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元旦のふたり

   元旦のふたり   ―――見守る年明け―――


「玲、まだ?」

「ちょっとまって、帯結べないの!」

 大晦日と三が日はホテルでのイベントのためにラウンジが休みだった俺たちは、家でのんびり・・・と思ったけど、玲がどうしてもというから、行かなくても混んでいると予想できる初詣に出かけることになった。

「玲、入るよ?」

「うん・・・」

 帯がうまく結べなくて明らかに落胆している声の返事を聞いて、俺は玲の部屋に入る。部屋の中はものすごい状態だ。着物と帯が散乱して、玲は着物着てるっていうか、着物に着られてるっていうほうが正しいような、とにかくぐるぐる巻いてあるっていう感じ。

「もう、普通に洋服で行こうよ」

「ええっ?ここまで頑張ったのに?」

 頑張ったも何も、完成には程遠い。

「うん、だって、こんな調子じゃあ、俺あと何時間待つのさ?」

 ちなみに俺は今朝起きてから玲のお母さんを手伝っておせち料理を詰め、お雑煮とおせちでの家族だんらんに加えてもらい、結局昨日バイトから帰ってから自分の家には一度も帰っていないまま神崎家に滞在している。その後、玲のご両親は親戚まわりに出かけて、お兄さんも友達と遊びに行き、正月の特番を眺めながら玲の支度ができるのをリビングで二時間待っている。俺ひとりで。

「もう一回だけやってできなかったらワンピースで行く」

「どれ、帯以外はできてるんでしょ?」

「うん・・・」

「ちょっと両手あげといて」

 俺はiPhoneで動画を見ながらなんとか玲の帯を結んだ。崩れるんじゃないかって、ちょっと心配だけど、玲が苦しむくらいきつく締めたから大丈夫だろう。

「よし!でかけよう!」

「待ちくたびれたよ」


「うわー、すごい人だね」

「そんなこと来なくても予想できるでしょ」

 お参りまでのすごい列。俺たちも最後尾に並ぶことにした。

「ねえ、あの人・・・」

 玲が俺の袖を引っ張って斜め前に並んでいる男の人を小さく指さした。その後姿には俺も見覚えがあって、考えている間に順番が来てお参りを済ませると、玲は着物着ているとは思えない勢いで俺を引っ張ってさっきの男の人を捕まえた。

「あの、上条さん、ですよね?」

 振り向いた銀フレームのメガネの人はやっぱり俺たちの予想通りの人物で、でも、どこか違って見えるのは、いつも隣にいる彼女がいないからだと分かった。

「君たちは、ラウンジの・・・」

「神崎です。こっちは宗ちゃん」

「三井です」

 自分は苗字名乗っといて俺の紹介はあだ名呼びときたか・・・。さりげなく訂正した。

「今日、田部井さんは?」

「ああ、どうしてるかな・・・実は、別れたんだ、里佳と」

 新年早々、玲が地雷を踏んで俺もそれに巻き込まれようとしている。

「え、あ、冗談ですか?」

「そうだったらいいんだけど」

 さすがの玲も目を白黒させてうろたえる。聞いちゃいけないこと聞いたんだからここで引き下がればいいのに、玲は絶対にそうしない。

「いつですか?どうしてですか?田部井さんのこと、嫌いになったんですか?」

 早口にまくし立てる玲に上条さんは目を丸くして驚いている。

「玲、失礼だろ・・・」

 止めかけた俺に、上条さんがゆっくり首を振った。

「嫌いになったわけではないよ。今も里佳のことが好きだ。ただ、そうだな・・・大人の事情かな」

 諦めたようにふっと笑った上条さんの腕を玲が両手でつかんだ。

「上条さん、この後時間ありますか?」

「え、ああ、まあ・・・」

「じゃあ、どこかでゆっくり話しましょう!」




 強引この上ない玲に引っ張られて、俺たち3人は近くのカフェに腰を落ち着けた。

「上条さん、何にします?」

「俺はホットコーヒーで」

「じゃあ、俺も。玲はホットチョコレートでいい?」

「スペシャルチョコレートサンデー」

「玲、着物着てるの忘れてない?」

「ええっ?だめ?」

「うん、だめ」

「宗ちゃんのいじわる」

「帰りにケーキ買ってあげるから、今はこれで我慢して」

「わぁい!」

 とりあえず注文をして、しつこくメニューを眺めている玲からそれを取り上げる。

「で、上条さん、どういうことですか?」

 玲が向かいの席の上条さんに向き直って質問する。

 端的に話せば、上条さんの話はこうだ。建築士である上条さんは仕事の都合でヨーロッパへ引っ越すことになった。それに彼女である田部井さんについてきてほしいといったが、田部井さんは断った。かくして超がつくほどの遠距離恋愛は無理だと判断した二人は別れることになった。

「里佳に言われたよ。『あなたがそうであるのと同じくらい、私も自分の仕事が大事なの』って・・・そういう彼女だから、俺は好きになったんだ。それなのに、辞めてついて来いなんて・・・理解ない男だなって、自分で笑える」

 上条さんはたぶん、今だって田部井さんのことが好きだ。でも、大人には大人の色々があって、きっと、うまく折り合いがつかないこともあるんだろう。

「結局は、田部井さんも上条さんもお互い好きなんですよね?じゃあ、別れる意味が分かりません」

 感情で物事をとらえている玲にはおよそ理解できないだろうとは、思ってたけど。

「ふたりくらい若かったら、相手のために、何もかも投げ出せたかもしれないね。でも、俺たちくらいの歳になると、今まで積み上げてきたものを捨てるのは、そう簡単なことじゃないんだよ・・・幸せな若いふたりに、する話じゃなかったな」

 完全に俺と玲の関係を勘違いしているらしい上条さんに訂正を入れようか迷ったが、玲のほうが先に口を開いた。

「上条さん、明日、予定ありますか?」

「いや・・・もう日本での仕事もほとんど片付いたし、とくには何も」

「宗ちゃん、ごめん」

 玲が真剣な目で俺を見て短く謝った。

「なに?」

 意味が分からない俺と上条さんを残して、玲はバックの中から、ここしばらくお守りのように後生大事に持ち歩いていたパープルの封筒を取り出した。

「これ、明日の14時開演なんです。私、絶対に田部井さんを連れていきます。だから、ふたりで観てきてください。それで、もう一回ちゃんと話してください」

 そのチケットは玲がどうしても観たいといったミュージカルのチケットで、俺が半年以上前から予約を入れて、幾度とない抽選に落ちた挙句にようやく手に入れたものだった。

「でもこれ・・・もう、手に入らないだろう?」

 上条さんが戸惑って玲を見る。玲は続けてまくしたてる。

「私、田部井さんのこと大好きです。だから、落ち込んでる田部井さん、見たくないし、田部井さんのことそんな気持ちにさせたまま行っちゃう上条さんも許せません。だから、ふたりでちゃんと、お互いの気持ちを確かめあってください」

 このミュージカルは田部井さんも観たがっていた。だからたぶん、上条さんも俺と同じことをして、結局手に入れられなかった、というところなんだろう。

「・・・でも・・・」

 尚も戸惑って、今度は俺を見る上条さんに、俺はにこりと微笑みかけた。

「俺、こういうときの玲には勝てないんで」




 あれから上条さんと別れて、俺たちは三が日には来ないだろうと思っていたバイト先に顔を出した。

「田部井さーん」

「やだ!玲ちゃん?どこの大和撫子かと思っちゃったわよ!」

「「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」」

 俺と玲はとりあえず、型どおりに新年のあいさつをする。

「こちらこそ。あけましておめでとう。で、どうしたの?ラウンジお休みでしょ?」

「田部井さん、明日お休みですよね?」

「うん、7連勤の末のようやくの休み」

「じゃあ、一緒にミュージカル観に行きましょう」

「え?」

「チケット2枚あるんで!」

「それは玲ちゃんと行くために三井くんが買ったんでしょ?」

 田部井さんも戸惑って俺を見る。

「俺はいきません。ミュージカルとか、たいして興味ないんで」

 もちろん、嘘。まあ、玲が一緒じゃなければ、本当に大してミュージカルに興味はないかもしれないけど。

「いや、でも・・・」

「田部井さん見たがってたじゃないですか。玲だって、興味ない俺と行くより、見たがってた田部井さんといったほうが楽しいですよ」

 こういう事情とはいえ、こんな平気な顔して嘘を吐ける俺ってどうなんだろう。

「・・・三井くんがそういってくれるなら・・・」

 平然と嘘を並べ立て続ける俺についに田部井さんが折れた。

「わぁい!」

「あ、じゃあ、いくら?」

「へ?」

「チケット代」

 実は、それはさっき二人分にさらに上乗せして上条さんに頂きました・・・なんて、言えるはずもなくて。

「いいですよ、そんな」

「よくないわよ!学生にミュージカルおごってもらうわけないでしょ!」

 このままじゃかなり怪しい。と思って俺は正直に値段を白状していったんお金を受け取ることにした。

「¥7650です」

 田部井さんはその場でお財布から一万円札を出して俺にくれた。

「残りはお年玉」

 ¥7650に対して潔く¥10000払うあたり、上条さんとすごく似てる。しかも、最後のセリフまで同じときたか。

「ありがとうございます」

 田部井さんと明日の約束を取り付けて、俺たちはホテルを後にした。


「宗ちゃんごめんね」

 帰り道、玲がちょっと泣きそうな顔で俺に謝ってきた。

「なにが?」

「あんなに頑張ってチケットとってくれたのに」

「俺は別にいいけど、玲は観たかっただろ?」

「うん・・・でもね、私と宗ちゃんはこの先いつだって一緒に観に行けるけど、田部井さんと上条さんには明日しかないと思ったの」

 俯きながら言った玲の言葉に、俺は驚いた。

「玲、本気?」

「え?だってそうでしょ?上条さん、5日には日本からいなくなっちゃうんだよ?」

 あ、そっちじゃないよ。

「そうじゃなくて、俺といつだって一緒に観に行けるって・・・」

「え?あれ嘘じゃなかったの?本当にミュージカルに興味なかったの?」

 だめだ。俺の気持ちが全然伝わってない。もういいや。今日は疲れたし。

「いや、あれは嘘だよ」

「よかった!だから、また今度行こうね」

「チケット取っとくよ」

「ありがと!あ、じゃあさ、明日は予定変更で朝から初売りにいこ!それで福袋買うの!」

「毎年福袋の中身を持て余してるのは誰だっけ?」

「いいの!福袋買うところがお正月の醍醐味なんだから!」

「はいはい」

 自宅の最寄り駅で降りて、これでやっと家に帰れる。

「あ!ケーキ!」

「うん、でも、元旦だからケーキ屋さん開いてないよ」

「ええっ?買ってくれるって言ったのに!」

「うん、じゃあ、明日の帰り」

「今日食べたいの!」

「コンビニでアイス買ってあげるから」

「わぁい!宗ちゃん大好き!」

 そう言って玲は家から一番近いコンビニに入っていった。所詮玲が俺にくれる“大好き”はコンビニのアイスの付属品でしかない。



 別にいいよ、今はそれでも。



 いつか俺は“スペシャルチョコレートサンデー”にも勝ってみせるから。






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