お花見のふたり 中篇
お花見のふたり ―――見守る桜前線 中篇 語り、山口結衣
『結衣さん!今、ちょっといいですか?』
土曜の朝早く、玲ちゃんからメールがきて返事を送ったと思ったら、すぐに電話がかかってきた。
『宗ちゃんってばひどいんです』
まるで彼氏に振られかけた女の子のように半泣きの玲ちゃん。高校時代に彼氏に振られた友達を慰めたときのことや、自分が失恋したときのことが思い出された。
「落ち着いて、何があったの?」
『今日、私、宗ちゃんと、約束してたのに、宗ちゃんが、私、どうしたら、もう、嫌われちゃうかも、ダメなんです』
とぎれとぎれの玲ちゃんの言葉はあまり内容が分からない。どうやら混乱しているらしい。
「ねえ、玲ちゃん。今日の予定は?」
『・・・宗ちゃんのせいで、なんにもないんです』
「じゃあ、私、行きたいお店があるの。美味しいケーキをおごるから、付き合ってくれない?」
『い、いいんですか・・・?』
「私がお願いしてるのよ」
そして2時間後。
私と玲ちゃんは私が前から行ってみたかったカフェのテーブルに向かい合って座っていた。玲ちゃんの話を一通り聞いて、玲ちゃんはようやく頼んだケーキにフォークを付けた。
「結局、玲ちゃんは三井くんのことが大好きなのね?」
「はい」
即答だ。迷いはない。
でも、これはたぶん“幼馴染”という意味の“好き”であって、三井くんが玲ちゃんに思っている意味の“好き”だという自覚はないのだろう。
「でも、今朝私がわがまましたから、もう、宗ちゃん口きいてくれないかもしれません」
大好きなはずのケーキも進まない。いつもきらきらとした明るい玲ちゃんはどこへやら、ものすごく落ち込んでいる。
「大丈夫よ。三井くんだって玲ちゃんのことが好きなはずよ?」
「・・・結衣さん、藤堂さんと喧嘩した時どうします?」
不安げな上目遣いの玲ちゃんはとても微笑ましい。
「んー・・・大概、私が怒って、彰が宥めて・・・彰が宥めて・・・彰が謝る・・・?」
考えていておかしくなった。私と彰だと、いつも怒るのは私で、宥めて謝るのは彰なのだ。ごめんね、彰。
「・・・じゃあ、私たちと逆ですね」
「ふふ・・・私って駄目な彼女ね」
「最高の彼女だよ」
私の言葉に彰の声が答えた。振り返って見上げると、彰がにこっときれいに微笑んだ。
「あ、藤堂さん」
「やあ」
彰は玲ちゃんの隣に座る。
「じゃあ、私、そろそろ・・・」
「まあ、待ってよ。チョコレートサンデーご馳走してあげるから」
彰は帰ろうとした玲ちゃんを遮ってチョコレートサンデーを頼んだ。
「でも、お二人のせっかくのデートなのに・・・」
「いいのいいの。三井くんと玲ちゃんがぎくしゃくしてたら俺と結衣ちゃんも悲しいしね」
彰は優しい。その彰の笑顔を守るためにも私は玲ちゃんを元気にしてあげないと。目くばせすると、彰もにっこり微笑んだ。
「玲ちゃん、さあ、溶けないうちに食べて」
運ばれてきたチョコレートサンデーをすすめると、玲ちゃんは少しずつ食べ始めた。
「結衣ちゃんも食べて。そして俺に一口頂戴」
黙々とチョコレートサンデーを食べる玲ちゃん。そして一気に食べ終わって、ぱっと顔をあげて私と彰を交互に見た。
「藤堂さん、結衣さん」
私と彰も玲ちゃんを見つめる。
「私、チョコレートサンデーよりも宗ちゃんが好きです!」
そう宣言したかと思うと、荷物を整えて、立ち上がって私たちに頭を下げた。
「今日はありがとうございました!」
そしていいと断ったのにケーキとドリンクとチョコレートサンデーの代金を置いてあっという間に行ってしまった。残された私と彰は顔を見合わせた。
「・・・よかった、のかな?」
「うんうん。たぶん大丈夫だよ」
そう言って彰はカップに残っていた紅茶を飲み乾した。
「じゃあ、デートといこーか?」
立ち上がった彰が手を差し出してくれて、私はその手を取って店を後にした。
そのあと、玲ちゃんが真夜中まで三井くんの家の前で待っていただなんて、知っていたら止めたんだけどな・・・。
後篇に続く・・・




