ひな祭りのふたり 準備編
ひな祭りのふたり ―――見守る桃の節句のちょっと前の日―――
玲、そんなにこの家にゆっくりしていたい?
「玲、そこのふたり、逆じゃない?」
神崎家のリビングで折り畳み式の五段飾りの段を組み立てて(主に俺が一人で組み立てたんだけど)、順番に雛人形を箱から出すと、玲はそれを順番に段に並べる。
「ええっ?」
「ほら、去年はこっちだったろ」
去年の写真を見ながら並べる。
「あ、ほんとだ」
玲が一度並べた人形を丁寧に並べ替える。木目込みのお揃いの柄の着物を着た雛人形はみんな穏やかな顔をしていて、玲にとても似合っている。こまごまとした道具をその小さな手に慎重に持たせる。
「宗ちゃん、灯りつけて」
他のものを倒さないように線を回し、コンセントにつないでぱちりとスイッチを入れて雪洞の灯りをつける。
「あら、今年もきれいに飾れたのね」
玲が喜んでいるとこにお母さんが買い物から帰ってきた。
「うん!宗ちゃんが手伝ってくれたから」
「毎年手伝ってもらってるじゃないの」
そう(これ別にウケるとこじゃないからね)。俺は記憶のある限り毎年この雛人形を飾るのを手伝っている。小さいころから毎年飾るのを手伝って、しまうのも手伝う。最近はそうでもないけど、ひところの玲は早くお嫁に行きたいからと3月3日が過ぎるとあっという間に仕舞っていた。
「今年はちょっとのんびり出してよっかな」
「あれ?早くお嫁に行きたいんじゃなかったの?」
意地悪に言ってみれば、玲は首を振る。
「なんかお嫁にいけない気がするもん」
「どうしてさ?」
「うーん?誰かのお嫁さんになるなんて、想像できないよ。彼氏だっていたことないのに」
それはね、俺が裏から手を回して阻止してきたから。なんて、嘘(半分)。俺はできるよ。玲の花嫁姿を超リアルに。もちろん、それは俺のお嫁さんだけどね。
「玲は結婚したくないの?」
だったら困ったな・・・。玲がこの家にいられるのは長く見積もってもあと5年ないはずなんだけど。
「ううん。結婚したいよ」
「あら、どんな人と?」
お母さんが嬉しそうに訊く。
「うーん・・・背が高くてかっこよくて頭良くてスタイルよくて優しい人」
そんな人がどこにいるんだよ?
「あら、それなら目の前にいるじゃない!」
お母さんがさらに嬉しそうに手を合わせた。
「「え?」」
俺と玲の声が重なって目の前にいるお互いの顔を見合わせる。
「宗ちゃんは今の条件全部満たしてるじゃない」
お母さんがそう言って、俺と玲は顔を見合わせる。
「・・・最初の4つまでは完ぺきだけど・・・」
玲が片眉をきゅっとあげて俺を見て言う。
「だけど?」
俺は何を言われるのか身構えて待った。
「宗ちゃん、意地悪なんだもん。だからヤダ」
ぷくんと頬を膨らませて言うと、玲は立ち上がって雛あられをお雛様のお供えの器に盛り始めた。
「・・・・・・」
そこだけ?そこさえ直せば合格ってこと?
「玲ってばなに言ってるの、今日だって手伝ってもらって、いっつも宗ちゃんには優しくしてもらってるでしょ」
「んー・・・でもね、宗ちゃんたまにものすっごい意地悪するからやっぱりヤダ」
「じゃあ、例えば誰がいいの?玲の知ってる人の中だったら?」
お母さん、ここでその質問は・・・できれば俺がいないところでしてほしいんですけど!
「藤堂さん!」
あぁー・・・答えは俺の予想通り。
「藤堂さんって、確かフロントの背が高い人って言ってたわよね?」
「うん!背が高くてかっこよくて頭良くてスタイルよくて何よりもとっても優しいの!」
玲がキラッキラの笑顔で藤堂さんがいかに素敵な人かをお母さんに語っているのを俺は床に座ったまま呆然と眺めていた。
「ね、宗ちゃん?」
「ああ、うん・・・」
でも、あの人寝起き悪いよ?遅刻もするし。なんて、そんなこと言ったらまた“宗ちゃんの意地悪”っていわれるから言わないんだけど。
「あ、今年のお雛祭りの日のご飯は私に作らせて」
「玲にできるかな?」
なんて、お母さんと玲が楽しそうに話しているのをどこか遠くに聞きながら、俺は少しばかり藤堂さんを見習おうかと思ったりしていた。
でも、あなたほど甘い顔なんてできそうにありません。どうしたらいいですか?




