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父の日の3人

   父の日の3人   ―――見守る感謝の日 前篇―――


 まあ、これも、毎年続いてもいいかな・・・ただし、年1度だけね?


「宗、準備できてるか?」

「はい!あ、ダメです!ちょっと待ってください」

 朝4時。

 今日は父の日。だから、母の日同様、俺たちは精いっぱい(?)の親孝行を行う。それが、釣り。ふたりの父親は釣りが趣味だけど、俺もお兄さんも、もちろん玲も、釣りの趣味は持ち合わせていない。でも、今日だけは一緒に出掛ける。

「早くしろ!置いてくぞ」

 置いて行かれても文句は特に言いませんけど。

 なんて思いながら、俺は釣竿やらクーラーボックスやら普段全く縁のない釣り道具のその他もろもろを車に積んだ。

 それにしても、怪しい。ものっすごく天気が怪しい。降る。確実に降る・・・でも、取り敢えず出かけよう。理由は今日が父の日だから。

「宗ちゃん、はい」

 眠たそうに目をこすりながら、玲が家から出てくる。小さい頃は毎回一緒にきていたけど、中学生頃から、玲は来たり来なかったりするようになった。

「ん?」

「お弁当作ったの・・・たくさん釣ってきてね」

「ありがとう。釣果には期待しないでよ。俺、釣りは専門外なんだから」

 俺は玲からの弁当を受け取って、いざ、出発・・・が、しかし!

「なんだ、玲ちゃん来てくれないのか?」

 父さんの一言に、玲ははっと目をぱっちりと開いた。

「い、いく!10、いや、5分待ってて!すぐに準備してくるから!」

 言うや否や玲は家に戻り、5分で戻ってきた。お出かけ=ワンピースな玲の今日のスタイルはスキニージーンズにスニーカー、パーカーのアウトドアスタイル。

「さ、お待たせ!」

「・・・玲、足引っ張んじゃねーぞ」

「うん!」

 自信満々な玲が助手席に乗り込む。

「はい、行きまーす」

 なぜか今日も運転担当になる俺。この前スーパーに行ったときに運転した軽自動車と違っていまどき珍しいマニュアル車。5人も乗せて運転するのは緊張する。助手席はもちろん、玲。


「宗ちゃん、次の交差点右で・・・」

「あ・・・!」

 玲のナビに従って曲がろうとした時、ぽつぽつとフロントガラスに雨粒が落ちてきた。

「わぁー、降ってきちゃった・・・」

「どうします?」

 とは言いつつ、急に止まることもできないからとりあえず走る。

「やっぱり降ってきたかー・・・うーん、今日の釣りは中止だな・・・」

「残念だな・・・それにしても、どうしようか?」

「せっかくの父の日だから親父たちの行きたいとこ、どっかねーの?」

 後ろでは予定変更の相談が始まる。雨の日の父の日はいったいどうしていただろうか?記憶を辿ろうとしたが、運転中なのにそんなことまでできるほど運転に自信がないから、俺の思考回路はいったん中断して運転に集中する。

「宗ちゃん、そこの駐車場に停めて」

「あ、うん」

 運転に集中してしばらくたつと、玲から久しぶりのナビがある。俺は安全運転を念頭に玲の言葉通り海沿いの地下駐車場に車を停めた。

「はい、到着!」

 玲が1番にシートベルトをはずして車の外に出る。

「宗、どうしてここに停めた?」

「え?」

 後ろからお兄さんに訊かれる。俺はてっきり俺が集中している間の話し合いで目的地がここに決まったものと思って玲のナビに従ってここに駐車したが、どうも話が違うらしい。

「とりあえず降りよう。玲ちゃんが降りてしまったし」

 父さんが降りてしまう。

「あ、お父さん、ちょっと待って・・・」

 止めたのは俺ではなくてお兄さん。が、父さんが降りたのでとりあえずみんな次々に降りることにする。玲は地下からの出口でぴょんぴょんしている。

「宗ちゃん遅―い」

「うん、ごめん・・・っていうか、玲、どこ行くの?」

「ねえ、宗ちゃん、お金、いくらある?」

「釣りだから1万円くらいしか持ってきてないよ」

「お兄ちゃんは?」

「3千円」

「少なっ」

「そういう玲はいくらあんだよ?」

「お財布持ってくるの忘れちゃった」

 玲がにっこり笑った。


「大人5名様で¥10500になります」

 全部払うと残金¥1890。

「ありがと、宗ちゃん。後で返すからね」

 玲がそう言ってチケットをみんなに配る。

「水族館なんて久しぶりだな~」

「子供たちが小さい頃を思い出すねぇ」

 急な雨で釣りに行けなくなってしまった俺たちは玲の誘導によって江の島水族館へとたどり着いた。父親ふたりもまあまあ楽しんでいるけど、休日だから家族連れとカップルばかり・・・まあ、俺たちもある意味家族連れではあるけど。

「見て、お父さん!このお魚すっごい可愛い」

 薄暗い館内で、青白く光る水槽はとても魅力的だ。玲は小さいころから水族館が大好きでここへもよく来ていた。

「お、次は玲ちゃんの好きなクラゲの水槽だ」

「あの水槽の前に行くと長いからなぁ」

「小さい頃それで宗ちゃんに置いてかれて、私迷子になったんだよ」

「そんなこともあったなぁ」

「宗一郎は責任感が足りないな」

「玲がいつまでも水槽に引っ付いてるからだろう」

 玲は父親ふたりと楽しそうに見て回っていて、俺とお兄さんは遠くもないけど近くもない距離でそれぞれのペースで歩いている。なんだか、ひとりできているみたいな感じだ。まあ、玲と父さんたちが楽しめたらいいかな。

「・・・宗一郎?」

 ふと声をかけられて振り向くと、見知った顔。

 知られたくなくて先を行ってる玲を覗き見れば、もう次の展示スペースに移動したらしく、姿が見えなくなっていた。

「やっぱり!久しぶり。元気?」

「うん、まあ」

 会いたくなかったよ。悪いけど。

「デート?」

「いや・・・」

「え、まさか、ひとり?」

「そういう滝田は?」

「友達と一緒。ほら」

 彼女の示す先にはひとりの女の子。その後姿に見覚えはないから、きっと俺の知らない人なのだろう。

「そっか。じゃあ、俺、いかないと・・・」

「待って」

 踵を返そうとして、手首を掴まれた。

「いま、フリー?」

「・・・関係ないだろ?」

 今まで付き合った女の子の中で1番わがままだった。学年1可愛いと男から大人気。そんな彼女はある意味、俺のステータスだったのだと思う。でも、その束縛の強さに疲れて、付き合いはわずか半年で終わった。

「今度、久しぶりにご飯でも・・・」

 言いかけた彼女を遮ろうとした時、俺の肩に大きな手がかけられた。振り向けば、はぐれかけた俺を探して戻ってきたらしいお兄さんだった。

「宗、玲が待ってる」

「今行きます。・・・悪いけど、彼女以外の女の子と食事に行く気はないから」

 掴まれていた腕をやんわりと振りほどいて玲を追ってクラゲの水槽まで足早に向かった。

「宗ちゃんどこ行っちゃったのかと思った」

 少しご機嫌斜めになった玲がさっき彼女に掴まれたのと同じ方の手首を掴む。俺はその手をそっとほどいて、玲の掌と自分のを合わせて指を絡めてつなぎなおした。

「ごめんごめん、どうせ玲はしばらくクラゲの前から動かないと思ったから他の水槽ゆっくり見てた」

「もう今日は宗ちゃんが遅いからクラゲも見飽きちゃった」

「悪かったよ」

 ちょうど館内アナウンスが流れて、小一時間ぶりに5人そろってイルカショーの会場へ向かった。父親ふたりの隣にお兄さん、玲、俺の順で5人並んで座る。

「玲、もうちょっとそっちいけ」

「ごめん、狭かった?」

 お兄さんに押されて玲が俺の横にぴったりとくっつく。

 ふと気が付けば、ちょうど向かい側くらいにさっきの彼女が座っていた。


「楽しかったね」

 一番楽しんでいたのは結局玲だった。そして帰りも俺の運転で家路をたどる。

「ただいまー」

「あら、雨なのに遅かったわね?」

 三井家のリビングで母親ふたりが夕食の準備にいそしんでいた。

「江の島水族館行ってきたの」

「よかったわね」

 玲が今日のことを楽しそうに報告しながら夕食の準備に参加する。父親ふたりは早くもビールを開け始める。見慣れてはいるけど、とても家族っぽいこういう感じが俺はとても好きだ。

「宗ちゃんも手伝って」

 玲に言われて、俺もキッチンとリビングの往復に加わった。


「玲、先帰るぞ」

 酔っぱらったお父さんを抱えるようにしてお兄さんが玄関から出ていく。玲がふたりのプレゼントに用意した甚平は、一度手渡されはしたけど、結局玲が持って帰ることに。

「じゃあ、宗ちゃん、また明日。お邪魔しました」

「うん、おやすみ」

 俺の言葉にうなずいて帰りかけた玲は、ふと、振り返って戻ってきた。

「宗ちゃん。おやすみなさい」

 そう言って玲は俺の腰にきゅっと抱き付いて俺の胸に顔を押し付けた。

「うん、おやすみ」

 こんなことをされたらものすごくドキドキするけど、身体を離した玲はあまりにもいつも通りで、俺は結局玲の気持ちがいまいちよくわからない。

「じゃあ、明日ね」

 そう言って玲は玄関のドアを閉めた。




 ねえ、玲、一体何を思って俺を抱きしめたの?あんなことされたら、俺、かなり期待するんだけど・・・この先の展開に。




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