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バレンタインのふたり

   バレンタインのふたり   ―――見守る恋人たちの日―――


「三井!」

 ゼミが終わってさっさと駅まで玲を迎えに行こうとコートを着ていた時だった。同じゼミの直井に呼び止められた。

「なに?」

「あの、えっと、・・・」

「?」

 普段はっきりと気風のいい直井にしては珍しいほどのもどかしさ。でも、この手の感じは高校時代から何度か当たったことがある・・・俺の自惚れでなければ。

「その、これ・・・私、ずっと三井のことが好きで、よかったら、その、付き合って、ください・・・」

 差し出されたのは明らかに本命とわかるバレンタインチョコレート。

「ごめん、受け取れない」

 顔をあげない直井を見下ろしたまま、なるべく冷たく聞こえないように言う。

「・・・私の、何が、ダメ?」

 何がダメ?別に何もダメじゃない。直井は気が利くし、美人だし、優しいし、男だったら彼女にほしいって、100人中99人が答えると思う。ただ、俺は1人のほうだったっていうだけで。直井は何もダメじゃない。ただ、“玲”じゃないだけで。

「何もダメじゃないよ。直井は。ただ俺、好きな人がいるんだ」

「・・・・・・」

 芯が強い直井でも、泣くのかな・・・泣かれたら、どうしようか。

「私・・・入学した時からずっと好きで・・・急に、ごめん」

 やっと顔を上げた直井の目にはやっぱり涙がたまってて、いまにも零れ落ちそうで、俺は一瞬、ハンカチを貸しそうになったけど、その行為がどれだけ残酷かを考えて止めた。

「俺は、いま好きな人、物心ついた時からずっと好きで、ずっと片想いだよ」

 こんなこと、誰かに話すのは初めてだ。今まで付き合ってきた歴代の彼女にだって、玲のことを話したことなんてない。だって、もしも知られて、玲がいじめられたら困るから。だから、幼馴染だってことすら、ばれないように気を付けてた。でも、直井はそんなことしないと思ったから、つい言ってしまった。

「・・・じゃあ、早く両想いになれるといいね。三井の気持ち、彼女に伝わって、受け止めてもらえるといいね」

 たった今自分は振られたのに、その相手に向かってどうして、こんなことが言えるんだろう・・・直井、残酷な同情だと思われるから言葉にしないけど、直井はすごく、いい女だと思うよ。だから俺なんかより、ずっとずっといい男と恋に落ちて、そしてその直井の心の綺麗さとか、優しさとか、そう言うものに見合うくらい、幸せになって。俺は本心から、そう願うから。

「ありがとう」

「三井も、ありがとう・・・これからも、よろしく?」

「うん、よろしく」

 握手をしようと差し出された直井の小さな手を軽く握り返して、俺は玲を迎えに行くために学校を出た。



「だから、ね?」

 バイトに行く電車の中で、玲が小首を傾げて俺を見上げる。玲の話だというのに、さっきの直井のことが頭をかすめて、俺は若干上の空だった。

「ねえ、聞いてる?」

「一応ね」

「一応じゃなくて真面目に聞いてよ」

 玲がぷくんと頬を膨らませるから、俺はその頬を指でつついてやった。

「いや、どうしてそんなことになったのさ?」

「この前偶然結衣さんに会って、お話聞いてたら、ね?」

 言いたいことはわかるよ。俺は玲と違って鈍感じゃないからね。玲の『ね?』っていう一言で、玲が言いたいほとんどのことを汲めている自信はある。でもさ・・・。

「ふたりとも大人なんだからさ、そこまで出しゃばらなくてもいいんじゃない?」

 そんなことより自分の恋愛しようよ・・・まあ、玲の目が俺以外の男に向いたら困るわけなんだけど。

「お願いお願い!宗ちゃんならできる!」

 玲が俺に抱き付きそうな勢いで俺の胸に手を当てる。

「わかったよ。でも、あんまり長くは引き留められないし、マスターに叱られるかもよ?」

 俺はやんわりと玲の手を引きはがしながら眉をしかめる。

「大丈夫!」

「どこが大丈夫なの?」

「宗ちゃんと一緒なら、叱られても大丈夫!」

 あー・・・そんなこと言うなんて。いつか俺の枷が外れても知らないから。


「おはようございます」

 職場に着くなり、玲はみんなにかわいくラッピングされたバレンタインクッキー(去年はチョコレートだったが主任が嫌いだったためクッキーに変わった)を配り始める。今日はこの時間も計算して早めに家を出た。

「はい、主任。クッキーにしました」

「ありがとう、なんか、俺のせいで気を遣わせて悪いな」

「いえいえ、こっちのほうが作るの楽です」

「あ、田部井さんも!」

「あら、ありがとう。玲ちゃんのお菓子大好きよ」

 田部井さんが玲を片腕で抱きしめる。そこへ藤堂さんがやってきた。でも、玲は特に近寄らない。

「あれ?玲ちゃん、俺には?」

「藤堂さんの分は今年は作ってません」

 玲は笑顔で言い、藤堂さんは固まった。

「・・・俺、何か玲ちゃんのご機嫌損ねるようなことしたかな?」

 藤堂さんが言いながら、なぜか俺を見る。

「そんなことないですよ。今日も藤堂さん大好きです」

 玲がにこりと笑って自信満々に答える。

「・・・ありがとう。で、どうして?」

 かろうじて言葉を絞り出す藤堂さんに、玲は笑顔のままいう。

「藤堂さんがくれるセンスいいお返しもとっても楽しみだったんですけど、今年は私、舞台裏なんで」

 確かに藤堂さんからのお返しのプチプレゼント(可愛いシュシュ)&チョコレートに大喜びしていただけあって、ちょっと残念そう。

「舞台裏・・・ってなに?」

 そしてまた俺を見る。無駄ですって。俺、平気な顔して嘘つけるんですから。

「藤堂さんは表舞台で頑張ってください」

 玲は言い置いて、ほかの人にクッキーを配りに行ってしまった。

「三井くん」

「はい」

「どういう意味?」

「どういう意味でしょうね?」

 戸惑う藤堂さんに俺はにっこり微笑んだ。



「藤堂さん!」

 21時ちょっとすぎ。フロントから藤堂さんが姿を消したのを見て、俺はそれを追いかけてロッカーに向かった。

「うん?三井くんももうあがり?」

「あ、え、いや。俺たちは22時なんで」

「何か忘れ物?」

 うん、明らかに不自然だ。あと1時間バイトが残ってる俺がこんな時間にここにいるなんて。さあ、うまい口実を考えないと・・・と思っていたら、すぐに玲からのメール。いいタイミングだ。

「それが、ラウンジに外国人のお客様がいらして、英語が通じないんです。フランス語っぽいんですけど、藤堂さん、通訳してくれませんか?」

 藤堂さんは英語のほかにフランス語が話せる。

「早く言ってよ、お待たせしてるんだろ?」

 着かけたコートをロッカーに戻して、藤堂さんが先に立ってラウンジに向かう。よし!

「三井くん、お客様は・・・」

 いません。当然。だって、嘘ですから。

 ラウンジにはクリスマスの日と同じ席に結衣さんが座っているだけ。

「さっきのは嘘です。では、俺の役目はここまでなので」

 俺と入れ替わりに玲が藤堂さんの背中を押して座らせてお茶を出してすぐに戻ってきた。


「ありがと、宗ちゃん」

「どういたしまして」

 もうすぐラストオーダーだからお客さんはたぶん、来ない。俺たちは片づけつつ、ふたりの様子を見守る。


「俺も君のことが好きです。付き合ってください」


 しんと静まり返ったラウンジに、はっきりと藤堂さんの声が響いた。聞いていたのはたぶん、結衣さんと玲と俺だけ。

「宗ちゃん!」

 玲が興奮のあまり小さく叫ぶ。

 ああ、これで俺は“片想い”の立場にひとり取り残されたわけだ。


「やっぱりベストカップルだよね!」

 バイトが終わった帰り道。結衣さんのバレンタイン作戦が大成功に終わり、幸せそうな藤堂さんたちを見送った玲は満足そうにため息を吐いた。玲・・・毎回毎回人のことばっかり幸せにして、そろそろ俺のことも幸せにしてよ。

「また玲のおかげで幸せな恋人の誕生だね。玲は恋愛の女神様なんだ」

 わかる?これは俺的な皮肉だよ?

「それ、結衣さんにも言われたの!そんなこと言ってもらえるなんて幸せ~」

 あ、皮肉通じてないね?前を歩く玲は花でも飛ばしてるんじゃないかっていうくらい幸せオーラを全快している。俺?うん、かなり沈んでる。

「玲、もうちょっと寄らないと轢かれるよ」

 車道に出そうな玲の腕を引き寄せる。

「うん」

 玲はおとなしく俺にくっつくように身を寄せる。

 玲は幸せそうに藤堂さんや結衣さんの話をして、俺はそれを聞いて、そして家に着いた。

「ちょっと待ってて」

 そう言って俺を玄関前に残して家に入っていく。そして階段を駆け上がって駆け下りてまた出てきた。

「はい、はっぴぃバレンタイン♪」

 渡された箱は、今日、結衣さんが藤堂さんに渡していたのと同じ箱と同じリボン。

「ありがとう」

「今年は藤堂さんからもらえないから、宗ちゃんのホワイトデーのお返しに期待してる!」

 そう言ってにっこり笑って俺を見上げる。

「はいはい」

「じゃあ、おやすみ。いい夢見てね」

「おやすみ」


 玲が家に入ったのを確認して、俺も家の玄関を開ける。


 ねえ、玲、これって、本命?


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