4月 初めての学生寮1
「で、どうして女子が授業を受けないのか。その理由は一体なんなのかな、カイル君」
あの後入学式は順調にサクサクと進み、あっという間に解散になった。
てっきりこの後すぐにクラスの方に移動するのかと思っていたら、どうやら今日は入学式だけでそのまま解散の予定だったようで。学生寮で荷解きして明日の準備をしなさいってことらしい。
ちょうどお昼時ということもあり大半の生徒は学内の食堂に行ってから入寮するみたいなんだが、金持ち学校の学食の値段が尋常じゃないということを神様から聞いていた私は自炊するつもりでいたので、そのまま寮に行ってしまうことにした。
やけにお金持ちっぽいオーラのカイルも一応平民枠のため食堂は辛く料理を始めてみようか迷っていたということで、仲良く自炊組である。
まぁそんな寮に向かう道で私は、さっきから気になって仕方のなかった質問を口にしたわけだ。
「あーっと、まぁ端的に言うとだな……この学園の女生徒は魔法を学ぶために学校に通っているんじゃなくて、将来有望な男子生徒と婚約を結ぶために通ってるんだよ」
「ちょっとまってごめん何言ってるか分かんないや」
気まずげな表情で頭をかくカイルが嘘をいうなんて全く思ってないけれど。それでもなお信じ難いセリフに私は頭を抱えた。
「貴族って効率主義だからさ、わざわざどれだけがんばっても男にはかなわない娘に魔法を学ばせるよりも、もっと淑女らしいことに時間を割いていい遺伝子もった有能な男子を捕まえさせたほうがいいって考えなんだよね」
「将来自分の家が発展することを願って素質数の高い男落としてこいってことですか? ……なぁカイル、てことはやっぱりあのドレス着てた令嬢たちって常時あんな感じなわけ?」
「ま、そういうことだろうな。自分の魅力を最大限に活かし磨き上げアピールするのが基本スタンスだから」
牽制やら何やらで日本でいうところの大奥のような女同士の壮絶な戦いがそこらじゅうで繰り広げられているのだと苦々しい笑みを浮かべたカイルが語る。
私もその女の戦いとやらを思い浮かべ、彼女達に追いかけられる優良物件たちはさぞや大変なんだろうなと哀れむような気持ちが湧いてきた。
いや、もしかしたら女の子にきゃーきゃー言われて喜んでるのかもしれないけれども。
カイルも美形だし、貴族じゃなくてもこの学園に平民の身で入れるほどの才能を持っているんだから、女の子にわんさか言い寄られているんじゃないだろうか?
そんな事を考えてちらりと横をみると、カイルは先程までと同じように苦々しい笑みを浮かべていた。
「そうだ忘れてた、女生徒関連でもう一つ。この学園特有の風潮で外行けばないんだけど、優秀な美形は親衛隊って組織を持ってることが多いから気をつけてな。格の合わない人間は親衛対象に近づくべきではない! みたいな過激派がいたりするから」
もうやだこの学園ついていけない……
いや、今度は流石にわかったよ? 私昔から読書大好きで何でもかんでも読んでたから、学園特有の親衛隊が出てくるお話もたくさん読んできたし!
貴族の常識とか仕組みとかより全然予想つくけどさ!
まさかリアルに親衛隊なんてものが存在するだなんて思わないじゃないですか。
そんなのベーコンレタスな御本にしかないものだとばかり思っていましたとも……
無表情な鉄仮面とすら称される私が思わず引きつった笑みを浮かべてしまうほどの衝撃に思わず天を仰いでしまいそうになった。そんなことを本当にしだしたらただの変人だし、神に祈ってもこの世界の神にまるで御利益を感じないのでもちろんやめたけれど。
「まぁなんだ、普通に過ごしてれば大丈夫だとは思うから。平民枠ってことで多少面倒な事に巻き込まれることはあるだろうけど、そこら辺は俺もいるしふらふらっと喧嘩売ったりしなきゃ大丈夫だろ」
「はー、なんかすごいのな、貴族って。家の繁栄のためにそこまで必死になれるんだから」
私には絶対無理だ。と言いながらやだやだと首を振ると、少し驚いたような顔でカイルがこちらを向いた。
「どうかした?」
「いや、平民出身の女の子は普通こういう話題に否定的っていうか、貴族の女子の暮らし方を妬ましいとか憎らしいって感じるものだと思ってたから」
「いや、別にどんな生き方しようとその人の勝手だろうと思うし。才能とか運とか地位とか人それぞれ違うから取れる選択肢って人それぞれだけど、ただ私は純粋にそこまで家族のことを思える気持ちはすごいなって思うよ」
「なるほどな。そんな考えするやつ初めて見たかもしれない」
どこか神妙にふむふむと頷くカイルとひたすら歩いていると、高級ホテルのような出で立ちの建物が視界に入ってきた。
うわぁ、なにこれ、これが寮?
「なんだもうこんなところまで歩いてきてたのか、一本道だと迷わなくていいな。とりあえず寮監室いって鍵もらってこなくちゃな」
食堂組は食堂で鍵が配布されるけど私たちははここで手続きをして受け取らなくてはいけないらしい。
こんなホテルみたいな寮が現実に存在しているのだという感動で「おぉ……」と情けない声を出してしまった私をカイルが背中を押して連れていく。
だだっぴろいエントランスホールが広がる中、入口付近に小さな部屋を見つけその中に入ると、そこには1人の男性が机に向かい書類を手にしていた。
「失礼します、新入生のカイル・アーティクトです」
「同じく、ユキ・サクライです」
男は20代後半くらいの年齢だろうか。落ち着いた雰囲気がそれ以上の年齢にも魅せてくれるが、外見で判断するのならそれくらいかと思う。
多分この男がこの寮の寮監なのだろう。
「あ、こっちに直接くるっている2人だね。ちょっと待っててね、今渡すから」
そう言って彼は立ち上がり後ろの方に並んでいた引き出しの1つを開き、その中から指輪のようなものを2つ取り出して持ってきた。
「えーっと、これがサクライさんのでこっちがアーティクトさんの。学生証とかルームキーの代わりになる指輪型の魔道具だよ。ついでに学校からの連絡もそれを通して念話で伝えられるし、友人の魔力とか記憶させておけば遠くにいても話せるようになる機能とかもついてるから自由に使ってね」
軽い説明とともに受け取ってみると、それはなんの変哲もない銀色の指輪に見えた。けれどこのこれでもかというほどの機能が詰まっているという話を聞くと、これがとんでもなく高い魔道具だと言うことがすぐに予想できる。
指輪には602という数字が刻まれているため、602号室ってことなんだろう。私の暮らす部屋は6階か。
「カイルの部屋は何階?」
「俺は6階みたいだな、そっちは?」
「ほんと? 私も6階だからもしかしたら部屋お隣さんとかかもね。男女関係ない部屋割りなのかな?」
「どうなんだろうな、俺も寮に関しては最上階が生徒会専用フロアになってるって事くらいしか知らないからな」
「え、何それ生徒会ってそんな優遇されてるの?」
「まぁ家柄のいい美形集団だからな、既成事実防止対策だろ」
「うわぁ、納得できるから余計に怖い」
エレベーターを利用しながら他愛のない会話を続ける。
生徒会専用フロアってまたここまでくるとテンプレだなぁなんて思ったんだが、さすがに夜這対策と匂わされてしまうと納得してしまう。
肉食系お嬢様がわんさかいるらしいからな。
在校生は今の時間授業中なのだろう、見慣れない数字のデジタル時計を眺めてやけに人気がないわけかと理解する。
602…602…っと、この部屋か。
「私この部屋みたいだ、ご飯どっちで食べる?」
「え? この部屋って……もしかして602号室?」
この後の昼食はまだ自炊慣れしていないカイルの代わりに最初くらい私が作ってあげると話していたため、どちらの部屋で食べるかどうかを聞くと、カイルはなぜか焦ったような様子で口元をぴくぴくとひきつらせた。
「ちょっとまて……まさか、いやいやいや、さすがにそんなことはないだろう」
「え、ちょっと、カイルどうしたの?」
ついに頭まで抱え始めたカイルの姿から私の方にまで焦りが伝染してくるような気がしてくる。
知り合って1日すら経過していないんだから焦った顔なんて見たことがなくても何ら不思議ではないのだが、それにしたってまさかまさかとぶつぶつ言っている様はいつもの様子といってしまうには不自然すぎる。むしろ、カイルと一言も喋ったことがない人でも一目でおかしいと分かるだろう。
「どうしたんだよ一体、何がなんだか全然わからないんだけど」
「あーいや、わるい。多分ミスだと思うんだ、いやむしろミスじゃなきゃダメだと思うんだけどさ」
自分の指輪を何度も見返して焦らせるようなことすんなよ…と呟いた後、カイルは私にとって今日一番の爆弾を投下した。
いや、正確に言うと……爆弾だと思いたくないような、認めたくない発言を。
「―――なんかお前と俺の部屋、番号が一緒なんだよな。……寮監室行くか」
この貴族だらけの管理体制なんてバッチリそうなこの学園でそんな重大な失敗なんて起こるはずがない。
そんなことは分かっていたけれども、私たちはどうしてもその現実を直視したくなかったんだと思う。
女の私と、男のこいつがまさか――――――
『同室』だなんてこと。
1.2日に1度は必ず更新したいと言った矢先にこれです本当にすみません…
いや、毎日書くって難しいものですね…