お花見のふたり 前篇
お花見のふたり ―――見守る桜前線 前篇―――
玲、俺も素直になれなくてごめん
「・・・玲?」
練習試合とはいえ試合に勝って、祝杯と称した飲み会で先輩たちにつかまってしまった俺は久しぶりに家に帰る前に日付が変わった。そんな真夜中に家に着いたにもかかわらず、家の前の3段しかない段差に何かがうずくまっているのを見つけた。
「玲!」
春になりかけた気温は、急に冬に戻ってしまったようで、昼間ですら肌寒かった今日・・・昨日。それなのに、目の前の玄関でうずくまる玲は走りに行くとき用の俺とお揃いのナイキのパーカーを羽織っただけ。しかも・・・。
「玲、起きろ!」
こんなところで無防備にも眠ってしまっている。
「・・・宗ちゃん・・・おかえりなさい・・・」
とろんとした眠たげな瞳が俺を見上げて嬉しそうに微笑む。
「ただいま・・・って、こんなとこで何やってるんだよ?こんなに冷たくなって、風邪ひくぞ」
俺はとりあえず自分の財布から神崎家の鍵を取り出して眠たげな玲を抱きかかえるようにして家に入る。
「・・・宗ちゃん・・・」
「風呂は?入ったの?」
俺の問いに玲はこくりとうなずく。
「じゃあ寝るだけだね。ほら、おいで」
頼りなげな玲の手を引いて2階の玲の部屋へ行く。ストーブのスイッチを入れて玲が膝掛けに使っているもこもこの茶色い毛布に玲を包む。
「部屋が温まったら着替えて寝なよ。じゃあ、俺も帰るから」
“おやすみ”そう言って部屋を出ようとした俺の袖を玲が掴んだ。
「ん?」
「・・・ごめんなさい・・・」
伏し目になった玲の長いまつげが震える。
「今朝のことは、俺も悪かったよ。だから、お互い様だろ」
「・・・私が、宗ちゃんに無理言ってわがまましたから・・・」
きゅっと唇をかみしめて俺を見上げた。
「玲がわがままなことくらい、ずっと前から知ってる」
俺は屈んでベッドに座り込んでいる玲の頭をなでて、背中を軽くたたいてやる。
「俺は玲を許すよ。だから、玲も俺を許して」
玲はその言葉にこくこくとうなずく。
そう、事の発端は夕べというか、今朝というか、もしかしたら、水曜あたりだったのかもしれない。
水曜日
『あっという間に咲き出したね』
バイト帰りに玲とふたりで家までの道のりを歩く。もう真っ暗な夜だけど、所々で見上げる先には夜空に映える七分咲きの桜。ほの桃色に染まった花弁や、葉桜になりかけた真っ白い山桜。
『この前の週末は少し早かったからね』
玲のわがままに付き合って、この前の土曜に七分咲きの枝垂桜の大木を見に行ったばかりだ。帰りに寄った小田原城はライトアップもまだで、玲は次は鎌倉に花見に行くという・・・もちろん、俺と。
『この前のお団子美味しかったな~』
『玲はやっぱり花より団子だな』
花見に行くと、露店が出ていて、玲は当然といわんばかりに桜餅と団子を食べた。
『桜だってちゃんと見てるよ!』
『どうだか』
『ねえ、それより、土曜日鎌倉行こうね』
『土曜?天気予報雨だろ?』
雨の鎌倉散策なんて面倒くさい。
『お天気になるもん』
『だといいけど』
そして金曜日
『宗ちゃん!土曜日が曇りになったの!』
バイトのために駅で待ち合わせていると、玲ちゃぴょんぴょんと飛び跳ねそうになりながら来た。
『そうか。でも、俺、もしかしたら練習試合はいるかもしれないから、部活の予定次第だよ』
『わかった。それでもいい』
日曜は玲のお菓子教室とバイトがダブルで入っているために出かけることはできない。俺もそれはわかっているけど、『幼馴染と鎌倉散策に行くので試合に出れません』なんていえるほど甘い部活でもなくて、取り敢えず“いけたらいいな”くらいで金曜の夜は過ぎた。
そして土曜の朝
『宗ちゃんの嘘つき!』
『嘘はついてないだろ?』
支度をする俺の横で玲が俺をきっと睨んでいる。
『だって、昨日の夜は・・・』
『急だったんだ。仕方ないだろ。家に帰ってから連絡が来たんだよ』
『だったらどうしてそのとき言ってくれなかったの?』
『玲寝てると思ったから』
結局、夜中に来たメールで今日は急遽場所が空いて練習試合をすることになり、花見と鎌倉散策の予定は流れてしまった。
『行きたかったのに!』
『それはわかってるけど、部活の予定次第だって、あらかじめ言ってあっただろ?』
荷物を持って階段を降りる俺の後を玲が付いてくる。
『もういい。ひとりで行く』
『来週一緒に行くよ』
『来週じゃ桜散っちゃってるもん』
『海棠が咲くだろ。俺、時間ないからもう行くよ』
多分この上なく不機嫌で泣きそうな顔をしているだろう玲を玄関に残して、俺は試合会場へと急いだのだった。
そして、試合と祝杯と称した飲み会を終えて、いまに至っている。
・・・中篇に続く




