こどもの日のふたり
こどもの日のふたり ―――見守る端午の節句―――
ねえ、玲、これ結構恥ずかしいよ?
「お願いお願い!」
昨日は練習試合で、今日は夜からバイト。だから今日の午前中くらいはせめてゆっくりしようと思っていたのに、俺は今日も玲からの“お願い”攻撃であまり寛げていない。
「めんどくさいよ」
「宗ちゃんの健康がかかってるのにめんどくさいなんて!」
「俺の健康は玲が初詣でと節分で祈ってくれたから大丈夫だよ」
「ひな祭りのときは宗ちゃんが手伝ってくれたから今日は私が手伝うの!」
・・・手伝ってっていうか、段を組み立てたのも納戸から雛人形を出したのもほとんど俺で、どっちかっていうと、玲がお手伝いだったような・・・。
「この歳になってまでそんなことしなくて大丈夫だから」
「だめ!それじゃなくても今日1日しかないんだから早くしなきゃ!」
「しかも今日曇ってるしさ」
「風あるし、午後から晴れてくるもん!」
何を揉めているかといえば、鯉のぼりと5月人形(鎧兜)を出すか出さないか。
ちなみにこの議論は俺が中学1年あたりから毎年なされていて、俺は今日までのところ、玲に勝ったためしはない。つまり、今年で20歳になるというのに、今もってなお、三井家の庭では毎年鯉のぼりが律儀に泳いでいることになる。
「そんなに出したいなら、玲の家のを出せばいいじゃないか」
玲の家はお兄さんと玲のふたり兄弟だからどっちもそろってる。
「お兄ちゃんは一緒に出さないからつまんないんだもん」
いやいや、俺だって出す気ないよ?
「ねえ、お願いお願い!あ、ほら!粽と柏餅持ってきたの!」
玲、俺が食べ物につられるって真剣に思ってるわけ?
「面倒だからとにかくやだ」
毎年ご近所さんから声をかけられる俺の身にもちょっとはなってほしい。
「・・・・・・じゃあ、ひとりでやるからいい」
玲がついに折れるかと思いきや、折れないらしい。ああ、もう、これじゃあ結局俺の負けじゃないか!
「・・・わかったよ」
どうしてかって?鯉のぼり一式と5月人形は俺が一人っ子なおかげで無駄に立派でとても重いから。玲ひとりで納戸から出すのはどう考えても危ないし、こうなったら手伝うしかないじゃないか。ひとりでやらせて玲が怪我でもしたら、俺は母さん(俺のね)に殺されるし。
「じゃあ、いい?あげるよ」
納戸から“こどもの日セット”(玲が名付けた)を運び出して、あれこれと奮闘すること1時間。ようやく庭に鯉のぼりをあげる。
「わぁい!」
玲が縁側に座って手をぱちぱちして大喜び・・・この笑顔を見るために体力使ったと思えばいいか・・・。
「はい、宗ちゃん」
笹の葉に包まれた粽を手渡される。
「ありがと」
俺も縁側に座ろうとするも、それは玲によって阻止される。
「ここに立って」
「もう伸びてないってば」
これまた毎年身長を測って傷をつけている柱の前に立たされる。玲は室内用の簡易脚立を持ってきて俺の身長を測ろうとする。
「どれどれ・・・んー・・・」
「これ以上背高くなる気もないし、なれないと思うよ」
俺は一般的に見ても背が高いほうだと思うから、これ以上伸びなくてよし。
「ふーん・・・宗ちゃん一昨年くらいから縦にも横にも成長しなくなっちゃったからつまんないね・・・横になんてもともと全然成長してないけど」
「玲は俺ががりがりだって言いたいわけ?」
がたいがいいタイプではないってことは自覚している。
「ううん。まだそこまでは思ってないよ」
まだって・・・。
「はい、柏餅」
まだ粽だって途中なのに柏餅を渡される。
「俺はいいよ。玲が食べて」
「だめだよ!どんどん食べてたくましく丈夫に育ってもらわないと!」
・・・つまり今の俺はたくましくも丈夫でもないと?
「夜は菖蒲湯に入れるように昨日買ってきたの」
玲はどこまでも年中行事が好きだ。そして俺はそんな玲が好きだ。
「これで宗ちゃんの健康と成長がお祈りできたね」
毎年玲に祈られるだけで、俺は生きていけると思う。
☆その夜のバイト
「三井くん、ものすごい玲ちゃんに愛されてるんだね」
「は?」
「なんか玲ちゃん“宗ちゃんの健康と成長のおすそわけです”って、みんなに柏餅配ってるよ」
「げっ!」
「なんかもう、付き合う前から家族だね」
「・・・なんかあんまり嬉しくないですね」
「うん、美味しい。俺も三井くんの健康と成長を祈るけど、これ以上背高くなったら俺抜かされちゃうね」
「ところで藤堂さん、鯉のぼりっていくつのときまで飾ってました?」
「鯉のぼり?俺、次男だから持ってなかったな」
「・・・そうですか」
「兄貴のは俺が小学校2年くらいまで飾ってたよ」
「お兄さんって、いくつ離れてます?」
「うん?3つかな?」
「・・・・・・」




