ゴールデンウィークのふたり
ゴールデンウィークのふたり ―――見守る大型連休、初夏の日々―――
ねえ、玲、俺が人混みが嫌いだって、よく知ってるはずだよね?
「どっかつれてって!」
ゴールデンウィークの一週間ほど前から俺は玲の“どっかつれてって”攻撃にさらされていた。この攻撃は長期休暇や連休が控えているたびに“俺だけ”に向けてひっきりなしに繰り出される。
玲の友達はなぜだか全員彼氏持ちで、玲は彼氏がいなくて(まあ、彼氏ができないように全力で阻止しているのは俺だけど)、玲のお兄さんは妹を遊びに連れて行くようなまめな性格の人じゃない。
「じゃあ鎌倉にでもいこうか」
お花見の約束が果たせなかったことからの罪悪感もあり、俺は玲を鎌倉へ連れていこうと考えた。玲は水族館も大好きだから、江の島で江の水に寄ってもいいしな。紫陽花にはまだ早いから、そこまでは混んでないだろうし、まあ、この際連休中である多少の人混みは覚悟の上で・・・。
「小田原の北条五代祭り」
「は?」
心の中で江の島&鎌倉のお出掛け計画を立てていた俺をよそに、玲は俺の目の前にiPhoneを突き付けてきた。
「近すぎて見えない」
玲の手首ごと掴んでちょっと離してみれば、連休二日目・・・っていうか、つまり今日だけど、小田原でお祭りがあるらしい。
「早く支度して!」
玲はいいながら2階の自室へ駆け上がっていく。ちなみにここは神崎家のリビング。玲をたたき起こして早朝ランニングに行った後、俺の自主練に付き合わせ、お互いの家でシャワーを浴びて、神崎家で朝食をとったばかり。時刻、午前9時。
「10時出発ね~」
2階から玲が叫んでくる。
え?俺行くなんて言ったっけ?
「・・・・・・」
ひとり取り残されて無言でコーヒーを飲む俺の肩にそっと手が置かれる。
「10時といわずに今すぐ連れ出せ。うるさくて寝てられねー」
不機嫌さを前面に押し出したお兄さんが半分眠ったまま俺を睨む。
「・・・また俺を生贄にする気なんですね」
「なにが生贄だ。嬉しいくせに」
こういう何気ない会話の中でちょこちょこと俺の核心をついてくるから嫌なんだ、この人と話すのは。
「いいか。玲の支度なんてものの10分だ。さっさといけ、さっさと」
「とりあえず、うちに引き取って帰ります」
俺は残りのコーヒーを飲み乾して重い腰を上げて2階の玲の部屋へと向かった。
「ねえ、いつ出発するの?」
退屈しだした玲が俺のベッドの上をころころと転がり始めた。玲はいつ見ても猫っぽい。
「鎌倉じゃダメなの?」
「鎌倉なんて近すぎる!」
「小田原だって近いよ」
東海道に乗ればすぐじゃん。
「うん!近いからすぐいこ!」
げっ!玲相手に揚げ足とられた。
「・・・わかったよ」
人混みにできれば近寄りたくない俺はしぶしぶ重い腰を上げた。
「わぁ!小田原城なんて久しぶり!」
予想通り人が多い駅前からきゃいきゃい喜ぶ玲が可愛いから、まあ、来てよかったな・・・って、いなくなったし!
「玲?」
・・・どこかに食べ物屋さんが・・・。
「玲、頼むから勝手にいなくならないで」
通りのかまぼこ屋さんで試食している玲を捕まえる。
「玲を探している時間が無駄だろ?」
「うん、わかった」
玲はそう言って俺の手を掴んだ。
「・・・?」
「宗ちゃんがいなくならないように捕まえといてあげるから」
「・・・」
玲の中では玲がいなくなっているんじゃなくて俺がいなくなっていることになってるらしい。まあ、手もつなげたし、一石二鳥ってことでいっか。
にぎわう街中ではあちこちでイベントやパ玲ドが行われていて見物しながら小田原城までを散策。玲は相変わらずあちこちで買い食いしながらすすむ。
「楽しかった!」
「満足した?」
「うん!」
さながら小旅行のように駅で温泉まんじゅうを買ってようやく帰路につく。人混みで玲をうまくかばいながら歩くのに少し疲れた俺は電車に乗った途端どっと疲れが出た気がした。
「ねえ、宗ちゃん」
「ん?」
「明日はどこ行く?」
「えっ?」
「鎌倉?江の島?たまには横浜?」
待って待って待って。明日もあるの?
「玲、明日俺、練習試合だから出かけられないよ」
「じゃあお弁当作って応援に行くね。そんで、お出かけは明後日だね!」
玲の無邪気な笑顔と明日の昼に食べることになるだろう真黒な卵焼きを思い浮かべて、俺は何とも返せなくなった。
「ゴールデンウィークがもっと長ければいいのにね」
「玲、明後日はバイト入ってるよね?」
「でも夜だけだもん。早起きしてお出かけしよ!」
毎日がくたくたでも、玲の希望が叶うのならいい・・・ってことにしとこうか。




