ひな祭りのふたり 当日編
ひな祭りのふたり ―――見守る桃の節句の当日―――
「宗ちゃん、卵といて」
俺は玲の指示のもとに料理のお手伝い。今日はひな祭りだからハマグリのお吸い物、ちらし寿司、菜の花のお浸し。毎年恒例のメニュー。
「できたよ」
「じゃあ、薄焼き卵焼いて」
俺はフライパンを出して薄く油を引く。
「玲、もうちょっとよけてよ」
カウンター式のキッチンは二人で並ぶにはちょっと狭い。あ、俺がでかい?いや、そんなことはない。標準よりもやせ気味だと思うし。
「ちょっと待ってよ」
「早くして、じゃなきゃ袖に火つけるよ?」
「ええっ?」
玲が驚いて飛び退く。
「ありがと」
「んもう!宗ちゃんの意地悪!」
干しシイタケを細切りにしながら玲がぷくんと膨れる。あ、またやってしまった・・・玲への意地悪は俺の習慣の一部になってしまっていて直すのには時間がかかりそうだ。
「宗ちゃんごはんいっぱい食べる?」
炊飯器から大皿にご飯を盛りながら玲が尋ねる。
「うん、まあ、それなりに」
玲から大皿を受け取り、すし飯を作る。俺がご飯を混ぜて玲は俺の向かいでぱたぱたと団扇であおいでいる。
「こんなもんかな」
用意した具材も混ぜて、毎年通りのちらし寿司。最後にサーモンとアボカドの角切りを散らして完成。
「美味しそう!」
玲は大喜び。こんなふうに美味しいものを目の前にして喜んでいる姿は本当に可愛い。
「お母さん!できたよ!」
今日はお母さん抜きで自分で作りたいという玲の意思を尊重して、リビングには俺と玲のふたりきりだった。
「はいはい」
お母さんが2階から降りてきて食卓を確認する。大皿に盛られたちらしずしとハマグリのお吸い物、菜の花のお浸し。ちらし寿司は玲がとてもきれいに盛り付けてさながらデザートのような華やかさだ。
「あらー、ずいぶん上手にできたのね」
「うん!」
「卵もずいぶんうまく焼けたわね。いつも焦がしちゃうのに」
「あ、卵は宗ちゃんに焼いてもらったの」
中学時代、部活の試合の日に玲が弁当を作ってくれるというので卵焼きをリクエストしたら見事に真っ黒だった。それから高校に入った後も試合があるたびに弁当を差し入れてくれたが、俺が引退する最後の試合の日まで、卵焼きはあまり進化しなかった。
「そうだったの。宗ちゃんって本当に何でもできるのね」
玲はともかく、お母さんには気に入られているらしい。
「いや、でも、俺は卵焼いただけで、あとは玲が全部作ったんですよ」
お父さんとお兄さんは帰宅が遅くなると連絡があったので、先に夕食にすることにした。
「玲、なんで4つあるのさ?」
ハマグリのお吸い物のためのお椀を用意している玲に声をかけると同時に玄関で声がした。
「こんばんはー」
「母さん?」
駅前のケーキ屋さんの箱を持ってきたのは俺の母親。
「いらっしゃーい」
「あらー、豪華な夕ご飯ねー」
「さあさあ座って」
玲のお母さんと向かい合わせに座って話し込み始める。
「宗、ケーキ冷蔵庫に入れておいて」
「あ、うん」
変な食卓。俺と玲と母親ふたり。女性陣はとても楽しそうにおしゃべりしていて、俺は・・・。
「宗、それとって」
「宗ちゃん、お皿もう一枚出してくれる?」
「宗ちゃん、そろそろケーキ!」
ウエイターになりつつある。バイト先より忙しいじゃないか。
「じゃあ、私はこれで」
仕事を持って帰ってきたらしい母さんは一足先に家に帰るらしい。
「ケーキご馳走様でした!」
「こちらこそご馳走様。宗、ちゃんと後片付けしてきてよ」
息子の俺を後片付けに残して。
「あら、いいのに。宗ちゃんも一緒に帰ったら?」
「いえ、手伝います」
もう少し玲と居たいので。とは口に出さないけど。
玲と並んで後片付けをする。俺が洗剤と水洗いをして玲がお皿を拭いて仕舞う。逆にしようと玲が言ったが、手荒れがひどい玲にこれ以上の水仕事はさせられない。
「はい、ラスト」
「はい、ラスト」
ふたりしていいながら、最後の一枚を仕舞う。
「じゃあ、俺、帰るね」
「うん」
玄関まで玲に見送られる。
「宗ちゃん」
「ん?」
「いつもありがと」
「どういたしまして」
玲の健康と幸せを願う儀式なら、毎年君を手伝い続ける。




