中二病の痛みを知れ
人は果たして、名前という文字列によって定められるべきものだろうか?
人という可能性を、それこそ太郎等というありふれた線の塊にすぎんものによって、狭めて良いのだろうか?
その答えは否!
否なのだ!
「太郎!先週の報告書まるで何いってるのかわからんぞ!40過ぎであんな報告書書くやつはお前ぐらいしかいねえよ!」
ふん。
貴様らごときが、某の書く暗号化式暗黒法解読書を理解できると思うなよ。
三下め。
「今日中にやり直せ!」
「うふふふふふふ…」
「な、何を笑っている?」
「ふふふふはははははははは、あははははははははははは!!!」
「な、なんだ!?」
「よかろう。貴様らにもわかるように、手加減して書いてやろうではないか。その、貴様らでいう、報告書?とやらをな」
「お、おい!上司に向かって、そんな口の聞き方はないだろう!」
「上司?笑わせるな!確かに現世では貴様は某の上に立つものと云えよう。しかし、あの世界…、おっとっと!危ない危ない。ついつい口を滑らせてしまうところであったぞ。あの世界については、某とアリアだけの秘密であるゆえ、貴様に知られる訳にはいかないのだ」
「アリア?彼女さんかい?」
「彼女?ふっ、くだらない。アリアは某のいわば、分身、否、もはや、己自身と言って良い存在なのだ!」
「ほ、ほう。ちなみに、その、アリアは今どこにいる?」
「ふん、それほど知りたいか?よかろう。いでよ!水神竜魔王姫アリア!」
某はそういうと、儀式にそって、地面に顔面を三回叩き、近くポニーテールの女子のテールの部分を十回しゃぶり、そして、ポケットから、一枚の紙を取り出して見せた。
「これは……。ソ、ソープ嬢の名刺…?」
「ソープ嬢の名刺ではない!アリアだ!水神竜魔王姫アリアである!」
「そ、そっか。山田 たえ子さんね、その人の名前…」
「ふっ。名でしか、人を表せない愚か者め」
「あ、ああ。ち、ちなみにその人の年齢を聞いても良いかな…?」
「ふっ、良いだろう」
某はそう言ってやると、おもむろにズボンのポケットから、安心ケータイサービスなるものによって、保護されている携帯電話で、しくしく泣いている近くの女子にビンタしてから、取り出してみせた。
取り出し、直ぐにアリアに以心伝心を試みた。
そして、それは直ぐに繋がった。
「貴様らにも聞こえるように、細工をしておこう!」
某はそういうと、先日、ベギニング・ザ・ワールド、すなわちママから伝授した、音声スウィッチなるものを押した。
「もしもし、山田 たえ子です」
「うむ。無事繋がったようだな」
「はえ?」
「急にかけてすまなかったな。1つ聞きたいことがあったから。許せ、アリア」
「はぁ?あたすは山田 たえ子です」
「もう、皆君の本当の名を知っている。アリアの名を隠す必要はない。それより、聞きたいことがあるのだ」
「んだい、あんた誰よぉ?」
「お、おれ…、そ、某は別世界の支配者、またの名を太郎ともいう」
「た、たろぉー?知らんなぁ」
「し、知らないだと…、そ、そんな馬鹿なっ!」
「んなことよりも、このめぇーよ、娘の幸子が結婚してぇよ、嬉しんだか、悲しんだかわかんねぇーもんでさぁ、結婚式は海外でやるなんつってよぉ、だから、あたすは留守番しならんろお?金だけはろうて、あとは用済みや。でも、息子はおっても、娘はいなかった気もするんでさぁ、年はとりたくねぇもんだなぁ、ははははっ、ゴッホゴッホ、ぐうぇー。プツッ。プープープー」
電話を切られてしまったようだ。
場に気まずい空気が流れる。
「そ、そのなんだ…」
上司が気まずそうに、言葉を選んでいる。
「ほ、報告書、あ、明日でもいいぞ?」
「いえ、今日出します…」
「そ、そうか。が、頑張れよ」
そういうと、上司は一目散に自分の机に戻った。
俺も、自分の居場所へと向かう。
訳のわからん報告書の内容を白紙に戻し、最初から書き直す。
前やったときには五ヶ月かかった報告書が、まともにやればたったの一時間で終わらせることができた。
「お、おう。報告書は預かっておく」
相変わらず、上司は気まずそうに言葉を選ぶ。
「そ、そのなんだ…、見合いでもとりつくろってやろうか?」
そして、一週間後。
某は元の能力を取り戻すことができ、見合いの場である、日本料理の店へ急ぐことにした。
保護されし携帯、水神竜魔王姫アリア、欲望の扉すなわち財布と、ビギニング・ザ・ワールドから預かった激励と共に、某は店にたどり着き、上司と合流し、座敷で見合いの相手を待つことにした。
上司と噛みくわぬ雑談を交え、十分後に見合いの相手が到着した。
軽く会釈をし、上司がその相手を席に座らせ、第一声目を上げる。
「悪いやつじゃないから、仲良くしてやってくれ。俺はそこの近くの喫茶店にいるから、なにか用事があったら言ってくれよ」
そして、某に「しっかりやれよ」と呟いたあと、去っていった。
そして、いざ残されると、やはり気まずくなるのは必然であった。
何を話せばよいのやらと迷ってるうちに、彼女から声をかけてくれた。
「おめーら、なんもしゃべらずに見合いができるわけねーだよ。あたすらの時代にゃあ、みな結婚しなかったら、畑たがやかせんばい、あすたの飯がなかったんだよぉ。みな死んでまうから、必死こいてむこさんやらよめやらさがしたもんだい。みな、肉食だったんだよぉ、がっはははは、ゴッホゴッホ…、ガーッ、ぺっ!」
アリアの痰が、見事に見合い相手の茶碗蒸しにトッピングされた。
「…………」
見合い相手が、少し悲しそうな顔をしている。
「おーっと、すまんすまん。山田さんを連れていくのを忘れていた。じゃあ、今度こそ、お二人でごゆっくりと」
そして、再び現れてきた上司は、アリアを連れて、また立ち去っていった。
取りあえず、見合い相手が某の茶碗蒸しを見ているから、美味しそうに食べ終わったあと、自己紹介をすることにした。
「某は、別世界の支配者、またの名を太郎ともいうものだ!ふははははっ、ふはははははああああっ!!!!」
「………」
相手は臆したのか、一言も返すことができずにいる。
ふ。
所詮は、凡人よ。
某の相手は務まらんということか。
某はそう、心のなかで呟き、ゆっくりと立ち上がり、我が巣へと向かうことにした。
しかし、某が立ち上がった瞬間
「ふほほほほほほぉっ!何処へ逝くつもりか?吾輩が同志、太郎よ。別世界の支配者とは、随分とホームシックなのだな!」
見合い相手が、話を始めた。
「ふむ、まあ、それも宿命と謂うのなら、致し方があるまいが、もう少し、吾輩と話はしぬか?ちなみに、吾輩は、天空界の番人(スカイヘルパーピーポーインザサンアンダーザヘヴンインマイハーツ)である。以後、覚えておいて、損はなかろう!」
「…………」
こ、こいつは…。
本当に…。
い…
痛いやつだ。
マジで痛いやつが来やがった。
スカイヘルパーピーポーインザサンアンダーザヘヴンインマイハーツ?
なに言ってんだこいつ。
「どうしたのだ?黙るなんぞ、貴殿らしくもない。さては、黙秘の呪文を唱えられたのだな?そうなのだな?」
「あ、はい…。そっす…」
「やはりそうか!いやー、別世界の支配者ともあろうものでも、やはり、呪文を避けられぬときがあるのだな!とくに……、ん?」
「ど、どうしたのかな…?」
「しっ!何者かの気配を感じるぞ!すぐ近くに来ている!」
回りを見渡すと、確かにこちらに近づいてきている人がいる。
ウェイトレスだ。
「ご注文お決まりでしょう…ガァッ!」
そして、そのウエイトレスは近づくや否や、スカイヘルパーピーポーインザサンアンダーザヘヴンインマイハーツにみぞおちを殴られた。
「危なかった…。また、呪文をかけられるところであったな。何とか阻止できた」
お前が阻止できたのは、ウエイトレスの正常な呼吸運動だけだ。
「おっといけない、天空界に喚ばれているようだ。吾輩はそろそろ、ここら辺でおいとましなければならないようだ!」
「そ、そうか…」
「うむ、誠に残念だが、吾輩はこれにて失敬する。では、また来世出会おうではないか!さらばだ、我が同志よ!」
そして、彼女はふほほほほほほぉっ!と奇声を上げつつ、店を後にした。
残された俺と、呼吸困難のウエイトレスは、ただその場にいることしかできなかった。
そして、数分たった後、上司が様子を見に来てくれた。
「あれ?見合いの娘は?」
「天空界に呼ばれたんですって」
「て、天空界?」
「そうらしいっす。ってか、おれもう、中二病やめて、普通におっさんやります…」
「あ、ああ、それがいい」
「アリアはどう思う?」
「おめーんだこといって、どーせなおらんもんはなおそうとすてもなおらんけん、むだのこっちゃ、あきらめんしゃいな。ほーんで、やはり、幸子なんて娘おらんかったわい。うわっはははは、ガーッ、ぺっ!」
いまだもがき苦しんでいるウエイトレスの口の中に、見事に痰が添えられた。