白いチューリップ
「私は君を愛したい」
一国の姫に送った、私の純真たる願い。
召し使いの身分の私の、届くはずもない魂の叫び。
君との距離は手を伸ばせば、すぐに触れることができる。
しかし、一回触れてしまえば、すべてが壊れてしまう。
近いはずが、こんなに遠い。
だから、私は君を見つめることしかできずにいる。
夜空に輝く、ひとつの星のようだ。
私はそんな君を、愛したいだけなのだ。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
英雄王クオーク。
いつしか私はそう呼ばれるようになっていた。
君をを見つめるだけでは、満足できなかった私は、君に少しでも近づけるように、いつしか私は、戦場で戦果を上げ、身分を高くしようとした。
そして、その結果が、英雄王の証である。
皆に慕われ、尊敬のまなざしが私に集中する。
君に会うための飾りだけだとも気付かずに。
そして、その飾りは今日限りのものでしかない。
なぜなら、今日は君の、姫様の誕生日式典。
名だたる、身分の者しか出席できない、姫様と会える一年に一度きりの機会。
これを逃すと、次はない。
来年も英雄王でいられる自信がないからだ。
だから、私はここで、私の全てを使い切るつもりでいる。
――ここで私は、君を奪い去るつもりだ。
そして、誕生日式典当日。
その会場で、人目を盗んで、初めて君に触れた。
しかし、その時不思議な感覚に囚われた。
君を奪い去っていくつもりだったはずなのに、なぜかそうはできなかった。
そうしているうちに、城の兵に見つかってしまったようだ。
私は、国外永久追放を言い渡された。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
そして、月日は流れ、私の想いは募る一方であった。
もし君が、仮に召し使いの身分であったならば。
もし私が、仮に一国の王であったならば。
私は、君を愛せたのだろうか。
そう思うと、胸の苦しみが増すばかりである。
だからこそ、私は、動かなければならないのだ。
君は召し使いの身分ではない。
私も、一国の王ではないから。
生まれながらにして、相いれぬさだめを受け入れられぬから、私は君の元へ走った。
そして、三百の兵を目の当たりにしても、走りを止めることはなかった。
どうせ叶わぬ願いなら、止まっても、動いても一緒だろう。
もう、これからもずっとこの想いが届かぬのなら、せめて、動こう。
私は武器を握りしめ、前の敵に立ち向かった。
この姿こそが、私の英雄王の証だ。
飾りではなく、私の思い描いてきた、本物の英雄王の姿なのだ。
しかし、人は私を蔑み、馬鹿と罵るだろう。
願ってでも、手に入らぬ地位を得ながらにして、たった一つの過ちを犯したがゆえに、全てを失ったと。
だが、私は既に、知っていた。
認めたくはなかっただけで、全てを知っていたのだ。
あの時、君に触れた瞬間。
私はこれ以上にないほど、満足していた。
君に触れただけで、私の全てが報われた気がしたのだ。
それならば、召し使いの身分であった頃にでも、触れれば良かったと、後悔はしない。
心臓を矢で撃ち抜かれた今、後悔はもう意味のないものだから。
しかし、あの時、君はどう思ったのだろうか。
私の人生の全てを懸けたあの瞬間、君は不快に思ったのかもしれない。
だが、分かって欲しい。
私は、君を愛したかっただけなのだ。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
英雄王クオーク、ここに眠る。
そう書かれた墓の上に、綺麗に輝く、一枚の白いチューリップが置かれていた。