七夕のふたり
七夕のふたり ―――見守る逢瀬の夜―――
“宗ちゃんとずうっといっしょにいられますように 玲”
玲の願い事はいつだってなんだって俺が全部叶えてあげる。ただし、俺の隣にいるって言う、条件付きでね?
「三井くん、これ」
藤堂さんが自分の背丈よりもだいぶ大きい笹を持ってラウンジにやってきたのは土曜の朝。
「ありがとうございます」
普段は夜しかバイトがないのにどうして朝からいるのかといえば、七夕の飾りつけのためだ。
「はい、藤堂さん!」
玲がカラフルな短冊の青色に金色の星のついた1枚を藤堂さんに差し出した。
「ん?ありがとう」
続いてきらきらのラメ入りの金ペンが手渡されて、藤堂さんは少し窮屈そうに子供の高さに用意されたテーブルに屈んで短冊に願い事をしたためた。
「よし!じゃあ、1番乗りで吊るしていいかな?」
「どうぞ!」
藤堂さんは自分の目線より低い人に見やすい位置に自分の短冊を吊るした。
“結衣ちゃんがいつでも世界で一番幸せでありますように 彰”
「わぁー!素敵!」
女心をくすぐるのが最高にうまい人だと思う。
「じゃあ、隣にこれ吊るしてください」
玲は黄色に銀色の星の短冊を差し出す。
「うん・・・え?」
“彰が毎日遅刻しないで楽しく過ごせますように 結衣”
「この前の結婚式のときに書いてもらっておいたんです。上条さんのもありますよ」
“里佳が毎日幸せに穏やかに過ごせますように 透”
“透が毎日楽しく健やかに過ごせますように 里佳”
「こうしてみると、結衣ちゃんの願い事ってすごく現実的だね。うん、頑張る」
藤堂さんはみんなの短冊を吊るしてフロントへ戻っていった。
「はい、宗ちゃんも」
「ありがと」
俺はとりあえず受け取った短冊は置いといて、飾りつけを先に済ませることにした。
「玲、これ、どこまで長くするの?」
玲の指示に従って折り紙で輪つなぎを作っているけど、もういい加減、結構な長さだよ。玲は俺にはよくわからない飾りを次々作成していて、俺のことなんか眼中にない。
「え?あ、そろそろかざろっか」
ラウンジのそばのスペースに飾り付けた笹を立てる。
「玲、短冊書けた?」
「うん!とっても上に飾って!」
玲が笹の下でぴょんぴょんと跳ねる。玲は毎年“上に飾って”という。織姫と彦星は空の上から見ているから、上に飾りたいというのだ。
「はいはい。ここでいい?」
とりあえず脚立まで持ってきて1番上であろう所につるした。俺のも隣に飾る。玲の短冊には俺が知る限り毎年同じことが書いてある。まあ、俺も同じことしか書いてないんだけど、今年はちょっと本気(?)出してみた。
「ねえ、宗ちゃんなんて書いたの?」
「秘密」
「ええー!」
「さて、そろそろオープンの準備しないとね」
俺はティーカップやグラスを用意するためにラウンジのカウンターに引っ込んだ。
「あーん、今日も雨なんて・・・これじゃあ逢えない・・・」
今にも雨が降り出しそうな空を見上げた玲のほうが泣いてしまうんじゃないかと心配になるほど悲しそう。
「大丈夫だよ」
「だって、雨が降ったら天の川があふれてふたりは逢えないんだよ」
「大丈夫だよ。カササギたちが橋を作って雲の上でふたりを会わせてくれるし、空が曇っているのはふたりが年に一度のとっておきのデートを誰にも見られないでこっそり楽しむためだから」
俺はいつからこんなロマンチストになったのだろう?自分で話しておいてちょっと恥ずかしくなってきた。
「そっか!じゃあ、晴れより雨のほうがいいんだね!」
でも、玲はそんな俺には気づかないで嬉しそうに笑って傘を広げた。今日もバイトに向かう。今日のバイトはいつもとはちょっと違う。
「おねーさんおりひめさま?」
「ふふふっ・・・そんな素敵なこと言ってくれてありがとう」
俺も玲も今日は浴衣姿で接客。
いつもならあまり子供のいないラウンジに泊り客の少ない子供たちが集まって玲と一緒に短冊を書いたり折り紙をしている。誰にでも優しい玲は子供たちから大人気。いつものバイト中はお客さんにデザートを運んでいる間以外は俺が独り占めしていられるその笑顔が今日はあちこちにふりまかれている。
「やあ、三井くん。玲ちゃんとられてご機嫌ななめなんだね」
俺とは対照的にいつも以上に上機嫌な藤堂さんが彼の織姫を連れてやってきた。
「幸せそうに言わないでください」
「はははっ!じゃあ、先にあがるね!」
「大丈夫よ、三井くんはハンサムだしとってもしっかり者だもの」
仕事帰りらしいきりっとしたワンピース姿のゆいさんがにっこり笑ってくれた。
「ありがとうございます」
「結衣ちゃん、俺の目の前で他の男なんか褒めると、俺の機嫌悪くなるよ?」
そんな会話をしながら、藤堂さんが先に帰っていく。
「お兄さん!」
子供に囲まれている玲をぼんやりと眺めていたら浴衣のすそを引っ張られる。
「うん?あ、吊るしてあげようか?」
小学1年生くらいの女の子が短冊を手にしていた。
「ねえ、お兄さん、あのお姉さんっておりひめさまなの?」
俺が短冊を吊るしている傍で女の子が玲を指さす。
「うーん、そうかもしれないね」
「じゃあ、今日は雨だけど、ひこぼしさまに会えたんだね!」
女の子はとってもうれしそうに笑った。
「え?」
「だって、お兄さんひこぼしさまなんでしょ?」
彼女は吊るされた自分の短冊を見て俺にお礼を言ってロビーの両親のところへ走っていった。改めて彼女の短冊を見ると・・・。
“おりひめさまとひこぼしさまがまいにちあえるようになりますように みさき”
七夕パーティーは大盛況のうちにラウンジはクローズした。笹は明日の朝に藤堂さんが撤去することになっているから今日はこのまま帰る。
「お疲れ!織姫、彦星!」
従業員通用口の前で田部井さんに出くわす。あ、田部井さんじゃなくて上条夫人だった。
「お疲れ様です」
「お先に失礼しまーす」
着替えるのが面倒だから、俺も玲も浴衣のまま帰ることにする。
「宗ちゃん寒くない?」
「俺は平気だよ。玲は?」
俺はいいつつも、寒そうな玲に昼間着ていたジャケットを羽織らせた。
「ありがと」
「どういたしまして」
ぱらぱらと傘をさすか差さないかの雨脚にいつもより急ぎ足で家路をたどる。
「ねえ、宗ちゃん。浴衣私が洗濯するから、うちで脱いでいってよ」
「あ、うん」
玲に言われて俺は神崎家へお邪魔する。
「ただいまー」
「こんばんは」
玄関先で挨拶をしてお邪魔する。今日は全員帰宅済みらしく、お兄さんが玄関を開けてくれた。
「おう、お帰り」
「お邪魔します」
玲に促されて二階の玲の部屋に連れていかれる。
「はい、着替えて」
「・・・・・・」
いや、フツーに考えてそんなの無理。っていうか、玲、部屋でてって。
「じゃあ、私お兄ちゃんの部屋で着替えてくるから」
取り敢えず玲が部屋を出ていったので俺は帯を解いてバックに詰めていたパンツ(ジーパンね)とシャツに着替える。
「そうちゃーん、開けるよー」
「あ、うん」
って、まだ上着てないんですけど。
「きゃぁぁぁー」
玲が一度ドアを開けて俺の姿を見て、速攻でバタンと閉めた。
「ごめんごめん、玲、ちょっと待ってよ」
俺はシャツのボタンを留めつつ部屋のドアを開けた。一瞬どこへ行ったのかと思えば、玲はお兄さんの部屋の前にうずくまっていた。
「玲、ごめん、そんなに驚かないでよ・・・ちょっと傷つくんだけど・・・」
玲の目の前にしゃがむけど、玲は顔をうずめたまま。
「・・・宗ちゃん、いい身体してるね・・・」
「・・・⁈」
間違いない、俺、かなり顔紅いと思う。
「玲、俺、そろそろ帰るよ?」
「うん、わかった」
玲が顔をあげて手を伸ばしたので、俺はその手を握って引っ張り上げる。
「驚かせてごめん」
「急に開けてごめんね」
玲はいつも通り俺を玄関の外まで送ってくれた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん!おやすみなさい、いい夢見てね・・・ねえ、宗ちゃんの短冊のお願い教えて」
帰りかけた俺の手を玲が掴む。
「いいけど、玲が大学を卒業したらね」
「へ?」
「じゃあ、おやすみ」
”玲と結婚して幸せに暮らせますように 宗一郎“
俺の願い事は、玲に出会った日からずっとこれなんだ。




