしないと。普段はすっぴんの玲のほんのりとしつつきちんと感のある化粧もそのためのものだ。

「ねえ、宗ちゃん」

「ん?」

「手が暑いよ」

「あ・・・」

 すっかり忘れてたけど、俺の手は未だに玲の手首を握りしめていた。

「ごめん」

「ううん。ちょっと暑いなって思っただけ」

 長らく俺に握りしめられていた玲の手首はほんのりと赤くなっていた。

「ねえ、宗ちゃん」

「なに?」

「今日は帰りにアイス食べてもいい?」

 ここ最近、バイトの帰りにコンビニでアイスを買って食べながら帰るのが恒例化(玲だけね。俺は食べてないから)している。

「だめだな。玲、昨日も夕飯ちゃんと食べなかったろ」

「だって、暑くて・・・」

 毎年のことながら、典型的な夏バテ。冷たいジュースやアイスは食べたがるのに、食事はほとんどしない。そして玲は夏の間に痩せていく。

「夕飯しっかり食べるって約束できないなら今日のアイスはなし」

「ええー」

「暑い時こそしっかり栄養とらないと。とにかく、暑くても何でもしっかり食事すること」

 まるで玲の父親みたいだと自分でも思うけど、玲は放っておけば子供みたいなものしか食べないから危なっかしい。

「むー」

「じゃあ、生姜焼き焼いてあげるから、うちで食べな」

 俺が言うと、玲がぱっと嬉しそうに笑う。

「ほんと?今日?」

「うん。生姜も豚肉もあったはずだから、母さんに使わないでとっとくようにメールしとく。それなら食べれるだろ?」

「うん!じゃあ、アイスも食べていいね!」

「仕方ないな・・・」

 アイスを食べられるという喜びのあまり、玲が俺の腕に抱き付く。これはいろんな意味で相当暑いけど、取り敢えず引きはがす気は俺にはない。




 どんなに暑くても傍にいて。玲がくれる暑さなら、灼熱のサバンナさえ耐えてみせるから。




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