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ホワイトデーのふたり

   ホワイトデーのふたり   ―――見守る恋人たちのその後―――


「彼女さんへのプレゼントですか?」


 店に入ってすぐに声をかけられた。これだから、ジュエリーショップって苦手だ。

「ホワイトデーのお返しですか?でしたらこちらのリングなど・・・」

 ああ、玲のことなら俺が一番分かってるんだから、黙って俺に選ばせてくれ。俺は店員の話を聞き流しつつ、ガラスケースの中身を覗く。

「ペアリングが一番喜ばれますよ」

「細かい作業をするのが好きなので、リングは邪魔になります」

 玲は自分のネイルアートもしなければリングもブレスレットもしない。唯一つけているアクセサリーはピアスだけ。

「でしたらこちらのネックレス・・・こちらのハートは・・・」

 だめだ。うるさすぎる。

「すみません、ひとりでじっくり選ばせてください」

 ニコッと微笑んで言えば、店員さんは一瞬固まって、カウンターの向こう側に去って行った。


 ピンポーン!

『はーい』

 夜、今日はバイトがなかったから、俺は学校帰りに玲の家に寄った。寄ったといっても、隣だからすぐだけど。合鍵も持ってるけど、誰かいそうなときは一応インターホンを押してみたりする。理由はもちろんあって・・・。

「三井です」

 俺が名乗ると同時に確かめもせずにドアが開く。

「宗ちゃん!おかえりなさい!」

 エプロン姿の玲が勢いよく出てきて俺の手を掴む。

 出迎えてくれる玲がちょっと可愛かったりするから。

「玲、何度も言うけど、ちゃんと俺だって確かめてから出てきてよ」

「ごはんできてるの!寒いから早く入って!お風呂も沸かしてあるよ!」

 このお嫁さんよろしいセリフは最近のバイトがない日の玲の定番だ。2月から自由登校になり、その後卒業式がおわり、玲は“憧れの花嫁修業”と称して、バイトがない日は毎日夕食の支度をするようになり、その味見を俺にしてほしいといわれ、バイトがない日は毎晩神崎家へ先に帰っている。

「お邪魔します」

「おかえりー」

 俺より先に帰っていたらしいお兄さん。最近では神崎家に来る回数が増えすぎて、家族みんなから「いらっしゃい」よりも「おかえり」と言われる率が高くなった。さすがに「ただいま」と返す勇気は今の俺にはまだない。

「今日は生姜焼き」

 神崎家ではみんな帰宅時間がバラバラなので、帰ってきた順に食事の支度がされる。でも、リビングには誰かしらいるから、個食になっているわけではない。

「おいしそうだね」

 俺が洗面所で手を洗っていると、玲のお父さんが帰ってきた。

「あ、おかえりなさい。お邪魔しています」

「お、そっちもおかえり。今日はなんだって?」

「生姜焼きらしいです」

 ダイニングテーブルに向かい合って二人分の夕食が用意される。俺と、お父さん。

「はい、どうぞ」

「「いただきます」」

 玲の料理の腕はたぶん、日に日に上達しているけど・・・。

「玲、そろそろメニュー変えないか?」

 お父さんがいう。そう、玲が夕食を作り始めてから、生姜焼き、ビーフorホワイトシチュー、白身魚のソテー、肉じゃが、サーモンのホイル焼き、がローテーションで回ってくるというだけなのだ。まあ、同じ料理を何度も作るから腕も上がるんだろうけど。

「ええっ?宗ちゃん、まずい?」

 玲はなぜか俺に訊く。

「とても美味しいよ。でも、たまにはもっと別の料理でもいいな」

 さりげなく言えば、玲がつめてとばかりにベンチ式の椅子に座っている俺を押す。俺はランチョンマットごと夕食を引き寄せて玲が座れるようにスペースを開ける。

「たとえばどんな?」

「んー・・・ハンバーグ」

「わかった!じゃあ、明日はハンバーグにする」

「うん、でも、明日はバイトだよ」

 食事が終わって、俺は玲と一緒に食器を片付けて、今度は自分の家に帰る。

「ご馳走様でした」

 玄関まで玲が送ってくれる。

「気を付けてね」

 気を付けるも何も、このドアを出て10歩で家に着く。

「今日は玄関の外まで見送って」

「え?」

 玲は不思議そうな顔をするも、その恰好のままサンダルをつっかけて俺の後をついてくる。

「はい」

 俺は玲にパールホワイトの小さな紙袋を渡す。

「誕生日プレゼント?」

「玲の誕生日、まだ先だろ?ホワイトデーのプレゼントだよ」

「わぁい!宗ちゃんありがと!」

 玲が俺の腰に抱き付いてきた。とっさのことでよけきれなかったから、とりあえず玲の頭をポンポンと撫でた。

「じゃあ、帰るよ」

「うん!おやすみなさい、いい夢見てね」

「おやすみ。玲もね」


 ハンバーグはやっぱりまだいいや。いつか俺だけのために作ってほしいから。


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