卒業旅行のふたり 後篇
卒業旅行のふたり 後篇 ―――見守る⁈旅の行方⁈―――
「宗ちゃーん!」
とても可愛いワンピースにスプリングコート。少し大人っぽいショールを巻いて革のショルダーバックを肩から掛けた玲が俺を迎えに来た。
「宗、デートなのに待たせるなんて」
「デートじゃないよ。卒業旅行」
リビングから叫ぶ母さんに返しつつ靴下を履く。
「あら、てっきり・・・」
「じゃあ、行ってくるから」
余計なことを言いかけた母さんを遮って玲を連れて家を出る。
「楽しみ~」
お天気もまあまあ。
「お団子とロールケーキとくろたまごと温泉まんじゅう」
のどかな景色の小田急線に揺られながら玲が熱心にガイドブックを見ている。
「食べることばかりじゃないか」
「お土産も買う!」
「・・・・・・」
俺がいる意味ってあるのだろうか?
「箱根登山線乗って、ケーブルカー乗って、ロープウェイ乗って、海賊船のって、で、最後に湯本の日帰り温泉に寄って温泉まんじゅう買って、帰る!」
乗って食べて乗って食べて乗って食べて乗って浸かって帰るんだな。
小田原で乗り換えて箱根湯本につくとそれなりに混んでいた。
「じゃあ、登山線に・・・玲?」
振り返れば、いなくなってる。見回せば、売店のお土産コーナー(もちろん食べ物のとこだけど)にくぎ付けで温泉まんじゅうの試食なんかしている。
「玲、荷物になるから帰りに買おう」
口がいっぱいだからこくこく頷く玲と一緒に登山線乗り場へ移動。長い道のりを経て、強羅へ到着。
「玲、こっち・・・玲?」
振り返ればまたいない。お土産屋さんに目を向ければ、店先のお団子を眺めてる玲を発見する。
「玲」
「宗ちゃん、お腹空いた」
・・・まだ十時だよ?
「すみません、ひと串お願いします」
俺は店から離れそうにない玲のためにお金を払って選ばせた。
「ちょっと待って、お茶、いま出すからね!」
威勢のいいお店の人にお茶までサービスしてもらって、店先のベンチでお団子を頬張る玲を眺める。
「ひあわへ」
「食べたら行くよ」
もごもごと食べながら『幸せ』だという玲がやっぱり可愛い。
「ご馳走様でした」
ようやくケーブルカーに乗る。
「すごい人だね」
かなり満員のケーブルカーで俺は玲を窓際に追い詰めて立つ。こうでもしないと玲は危ない。すぐにいなくなってしまうから。まあ、ケーブルカーに車内販売がないからとりあえず降りるまでは大丈夫だろうけど。
そのあとロープウェイを乗り継ぎ、大涌谷に到着。
「寒いよ~」
山頂は標高のおかげか、遮るものがないせいか、ものっすごい風!ここ1週間の春らしさに油断した玲のかっこうは明らかに寒い。
「玲、散策は諦めてレストランでランチでもしようよ」
「やだ!」
玲は頑固だ。基本的に決めたことはやらないと気が済まないタイプ。俺もだけど。
「このまま散策してたら風邪ひくだろ」
「大丈夫。くろたまご食べるから」
話がつながってない。
「はぁ・・・わかったよ」
俺は着ていた上着を脱いで玲を包む。
「これじゃあ宗ちゃんがまたインフルエンザになる!」
「そこまでヤワじゃないってば。俺だって普段あんだけ部活で動いてるんだ。なめてもらっちゃ困るよ」
まあ、この間はインフルになったけどさ。
この前同様、玲は俺の上着を羽織って、俺は玲のショールを巻かれて、強風の中大涌谷散策・・・という名のゆで卵の買い物。
「美味しい!」
真っ黒い殻につつまれた温泉卵を玲は大絶賛。まあ、確かに美味しいけど・・・。
「玲、お腹壊すなよ」
またしても口の中いっぱいでこくこく頷いている。可愛いけど、目の前でゆで卵3つ食べてる女の子って、どうなんだろう。
「玲、ランチしなくていいってこと?」
俺が訊けば、玲は茶色のマスカラで縁取られた大きな瞳をますます大きく見開いてぶんぶんと首を振った。
「ふぁんでほうなるほ?」
「だって、ゆで卵3つも食べてるから、もういいのかと思って」
「お昼はオムライス食べたいの」
こくんと喉を鳴らして卵を飲み込んではっきりといった。
「こんだけ卵食べたのにまた卵食べるの?」
「うん!さ、いこ!」
食べるだけ食べて、玲はさっさと売店兼レストランに向かって行ってしまう。
「・・・・・・」
俺、どうしてこんなに玲に惚れてるんだろう?
「じゃあ、またあとでね?」
箱根のゴールデンコースを巡り、最後に湯本のとある日帰り温泉にたどり着いた。
「うん」
「どれくらいで上がる?」
「ゆっくり入るよ。疲れたしね」
「わかった」
貸し出しのバスタオルや浴衣を受け取ってそれぞれ大浴場へ向かう・・・考えてみればここが一番楽しそうで楽しくない。
「ふぅ~」
それにしてもよく歩いたな・・・。日常的に自転車が多いから、考えてみたら歩くってことがあんまりないかも。走ってることはよくあるんだけどな。
「三井・・・か?」
いぶかしげに呼ばれて振り向くと、ものっすごく予想外の人。
「伊藤さん?」
高校時代の部活の先輩が立っていた。
「やっぱり三井だ」
言いながら湯船に入り、俺の隣を陣取る。
「お久しぶりです」
「こんなとこで会うとはなー。誰か一緒なのか?」
「さすがにひとりでは来ませんよ」
「はは!いや、三井ならありかと思って」
「どんなイメージなんですか、俺って」
「見かけによらずたくましくて何でも一人でできる奴」
見かけによらずは余計だな・・・。
「伊藤さんは?」
「大学の奴らと一緒。みんな露天で騒いでる」
ふとガラス張りの外を見れば、露天風呂にがたいのいい男が3人いるのが見える。
「三井の連れは?」
「いますよ。女湯にですけど」
俺が言えば伊藤さんはうんうん頷きかけて、そのあとはっと俺を見た。
「三井、あのマネージャーとまだ続いてんのか?」
「いえ、伊藤さんが卒業する前に別れました」
「・・・お前、高校3年間で何人付き合った?」
「さあ?」
別れた彼女のことなんて、思い出したくない。
「じゃあ、俺、そろそろ上がりますね」
「なんだよ、せっかくの再会なのにつれねぇな」
「相手を待たせたくないので。それに、目を離すとすぐにどっかいっちゃうんで、捕まえてないと心配で」
にこりと微笑めば、伊藤さんは眉をしかめつつも試合中に時折見せていた不敵な笑顔で俺に手をあげた。
「宗ちゃん、お待たせ」
先にあがったのは俺で、俺は女湯と男湯の分かれるちょっとした休憩スペースで玲を待っていた。玲は髪の毛が生乾きのまま頬を上気させていそいそと俺に駆け寄ってくる。毎年夏になれば花火大会や夏祭りで浴衣の玲を何度も見てきているけど、温泉の浴衣はある意味格別だ。
「玲、髪の毛ちゃんと乾かしてこなかったのか?」
「乾いてるよ」
俺を見上げる玲の髪の毛をひと房掴むと明らかに乾いてない。
「これじゃあ風邪ひくだろ」
休憩スペースの端に三つだけある洗面台の前に玲を座らせてドライヤーで髪の毛を乾かしてやる。
「ああん!自分でできる!」
「できないよ。だから俺がやってるんじゃないか」
細い髪の毛がなるべくからまないように丁寧に手櫛で解きながら乾かす。ふんわりと甘いシャンプーの香りに鼻孔をくすぐられ、こんな時間が最高に幸せだな・・・なんて思っていたら・・・。
「三井!」
うわっ!あの人に会ったこと忘れてた。
「お前、こんなとこでそんなことしやがって・・・」
そう言えば、高校時代もよくこんな妬まれ方をしてたっけ。彼女が部活終わりまで俺を待っていたり、調理実習のお菓子を差し入れたり、試合の応援に来たり、そのたびに伊藤さんに妬まれていた。
「あれ?伊藤先輩?」
「き、きみは・・・!」
伊藤さんと玲が鏡越しに見つめ合う。え?紹介したことなんかあったっけ?
「お久しぶりです」
「あ、いや、元気そうで・・・じゃあ、俺、行くわっ!」
絡んでいたのが嘘のようなスピードで伊藤さんは行ってしまった。
「・・・・・・」
「これと、これと・・・」
駅前のお土産屋さんが集まる通りのあちこちを覗きながら、玲が次々とお土産を買い足していく。
「そんなに買ったら太るよ」
「これは宗ちゃんのおうちで、これはうちで、こっちはゆずはちゃんと、こっちはホテルのみんなと、ゆいさんと、マスターと、あとあと、上条さんにも」
「温泉まんじゅうイタリアにまで送るの?」
「だめ?」
「賞味期限的に厳しいよ」
俺が言えば、玲は一瞬考えて、寄木細工のペンを2本買った。
「田部井さんとお揃い」
玲のこういう可愛い気遣いがとても好きだ。
「玲にも1本買ってあげようか?」
俺が訊けば、玲はううんと首を振る。
「記念品はひとつだけっていうのがいいの」
ニコッと笑った玲の耳元にはさっき美術館で買ってあげたガラスのピアス。
玲の耳元に華を添えるのが、常に俺の用意したものであればいいと願う。




