母の日の3人
母の日の3人 ―――見守る感謝の日―――
この先も毎年ずっと、こんなふうに過ごせるのが俺の理想。
「宗、どう思う?」
「んー・・・雨は昼から夕方の予報ですけどね」
5月の第2日曜日。
今日は母の日。三井家と神崎家にはいつからだったか忘れたけど、毎年決まった母の日の過ごし方がある。母たちふたりは朝からまるで女子高生・・・っていうのも女子大生って言うのも、もはや無理があるんだけど、それくらい楽しそうに仲良く買い物に出かける。
ふたりの父親は夕食のために母たちが出かけるよりも早くから連れ立って釣りに出かけて(釣れるという期待はしないんだけど)、残された子供たち(玲、お兄さん、俺)は家に残って家事をこなし、夕食の支度をする。
「とりあえずギリギリまで様子見でいくか」
晴れていれば三井家の庭で夕方から夜にかけてバーベキューをするが、今日はどうも天気が怪しい。今は晴れているけれど、俺のiPhoneでみる天気予報は昼から夕方まで雨。出しかけたバーベキューセットを物置にしまいなおす。玲は外でやる“星空バーベキュー”(我が家は田舎の住宅街だから街灯も少なくて庭から星がよく見える)が大好きだけど、今日はどうだろう。
「じゃあ、とりあえずあっちに戻ろう」
「はい」
屋外なら三井家、室内なら神崎家。とりあえず両家をつなぐ裏庭の木戸から神崎家へ戻る。昔は庭の垣根の隙間から出入りできていたけど、ここまで育ってしまった俺たちにはもはや無理。玲だけは今でも垣根の隙間から出入りしている。
「玲、ちょっと降るかもしれねーからぎりぎりまで様子見だ」
玲は朝から今夜のためにデザートの準備をしている。料理はなぜかいつも俺とお兄さんの担当だから、毎度毎度焼肉かバーベキューの2択になってしまうけど、玲のデザートは毎年変わる。
「うん、じゃあ、ホットプレートも出しとく?」
玲は何を作っているのかわからないほど多くの材料をキッチンに並べている。
「それは後でもいいだろ。とりあえず、買い物に行くか?」
「はい。玲は?」
夕食のためのリストを作りながらあと一歩で“惨状”になりかけているキッチンに声をかける。
「いくいく!ちょっと待ってよ!」
玲はキッチンをそのままにエプロンを投げ出してバタバタと2階へ駆け上がっていく。
「じゃあ、出発しまーす」
お兄さんも免許を持っているのに、運転するのはなぜか俺。近所の大型スーパーまで車で約10分。車の運転自体あまりしないから少々の不安を残しつつ、玲を助手席に乗せて出発。
「宗、ウィンカー早くないか?」
「そうですか?」(別にウケなくていいですからね)
「そこ右に曲がったほうが早くねーか?」
「いやー、同じでしょう」
いちいち突っ込まれつつも無事にスーパーに到着して、何とか1発でバックで駐車した。
「わぁーい」
ただ着いただけで玲は大喜び。じゃあ、もう少し運転の練習でもして車で玲と出かけようか?
「ねえ、お魚どうする?」
野菜コーナーを通り過ぎて、魚を眺めつつしばし考える。
「お父さんたち釣ってくるかな?」
「どうだろう?」
「期待できねーな」
毎回毎回張り切る割には釣果のないふたりの父親を思い浮かべて俺たちは結局魚の切り身を買うことにした。
「お兄ちゃん、アイス買ってもいい?」
「好きにしろ」
「ねえ、プリンも買っていい?」
「おう」
「ロールケーキも買っ・・・」
ロールケーキのパックを掴んだ玲の手首をお兄さんが掴んだ。
「いい加減にしろ」
「・・・ああん、そうちゃーん!」
ロールケーキを買うことを止められた玲が俺に助けを求めてくる。
「玲、キッチンでデザート作りかけのまま来たじゃないか。アイスとプリンで充分だろ?」
やんわりと宥めつつ玲の手からロールケーキのパックを取り上げて棚に戻す。俺と玲のふたりきりだったらムチのままなんだけど、お兄さんがいればお兄さんがムチで、俺がアメになる。
「うん、わかった」
「いいこ」
素直にうなずいた玲の頭をポンと撫でて、俺たちは長蛇の列のレジに並んだ。
「もうこんな時間かー」
家に帰れば15時。とりあえずそれぞれの家で洗濯物を取り込んで再び神崎家のリビングへ集合する。
「宗、テーブルちょっとずらすぞ」
「はい」
玲がキッチンを占領している間に俺たちはリビングでテーブルや椅子の配置換え。
「そう、野菜切っておけ」
「はい。玲、ちょっとよけてよ」
「今ダメなの」
「早くして、指切り落とされたい?」
「きゃぁっ!」
驚いて玲が包丁を握った俺のそばから飛びのいた。
予報は晴れに変わったのに、洗濯を取り込んだ後にわかに曇り始めた空を見て、会場は急遽神崎家のリビングへと変更された。
「ただいま」
日が落ちる前にふたりの釣り人が返ってきた。
「おかえりなさい」
「釣れた?」
玲が玄関まで出迎える。
「今日は驚け!」
玄関で披露された釣果に俺たち3人は絶句した。
「お魚、買わなくても・・・」
“買わなくてもよかったね”と言いかけた玲の口を俺は思わずふさいだ。
「さ、着替えてくる」
稀にみる、というか、初めてなのではないかと思うほどの大漁の魚をクーラーボックスごと俺たちに押し付けて、ふたりは姿を消した。魚を釣ってくるのは稀なことで、その上、捌くための腕はないときている。
「どうします?」
お兄さんを見れば、俺より5センチばかり下にあるその瞳はくいっと俺を見上げて不敵に微笑んだ。ああ、嫌な予感。
「宗、任せる」
「は?」
面倒事は基本的に俺に一任。これも昔から変わらない。
「わかりました。やってみます」
仕方ないので現代人である俺は(iPhone操作とか、実は苦手だし部内の連絡メールは常に俺で止まるとマネージャーに毎回怒られてるけど)iPhoneを見ながらとりあえず魚をさばいてみることにした。
「ねえ、玲、ちょっと手伝ってよ」
隣で相変わらずオーブンとにらめっこしている玲に助けを求めてみるも、チョコレートケーキの焼き具合に夢中で俺のことなんか振り返りもしない。
「玲、手伝ってってば」
「待ってよー」
「待てないよ。時間迫ってるんだから」
母親ふたりが帰ってくるまでにこの魚どうにかしないといけないのに・・・。
「お兄ちゃんに頼めば?」
「俺が頼まれたんだ」
「じゃあ一人でやってよ」
「玲、俺に向かってそんなこと言っていいの?」
俺は魚をさばき途中の手で玲の頬をつねった。
「ひはいひはい・・・んもう、お魚臭くなっちゃうじゃない!」
玲はぷんぷん怒りながらも魚たちをさばくのを手伝ってくれた。
「玲、危ないからそれは俺がやるよ」
南蛮漬けにすることになったアジたちを油で揚げようとする玲の手つきがおぼつかなくて俺は玲の手からそれを取り上げた。
「大丈夫だよ」
「うん、でもね、玲が火傷するの怖いから」
「ありがと」
南蛮漬けが出来上がったころ、女子大生並に楽しくハイテンションなままの母親たちが帰ってきて、玄関はにわかに騒がしくなる。
「おかえりなさい」
ここぞとばかりに買い物三昧してきた二人の荷物を受け取り、リビングに運ぶ。
「あー、楽しかったー」
「そりゃよかった」
家族全員がそろったところで本日の夕食の始まり。
「いただきます」
ホットプレートを囲んで焼肉を始める。主役の母親ふたりと、釣りだけで今日の役目を果たしたと豪語する父親ふたり、それに面倒くさがりで動きたがらないお兄さんのために、俺と玲はキッチンと食卓を往復してそれぞれに尽くした。
「おいしかったわ。みんなありがとう」
「本当に、今日はとっても楽しくておいしかった」
デザートに玲のチョコレートケーキを食べたところで、ふたりの母親にお礼を言われる。でも、これは変だ。だって今日は・・・。
「礼を言うのは俺たちだろ」
あらかじめ玲が買ってきたショールをそれぞれプレゼントする。
「いつもありがとう」
「母さんたちにはとても感謝しています」
「あら、素敵。3人ともどうもありがとう」
最後にまた、母さんたちからお礼を言われてしまったけど、まあ、いいってことにしておこう。
「さて、片付けるか」
今日は最後の後片付けまで完璧に・・・とはいえ。
「宗、狭いぞ」
「俺のせいですか?玲、もうちょっとよけて」
「ええ?これ以上よけたら身動き取れない」
身長180を超える男二人と玲の3人だとキッチンはものすごく狭い。はっきり言って、全然身動きが取れない。手分けして洗い物をしているのに、かえって効率が悪い気がしてくる。
「むこう片付けてくるな」
ついにお兄さんがキッチンから脱落。ホットプレートとテーブルの片づけをし始めた。部屋のあちこちにビールの缶が転がり、まあ、なんか、改めて見るとすごい惨状だ。
「宗、ちょっとこい」
「はい」
呼ばれていけば、開けていない缶ビールを手渡される。
「お疲れ」
「・・・まだ片付けの途中ですよ」
「いいんだよ」
缶を開けて飲み乾される缶ビール。
「どうした?」
「俺はやめておきます。一応まだ未成年ですからね」
「相変わらず真面目だな」
呆れられつつも、俺は玲とふたりして何とか後片付けを終えた。
「じゃあ、帰るよ」
「うん、楽しい母の日だったね」
「そうだね。玲も疲れたろ。ゆっくり休みな」
「宗ちゃんもね」
この先ずっと、こうして母の日を祝えればいい。




